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26-6 ただ真面目に生きることの素晴らしさを知っていたはず

 ローズはトロールの王の長子として生まれた。王と名乗っているが、実際には部族の長程度のものだ。

 トロール達の中でも一際体格が大きく、聡明で、戦闘力も高かったローズであるが、家族からは疎まれた。トロールらしからぬひどく優しい性格だったからだ。


 家族からつまはじきにされたローズは、人間の町に住むバーベキュー好き肥満トロールと出会う。

 バーベキュー好き肥満トロールは、多くのトロール達に慕われていた。トロールの不良達の兄貴分だった。彼は特定の種族には差別的かつ暴力的で、良心の呵責無く犯罪を行うような男であったが、仲間のトロールにだけは親身で寛大だった。


「兄貴……優しかった兄貴……死んじゃった……」


 ローズはうずくまり、さめざめと泣いていた。


 ローズが持つ魔光熊人形が激しく明滅しているが、ローズは気付かない。魔光具は所有者の感情に反応する。特に負の感情に対し反応し、力が増幅する。正確には、魔光具の中に組み込まれた命の輪が、反応している。


「何だ、これ?」


 自身の異変、魔光具の異変に気付いて、ローズは立ち上がった。


 魔光熊人形からさらに力が流れ込んできている。自分の力がさらに押し上げられている事を実感するローズ。


(戦えということ? 兄貴の仇を討てと?)


 ローズは漲る力に、確かな意思を感じた。自分に対してそう訴えていると受け取った。


(わかったよ。例え死んでも兄貴に会えるし、失うものは無い)


 拳を強く握り、口元を引き締め、決然と立ち上がるローズ


「兄貴、僕、頑張ります。最後の戦いに行ってきます。見ていてください」


 瞑目して肥満トロールの顔を瞼の裏に思い浮かべて誓うと、ローズは駆け出した。


(あの人達がどこにいるか、わかる。魔光具同士で反応しあっているんだ)


 魔光具の導きに従い、ローズは走った。


***


「お爺さん、無事で良かった」


 ゴロー爺さんの声を聞いて、家の中から出てきたエマ婆さんが涙声を出す。


「よしよし、あとはゴロー爺さんとデカいトロールの魔光具も回収すれば、これにてハッピーエンドであるな」


 サユリがうんうんと頷く。


「絵本から出る前に図書館亀に渡しに行かなくていいの?」

「図書館亀もその辺りは考えていてくれている――ということでどうだろう?」


 フェイスオンが疑問を口にすると、ジャン・アンリが眼鏡に手をかけながら問い返す。


「婆さんや……私はもう辛抱できん」

「お爺さん?」


 憤怒の形相のゴロー爺さんを見て、エマ婆さんは身を震わせた。


「この町は出ていく。しかしその前に、町の奴等は皆殺しだ」

「な……何を言ってるんです? お爺さん……」


 ゴロー爺さんの言葉を聞き、エマ婆さんは蒼白な表情になる。


「あんなヤカラトロールの言い分を頭から聞いて、無罪の私を有罪にして死刑にしようとしたんだぞ! そして私を罵って、婆さんを助けに行く事も許されず……絶対に許せん!」

「サユリ、君の出番じゃないかナ? 説得してみてヨ」

「ぶひっ、さっき説得したけど無駄だったのだ。だからお婆さんにお任せなのだ」


 復讐の炎を燃やすゴロー爺さんを指し、ミカゼカがサユリに声をかけるが、サユリは肩をすくめてエマ婆さんを見た。


「ずっと真面目に生きてきたというのに、この報いだっ。私達は間違っていた。河岸を変え、今度からは魔光具は高値をつけて売ってやろう。そして私達も豊かになろうっ」

「うん、爺さんの言ってること、全く間違ってないわ。その方がいいわよね」


 マミがゴロー爺さんに同意した。


「私もさっき……そう思いかけました。そう思って嘆きました。でも……」


 エマ婆さんは恐怖に震えながらも、ゴロー爺さんを真っすぐと見つめて告げる。


「私は真面目な貴方に惹かれたのです。真面目で心優しい貴方だから、この歳までずっと一緒に暮らしてきました。色々なことがあったけど、安心していられました。心穏やかに過ごせました。お爺さんは違うの?」

「ぐ……」


 エマ婆さんの涙ながらの訴えを聞き、ゴロー爺さんは声を詰まらせる。


「真面目で馬鹿正直でもいじゃなイ。今まで僕はそういう人達、何人も応援して力を貸してきたヨ」


 ミカゼカが口を出す。


「私もミカゼカと同意見だよ。弱くても誠実に生きてきたからこそ、多くの人がゴロー爺さんを慕ったのでは? この子もそうだ」


 フェイスオンがサユリを指した。


「ぶひー、この子って言われまして」


 絵本の物語の中でゴロー爺さんを擁護した少年の役を担っているサユリは、戸惑い気味になる。


(こいつがこんな役してるのは、他に誰もいなかったから?)


