表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/303

24-20 憑依祭りだよ~

 絵を描き終えて、ファユミとディーグルが生徒達のいる部屋に戻る途中の事だった。

 ディーグルは強い霊気を感じて振り返る。ファユミとの距離がいつの間にか離れている。


(しまった……。少し離れた隙に……)


 見ている前でファユミの中に霊体が入りこんでいく様が見えた。気付いた時には手遅れだった。


「おおおぉ……あぁあぁ……」


 喜悦とも苦悶ともつかぬ声を漏らし、ファユミは頭を抱えて身を震わせる。


 次の瞬間、ファユミの背中より純白の翼が生え、大きく広がる。頭には光り輝く輪が出現する。

 屋内に嵐が吹き荒れる。ディーグルは様子を伺う。今下手に手出しをすると、ファユミにどのような悪影響が出るかわからないからだ。


「何の騒ぎだ!? 屋敷の中で風だと!?」


 使用人数名と亭主が来たが――


 彼等の動きが途中で止まった。蹲った亭主と使用人達の体のあちこちが膨らんでいく。


(脂肪が増殖していますね……)


 使用人達と亭主の変貌を見て、ディーグルは解析を行う。


 やがて彼等は全身を脂肪で覆われた、身長3メートル越えの脂肪怪人となり、窓や壁を突き破り、屋敷の外へと出ていった。


「ファユミさん」


 ディーグルがファユミに声をかけると、ファユミは片手で自分の顔を覆い、もう片方の手を突き出して、ディーグルを制した。


「見ない……で……来ないで……ください……」


 そう言うと、ファユミは翼をはためかせ、壁を突き破って外へと飛んでいった。


 騒ぎを聞きつけたガリリネ、インガ、オットー、ウルスラ、生徒達がやってくる。


「何だ、あのデカいの……」

「見た目も動きもキモい……」

「屋敷壊れまくってるよ。それにファユミさんが天使になってる」


 ゆっくりと屋敷を出ていく脂肪怪人達と、破壊の惨状と、屋敷から飛び去るファユミを見て、ざわつく生徒達。


(この人数はとても護りきれません)


 ディーグルが生徒達の方を向く。


「来てはいけません! ここからすぐに避難してください! できるだけ遠くへっ!」

「ファユミさんは!? ねえ! ファユミさんが飛んでいっちゃったけど、どうしちゃったの!?」


 ディーグルが叫ぶが、インガは従おうとせず、ファユミの身を案じて叫び返した。


 脂肪怪人達をさらに解析するディーグル。


(おそらく病原菌ですね。感染した者の脂肪が増殖し、あのようになってしまう。動きを見た限り、理性も無さそうです)


 脂肪怪人達は口から脂肪の塊を吐き出しながら歩いている。吐き出された脂肪から、病原菌が大量に撒き散らさられる様を、ディーグルは見て取っていた。


 飛び去っていくファユミを追い、ディーグルが駆ける。


「速っ」


 ディーグルの俊足を見て、オットーが驚きの声をあげる。


 振り返り、全力ダッシュで走って追ってくるディーグルを確認して振り返り、空中停止するファユミ。ディーグルも動きを止めた。


「ディーグルさん……近付かないで……ください……」


 ファユミがディーグルを見下ろし、悲しげな顔で告げる。


「私の中に……精霊が宿ってます……。凄い力……流れ込んでいます……。でも……同時……ディーグルさん達に対する殺意が……流れ込んで……体……心……どっちも私で私ではなくなったような……。あああ……私の心……溶けていきそう……」


 両手で顔を覆って苦しげに訴えるファユミの前で、ディーグルが呪文を唱える。解析の術をかけ、さらには除霊の術もかけた。しかしどちらも上手くいかない。


(ミヤ様かアルレンティスがいれば、解析魔法をかけられるでしょうけど、私の妖術による解析は、いまいち精度が低い……。しかし、わかりました。本人の言う通り、死霊に憑依されていますね)


