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25-2 ソッスカーの平穏な日常

 旧鉱山区下層にある診療所。そこはかつてケープが通っていた場所だが、ケープがK&Mアゲインの一員だと判明してからは、フェイスオンが通うようになった。

 毎日患者はひっきりなしに訪れるが、フェイスオンは黙々と治療を行っていた。大抵は魔法を用いて速攻で治す。しかし魔法では癒せない病や障害を持つ患者も、時折訪れる。そうした患者は、他の医師とも相談して、辛抱強く治療法を探っていくしかない。


 休憩時間に入ったフェイスオンは、応接間に入った。客人が来ていると、新しく雇った看護士から言われていた。


「おお、真面目にやっているようだのー。結構結構。感心感心。カッカッカッ」


 診療所に訪れた、東方の宗教ブッキョーの相違を纏った巨漢南方人が、フェイスオンを見て豪快に笑う。フェイスオンの師匠、シモン・ア・ハイだ。ミヤの弟子でもある。


「御目付け御苦労様です。師匠」


 若干皮肉も込めて、微笑みながら会釈するフェイスオン。


「ま、正直拙僧は、もうお主のことは心配しておらんがのー」

「信じてくれるのですか?」

「ここに来てからのお主の働きぶりを見て、お主は根っからの医者だとつくづく思ったわい。もう大丈夫だろ」

「それは上辺だけの誤魔化しで、実は裏でまた何か企んでいるかもしれませんよ?」

「カカカカ、お主がそこまで馬鹿とも思えん。ま、馬鹿をやったのは確かであるし、人生、馬鹿なことばかりよ。しかしな、同じ馬鹿はせんでいい。馬鹿は一度やれば十分よ。お主もそう思っているんじゃろ?」


 フェイスオンが笑いながら言うと、シモンも笑って返した。


「んがふふ!」


 外から声があがる。窓の外を見ると、小柄な醜漢が手を振っている。


「おお、ンガフフではないか。久しいのー」

「師匠、ンガフフと知り合いだったのか」

「カッカッカッ、師弟揃ってンガフフの知り合いとは、世の中狭いものよ」


 シモンとフェイスオンが同時に手を振り返す。


 その後シモンは診療所を去り、入れ違いで別の客人が訪れた。


「フェイスオン、君に頼みたいことがあるんだヨ」


 かつての仲間であるアルレンティス=ミカゼカが、フェイスオンを前にして、にかっと歯を見せて笑う。


「ミカゼカの頼みの時点で不安だな。私は反社会的な行為には、もう手を出さないと言っておくよ」

「頼みたいのは、人助けだヨ。冥界に飛んでいない魂の入れ物が欲しいんダ」


 笑顔で告げたミカゼカの頼みごとの内容を聞き、フェイスオンはその意味をすぐに察した。


「冥界に飛んでいない魂とは、つまり死んではいないということ。そして入れ物を欲するという事は、肉体は失われているという、そういう状況にある者を蘇らせたいという事か」

「流石理解が早いネ」

「難題だな。それは人間の体を、ゼロから作る必要があるという事だよ?」


 口元に手をあてて思案するフェイスオン。


「体の成分、人間でなくても構わないと思うんダ。見た目の姿だけ似せて、中身は無機物の、ゴーレムとかでもいいんじゃないかナ」

「確かに……中身の成分がどうあれ、姿形が元の姿であれば、魂が宿る確率は高くなる……な。宿った後で、本人がどう思うか……」


 魂が現世にある状態であるなら、理論上は復活が可能だが、肉体が人ではなくなってしまう形で蘇生することは、問題が生じる。しかし、その先に生じる問題を軽視するわけではないが、何をどう考えても、死なせるよりかはいい。何よりフェイスオンは医師であり、人命を繋ぐことを何より最優先する。


「完全な復元は無理だ。そんなことが出来るなら、私はより多くの病人を癒している。肉を素材としたフレッシュ・ゴーレムで、見た目だけを似せる方法であれば、魂を宿らすことは――できるかもしれない。可能性はあるが、確証は持てないね」

