24-27 can't take my eyes off you
チャバック、アリシア、ミヤ、ユーリ、ノア、サユリ、ガリリネが、半壊したファユミ邸に戻る。オットーやウルスラ他、残っていた生徒達は全員無事だった。
少し遅れて、ディーグルとファユミも戻ってくる。アルレンティスの姿は無い。
「ファユミさん、助かったんだね?」
「ディーグルさんが……精霊さんと私……分離してくれました……」
アリシアが表情を輝かせて声をかけると、ファユミが微笑み返す。
「お前そんなこと出来たのかい。それなら――」
ジヘパパにも同様の処置が出来ないかと、ミヤが尋ねかけたが、ディーグルは察して首を横に振った。
「四人のうちの一人が精一杯でしたよ。それにファユミさんはたまたま上手くいっただけです。かなりシビアでした。そしてファユミさん自身が頑張ったおかけです。私と心が通じていたファユミであったからこそ、上手くいったのですから」
「そんな……ディーグルさん……」
大勢の前で、自分と心が通じ合ったなどと臆面も無く言ってのけるディーグルに、ファユミは赤面していた。
「大した伊達男だな」
ディーグルを見て、オットーが呆れと感心が入り混じった声で呟く。
「インガさんとジヘパパは助けられなかったけど、ファユミさんとアリシアが元に戻せただけでも良い結果だった……と考えよう」
ユーリが言う。
「インガさんは僕だから。同じ魂だし、助けられなかったわけじゃないよ。僕はそう感じていない」
「ジヘパパも死んだわけではないしの」
ガリリネがさっぱりした顔で言い切り、ミヤが付け加えた。
「これ、本来の物語は、皆が幸せになるハッピーエンドは用意されてなくて、精霊さんを崇める者達も、精霊さんも、必ず不幸になるようなシナリオだったんじゃないかな?」
ユーリが陰鬱な表情になって疑問話口にする。
「より良い形のハッピーエンドも、あったかもしれませんが、我々の力では無理だったという事かもしれませんね」
「ぶっひー……用意されていなかったか、あるいは限りなく無理に近かったのかもしれないのだ」
ディーグルとサユリが言った。
「許せない。許さない」
怒りを滲ませてそんな台詞を口走るユーリを見て、何人かがぎょっとした。いつも穏やかなユーリらしからぬ剣呑さだ。
「ユーリや。それに他の者も。全てがダァグ・アァアアの掌の上だなんて解釈はおやめ。宝石百足も実験だと言っていた。つまり全てダァグ・アァアアが計画していたわけじゃないよ。全員助けられなかったのは、儂等の力不足だ。例えそれがどうにもできないような、理不尽な代物に思えたとしてもね。そういうことなんだよ」
ミヤが静かな口調で説く。
「師匠、御言葉ですが、僕にはそうは思えません。最初から無理のある土台を用意したのはダァグ・アァアアなんですから」
「儂の言葉の意味がわからなかったのかい? いや、儂の伝え方が悪かったのかねえ?」
ユーリが反発し、ミヤは小さく嘆息する。
「全部ダァグ・アァアアのせいにしては駄目だと言いたいんだよネ」
声がかかる。その声を聞いて、何人かは驚いた。特にオットーはぞっとした。
ミカゼカが戻ってきた。ユーリ、オットー、ウルスラが警戒の眼差しを向ける。
「途中で入れ替わることが出来たヨ。おっと、ユーリとオットーが怖い顔しているネ。僕のこと、そんなに嫌いかナ?」
くすくすと笑うミカゼカ。
「嫌い……きれねーんだよな。お前のおかげで俺は助かったわけだし、お前と二人で行動していた時間は、悪くなかったぜ。お前にしたら俺は、ただの玩具だったんだろうけど、俺にはそうじゃなかったからよ」
「ミカゼカはまた悪さをしていたのですか。仕方ない子です」
「こやつはいつも悪さばかりだろ。悪さをするための人格みたいなもんだよ」
オットーの台詞を聞いて、ディーグルが微苦笑を零し、ミヤも呆れながら笑っていた。
(悪戯小僧を見る程度の感覚みたいだ)
ミカゼカに向けるミヤとディーグルの表情を見て、ノアは思った。
「さて、まだ全ては終わってないのか? 別れの挨拶をするまで待ってくれているのかねえ」
