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26-5 デウス・エクス・マキナは不在かもしれない

「やはり手強いと言っておこう。あのサユリを退けただけはあると言ってもよろしいか?」


 巨大昆虫三匹をいともあっさり撃退するローズを見て、ジャン・アンリは眼鏡に手をかける。


 ローズがジャン・アンリに向かって駆け出そうとしたが、その動きは行われなかった。


「え……?」


 仲間のトロール数名が肉片となって散らばっていた。王蠍によってトロールが生きたまま貪り食われている光景が目に入った。

 再生力を極限まで上げられてもなお再生しきれないほど、王蠍の猛攻によって細切れにされたうえ、食われてしまったのだからひとたまりもない。


「兄貴……」


 震える声を漏らすローズ。今食われているトロールは、小人夫婦を貶めた、あの肥満トロールだった。


「あのトロールは物語のキーであった存在かもしれないのに、殺してしまったのか? よろしいのか?」

「僕達はイレギュラーを手に入れにきたんだ。物語の展開がどうなろうと知ったことではないさ」


 ジャン・アンリが疑問を口にしたが、アルレンティスは平然と言ってのけた。


 ボスであった肥満トロールを殺され、残ったトロール達は散り散りになって逃げていく。


「兄貴ぃぃぃ!」


 しかしローズは逃げなかった。激昂し、再びジャン・アンリ達めがけて突進してくる。


 ローズの前方に王蠍が素早く移動して立ちはだかる。毒針が繰り出される。


 毒針がローズの首に刺さる。周囲に巻かれる毒よりも、直接注入される毒は格段に強力だ。


「ううう……兄貴……」


 ローズの動きが止まる。ゆっくりと崩れ落ちる。


 倒れたローズの体が浮かび上がった。不可視の力で持ち上げられているかのような浮かび方をすると、空中を高速で飛んでいった。


「逃げた。あれも魔光具の力ではないのか?」

「だと思う」

「また来ると思っておこう。さて、できるだけ魔光具を回収しよう」


 ジャン・アンリがトロールの肉辺に混じって落ちている、魔光具を拾い始める。アルレンティスも同じ作業を行う。


「戦闘力の異様な高さから、嬲り神の干渉があるのではないかとも考えたが、やはり無いと考えた方が無難か?」

「ころころ考えが変わるネ? どの辺で判断してるノ」


 突然アルレンティスの声が変わったので、ジャン・アンリが視線を向けると、髪の色と肌の色は同じままで、角と尻尾も同じ、しかし顔も体型も全く違う十代前半の少年が微笑んでいた。


「ミカゼカか。人格と姿がころころ変わる君に言われてもどうかと思うが? それは置いておくとして、嬲り神の干渉があった際、干渉の痕跡がよりわかりやすい。トロール達は確かに使ったが、ただ強いだけだ。嬲り神の干渉による人格の変貌も見当たらない。そして彼は、キャラクターがチープな壊れ方をすることも好むな」

「シンプルにキャラクターを狂わせるあれネ。確かにチープだネ」


 心なしか蔑むような響きの声を発するミカゼカ。


(嬲り神は好きではないと言っていたような? 近親憎悪と見てよいのか?)


 ジャン・アンリは昔ミカゼカが、嬲り神に対する嫌悪を口にしていたことを覚えていた。


 その時、二人に念話が入った。


(ジャン・アンリ、アルレンティス。こちらにサユリが現れた。今の所は交戦する気配は無いがいつそうなるかわからない。そしてサユリの話によると、ゴロー爺さんが憎しみの虜となり、魔光具を暴走させて、復讐に走っているとのことだ。出来るなら、こちらに戻ってくれ)


 フェイスオンに念話で要請され、ジャン・アンリとミカゼカは顔を見合わせる。


「だってサ。嬲り神の干渉する世界では、念話が通りづらくされているけど、ここでは入ったネ」


 そうなると嬲り神の干渉は無い状態で、難易度が元々高い絵本ではないかとも、ミカゼカは思案する。


「では合流ということでよろしいか?」

「よろしいヨ」


 ジャン・アンリが伺うと、ミカゼカはにかっと歯を見せて笑った。


***


 サユリはすでにさっきのトロールとの戦いで、魔光具を幾つか手にしている。故に、バッドエンドの結末になろうと、宝石百足の干渉による強制終了になろうと構わないが、出来ればもっと魔光具が欲しい。