「可能かもしれないと聞いただけで、十分だヨ。君もよく知る人物の魂だし、是非協力してほしいネ」


 ここまで聞いた時点で、フェイスオンは、ミカゼカが助けてほしいという者が誰であるか、わかってしまった。自分とミカゼカが知る人物という時点で、かなり限られる。


「ミカゼカが助けたくて、私もよく知る人物……そして肉体的には死んでいる者……。消去法で、一人になるね。マミだ。彼女の娘のノアが、殺したと言っていた」

「うん。ノアとは僕も知り合いなんダ。マミの肉体は無いけど、でも魂は現世に留まっていル。蘇らせたいと思わなイ?」


 ミカゼカが伺うと、フェイスオンは気乗りしない顔で小さく息を吐いた。


「マミには……借りがある。恩も有る。何度も助けてもらった。夢見る病める同志に手出しされて、一時期、敵視したこともあったけどね」


 気乗りはしないが、事情を聞いてしまったからには、フェイスオンに選択の余地は無い。


***


 ユーリ、ノア、チャバックは、繁華街を歩きながら会話を交わしていた。


「魔術師になって、その後どうするの?」


 ノアがチャバックに尋ねる。


「オイラは立派な魔術師になって、世の中の役に立ちたいんだあ」

「だから具体的に何の仕事をするのかと……」


 エニャルギーの精製を行うとか、人喰い絵本や魔物の対処に当たるとか、新たな術の研究を行うとか、そういった答えを期待したノアであったが、チャバックから返ってきた言葉は具体性の無い代物だった。


「世の中に役に立つことで立派な魔術師になるんじゃないの?」


 ユーリが言う。


「え? 違うと思うよう。立派な魔術だから、世の中の役にも立てるんだよう」

「卵とヒヨコどっちが先かってことになるのかな?」


 チャバックがきょとんとした顔で反論すると、ユーリが冗談めかす。


「鶏の場合は、卵が先だと俺は思う。しかしコカトリスの場合、親が先。雄鶏が産んだ卵をヒキガエルが温める条件だから、こんな条件がついている時点で、卵が先とは言い難くなる」


 真顔で語るノア。


「ユーリとノアは一人前の魔法使いになったらどうするのー?」

「一人前じゃないけど、僕は人喰い絵本を消し去るのが目的だよ。そしてダァグ・アァアアに悲劇を書かなくさせる」


 チャバックが質問すると、ユーリは熱のこもった声で答えた。


「ユーリの目的……凄いなー」


 目を大きく見開き、心底感心するチャバック。


(俺も魔王になるという凄い目的があるんだけど、どうしてだろう……? 先輩の目的の方がずっと凄く感じられる)


 ノアはユーリの人喰い絵本を消したいという目的は知っていったが、そこにダァグ・アァアア云々まで加わったのは、初めて聞いた。


「僕が今言ったこと――とても無理な、大きな目標を掲げてるって思わない?」

「思わない。挑むべき」

「ちょっと思うけど凄いことだし応援したいよう」


 照れくさそうに尋ねるユーリに、ノアは力強く答え、チャバックは笑顔で言う。


「オイラ……人並以下だし、とてもユーリの夢にはかなわないなあ。これまでのオイラの夢はちっぽけだったもん。せめて人並みになりたかったから、せめて平凡になりたかったから」


 ユーリに比べて、自分は卑小であると感じ、落ち込んでしまうチャバック。


「俺もこれまで平凡とやらを大きく下回る人生だったよ。母さんと一緒に居た時はさ。でも今は俺もチャバックも、平凡くらいにはなったと思うし、今そんな引け目を持たなくてもいい。夢が大きいから偉い、小さいから偉くないわけじゃない」

「そ、そっかー」


 ノアに諭され、チャバックは戸惑い気味になる。


(とてもノアとは思えない正論がノアの口から出た……)


 チャバックが戸惑っている理由はそれではないかと、ユーリは思った。


***


『マグヌスとミーナ、その他教会に数多く送られた工作員が殺害されたとの報告ですが、それらの補充を、ア・ハイに送る事を決定しました』


 音声変換付きの念話装置から、淡々とした口調で報告がなされる。


「しかし管理者メープルC。教会に西方大陸ア・ドウモの工作員を潜伏させていた事は、教会にもア・ハイ群島の貴族連盟にも、バレてしまった可能性が高いです」


 宿の部屋の中で、念話装置に向かって語り掛けるスィーニー。


『教会以外の足掛かりの場を、これから新たに作らせないといけませんね。Aの騎士――ウィンド・デッド・ルヴァディーグルのおかげで、長年かけた計画も、貴重な人材も、失ってしまいました。スィーニー、貴女はしばらくの間はこれまで通り、ア・ハイ群島の観察とターゲットMの監視を続けてください』

「わかりました。メープルC」


 通信が切れる。


「ふん……三百年振りに聞くメープルCの声だ。三百年経ってもあいつは変わっていないようだね」


 同室でスィーニーとメープルCの交信を聞いていたミヤが、皮肉げな笑みをたたえて言った。


「そしてあいつの目的も揺らいでいないようだ。だからこそ他国にもちょっかいを出し続ける。反管理局勢力とやらがいなかったら、他国への侵略をもっと積極的にやっていたかもしれん。ディーグルを褒めてやらないといけないか……」


