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27-1 反社会的な組織に勧誘されたらどうする?

 その日、ユーリは図書館にこもり、人喰い絵本のことを調べ続けていた。


(神様、世界に優しくしてくださいと祈っても、人喰い絵本を描いていた神様には届かなかった。嬲り神は僕の祈りの正体を見抜いていたのにね)


 本を読む合間に、ふとそんなことを考える。


「ユーリきゅん、最近図書館によく来てますね~。何を調べてるんですかー? お、人喰い絵本関連ですかー」


 黒騎士団副団長イリスが、ユーリのいる席に飛んできて声をかける。


「今日は。イリスさんは図書館にいる率高いですね」

「私は読書が趣味だもーん。人喰い絵本で気になることがあるんですー?」

「人喰い絵本に関する知識は、少しでも知っておきたいんです。人喰い絵本を消すために」


 爽やかな笑顔で口にしたユーリの台詞を聞き、イリスは絶句した。


(そしてもう一つの目的は、ダァグ・アァアアに悲劇を描かなくさせること。それが叶えば、人喰い絵本に人が吸い込まれなくなりそうな気もするけど)


 心の中で付け加えるユーリ。


「ほえ~、ユーリきゅんてば凄い大志があったんですね~。素敵だわー。頑張ってくださいねー」


 イリスが感心し、飛び立つ。


(イレギュラーの記述はかなりある。特に嬲り神、宝石百足、図書館亀と遭遇している人は多い。そしてこっちの世界に持ち帰るための、イレギュラーな魔道具目当てに、こっそり人喰い絵本に入っている人も結構いるんだな)


 様々な文献を読み漁り、ユーリはその事実を知った。救出以外の目的で、こっそり侵入している者がいる事は、公にはされていない。


(アイテムではなくて、世界を渡り歩くイレギュラーの中には、二種類いるわ。私達はダァグ・アァアアに創られ従う、あの世界のシステムを担う神々のようなもの。メープルFや祈祷師はそれとは異なるタイプのイレギュラーよ。生まれはあの世界だけど、私達同様に世界を跨ぐ力を持っているの。人喰い絵本の中だけではなく、そっちにも行ける)


 ユーリの頭の中に宝石百足が浮かび上がり、耳に心地よい穏やかな声で述べる。


(それをわざわざ今伝えてくるってことは、その辺に鍵があるって示唆してくれているのかな? セント)

(そう解釈してもいいわよ。ごめんなさいね。中途半端に小出しにしか情報を伝えられなくて)

(そういう決まりがあるんでしょ。仕方ないよ)


 申し訳なさそうに言う宝石百足に、ユーリは微笑を浮かべた。


(セントはこちら側なんだよね?)

(ええ。私は人喰い絵本の勝手な都合で、そちらの世界の人達が犠牲になることを、決して善しとはしない。だから自分の出来る範囲で救い続けてきた。そして私はユーリの味方よ。私はダァグ・アァアアに仕える身だけど、彼のしている事に賛同できない。そしてダァグ・アァアア自身も、自分の行いに抵抗があるから、私という存在を生み出したのよ)

(そうだったんだ……)


 ダァグ・アァアアを諸悪の根源として認識して憎んでおきたいユーリだが、宝石百足の話を

聞いて、ますます揺らいでしまう。ダァグと接した時の彼の反応や主張を思い出しても、彼に対する負の念が薄まる。


(ダァグ・アァアアを憎む必要は無いわ。むしろ哀れんであげて)

(どんな事情があっても、悲劇の量産をしているのは許せない)


 いくら宝石百足の言葉でも、受け入れがたいユーリであった。 


(貴方が人喰い絵本に関わり続けるなら、いずれ全てがわかるわ。その時はダァグ・アァアアのことも嫌っていないと思う)


 そう告げて、宝石百足はユーリの頭の中から姿を消す。


(物事を単純な二元論にしたがるのは、僕の悪い癖。わかっている。でも僕はそういう性質だから、ダァグ・アァアアにほだされたくはない)


 そう思うユーリであったが、ダァグの悲しげな、申し訳なさそうな顔を思い出すと、どうしても怒りや嫌悪の念が揺らいでしまう。


***


 ユーリが図書館から帰宅する。

 広間にはノアの姿があった。椅子に座ってうなだれている。


(ノア、一体どうしたんだろう?)