 マミがサユリを見て思う。あまりにミスマッチだ。


「だが多くの奴等は私を犯罪者扱いして罵っていたぞ! その中には常連客もいた!」


 なおも怒鳴るゴロー爺さん。


「お願いです、貴方……。気持ちはわかりますが、考え直してください」

「ううう……しかし……ああああああ……」


 エマ婆さんの説得を受け、ゴロー爺さんが頭を抱える。


「お爺さんの暗黒面のパワーが増大しているように見えるのだ」


 サユリがゴロー爺さんの様子を見て言う。


「しかしこれは、説得が効いていないわけではない。言葉による説得であと一押しという所までいったからではないか? 彼の中の暗い心が最後の抵抗を試みているパターンだと言っておく」

「つまりここで殺さない程度にふるぼっこすれば、無事改心するっていう御約束展開だネ」


 ジャン・アンリとミカゼカが戦闘態勢を取る。


「そ、そんな……お爺さんを――」

「大丈夫です、お婆さん。お爺さんを殺すようなことはしません。目を覚まさせるだけです」


 顔色を変えるエマ婆さんに、フェイスオンがにっこりと笑いかける。


 ゴロー爺さんの方から先に仕掛けた。破壊の奔流が四方八方に吹き荒れる。しかしエマ婆さんにだけは攻撃が及ばないように、気を付けていた。


 ジャン・アンリは背中より虫の翅を生やし、飛翔して避ける。ミカゼカは転移して回避していた。

 フェイスオンとマミは距離をとっている。すでに消耗が激しい。回復しきっていない。ジャン・アンリとミカゼカに任せる格好だった。しかしいざという時は手を出すつもりでもいる。


「婆さんばりあーっ」


 エマ婆さんに攻撃が及んでいない事を見逃さなかったサユリが、エマ婆さんの後方に隠れて叫ぶ。


「本当こいつは……」


 サユリを見て呆然とするメープルF。


 ジャン・アンリが片目を昆虫の複眼化する。力の奔流が視覚的に見える。六つの鈎爪状に力が縦横無尽に走っている。


「威力は大したものだが、無駄の多い動きだと言っておこう。力の無駄遣いが激しい」


 呪文を唱えるジャン・アンリ。


 ミカゼカが念動力を用いて、ゴロー爺さんの体を押さえつけようとする。


「ぐぎぎぎぎぎぎ……」


 ゴロー爺さんは己の体にかかる圧迫に激しく抵抗し、ミカゼカの力を弾き飛ばす。


 ジャン・アンリが呼び出した巨大芋虫が糸を吐き、ゴロー爺さんを糸で絡めとる。


 ゴロー爺さんは糸を切ろうとするが、そのゴロー爺さんの体が縦横斜めにと高速で回転しだした。ミカゼカの仕業だ。

 体を高速回転されることで、ゴロー爺さんの意識がそらされ、防御にも回避にも集中できなくなる。この高速回転は、短い時間ではあるがほぼ確実に相手の行動を封じられる。ミカゼカがこれまで散々使ってきた手だ。

 さらには回転の効果によって、巨大芋虫の吐き出す糸の絡まりが酷くなる。


「いい感じじゃない?」


 このままいけそうな気がするマミ。


「いいや……」


 隣でフェイスオンがかぶりを振った。大きな気配の接近に気付いた。


「ぶひ。あいつは――」


 こちらに高速で駆けてくる巨体を見て、サユリはエマ婆さんの後ろから、家の陰へと移動した。現れたのはローズだった。


「失礼します。兄貴の仇討ちに来ました」


 ローズが一同を見渡し、凛とした声で宣言する。


(トロールなのに、何て耳に心地よい美声……。それにあの端正なルックス……)


 マミの視線がローズに釘付けになる。


(あの逞しい肉体に抱かれて、あの美声で耳元で囁かれようものなら……嗚呼……)


 うっとりとした顔でローズを見つめ、鼻息を荒くしながら妄想するマミ。


「順調にはいかないようだネ。彼がまだいたヨ」


 ミカゼカがローズを見てくすくすと笑う。


(これはとても好都合な展開になりそうな予感でして。ジャン・アンリとアルレンティスが少しでも隙を見せたら、キツい一発をぶちこんであげるのだ。いや、あの超強いトロールと、ゴロー爺さんがあの四人を消耗させて、疲れ切った所で、サユリさんが奇襲かけてやるのだ)


 小人夫婦の家の物陰で、にやにやと笑いながら様子を伺うサユリ。


「サユリが物陰に隠れて様子を伺っている」

「わっかりやすいセコい女ね……。私達が消耗するのを待って、襲いかかるつもりなのよ。本当に頭に来る……」


 フェィスオンが言い、マミが忌々しげに吐き捨ててサユリを睨む。


(近親憎悪ね……)