 そのためにはストーリーを進めていく形の方が、機会が多く訪れるとサユリは見なした。何しろサユリ自身が物語の役になっている。物語の中心の一人だ。


「私が説得ですか……。わかりました」


 エマ婆さんが覚悟を決めた顔で承諾する。


「宝石百足が出てこない限り、これで上手くストーリーが進むと思うのだ。サユリさんの経験則なのだ」

「イレギュラー目当てな僕達からすると、嬲り神より、デウス・エクス・マキナな宝石百足の方が困りものだよ」


 サユリの言葉を聞き、フェイスオンが苦笑気味に言う。


「図書館亀との約束もあるし、宝石百足が干渉してようとしてきても、彼が抑えてくれることを期待してもいいんじゃない?」


 と、メープルF。


「私達の分以外に、図書館亀の分も取らなくちゃいけないのよね。面倒なことよ」

「でも約束は守った方がいい。今後のためにも。図書館亀に貸しを作れるのは大きい」


 マミが気怠そうに言うと、フェイスオンがやんわりと釘を刺す。


「魔光具は全部あたくしが頂くのだ。君達には一つも渡さないのだ。こちらに寄越せなのだ」

「相変わらずふざけまくってる女ね。その強欲さで、無用な争いを引き起こそうというの?」


 手を出して堂々と要求するサユリに、マミは殺気を漂わせる。


「手強い相手であれば、争いは避けるべきなのだ。しかし目の前にいる格下魔法使い二名相手に、遠慮する必要はありまして? サユリさんは無いと思うのである」


 サユリが余裕に満ちた笑顔で言い放つ。


(ムカつくけど、それはこの馬鹿女に同意だわ。私だってそうする。頂けるものは頂く。弱い相手に遠慮はしない。そしてサユリに弱い相手と認識されても、実際に私達ではサユリの力には届かないのが現実……)


 殺気を放ちながらも、マミは冷静に計算していた。サユリはア・ハイ群島でも名の知れた魔法使いの一人であり、しかも上位の席次にある。これまでに交戦した事もあるので、その実力はよく知っている。加えて言えば、魔光具の力も得ている。マミとフェイスオンも魔法使いであるが、二人がかりでも勝てるかどうか怪しい。


「ここでは迷惑になる。お婆さんを傷つけたくない」


 だがフェイスオンは退こうとせず、外に出るよう促す。


「ぶひひ、大人しく魔光具を渡せばよいのに、やるつもりであるか。アルレンティスとジャン・アンリを呼び、時間稼ぎしてようとしているのであるか?」


 フェイスオンに従う形で家の外に出て、不敵に笑いながら指摘するサユリ。


 実の所、その時間稼ぎはサユリにとっても都合が良かった、ここに至るまでの戦いで消耗したサユリの魔力と、魔光具スーツの回復の時間に繋がる。


「そもそもその魔光具を、私達はまだ手に入れてもいないのよ」


 と、マミ。


「ぶひひひひ、わかりやすい嘘でして。例えそれが真実だろうと、何度もあたくしの邪魔をしてくれた君達を仕留める好機、逃すはずがないのだ。都合よく弱い方二人と強い方二人で、分かれて行動してくれているから、弱い方を刈り取ってやるである」


 サユリが笑いながら魔光具の力のスーツを解き放つ。それとほぼ同時に、自身も魔法を発動させる。


 蝶の翅が映えた掌サイズの豚が十匹、サユリの周囲に出現したかと思うと、散開して宙を飛び回る。


 サユリ自身も飛翔し、マミとフェイスオンに襲いかかった。


 マミは魔力塊を前方に出現させ、サユリにカウンターでぶつけてやろうとしたが、サユリは魔力塊が当たるぎりぎりで直角に曲がり、魔力塊を避けて、マミの側面から飛び蹴りを放つ。