ミヤが口にした台詞を聞き、チャバックとアリシアが同時にはっとした顔になって、互いの顔を見合わせる。ファユミも同様の表情でディーグルを見る。
「それではこれ、頂いていきますね」
ディーグルが絵を軽く掲げて、ファユミに向かって微笑みかける。
「ディーグルさん……いつも爽やか……笑顔ですね。私……きっと……そこにディーグルさんがいなくても、笑顔のディーグルさん……絵……かけると思います……」
話したいことはいっぱいあったファユミだが、混乱気味になって、適当に思いついたことを口にしていた。
「おや。それなら最初からモデルにならずともよかったのでは?」
「いえ……それでも一度だけ……モデルになってほしかったですし……」
冗談めかすディーグルに、涙声を漏らすファユミ。
「チャバック君、帰っちゃうんだ。お別れなんだ」
「う……うん」
大きな目でじっと自分を見つめるアリシアを見て、チャバックは照れ臭く思いながらも、少女の瞳から目が離せなかった。
「えへへへ、変だね。短い間だったのに、長いこと一緒にいた気分。短い間に色んなことがあったせいかなあ」
「う、うん……そうかもね。オイラもそんな気がする」
互いにはにかみながら、最後の会話を交わす。
「こんなこと言うの恥ずかしいけど、私、同い年くらいの友達がずっと欲しかったんだ。その望みが叶って、せっかくいい友達出来たと思って喜んでたのに、いなくなっちゃうなんてなあ……」
アリシアの顔から笑みが消え、曇り顔になる。
「あのさ……オイラがいなくなっても、ジヘがいるから。その……よかったら、ジヘと仲良くしてあげて……」
「でもチャバック君はいなくなっちゃう……」
「ジヘもオイラやアリシアと一緒にいたんだ。ジヘはオイラと同じ魂のなんだよ……だから……」
「そっかー」
尻すぼみになるチャバックの言葉を聞き、目元を拭うアリシア。
「何だかチャバック君がジヘ君の精霊さんみたいだねえ」
アリシアは笑顔に戻って言った。
「私、チャバック君の歌作って歌うからね~。それをチャバック君に聴かせる代わりに、ジヘ君に聴かせてあげる」
「俺にも聴かせてくれ」
精霊さんが二人の横に現れる。
「異界の人達、色々世話になった。完璧なハッピーエンドとは呼び難いけど、俺達は封印を解かれたし、フレイム・ムアの呪縛も解かれた。ケロンも死んだみたいだし……何よりアリシアが無事でよかった。ありがとう」
全員を見渡して礼を述べると、精霊さんは姿を消した。
「精霊さん……もっとあれこれお話したかったのに」
一方的に言うだけ言って姿を消したので、アリシアは残念そうな顔になる。
「きっと照れてるんだよう」
チャバックが言うと、精霊さんは入れ替わるかのように、今度は嬲り神が現れた。
「こんぐらっちゅれ~しょぉ~ん。いやー、よくやったな。お疲れちゃあん。あともう少ししたらここから出られるぜ。お前達はこの絵本の実験物語を無事進行し終えたんだ。作者様も満足してるぜ~」
「お呼びじゃないよ」
「全くだネ」
嬲り神が上機嫌に告げるが、ノアがつれなく言い放ち、ミカゼカも同意した。しかし生徒達は安堵している。
「ミヤ、ちょっと話があるんだが、顔貸せよォ」
嬲り神が手招きしてから転移した。
「何だい? こら、お前達はついてくんじゃないよ」
ユーリとノアに向かって告げると、ミヤも転移して後を追う。
二人は図書館亀の中にいた。しかし図書館亀本体の姿は無い。他に誰もいない。
「よかったのか? ミヤ」
「何がだい?」
「時として~♪ 魔術は魔法を越える~♪」
「ふざけてないでさっさと話しな」
歌いだす嬲り神に、冷たい口調で促すミヤ。
「ケロンが欲し――いや、欲しがるように俺が誘導し、フレイム・ムアに研究させていた。不老の術。完成させなくてよかったのかと聞いてんだよォ。せっかく俺はがよォ、お前がもっと長生きできるように、取り計らってやったってのによォ。ギャハハハハッ!」
「まさかそのために、こそこそ動いていたとぬかすんじゃないだろうね」
馬鹿笑いする嬲り神であったが、ミヤが不機嫌そうに指摘すると、ぴたりと笑い声を止める。