 かつてミヤは、ディーグルが西方大陸ア・ドウモに残って、メープルCに盾突く道を選んだことに反発し、袂を分かつた。しかし反管理局勢力を築き、ア・ドウモの力を削いでいたディーグルには、多大な功績があったと認めざるを得ない。


「確かに、反管理局勢力の力が弱かった頃は、ア・ドウモは他国を侵略しまくってたからね。そして西方大陸を統一した。その後、大陸の外にも出ようとした所で、反管理局勢力が台頭してきて、それどころじゃなくなったんよ。テロや内乱が酷くなっちゃってね」

「例え反管理局勢力とやらがなくても、巨大すぎる版図を治めるのは至難だったろうさ。しかも侵略して無理矢理統合した土地や民が、そう容易く従うわけもない」


 加えて、メープルCの合理的かつ無慈悲なやり方では、余計に反発を招いただろうと、ミヤは考える。


「他に聞きたいことあるん?」


 スィーニーが伺う。スィーニーは最早ミヤにつくことを決めた。メープルCに忠誠はある。しかしそれ以上に、自分の命を救ってくれたミヤに対する恩義の方が、スィーニーにとっては大きく重くなっていった。


「今は特に無いよ。お前は儂に協力してくれるのはいいが、やりすぎるとメープルCに悟られる。ほどほどにしておきな」


 ミヤが笑い声で釘を刺す。


「私はもうにゃんこ師匠につくって決めたから」

「儂にそんな恩義を――」

「恩義だけじゃないんよ。後ろめたさをずっと引きずっていた事の反動もあると思うの」


 重い口調で言うスィーニー。


「辛かったろう?」


 この一言が刺さる。先日にも同じ台詞を聞いた。


「こんな真っ直ぐな娘を利用しよって。全くメープルCは……」

「利用されているなんて思ってないんよ。私はメープルCも信頼していたし……。いや、今でも、あっちにも恩義や信義を感じてる」


 スィーニーの言葉を聞き、ミヤは吐息をついた。


(あんな奴を信頼とはの……。あ奴、人を操る術でも用いているのか? あるいは言葉巧みに篭絡したか? それとも……あ奴のキャラからすると考えにくいが、三百年の間に少しは変わったか?)


 スィーニーの話を聞いた限り、心なしか、メープルCの方針も以前と比べてぬるくなっているような、そんな気もするミヤであった。


「ま、お前になら安心してユーリを任せられそうだ」

「は? 何言ってんのよ……にゃんこ師匠……」


 脈絡の無い台詞を口にするミヤに、戸惑うスィーニー。


「ユーリもお前のことがまんざらでもなさそうだし、くっついてみんか? 育ての親の儂が公認してやるぞ」


 キャットフェイスをキラキラさせて後押しするミヤであったが、スィーニーは対照的に沈み顔になる。


「そんなこと、できるわけ……無いじゃん……」


 ユーリに貰ったブレスレットを指でなぞりながら、苦しげな口調で言うスィーニー。


「私はユーリと仲良くなったのだって、ミッションの一環としてだったから。そのつもりで接近したんよ。にゃんこ師匠――ターゲットMをより探りやすくするため、利用するためにユーリと親しくなった私が、ユーリを好きになる資格なんて無いんよ……」

「馬鹿垂れが。マイナス13」


 優しい声で、大きめのマイナスを口にするミヤ。


「嫌だ。何を言われようと……。私にはそれだけは出来ない。知られたくない。ユーリに軽蔑されたくない」

「全ての事情を知って、ユーリがお前を軽蔑するものかね」

「真実は、私は西のスパイで、にゃんこ師匠を監視し、探っていたことなのに? それを知って軽蔑の念が浮かばないなんて……信じらんないわ……」

「それはお前の思い込みに過ぎんよ」


 頑なに拒むスィーニーに対し、ミヤは優しい声で語り続ける。


「怖い……。ずっと秘密のままで、知られたくないし……。これ以上ユーリと仲よくなれば、きっとバチが当たる……」

「誰が何のバチを当てるというんだい。全くこの子は……」


 先程より大きく息を吐くと、ミヤは部屋の窓を魔法で開き、窓のへりに飛び乗った。


「まあ、わかったよ。儂は秘密にしておくさ。でもね、スィーニー。儂はお前のことは昔から気に入ってるんだよ。お前みたいに明るくてさばさばしている娘が、そんな暗い顔している所を見ると、胸が痛いよ」


 あくまで優しい声のまま、優しい表情のまま話すと、ミヤは窓の外へと飛び出て行った。

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