 あらゆる術で解除しようとするが上手くいかず、途方に暮れるディーグルを後にして、ファユミは今度こそ飛び去った。


「何これ? どうなっちゃったの?」

「家が滅茶苦茶だよう」


 アリシアとチャバックもやってくる。


「ほへほへほへほへほへほへえぇぇ~?」


 突然、虚ろな目つきになって、口を半開きにしたインガが、頭部を縦に高速で振り続け、おかしな声をあげ続ける。


「インガさんっ!?」

「インガさんっ、どうしたの!?」


 誰がどう見ても異常な状態になったインガを見て、ガリリネとアリシアが顔色を変えて叫ぶ。

 インガが手にしていた人形が急速に巨大化していく。そしてインガを内部へと取り込む。


「え……? 何これ……」

「逃げろ!」


 呆気に取られているアリシアの手を引いて、ガリリネがその場から離れる。その場にいたチャバックも大急ぎで逃げた。


「な……何だこりゃあ……」

「おっきい……」


 オットーとウルスラが、天井を突き破るほどに巨大化した人形を見て驚愕する。人形には見覚えがあった。いつもインガが抱いていた人形だ。


「ガリリネ君……チャバック君……。逃げて……インガちゃんに近付かないで……」


 インガの弱々しい声が、しかしかなりの音量で響いたかと思うと、人形は天井を突き破ったまま駆け出し、屋敷を破壊しながら、あっという間に屋敷の外へと去っていった。


「何が起こっているるるるるるるる!?」


 そこにやってきたジヘパパが、問いかけ途中に苦悶の表情になっておかしな声を出しはじめて、全身を小刻みに震わせる。ジヘパパの体色が赤銅色に変わり、全身が膨らんで、別の生物へと変わっていく。巨大化して、屋敷の壁と天井を破壊する。


(父さん!?)


 チャバックの中でジヘが悲鳴をあげる。


「ドラゴンだ……」


 赤銅色の竜に姿を変えたジヘパパを見て、生徒の一人が呻く。


(あれは……父さんの憧れの……)


 チャバックの中でジヘが唸る。


 ドラゴンになったジヘババは、大きく翼を広げると、空へと飛び去っていった。


「どういう事態なんだよ……」


 呆然とした顔で呟くオットー


「皆さん、無事でしたか?」


 ディーグルが戻ってきて声をかける。


「無事じゃない。インガさんとジヘパパが変身してどっか行った」


 憮然とした顔で言うガリリネ。


「アリシアさんはまだ無事なようですね」

「精霊の信奉者だけがおかしくなったが、アリシアは……」


 ディーグルとオットーが恐々とアリシアを見た。


「私には見えた……見ちゃった……」

「何を?」


 アリシアがうつむきながら蒼白な顔で呟き、チャバックがそのアリシアを覗き込む。


「ジヘ君のお父さんの体に、精霊さんが入っていくのを。あ、あの男の子の精霊さんじゃなくて、そのお仲間の精霊さんね」


 アリシアが言った。


「精霊が体の中に入ると化け物になるのか?」

「無理矢理化け物になるというか、本人の望みを投影している姿になるのかもしれません」


 生徒の一人が疑問を口にした後、ディーグルが推測を口にする。


(冒険者だった父さんは……ドラゴンに憧れていた。そのせいかも……)


 チャバックの中でジヘが言った。


「用心を。大きな気配が接近しています」


 ディーグルが警戒を促した直後、空中に精霊さんが現れた。アリシアが顔を上げ、目を見開く。


「アリシア、俺は君がいい。君のおかげで俺は力を引き出された。君の歌に、俺の心は救われていた。だから君を選ぶ」


 アリシアの前に現れた精霊さんは、優しい声で告げる。


「選ぶ? 私の中に……精霊さんが入るってこと?」

「そうだ。拒否はさせない。拒否しても無理矢理入る。君と俺、一つになる」

「う、うん……わかった……」


 有無を言わせぬ精霊さんの言葉を、アリシアは躊躇いがちに受け入れた。


「そんな……アリシアもお化けになっちゃうの? 駄目だよう……」

「違うよ。これは……素晴らしいことだよ。だって精霊さんと一つになれるんだよ? 多分……悪いことじゃないよ」


 チャバックが制するが、アリシアは明らかに動揺気味に主張する。精霊さんを信じたい所ではあるが、ジヘパパやインガが化け物になった場面を見せられた後であるし、自分もそのようになってしまうと意識すると、流石に抵抗はあった。


