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26-7 我が子を完璧に育てあげるための英才教育

「これでめでたしめでたし? クサいったらありゃしない。見てられなかったわ」


 小人の老夫婦のやり取りを見て、マミが吐き捨てる。


「私は美を感じた。向き合う老夫婦のそれぞれの眼差し、実に絵になった。帰ったら描こう。しかし当人達に、描きあげた絵を見せてやれないのが残念だ」


 ジャン・アンリが言う。


「一件落着した所で魔光具が欲しいのである。君達が持っている分、全てあたくしに差し出すがいいのである」


 サユリが小人夫婦に向かって両手を差し出し、ちょうだいポーズをとる。


「この女、どんだけ図々しいの……」

「あっち行って」


 メープルFがサユリを見て苦笑いを浮かべ、マミが小人夫婦とサユリの間に入って、しっしっと手で追い払う。


「お爺さん、お婆さん、この地は離れた方がいいヨ。二人の魔光具作りの腕があれば、どこでも暮らせると思うヨ」

「そうだな……。冤罪をかけられたままだし、ここでは商売できん。遠い地に移るよ」


 ミカゼカが言うと、ゴロー爺さんは大きな溜息をついた。


「いつになく優しいわね。ミカゼカ」

「僕はいつだって善人の味方だヨ」


 意外そうに指摘するメープルFに対し、ミカゼカはにかっと歯を見せて笑ってみせる。


「あんたら……ありがとうな……。世話かけちまって申し訳ない。魔光具が欲しいなら、もっていくがいい。お詫びだ」

「ただで貰っては、そちらも生活が成り立たないのではなかろうか? この世界の貨幣は持ち合わせていないが、金貨か宝石なら、価値はあろう。渡しておくとしよう」

「すまないねえ……」


 ゴロー爺さんが申し出るが、ジャン・アンリが気遣う。


 それから四人で魔光具を配分する。


「ちょっとちょっと、サユリさんの分は? あたくしも欲しいのだ」


 慌てて詰め寄るサユリ。


「サユリは僕達の仲間じゃないから、貰った分を渡す筋合いはないヨ?」

「戦闘に協力したわけでもないしね。それどころか私達が弱った所を襲う気満々でいたでしょ。そんな奴にどうして施しがいるの?」

「ぐぬぬぬ……」


 ミカゼカが笑顔で告げ、マミが半眼で告げ、サユリは悔しげに唸る。


「マミ、さっきはありがとう。また助けてもらって……いつも私は足を引っ張ってばかりだね。この四人の中では私が一番非力だし」


 フェイスオンがマミに向かって礼を述べる。


「そんな……私がフェイスオンを助けるのなんて当たり前じゃない。非力でもいいのよ。イケメンだし。それにね、本当に感謝しているなら、今夜腰が抜けるまでぶちこんで?」

「いや……それはちょっと……」


 満面に笑みを広げて要求するマミに、フェイスオンはドン引きする。


「どういう神経で、そんな直球の要求できるの? サユリと変わらないレベルね」

「キィーッ! メープルF! 言っていいことがあるわよ! その侮辱は絶対に許せなーい!」

「痛い痛いっ。離れろっ。この馬鹿女っ」


 マミが激怒してメープルFに掴みかかる。


 そのマミの動きが止まる。他の面々も微妙に表情が変わる。空間が大きく歪んでいることを感じとったのだ。転移の予兆だ。しかし人喰い絵本の外に出る転移とは異なる。

 空間の歪みに引きずり込まれ、マミ、ジャン・アンリ、ミカゼカ、フェイスオン、メープルF、それにサユリまでもが、図書館亀の中に転移していた。


「約束を果たして頂きますよん」


 モノクルに手をかけ、図書館亀が声をかける。


「結構貰って来たけど、四つあればいいのかな」


 フェイスオンが魔光具を一つ差し出す。ジャン・アンリ、マミ、ミカゼカもそれぞれ一つ、図書館亀に渡した。


「構いませんよん。ふむふむ、確かに受け取りましたのん」


 魔光具を受け取り、上機嫌な声を発する図書館亀。


「あたくしはそんな話知らないのだ。一つも渡さないのだ」


 サユリは断固として拒んだ。


「私でさえ一つ差し出しているのに、こいつは一つも出してないのよ? こんな奴と私のどこが似ているっていうの? ええ?」

「はいはい」


 マミがメープルFを睨みつけてキツい口調で問いかける、メープルFは視線を逸らして小さく息を吐く。


「御礼を――と言いたい所ですが、時間切れみたいですねん。次回訪れた時にでも」

「えー、何よそれ……」


 反故にされたと感じ、マミは顔をしかめた。本人は次の機会にと言っているが、このような口約束は絶対に信用しないマミである。


***


 ゴロー爺さんは縛り首にされ、エマ婆さんは人知れず息を引き取りました。


 バーベキュー好きトロールは、魔光具を高額で売りさばいた金を資本に金貸しをはじめ、大富豪になりました。


 金貸しとなったトロールは大勢の人を苦しめます。その苦しみを肴にバーベキューを楽しみ、幸せに暮らしましたとさ。


***


 人喰い絵本から出る際に見た絵本の本来の結末は、いつも通り酷い代物だった。


「ぶっひーっ、魔光具が消えたのだっ。持ち出せなかったのだっ」


 サユリが頭を抱えて大声をあげる。


「またはずれだったネ」

「徒労も段々と慣れてきたわね」


 ミカゼカが苦笑し、マミがげんなりした顔で大きな溜息をつく。


「いつもこうなのである。運命は期待だけさせておいて、結局最後は絶望と落胆の奈落に突き落としてくるのだ」