「そのまさかだと言ったらどうする?」
嬲り神が珍しく真顔になって伺った。
「お前は――やっぱりそうなのかい?」
嬲り神の問いかけには堪えず、曖昧な問いかけをぶつけるミヤ。
「ああ、そうなんだろうさ」
ミヤの疑問が何であるかを悟り、嬲り神はどこか儚げに見える表情で、肯定と受け取れる発言をした。
***
魔術学院の生徒達全員、一人も欠けることなく、元の世界へと帰還した。扉が発生した教室の中へと戻ってきた。
しかし救出隊は全員帰還していない。一人の姿が見当たらない。
戻った瞬間、ノアはミクトラを装着し、ケロンの魂を確認する。人喰い絵本の中から魂を持ちだすことが出来たことに満足する。
「ファユミさんから頂いた絵が消えてしまいました」
絵を持ち出せなかったディーグルが、不思議そうに言う。
「通常、向こうの物は持って来られなイ。持って来られるものはイレギュラーと呼ばれ、扱われるのサ。ディーグルを描いた絵は、イレギュラーにはならなかったみたいだネ」
「そうなのですね」
ミカゼカに説明され、ディーグルは嘆息した。
「ユーリがいないよう」
チャバックが周囲をきょろきょろと見回す。
「先輩だけいない。どういうこと?」
「わからん……。嬲り神が何かしたのかねえ……」
ノアがミヤに伺うが、ミヤは大して心配していなかった。嬲り神がユーリに深刻な危害をもたらすとは、思っていないからだ。
***
図書館亀の中にいる嬲り神の前に、ダァグ・アァアアが現れる。
「終わったね。御苦労さまままま」
「お前の周りに、あのケロンみたいな男でもいるのか? そいつをモデルにしたのか?」
微笑み、労うダァグであったが、嬲り神の唐突なその質問を受け、笑みが消えた。
「ひゃははは、答えたくねーかよ」
固い表情になったダァグ・アァアアを、おかしそうに笑う嬲り神。
「ジヘの父親も精霊に熱をあげているという話にして、ジヘと同じ魂を持つチャバックを再び引き込み、ジヘの父親を助けるっていうストーリーが理想のはずだったが、選択したうえでジヘの父親は見殺された。しかしアリシアとファユミは助かり、インガも魂の横軸と巡り合い、融合した。こいつはバッドエンドか? ハッピーエンドか? メリーバッドエンドか?」
嬲り神の問いかけに対し、ダァグは答えようとしなかった。ダァグにもその答えはわからないし、明確に答えを定めてはいけないような気がした。
「君はジヘとチャバックに執心のようだね。どういう理由で?」
出る直前に、この場でミヤと嬲り神が話す様子を、ダァグは見ていた。しかし会話の意味はよくわからなかった。
「フヒヒヒ、ミヤもユーリもノアもみぃぃんな好きだぜィ。お前も全てを知っているわけじゃねーんだなァ?」
「僕は全知全能ではないよ。自分が描く絵本でさえ、大して制御できない」
などと嬲り神とダァグ・アァアアで会話していると、二人のすぐ近くに、宝石百足が出現した。
「宝石百足、君は思ったより動かな――」
ダァグの台詞は途中で遮られた。宝石百足がダァグに触れるほど接近したかと思うと、手を伸ばし、ダァグの喉を鷲掴みにしてきたのだ。
よく見ると、腹部に埋め込まれた女性の部分が、女性ではない。別人だ。
「ゆ、ユーリ……」
嬲り神が驚愕の表情になって、その名を口にする。宝石百足の女性の部分は、ユーリに変わっていた。帽子もかぶっていないし服も着ていない。流石の嬲り神も、この展開には絶句している。ダァグも驚愕のあまり硬直したままだ。
「許せない。許さない」
ユーリが静かな怒気に満ちた声を発する。
ダァグがユーリの瞳を至近距離で見る。ダァグの水色の目は、ユーリの黒い瞳に釘付けになった。
(この前と同じだ。この前と同じ目で、僕を睨んでいる……)
激しい瞋恚の炎が宿ったその瞳に、吸い込まれそうな感覚を覚えていた。熱く、冷たく、静かで、烈しくもある怒りを帯びた眼差し。それはダァグから見て、とても恐ろしく感じられ、同時に強く惹かれる。
「君の……お前の喉笛を噛みちぎりに来たよ」
ダァグを至近距離から見つめたまま、ユーリは穏やかな口調で告げた。




