26-4 闇堕ちは放置した方が楽だが、状況はさらに悪化する
「うーん……。どうやら先にチンピラトロールを狙ったのは、失敗だったのだ。あんな低級の魔物相手に逃げることになるとは……ムカつくのだ」
空中浮遊したまま、肩を落とすサユリ。まさかトロール如きに、あれほどの力があるとは思わなかった。
「あれ? トロールは亜人のくくりであるか? まあどっちでもいいか」
低くても文明がある――知性を持って社会生活を営む人型の魔物は、亜人という扱いをした方がよいと、そう主張する者もいる。
この後どうしたらいいか、サユリは思案する。
「あたくしに与えられた役の男の子は、ゴロー爺さんに助けられたから、今度はゴロー爺さんを助けたい――と考えた方が正解だったのであるか? まずはトロール共に復讐であろうと考えたのは、不正解だったであるか。ぶひぃ……サユリさんならまず復讐しました。というか、そもそもサユリさんは他人のために動くなんてありえないし、どうしてそんなサユリさんが、この少年の役になったのか、非常に謎でして」
そう結論を出しつつも、サユリはゴロー爺さんのいる留置所へと向かう。魔光具を作ったゴロー爺さんなら、魔光具でパワーアップしたトロール達に対処する方法を、知っているのではないかと、サユリは考えた。
「お、いまして」
留置所の中でさめざめと泣く、小人の老人を見つけるサユリ。
「何で私がこんな目にぃ……。婆さんも酷い目に……。うぐぐぐ……。こんな理不尽な運命……どうして私達が……ううう……おぉぉ……」
サユリはゴロー爺さんを観察しながら、ただ泣いているだけではないことに気付く。
(様子が変でして。負の力が漲っているのだ)
サユリは透視と解析の魔法を同時にかけて、ゴロー爺さんの異変の正体を知った。ゴロー爺さんは、体内に魔光具を一つ隠し持っていた。それがゴロー爺さんの怨念に反応し、その力が増幅している。
「あのトロールも、私をしょっぴいた役人も、裁判官も、町の者も、全部許せないっ! ぐあああああっ!」
ゴロー爺さんが絶叫をあげる。
力の奔流がゴロー爺さんを中心として吹き荒れ、壁を砕き、鉄格子を吹き飛ばす。
「何事だっ! って……」
「おい、どうし……うっ、うわああっ!」
役人達がやってきて、部屋かが滅茶苦茶になっている惨状を見て、慌てて逃げ出す。
破壊の奔流はどんどん拡大していく。ついには留置場の半分以上が崩壊した。
「これはかなりのパワーなのだ。さっきのトロールといい、この世界、随分と住人が強いのだ。ひょっとして、嬲り神の干渉もありまして?」
破壊された留置所の惨状を見て、サユリが呟く。
「うーん……今の流れからして……ゴロー爺さんを信じて慕っている男の子の役をあたくしが演じて、ゴロー爺さんを説得するのであるか? いや、冗談じゃないのだ。サユリさんは誰かを助けるような真似は断じて拒絶するのだ――と、言いたい所であるが、イレギュラーを得るためには、サユリさんとてポリシーを曲げることも致し方無いのだ」
小さく溜息をつくと、サユリはゴロー爺さんの近くに着地した。
「えーと……お爺さん。元気出すのだ。って、怨念パワーで元気いっぱいであるな。ほれ、あれだ。サユリさんともあろう者が他人を気遣っているのだから、落ち着くがいいのである。ほれ」
ゴロー爺さんに後ろから話しかけながら、小豚を出して両手で差し出すサユリ。
「この豚さんを愛でるがいいのだ。きっと落ち着くのだ。ぶっひんぶっひんと言いなが――」
「んどぅをおぉぉぉっ!」
サユリの言葉途中に、ゴロー爺さんは咆哮をあげながら力の奔流を放った。
(やば……)
サユリは恐怖を感じ、反射的に両腕を大きく上げ、子豚を頭上に抱え上げた。
サユリの肩から胸部にかけて大きく引き裂かれ、血肉が大量に飛び散る。
「危なっ、危機一髪だったのである。危うく豚さんがやられる所だったのだ。というか、消せばいいだけだったのだ」
引き裂かれた体を再生させ、同時に服を復元しながら呟くと、サユリは子豚を消した。
「このあたくしが他人を気遣ってあげたというのにその態度、もうぷんすかでして。やはり誰かのために何かするのはよろしくないのだ。わかってはいたことであるが、それでも今回は絵本のキャラの役になっているからと、あえて演じてみることで状況を打破できるのではないかと、期待したというのに、この様であるか。正に、運命という奴は、期待という餌をちらつかせておいて、すぐに絶望と落胆の奈落に突き落とすのだ」
ぶつぶつと呟いてから、サユリは戦闘態勢に入る。蝙蝠の羽根と先端がスペード状の尻尾と山羊の角が生えた豚が四匹、サユリの横に現れる。
「ブヒィィィム!」
サユリの叫びに応じて、四匹の豚の鼻からビームが一斉に放たれた。
(あれ? 出力低い?)