 サユリが肩を落として、とぼとぼとして足取りで立ち去る。


「私は持ち帰れたみたいだ。これをね」


 サユリがいなくなったところで、フェイスオンが数枚の色とりどりの輪を取り出してみせる。


「魔光具の中にあったものだよ。命の輪だ」

「失礼。ちょっといじらせてネ」


 フェイスオンの手から、命の輪を一枚つまみあげるミカゼカ。


「駄目だネ。適正があるみたいだヨ。フェイスオンだから取り扱える。そして取り扱えるフェイスオンだから持ち帰れたのさ」


 ミカゼカが言い、フェイスオンに命の輪を返す。


「あの夫婦、どこから命の輪を仕入れていたのかが、謎のままだったのではないか? だが収穫はあったのでよしとしようとしてよいか?」

「いいヨ。イレギュラーが手に入るかどうかは、運依存強いし、中々手に入らないよネ」


 ジャン・アンリとミカゼカが言う。


「もう十六回も人喰い絵本に入っているのに、イレギュラーを得られたのはアルレンティスとフェイスオンだけね……。私はさっぱり」


 正直マミは、やる気を失いつつあった。仲間は成果を得られているのに、自分は何も得ていない事も腹立たしい。

 実際の所、他にも幾つかのイレギュラーは得られたが、いまいち使い物にならないものばかりだった。こちらの世界にもあるような魔道具であったり、魔術師や魔法使いには不要なものばかりだ。


「ノアを一人にしておくままなのも考え物だし、活動……やめようかしら」

「まだ三歳くらいの娘を一人で置いたままだとは、実にろくでもない母親だと言ってよろしいか?」


 呆れるジャン・アンリだが、表情はいつも通り無い。声も淡々としている。


「せめて託児所に預けなよ。考え物どころじゃない。数日帰らないこともあるんだし。何かあったらどうするのさ。一人でどうにかできる年齢じゃないだろ」


 年端もいかないノアが、家に一人置き去りにされていることを想像し、フェイスオンは眉間に眉を寄せ、珍しく厳しい口調になって咎める。


「確かにそうなのよねえ。子供は甘やかしちゃ駄目だと思って、躾の一環であれでよしと思っていたけど……」

「どんな躾よ……。馬鹿じゃないの」


 メープルFが吐き捨てる。マミの子として生まれてきたことが不運だったと、ノアに心底同情する。


「私の娘なんだからね。いえ、息子として育てるつもりだけど、とにかく磨きに磨きをかけて、強く賢く美しく比類ない子として育て上げるわ。私の言うことは何でも聞いて、私の思い通りに完璧に動いてくれる子にするの。そのために私流の英才教育を施している最中なの。こればっかりは、いくらフェイスオンの言うことでも従えない。誰の指示にも従わないわ」


 絶対の自信を持って、マミは言い切った。他の面々は呆れて、それ以上口出しする気にはなれなかった。


***


 それから十年近くが経過した。


 マミは二種類の苦しみを味わっていた。ありとあらゆる痛みが襲いかかってくる苦痛と、何も感じない無の苦痛だ。

 逃れられぬ痛みが何時間も襲い続け、暗闇の中で絶叫し続ける。それはやがて終わる。その後は無だ。

 狂気に侵されて逃れられれば楽かもしれなかったが、それも叶わない。おそらくは狂って逃れることも防ぐように、この魂の牢獄は出来ている。


 マミはこの空間の術理をすでに理解している。幽閉された魂に苦痛を与え、苦痛によって力が抽出され、その力がストックされる。力が満杯になれば、苦痛も止む。そしてあとは何も感じない時間が続く。

 狂気によって逃れることは出来なかったが、思考を閉ざして眠ることは出来た。マミは大半の時間を眠って過ごしていた。


「え……?」


 まどろみから目覚めたマミは、確かな肉体の感触を実感し、戸惑いの声をあげた。そして魂の叫びではなく、確かな肉声を聴覚で聞き取り、驚いた。


 目を開く。天井が見える。魔力の光を放つランプが取り付けられている。

 両手をかざす。確かに自分の手……のように見える。


「私――嘘……? 生き返った?」


 マミが身を起こす。しかしそこで違和感を覚えた。

 確かに体がある。だがどうにも感覚が異なる。感触も異なる。重さも異なる。目線の高さも異なる。自分のようであって、自分ではない。


「目が覚めたネ。久しぶり、マミ」


 声に反応して首を動かすと、水色の髪の少年が歯を見せて笑っていた。少年の横には、端正な顔立ちの白衣姿の青年もいる。


「ミカゼカ……フェイスオン……」


 自分を覗き込む二人の名を口にするマミ。


「おはよう。具合はどうだい?」


 柔らかな微笑をたたえて声をかけるフェイスオンを見て、マミは驚いた。フェイスオンの頭部にへばりついていた女性の顔が、無くなっている。


「ああ、メープルFは少し前に分離できたよ」


 マミの表情を見て察し、フェイスオンが言った。


「君の魂を、ノアが持つイレギュラーの中から引きずり出したんだヨ。今のその体は、フェイスオンが作ってくれたものだヨ」


 ミカゼカが告げる。


「そう……そうなのね……」


 自分が救われたことに対し、マミは心底安堵と喜悦を覚える。


「ふふふふ……ウフフフフ……」


 マミの喉から、自然と笑い声が漏れる


(ノア……楽しみね。楽しみよ。ノア……早く会いたいわ)


 解放されたことによる喜びは、これから行う復讐への期待に対する悦びに変わっていた。

26章はここでおしまいです

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