 側頭部に強烈な蹴りの一撃を食らい、吹き飛ぶマミ。


 マミに攻撃を入れたその瞬間を狙い、フェイスオンが光の刃を三枚、それぞれ異なる角度とタイミング繰り出したが、サユリはまるで予め読んでいたかのように、巧みに回避した。


(この体さばきは、魔光具の力によるものだけではない。サユリの魔法によるものだ)


 サユリの動きを見て、フェイスオンはそう判断する。


 サユリがフェイスオンに向けて手を突き出す。魔光具スーツが全身光ったかと思うと、突き出した手より光が迸り、フェイスオンのいた空間を包んだ。


 フェイスオンは転移して避ける。転移は魔力を多めに消費するので、そうほいほいと回避に使いたいものではないが、攻撃を受けてしまうよりはましだ。再生に魔力を用いれば、ダメージ次第にもわるが多大な魔力を消費する。


 マミが身を起こすと同時に、炎の触手を何本も地面から伸ばして、サユリを攻撃する。


 四方八方から展開した炎の触手の動きを、サユリは全て読み切って回避する。


 フェイスオンが小さな魔力の弾丸を大量に放つが、やはりサユリには当たらない。空中を舞い、見事な動きで避けていく。


「ああ、そういうことね……」


 サユリがあまりにも鮮やかな動きをすることに違和感を覚えたマミは、その術理が何であるかわかった。


 マミが魔力の矢を複数放つ。狙いはマミではなく、マミが出した蝶の翅を生やした掌サイズの豚だった。


(そういうことか)


 豚を攻撃したマミを見て、フェイスオンもその事実に気付く。


 それらの豚はただ空中を舞っていただけで、一見何もしていないかのようであったが、実際にはしっかりとサユリの支援を行っていることを、マミは見抜いた。


「むむむ」


 子豚が三匹、魔力の矢で撃ち落とされる様を見て、サユリが唸る。


 フェイスオンがサユリめがけて渾身の魔力を込めて、巨大な魔力弾を放った。サユリは避けれず、正面から魔力弾の直撃を受け、大きく吹き飛んだ。


(感覚支援とはね。スーツによる身体能力向上と組み合わせれば、確かに凄い動きが出来るってわけね)


 さらに子豚を撃ち落としながら、マミは感心する。サユリが展開した子豚達は、視覚、聴覚、触覚、あるいは第六感までも、サユリと連動して支援している。これによってサユリは攻撃の先読みを容易にしていた。驚くべき所は、十匹もの子豚達の感覚を一度に脳内で処理していることだ。


 サユリは相当なダメージを負っていたが、すぐに立ち上がった。魔光具スーツが淡い光を帯びている。スーツの力で回復していた。


「キーッ! 魔光具の力で回復とか、そんなのあり!?」


 ヒステリックに喚くマミ。


「有りなのだ。おかげであのトロールとも、爺さんとも連戦しまくっても――」


 勝ち誇って喋っているうちに、サユリははっとした。魔光具スーツの光が消えた。そしてスーツから送られてくる力も途絶えた。


「あーっ!? 壊れたっ! 壊れましたっ!際限なく使い過ぎたせいで魔光具スーツが壊れたーっ!」


 実況口調で絶叫するサユリ。


「これはサユリさんピンチ……でもないですねえ。魔光具を抜きにしても、フェイスオンとマミという、魔法使いとしての実力はさほどでもない二人が相手なら、問題無く勝てるでしょうよ」


