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26-1 冤罪を被せた奴は笑っている

 それは十年近く前の話。


 食堂にて、角が生えた水色の髪の少年と、眼鏡をかけた青年が、同じテーブルで向かい合って座っている。


「では遅いという事にしておこう」

「一人遅刻ならともかくさあ……二人揃ってだもんね。僕……待つの苦手なんだけどなあ……」

「マミはともかくとして、フェイスオンが遅刻とは珍しいと思うのだが、どうだろう?」

「フェイスオンは真面目だから、何か事情があったんだろうねえ。マミは……言わなくてもいいよね」


 ジャン・アンリとアルレンティスが会話を交わしていると、一人の女性が店内に入り、二人のいるテーブルにやってきて腰を下ろす。


「マミ、君は遅刻しないで来られないというわけだ」

「フェイスオンはどうしたの? トイレ?」


 ジャン・アンリが珍しく皮肉を口にしたが、マミ・ムサシノダは無視して問う。


「まだ来ていない。珍しいことに彼が遅刻だと言っておく」

「マミより遅刻だよ。何かあったのかな」

「何ですってえ! 大変大変っ! フェイスオンに何かあったらどうするの!? キーッ! こうしちゃいられないわ! 何こんな所でくつろいでいるの! さっさとフェイスオンを探すわよ!」


 ジャン・アンリとアルレンティスの言葉を聞いて、マミは血相を変えてすぐ立ち上がる。


「また始まった……」


 げんなりした顔で溜息をもらすアルレンティス。


「しかし今丁度来たようだと言っておく」


 ジャン・アンリが店の入口を見やる。目深に帽子を被ったフェイスオンの姿がそこにあった。


「ああ、よかった……フェイスオン。ただの遅刻だったのね~。どこかのタチの悪い売女に引っかかっているんじゃないかと、心配したわ~」

「いやいや……」


 嬉しそうに近寄ってきて猫撫で声を出すマミに、フェイスオンは引き気味になる。


「タチの悪い売女なら目の前にいるわ」


 フェイスオンの帽子の内側から、呆れ切った女の声が発せられる。


「ウッキー! メープルFぅ! 会う早々喧嘩売ってきて、何なのおぉ! 許さなあい!」

「やめてくれマミ。店の中でうるさいよ。迷惑だよ」


 憤怒の形相で帽子を取ろうと掴みかかってくるマミを、フェイスオンが制する。


「急がないといけないんだけどなあ。そろそろ人喰い絵本の穴に救出部隊が投入され、二日目になる」


 アルレンティスがアンニュイな口調で言う。人喰い絵本の救出舞台が投入されて一日が経過し、救出部隊の帰還が無いと、攻略難易度が高いとされて、さらなる精鋭の救出部隊の精鋭が投入される。


 マミ、ジャン・アンリ、フェイスオン、アルレンティスの四名は、主にイレギュラー目当てに、非公式に人喰い絵本の調査を行うチームだった。人喰い絵本が開いた情報を仕入れたら、なるべく早めに集結し、人喰い絵本の中に入る。

 しかし人喰い絵本が開いた情報を早い段階で仕入れるのは、そう容易ではない。一応黒騎士団の中に情報提供者はいるが、人喰い絵本発生の全ての情報を把握できるわけではない。そして人喰い絵本の情報を掴んで提供したとしても、チームの四人が必ずしもすぐに集結できるわけでもない。

 基本的に彼等四人は、人喰い絵本が出現した初日に入る方針にしている。救出部隊の第二陣が入ってしまうと、人喰い絵本が攻略されてしまう速度が早まってしまい、落ち着いて探索できなくなるからだ。場合によっては穴が開いて間もない時期であろうと、さっさと攻略されてしまい、人喰い絵本が閉じてしまう事もある。いずれにせよ、時間が経過すればするほど、探索の猶予が無くなっていく。