 メープルFがマミを見て思う。マミにもこの手のセコさがある。


「この手強そうなのは僕が遊ぶヨ。ゴロー爺さんをジャン・アンリ一人に任せても大丈夫かナ?」

「では問題無いとしておく」


 ミカゼカが笑顔でジャン・アンリの方を見て問うと、ジャン・アンリは眼鏡に手をかけて答え、さらに呪文を唱える。


「うおおおっ!?」


 ゴロー爺さんが叫び、地面に吸い込まれる。ゴロー爺さんの足元がすり鉢状にへこみ、砂となった。

 拘束されたままのゴロー爺さんがすり鉢の中心に落下すると、その体が大きな顎に挟まれて、さらに拘束された。巨大アリジゴクの顎だった。


 ミカゼカが念動力猫パンチでローズを押し潰す。


「おやおや」


 ミカゼカが面白そうな声をあげる。ローズがゆっくりと立ち上がろうとしている。強烈な圧力と、魔力の強制放出効果を受けてなお、ローズは潰れず、魔光熊人形の魔力も費えていない。


「これを耐えられるのはかなり凄いことだヨ」


 さらにもう一発の念動力猫パンチを放つミカゼカ。


 ローズはまた押し潰され、また立ち上がった。険しい顔でミカゼカを睨みつける。


 そのローズの背後から、王蠍が襲いかかった。王蠍の鋏が、ローズの両腕を挟んで、付け根から切断する。


 両腕を失ったローズに、三発目の念動力猫パンチが繰り出された。さらには、倒れたローズに向かって王蠍が毒針を突き刺す。


 ローズの両腕が高速再生する。王蠍の毒針が突き刺さったまま、ローズが立ち上がる。


「凄いしぶとさ――」


 ミカゼカが称賛しかけたが、ローズの動きを見て声を詰まらせた。


 ローズは背中の筋肉を盛り上げ、王蠍の尾をがっちりと掴んでいた。そのままローズは大きく体を振り回し、王蠍の体も振り回されて、ローズの前方に投げ出される。

 ローズが両腕を大きく振りかぶると、王蠍めがけて振り下ろした。王蠍の体が大きくひしゃげ、体液が弾け飛ぶ。


 ミカゼカは目を剥いた。かつて王蠍に一発でここまで深刻なダメージを与えた者は、見たことが無かった。


「ここで負けたら……僕まで死んだら、兄貴達と僕との思い出も全部……無くなってしまう……」

「何も無くならないヨ」


 荒い息をつきながら口にしたローズの台詞に対し、ミカゼカは目を細めて告げる。


「君達が確かにそこにいたという事実、そこにあった気持ちは、無くなることは無いんだヨ」


 ミカゼカが喋りながら人差し指をくるくると回すと、その指の動きに合わせて、ローズの巨体が高速回転しだした。回転のはずみに、王蠍の尾もローズの体から引き抜かれる。

 回転している間、ローズには何も出来なかった。回転しながら魔光熊人形の魔力を強制放出され続け、ローズの体そのものもシェイクされる。


 魔力の放出作用に終わりが見えたので、ミカゼカが指を止め、回転の止まったローズが地面に落下した。


 うつ伏せに倒れたローズは、そのままもう戦闘不能かと思いきや、上体を素早く起こし、何かをミカゼカに向かって投げつけた。

 投げ連れられたのは、魔光熊人形だった。顔前で人形の姿を目撃した直後、人形が微かに残った魔力を用いて、爆発を起こした。


「トロールの最期っ屁かナ? でも中々やるネ。痛かったヨ」


 大きく破損した顔面を再生さながら、ミカゼカが称賛する。


「兄貴……僕もそっちに行きます。あの世でまた一緒にバーベキューしましょう……」


 ローズが天を仰ぎ、よく通る涼やかな声で呟く。厳つい顔に爽やかな笑みが広がっている。


「嗚呼……勿体無い。いい男なのに」


 息絶えたローズを見て、残念そうな顔になるマミ。


「トロール相手にも発情するのね」

「それの何がいけないの? 私は亜人だろうと魔物だろうと、いい男はいい男として見るわ」


 呆れるメープルFに、マミは平然と言ってのれる。


「お爺さん……」


 エマ婆さんがアリジゴクの中を覗き込み、拘束されているゴロー爺さんに再び声をかける。


「私達は、私達にとって一番良い生き方をしてきたはずです。それは死ぬまで変えなくてもいいいでしょう? ただ誠実で健やかな日々を送ること。全てに対して真面目に向かい合うこと。私達はそれでいいじゃないですか。例え――世間にないがしろにされる憂き目にあっても……。私達はそういう人生しか送れなかったし、それで幸せだったんですよ」

(私はそういう考えが大嫌いなんだけどね。凡夫なんて風景の一部みたいなもんだし、石ころと同じよ)


 エマ婆さんの話を聞いて、唾棄の念を抱くマミ。


「私は魔光具作りの仕事に誇りを持っていますよ。お爺さんと二人でずっと続けてこれた仕事です。多くの人に私達の作った魔光具が買われていって、喜んで使ってもらって、それだけでとても良い気分になれたじゃないですか。幸せな日々だったではないですか」


 エマ婆さんの説得を聞いているうちに、ゴロー爺さんの顔の険が段々と取れていく。


「そうだな……婆さんの言う通りだ……」


 ゴロー爺さんがうなだれる。その瞬間、ゴロー爺さんの体を巻いた糸が消え、アリジゴクがゴロー爺さんを咥えたまま地上へと這い出てきた。

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