放った瞬間、違和感を覚えるサユリ。
ゴロー爺さんが両腕を激しく振る。腕の振りに合わせて力の奔流がゴロー爺さんの周囲に吹き荒れ、ビームを全て弾く。
続けて、魔力の矢を大量に放つサユリ。力の奔流にも弾かれないよう、突進力に特化した攻撃を見舞った。
だがゴロー爺さんが再び腕を振り回すと、魔力の矢は尽く弾かれてしまう。
「何か調子悪いと思ったら、さっきトロール達と戦って消耗した魔力、まだ回復しきってなかったのだ。うっかりでして。スーツの力も結構消耗しているのだ」
自分の状態を思い出し、サユリは顔をしかめる。
ゴロー爺さんがサユリめがけて両腕を突き出す。力の奔流がサユリに向けて放たれる。
ゴロー爺さんま後方に転移して避けたサユリは、転移直後に攻撃を見舞う。至近距離から魔力塊をぶつける。
しかしゴロー爺さんは魔力塊を受け取め、サユリめがけてはね返してきた。
「ぶひっ……」
自分の作った魔力塊の直撃を受けて、派手に吹き飛ぶサユリ。
倒れたサユリに、ゴロー爺さんが追撃を見舞う。魔力の奔流が左右から展開され、サユリの体が右に左にと吹き飛ばされる。
「強いのだ……。こうなったらサユリさんも必殺技を出すのだ」
倒れたまま唸ると、サユリは全身の力を抜いた。
ゴロー爺さんが倒れたサユリを無言で見やる。
呼吸はしていない。心臓さえ止まっている。サユリは完全に死んでいると見なし、ゴロー爺さんは別方向を剥いた。
「はあはあ……婆さん……待ってろよ……」
荒い息をつきながら、ゴロー爺さんは駆け出す。
自分の体を仮死状態にして、死んだふりを実行したサユリが、むくりと起き上がる。
(あのエマ婆さんを助けに行くのであるか? もう死んでいるに違いないのだ。しかし先回りして、婆さんの死体を生きているように見せかけて、ゴロー爺さんを操れば、物語をいい感じに終わらせられて、あたくしもイレギュラーをゲットできるかもしれないのだ。うむ。流石はサユリさんでして。良いアイディアなのである)
自分の悪だくみに満足してにっこりと微笑むと、サユリは魔光スーツの力で、ダメージを回復しにかかる。魔光スーツの力も一時的に低下していたが、すぐに元の状態に戻っていた。
「ふう。これは実に便利なのである。あたくしの魔力の消費無しで回復できるのだ。さて、そうと決まれば先回りっ」
魔光スーツの力で飛翔し、サユリは小人の老夫婦の家に向かって飛んでいった。
***
「気が付いたわね」
目を覚ましたエマ婆さんを見て、マミが言う。
「あ、貴方方は……」
マミとフェイスオンとを見て、エマ婆さんは警戒する。メープルFは帽子で隠した。
「私は通りすがりの医者です。しかし私の前に、別の医師が貴女を治療したようです。具合は如何ですか?」
フェイスオンが和やかな笑顔で語りかける。
「だ、大丈夫なようです。私、お隣さんの怖いトロールさんに踏み潰されて……。ああ、そうだっ、お爺さんはっ」
大事なことを思い出したエマ婆さんが、険しい表所になって尋ねる。
「ゴロー爺さんは裁判にかけられて、有罪になりました」
「そんな……あんまりよ……。濡れ衣よ……。こんなの……私、私達が何を悪いことをしたというのですか。どうしてこんな目にあわなくちゃいけないの?」
フェイスオンの言葉を聞き、エマ婆さんが嘆く。
「ふん。何も悪いことをしなかったからそうなるのよ」
毒づくマミ。
「一方、悪いことをしまくっているあのトロールは得をしている。どの世界にも言えることだけどね、自分のことを優先して他人を踏みしだく者が、得をするように出来ているの。そして、他人を慮り社会のルールに従い真面目に生きている者は、利用されてしゃぶりつくされる。そういう風に出来ているのよ」