「いいえ、絶対に悪いことです」


 言うなりディーグルが、精霊さんに緑の炎を浴びせる。


 緑の炎が消える。精霊さんの姿はどこにもない。霊を浄化する特殊な炎を呼ぶ術であるが、浄化したわけではない。


(かわされました……。直前にアリシアさんの体内に入り込み、結び付いてしまった。私としたことが、とんだ失態です)


 様子を伺ってないで、もっと早くに仕掛けるべきだったと、悔やむディーグル。


 アリシアがどんな姿になってしまうのかと、震えながら見守っていたチャバックであったが、アリシアの見た目の姿は特に変わらない。しかし顔つきがアリシアのそれではない。


「精霊さん……?」

「ああ。そして――」


 問いかけるチャバックに、いつもと異なる口調で頷くアリシア。


「アリシアでもある。二人の意識はほぼ統合している。しかし異なる心が完全に一つになるってのは、無理みたいだな。俺に抵抗している。アリシアと仲良くなった君達を俺が排除しようとすることに、アリシアは抗っている」


 精霊さんがアリシアの声で、現在の状態を解説する。


「でも、その意識もやがて飲み込む。その時は――皆逃げて! 精霊さんは、私の体を使って皆を殺す気なの!」


 途中から口調がアリシアのそれに変わり、これまで聞いたことのないような大声で叫んだ。


「一つ教えてください。どうして私達を目の仇にしだしたのですか? 理由がわかりません」

「危険だからだ。君達は世界の外からやってきて、俺達に関与する存在だ。きっと俺達の害になる。そういう運命の動きを感じる」


 ディーグルの問いに、精霊さんが答えた。


「そんな理由で?」

「ふわっとしているというか短絡的というか抽象的というか……」


 呆れるウルスラとガリリネ。


「私達が封印を解いてあげたというのに、私達を殺しにくるというのですか。殺す相手を間違えていませんか? あのケロンという老人こそが元凶でしょう?」

「もちろんあいつも放ってはおかない」


 ディーグルが指摘すると、精霊さんはあっさりと答えた。


「アリシア達に取り憑いて、僕達を殺して、それでどうしようっていうの?」

「この子達は、俺達の依代として選ばれた。俺達はより大きな力を手に入れた。新たなステージに進む。その先に何が待っているかはわからないが、素晴らしい未来を目指す。誰かが誰かにいじめられなくて済む世界を創る」


 チャバックの問いに対し、精霊さんは熱を帯びた口調で語る。


「精霊になって、力を持ったその時点で、もういじめられないだろし、これ以上何かする必要は無くない?」

「俺達はな。俺達以外にも、そんなことが起きない世界を創るっ」


 ガリリネが指摘すると、精霊さんは宣言と共に、殺意を膨らませた。


 攻撃を仕掛けようとした精霊さんだが、途中で止める。


「駄目か……。アリシアの抵抗が激しい」


 精霊さんが溜息と共に呟き、アリシアの体が浮かび上がる。


 ガリリネが輪を二本放つ。輪が巨大化してアリシアの胴体に入り、アリシアを拘束しようとしたが、輪はあっという間に砕かれた。


 ディーグルが刀の柄に手をかけ、間合いを詰める。


 アリシアの腹部に、素早く柄を当てるディーグル。アリシアは体をくの字にして、一瞬意識を失ったかのように見えたが、すぐに大きく目を見開き、身を起こした。


 精霊さんが、至近距離からディーグルに衝撃波を見舞う。


 すんでの所でかわすディーグル。


 その隙をついて、精霊さんは飛翔し、一目散に飛び去った。


「皆行っちゃった……」


 飛び去るアリシアの体を見送り、ウルスラがぽつりと呟く。


(アリシア……オイラはどうすれば……)

(父さん……どうすれば……)


 チャバックとジヘが、同じ体と心の中で同時に嘆いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