 また、人喰い絵本は頻繁に開くものの、四人にはそれぞれの生活があるので、都合をつけるのも難しい。


「猶予は無いけどさ、食事くらいはとっていこう……。僕、お腹ぺこぺこ」

「賛同ということにしておく。腹が減っては戦が出来ぬという諺をここで口にしてもよろしいか?」


 アルレンティスが提案し、ジャン・アンリが頷いた。マミとフェイスオンは反対せず、席に着いた。


***


・【小人の老夫婦】


 むかーしむかし、ある所に魔光具職人を営む、小人の老夫婦が住んでいました。ゴロー爺さんとエマ婆さんです。

 夫婦は揃って気弱な性格をしていましたが、慎ましく誠実に暮らしていました。


 妻のエマ婆さんは病気がちでした。その日もエマ婆さんは体調を崩して床に伏し、ゴロー爺さんは一人で働いていました。

 エマ婆さんがダウンした日には、二人で分担していた仕事をゴロー爺さん一人で担わなくてはなりません。そのうえ、エマ婆さんの看病もしなくてはなりません。


「いつもいつも世話をかけてすみません。お爺さん」

「お前は何十年もそれを言いっぱなしだな」

「転生したら今度は頑丈な体に生まれてきて、お爺さんの分まで働きますからね」

「はんっ、転生しても儂の女房になろうってのかい」


 小人の夫婦は仲睦まじい日々を送っていました。


 夫婦が作る魔光具はとても評判が良い代物でした。その力もさることながら、工芸品としても優れています。そして夫婦は貧しい人には、これらの魔光具を安値で販売しました。


「すみません、ゴローさん……。お金が足りなくて、うちの馬鹿親父が、ゴローさんが安く売ってくれた魔光具、勝手に売り払ってしまいました」


 ある日、少年がそう言って謝罪してきましたが、ゴロー爺さんもエマ婆さんも笑っていました。


「仕方ないよ。お父さんを恨んでも怒ってもいけないよ。ほら、正直な君には、特別に、出来立てのこの魔光具スーツをあげよう」


 ゴロー爺さんは優しい笑顔で言うと、少年に魔光具スーツを装着させてあげました。


「あ、ありがとさまままっ、ゴローさんっ」


 魔光具スーツを着せてもらった少年は大喜びで、スーツの力で空に飛んでいきました。ゴロー爺さんとエマ婆さんは笑顔で、飛んでいく少年を見送ります。


「この糞爺に糞婆! 何度言ったらわかるんだ! 工具の音がうるせえんだよ! もっと静かにしやがれ!」


 別のある日、ゴロー爺さんが一人で魔光具を作っていると、隣人のバーベキュー好きトロールが、怒鳴り込んできました。この隣人は、最近小人の老夫婦の隣に引っ越してきた人で、とても乱暴で凶暴で怒りん坊でした。


「そ、そんなこと言われても、うちらの仕事ですし……」

「ああ!? 小人風情の分際で、俺様に盾突く気か!? お前達をすり潰してこの入れ墨に彫り足してやってもいいんだぞ!」


 肥満体のトロールは、背中と腕のタトゥーを見せて凄みます。


「何と言われようと、仕事ですのでやめることはできません。そもそもそんなに大きな音は出していないはずです。他の近所の方々は文句を言ってませんよ」


 脅えながらも、ゴロー爺さんは引きません。魔光具作りの仕事を止めるわけにはいかないのです。


「吹けば飛ぶような小人の癖に生意気な! 覚えてやがれ!」


 捨て台詞を残し、トロールは肩をいからせて立ち去ります。


 恫喝して馬鹿にする一方で、トロールは小人夫婦が素晴らしい魔光具を作ることを認めていました。


(あいつが作っている魔光具の中でも、魔光熊人形は特に値が付きそうだ。工芸品として優れているだけではなく、恐ろしく強力な魔力を帯びている)


 バーベキュー好きトロールは、見た目のわりに、そしてトロールのわりに、計算高くずるがしこかったのです。小人夫婦が作った魔光具の中でも、最高傑作と言える魔光熊人形を狙っていました。