 口調を解説のそれにして語りながら、サユリは闘志を燃やす。


「しかしこの後にさらなる実力者、八恐アルレンティスと、魔法使いを凌駕する魔術師ジャン・アンリが控えています。こちから来ると厄介だぞーっ」


 実況口調で叫びながら、サユリは巨大な豚を呼び出し、その豚の上に乗る。


「その前に決着をつけたい所ですねえ」


 解説口調で言い、禍々しいデザインの紫色のハサミを取りだすサユリ。ハサミから紫の光が二条、マミとフェイスオンめがけてそれぞれ放たれる。


 マミとフェイスオンは紫の光を避けた――と思いきや、一直線に伸びる紫の光からさらに紫の光が、枝分かれするかのように伸びて、二人の体を貫いた。


「何これ……」


 肉体的なダメージは無いが、強い脱力感を覚え、顔をしかめるマミ。


「魔力を多大に消耗させる効果があるようだ……」


 フェイスオンが眉をひそめながら言った。


「あのデカいトロールにはいまいち効かなかったが、君達には効果覿面であるな」


 サユリがにんまりと笑うと、巨大豚とサユリの姿が消えた。


 攻撃がすぐに来ると予期した二人だが、魔力の消耗効果の影響で、すぐに動けなかった。


 二人の上空の空間が歪む。先に周囲の空間を大きく歪められてしまったために、転移しての逃走は出来ないと見て、マミとフェイスオンは同時に魔力の防護壁を上に作って、防御を試みる。


 二人がかりの魔力の障壁はいとも容易く破壊され、凄まじい質量がマミの体を押し潰した。


「ぶっひっひっ、見たであるか。必潰、メガ豚プレスっ」


 二人を潰した巨大豚の上で、サユリが勝ち誇る。


「マミ……」


 豚の横に倒れているフェイスオンが、巨大豚を見て呻く。豚に潰される直前、マミはフェイスオンの体を突き飛ばしていた。おかげでフェイスオンは豚の直撃を受けずに助かった。


(え……回復が……再生……してない? 血がどんどん出ていく……。意識が消えて……)


 豚に潰された状態で、マミは恐怖する。魔法による自動的に再生作用が働かない。


「無駄である。このメガ豚プレスに潰された者は、再生できなくする効果がありまして。対魔法使い用必潰魔法なのだ」

(ヤバい……本当に死ぬ……)


 死の恐怖がさらに増したマミであったが、自分を押し潰す質量が消えた。

 巨大な黄金の蠍が巨大豚に飛びかかり、毒針を突き刺していた。巨大豚が悶え、マミの上から移動していた。


「王蠍であるか」


 巨大豚から素早く離れたサユリが、王蠍と、到着したミカゼカとジャン・アンリを見て息を吐く。豚の上に留まっていたら、王蠍が周囲に撒き散らす毒を受けてしまう。


 巨大豚が消える。


「危機一髪の所に颯爽と登場してしまったようだが、。マミ、こういうシチュエーションはどのような気分であるか? 感想を聞いてもよろしいか?」

「遅いのよ。さっさと来ないから痛い目にあったわ」


 ジャン・アンリが声をかけると、マミは再生しながら憎まれ口をたたく。


「来てしまった。これは不利なのだ。こうなったら仕方ない」


 サユリがその場で倒れる。とっておきの必殺技を使った。


「それは前に一度見ているヨ」


 死んだふりをするサユリに、ミカゼカが呆れて言った。


「ミカゼカになったのね」


 起き上がりながら、相好を崩すマミ。アルレンティスの人格の中で、ミカゼカとビリーはマミを気に入っていた。しかし他は嫌っている。そしてマミもミカゼカとビリーに対しては気を許している。


「マミ、フェイスオン、そっちも頑張っていたようだけど、こっちも頑張ったヨ」

「うむ、この通り」


 ミカゼカとジャン・アンリが、トロール達から取り上げた魔光具を大量に取り出し、見せびらかす。


「これだけ手に入れれば、もういいかな?」


 フェイスオンが言う。


「まだなのだ。ゴロー爺さんが一つ持っているのだ。それも取り上げてサユリさんに献上するがいいのだ」


 むくりと起き上がったサユリが言った。


「しれっと会話に入ってくる神経どうよ……」


 サユリを見て、呆れるメープルF。


「取り逃がしたトロールも持っているな。しかし無理して取りに行く必要もあるまい」


 ジャン・アンリが言ったその時だった。


「お前達……何をしている……」


 息を切らせたゴロー爺さんが現れ、一同を睨みつけた。

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