 昨日からノアの様子がおかしかった。思いつめた顔で、ずっとうつむいたままだ。話しかけても上の空であったり、狼狽しだしたりと、反応もおかしい。ただごとではない何かが起こったように見える。


「ノア。大丈夫?」


 ユーリが昨日から何回も口にしている同じ台詞。しかしノアの耳には届いていない。


(どうしよう……? どうなる? 母さんの魂がミクトラの中から抜かれたってことは、ミカゼカは母さんを蘇らせるつもりなんだ。その方法があるからこそ、あんなことをしたんだ)


 ノアは混乱し、迷い悩み続けていた。


(とんでもないことになった。酷いぜんまいが巻かれた。これは……僕一人の手に負えない。全部正直に話した方がいい……。師匠と先輩に頼るしかない)


 しかし一方で抵抗がある。ミクトラの地獄の中に、母親の魂を閉じ込めて力の糧にしていたなどと、ユーリはともかく、ミヤが知ったらどんな反応をするだろうと。

 ユーリはマミの魂がミクトラの中に囚われていることは知っている。マミとの戦いの際、ユーリの魂もミクトラの中に入れられた事があるし、ノアがマミをミクトラでとどめを刺す場面も見ている。


「師匠は……?」

「え?」


 ミヤがいない場所ではいつも婆と読んでいるノアが、婆呼びではなく師匠と呼んだ事に、ユーリは戸惑いの声をあげる。


「今は自室にいるね」


 ユーリが言った。自室ではなく、広間にいることが多いミヤであるが、たまに自室に入ることもある。


「儂に何か用かい?」


 丁度いいタイミングで、ミヤが広間に出てきて尋ねた。


 ミヤもノアの様子がおかしいことは見て知っていたが、ノアの方から事情を口にするまでは、触れないでおいた。


「実は……」


 ノアは思い切って、全て話すことにした。マミの魂をミクトラの中に入れて、地獄を与え続けていたことも。そのマミの魂が、ミカゼカによって奪われたことも。


「なるほど、事情はわかったよ」


 小さく息を吐くミヤの反応を見て、ノアは意外そうな顔をする。


「師匠、俺のこと怒らないの? マイナスしないの?」

「誰にだって隠し事の一つや二つあるもんさ。とても人に言えないようなことがね」


 にやりと笑うミヤ。


「師匠、ミカゼカさんは凄く迷惑だし、ノアからすれば敵対行為を働いたに等しいですよ」

「ノアのことを気に入ってちょっかいを出しているようだね」


 ユーリが訴えるが、ミヤは問題視していない様子だ。


「あ奴が儂を裏切ることはない。これまで一線を越えた事はない。確かに悪戯が過ぎることはあるがな。そして善人を貶めることも無い。悪人や罪人は弄ぶがの」

「連続殺人鬼であるXXXX(クアドラエックス)を蘇らせたのは、一線を越えていませんか?」


 ミヤのミカゼカに対する認識が、随分と呑気というか、悠長というか、危機感が乏しいように感じられて、ユーリは問い詰めた。


「微妙に超えているかもしれんが……アルレンティスは元々マミやジャン・アンリと共に、人喰い絵本の探索をしていたようだしのー。何やら事情があるのかもしれん。あるいは、仲間として助けたかったということかもしれんしの」


 ユーリを見て、ミヤは私見を述べる。


「というかね、アルレンティスもジャン・アンリもフェイスオンも、マミの正体がXXXXだということを、知らないんじゃないかい? 仲間だからといって、自分が殺人鬼だなんてこと、明かしたりはせんだろう」

「確かに……それは理に適っている」


 ミヤの台詞を聞き、ノアは納得する。


「アルレンティスさんも、ユーリの母さんがXXXXであることを見抜けなかったわけですか」

「八恐だからといって、何でもわかるわけじゃないよ」


 不審を口にするユーリに、ミヤは苦笑気味に言った。


「取り敢えずノア、ユーリ。今は相手の出方を見るとしよう。ミカセガとは儂が話をしておく。ユーリ、変に暴走するんじゃないよ。慎重に行動して、ノアを守ってあげるんだよ」

「わかりました」


 ミヤが優しい口調で釘を刺すと、ユーリは相好を崩して頷く。


「先輩が俺のナイト様か。照れるね」

「そういう解釈されると、僕の方が照れるよ」


 照れ笑いを浮かべるノアの言葉を聞き、ユーリも照れ笑いを零した。


***


 マミはミカゼカに連れられて、ソッスカーの近隣にある島に訪れた。


 工業都市の廃屋。その中でジャン・アンリとシクラメと遭遇する。


「久しぶりね。ジャン・アンリ」


 まずマミの方から声をかける。共に行動していた時、ジャン・アンリとはあまり仲が良くなかったマミである。


「フェイスオンとメープルFがいないのは残念と言った方がよいか? メープルFがすでに分離した事は知ってるのかね?」

「知っているわ。メープルFがいないのは全く残念じゃないし」


 ジャン・アンリが問うと、マミは口元を歪めて吐き捨てた。


「実の子に殺されたと聞いた。君の娘ノアと会って聞いたよ。立派に成長したものだ。魔法使いとしてはまだ半人前のようであるとしておこう。君の娘であったことが世界一不幸だとも言っていたし、君と似ていると言ったら激昂したが、どうか?」