だから真面目な生き方をしても損だし馬鹿馬鹿しいと、マミは常々思っている。そういう生き方をしている者達を手にかける事にも、何ら抵抗が無い。
「それは真理の一面ではあるね。しかしだからこそ私は抗う」
フェイスオンがきっぱりと言い切る。
(嗚呼……何て凛々しい顔。運命に立ち向かう者としての決意が現れていて、彼の顔が一際輝いて見える……)
そんなフェイスオンを見て、マミはうっとりとしている。
「お婆さんは今こうして救われました。お爺さんも救いにいきましょう。私が協力します」
「本当ですか? でもどうやって……」
フェイスオンの言葉を聞いて、エマ婆さんが不安げな顔になる。
「あのトロールを懲らしめて、捕らえて、罪を白状させます」
「えっと……どうやって?」
フェイスオンの言葉を聞いて、エマ婆さんが思いっきり不安顔になる。
「魔法使いが三人と、魔法使い以上と呼ばれる魔術師が一人いるし、どうにでも出来る。四人揃ったら力押しでいこう」
「確かに……。でもサユリがいるって報告があったじゃない。またこちらの邪魔をしてくる可能性もあるわ」
フェイスオンが方針を口にして、マミがサユリの動きを懸念したその時だった。
家の入口に、魔光具スーツ姿のサユリが現れた。
「噂をすれば……って、何その格好……ダッサ……」
「魔光具スーツを与えられた少年の役になっているようだ」
マミが顔をしかめ、フェイスオンは冷静に言った。
「おおーっと? 死んでいると思われたエマ婆さんっ、生きていたーっ。治っていたーっ!? これはどういうことだーっ。何が起こっているんだーっ」
サユリはフェイスオンとマミより先に、エマ婆さんの生存に対し、実況口調で驚いていた。
「しかもフェイスオンにマミがいますよ。只事ではすみませんねえ。波乱の予感しかない」
しっとしりとした解説口調になり、マミとフェイスオンを交互に見るサユリ。
「これはきっとまたサユリさんの邪魔をするつもりなのでしょう! どうするサユリさん!」
サユリが唾を飛ばし、実況口調で自問する。
「お婆さんを治したのはきっとフェイスオンでしょうねえ」
解説口調で言うサユリ。
「この娘、また悲しい一人遊びしているわね……」
「それは触れてあげないでおくのが情けだよ」
呆れるメープルFに、フェイスオンが告げる。
「坊や? お爺さんが魔光具スーツをあげた坊やじゃない」
エマ婆さんがサユリを見て言った。
「さて、サユリさんはその婆さんを使って、あの爺さんをどうにかするつもりなのである。君達も協力するがよいでして」
実況解説をやめたサユリが、マミとフェイスオンに要求する。
「意味が分からないし、もう少しちゃんと説明してほしいな」
「ゴロー爺さんは、自分の境遇に絶望して、おかしくなってしまったのでして。暴走してまして。トロールはおろか、町にまで復讐するつもりでして」
フェイスオンが促すと、マミは状況を語った。
「あのまま闇堕ちしていても事態は好転しないし、あたくし達も脱出できないと思うのである。だから婆さんを使って、爺さんの目を覚まさせるのである。君達はそれに協力するのである」
「珍しくまともなこと言ってるわね」
「うん、サユリが言うと意外としか思えないまともさだ」
「まも、たまにはまともな時もあるでしょ」
話を聞いて、マミ、フェイスオン、メープルFが、驚きの目でサユリを見る。
「ぶひぃ……君達……あたくしを何だと思っていたのであるか?」
ぷうっと頬を膨らませるサユリ。
「お爺さんがそんな……」
一方、エマ婆さんはサユリの話を聞いて、泣きそうな顔になっていた。
「お婆さん、お爺さんを説得してほしいのだ」
そんなエマ婆さんを気遣ってか、サユリは珍しく優しい声音で要求した。