 魔光熊人形は癒しの力を帯びていました。病気がちなエマ婆さんが苦しまずに済むよう、そして病気になっても早く治るようにと、ゴロー爺さんがこしらえたものです。その名は国中に知れ渡っており、癒しの力を見たくて、あるいはその素晴らしいデザインを見たくて、老夫婦の家に何人もの人が訪れました。


「あんなしみったれた小人の爺婆の分際でちやほやされて、いい気になりやがって、絶対に許せねえっ」


 それを見てなおも苛立ちを増幅させるトロールは、庭で一人でバーベキューをすることで怒りを鎮めてきましたが、それも限界に達しました。


 トロールは小人の老夫婦が病院に行っている隙を狙い、老夫婦の家の中に忍び込むと、販売用の魔光具に仕掛けを施しました。


 数日後、小人の老夫婦から買い取った魔光具が、尽く暴走して爆発し、多くの死傷者を出すという事件が起こってしまいました。


 逮捕されたゴロー爺さんは、家に置いてきたエマ婆さんが心配でなりません。エマ婆さんは今、病気で一人臥せっているのです。


「お願いだ、お役人さん。うちの婆さんが病気で寝込んでいるんだ。誰かに看病を頼んでくれえ」

「駄目だ駄目だ! お前みたいな凶悪犯罪者のお願いなど誰が聞いてやるものか! お前の妻は一人で病で苦しんでおけばいい! お前が罪を犯したから、お前の妻もそうやって苦しむことになるんだぞ? 全部お前のせいだ! 当然の報いだ!」


 ゴロー爺さんが懇願しても、お役人さんは聞く耳を持ちません。


 一方、肥満トロールは小人夫婦の家にあがりこんで、魔光具を堂々と盗んでいました。


「それは私とお爺さんが真心こめて作った魔光具なのよ。それを取っていくなんて……ひどいわ……」


 床に伏していたエマ婆さんがその光景を見て、泣きながら抗議します。


「うるせえババア! 俺に盗まれて売り飛ばされてバーベキューの金になることを光栄に思え!」

「ぐはっ!」


 カっとなったトロールは、寝たきりのエマお婆さんを思いっきり踏みつけました。トロールの大きさで、小人のお婆さんの体を踏みつけたのです。しかもただでさえ病気で弱った体です。ただですむはずがありません。


「はははっ、チビで脆い小人の婆が潰れたぞ。すかっとしたなー。よっしゃ、スカっとしたところでバーベキューだっ」


 肥満トロールは上機嫌で立ち去りました。


「ううう……苦しい……お爺さん……。助けて……私……死んじゃう……」


 エマお婆さんは死には至りませんでしたが、血を吐きながら苦しげに喘ぎ、捕まっているゴロー爺さんに助けを求め続けます。


 一方、ゴロー爺さんは、裁判にかけられました。


「私達が何をしたというんだ……。うううう……」


 ゴロー爺さんは裁判中、さめざめと泣き続けていました。


「ゴローさんがそんなことをするわけがない! これは何かの間違いだ!」


 魔光具スーツを貰った少年が、傍聴席で泣きながら叫びました。


「子供はすっこんでろっ」

「子供には事態の重さがわからないんだよ」

「裁判長さんよー、お涙頂戴の情状酌量とか無しにしてくれよ~」


 傍聴席から町の人々が騒ぎ立て、子供に罵声とブーイングを飛ばします。


 他にも擁護の声はわりとあがっていましたが、ゴロー爺さんの被害者や、正義気取り大好きマン達の勢いにかき消されてしまいます。


「判決! 死刑!」


 裁判長が力いっぱい木槌ガベルを振り下ろし、無情な判決を下しました。傍聴席は大喜びです。一方でゴロー爺さんは、がっくりとうなだれ、肩を震わせていました。


 無実の罪で裁かれたことに対し、判決を喜ぶ町の人達に対し、何より自分に冤罪を被せた隣のトロールに対し、ゴロー爺さんは底無しの怒りを抱きました。

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