「あっそう」


 ジャン・アンリの言葉に対し、感心無いように振舞うマミであったが、内心ではノアの発言に対して怒り心頭だ。


「それで? 同窓会をしたいわけじゃないでしょう? しかも魔法使い席次四位のシクラメ・タマレイまでいるし」


 マミがシクラメを見る。シクラメはにっこりと笑ってみせる。


「君が手に入れたがっていた月のエニャルギー、手に入るかもしれないと言っておくが、どうか?」


 ジャン・アンリの発言を聞き、マミは顔をしかめた。


「はあ? 図書館亀が言ってたじゃない。それがある世界に当たるまで、何度も入るしかないって。任意で、月のエニャルギーがある世界に入れるとでもいうの?」

「あるから言っているのだと、頭が働かないのかな? しばらく離れているうちに、頭の巡りが悪くなったか?」

「キーッ! 何ですってー!」

「キレやすくなったか? あるいは元からこんなものか? 話を続けてよいか?」


 マミが金切り声をあげると、ジャン・アンリは眼鏡を人差し指で押し上げて伺う。


「人喰い絵本のルールが色々と変わった。ダァグ・アァアアなる創造者が現れ――」


 その後、ジャン・アンリはダァグ・アァアアとの遭遇等に関して、語った。


「私も図書館亀に知識を授かり、魂の横軸との融合を果たせた。図書館亀は借りを返してくれる。ルールが変化した人喰い絵本において、彼が力を貸してくれる」

「うーん……」


 腕組みして唸るマミ。


「マミ、僕達の仲間になってくれないかなあ。これからK&Mアゲインは乾坤一擲の大勝負に臨むんだよう」


 シクラメが本題を告げた。


「何でそんな組織に私が……。その勧誘のためにこんな所まで私を連れてきたわけ?」


 マミがミカゼカを見やる。


「そうだヨ。ちなみに僕はK&Mアゲイン寄りの中立かナ。この前は敵だったけどネ。シクラメやジャン・アンリから色々と話を聞いて、組織の趣旨は悪くないかもと思ったんだヨ」


 ミカゼカが言った。


「ちなみにフェイスオンは与してくれなかったと伝えておく」

「じゃあ私も遠慮……」


 ジャン・アンリの言葉を聞いて、断ろうとしたマミであったが、ふと思い届まった。


(私の正体がXXXXだと、世の中に伝わっていない? この人達も知らないまま? それとも知っているからこその勧誘なの?)


 その辺、探りを入れておきたいと考えるマミ。


「遠慮したいと言いたい所だけど、何で私を誘うのか、その真意を教えてほしいわね。そもそも私はジャン・アンリと仲良くも無かったし」

「シンプルに、魔法使いだからという理由では駄目か? 戦力が欲しいだけだが」


 マミの疑問に対し、ジャン・アンリの口からは至ってシンプルな答えが返ってきた。


(どうやら私の正体、知らないままのようね。そして伝わってもいない)


 自分がXXXXだと知っていれば、勧誘するはずがないとマミは考える。


「報酬は月のエニャルギーってことでどうかなあ?」

「君を救い出して蘇生させたことも、考慮して欲しいネ」


 シクラメとミカゼカが言った。


「月のエニャルギーを手に入れたの? それともこれから手に入れるの? さっきの言い方だと、これから手に入れるように聞こえたけど」


 マミが不審な顔になって問う。


「君がこれから手に入れられるかもしれないという意味だった。我々はもう手に入れている」

「うふふふ、欲しいの? 手に入れていなければ、こんな交渉しないよねえ?」


 ジャン・アンリが答え、シクラメが笑みを張り付かせたまま言った。


「ミカゼカはK&Mアゲインに与しないと言いつつ、K&Mアゲインに私を入れたがっている。これはどういうことなの?」


 マミがミカゼカの方を見て尋ねた。


「ジャン・アンリには色々と貸し借りがあるからネ。この前は邪魔しちゃったけど、今回はこっちに力を貸そうと思ってサ」


 珍しく複雑な表情で答えるミカゼカ。何か事情がありそうだと、マミはミカゼカを見て判断する。


「そうそう、君の娘のノアもネ、K&Mアゲインと戦ったんだヨ」

「へえ?」


 ミカゼカのその言葉を聞いて、マミの心は大きく動いた。瞳に異様な輝きを帯び、口元に歪んだ笑みが浮かぶ。


「あの子、ジャン・アンリ達の敵なんだ?」

「うむ。では、大魔法使いミヤが我々と敵対したということも、ここで言っておくとしよう。ミヤの弟子となった君の娘も、自然敵対すると考えられないか?」


 それまで乗り気では無かったマミの心が、大きく動いた。


(しかもミヤに鞍替え……。あの子ってば本当に……)


 暗い喜びがこみ上げてきて、マミの心を満たす。


「ふふふふ……そう、そうだったのね……。へえええ、そうなんだ? うふふふ」


 笑い声を堪えきれないマミを、ジャン・アンリ、シクラメ、ミカゼカの三人は黙って見ていた。

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