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24-14 いらない子呼ばわりされた時の傷の痛み

 本棚が縦横無尽に並ぶ図書館亀の中。図書館亀の本体とメープルFが、巨大な水晶級に映る映像を見ていた。映し出されているのは、数分前の映像だ。


「これは興味深い展開ですよん。精霊さんと呼ばれる存在は、異界の住人を認知したうえで、明確にその矛先を向けましたわん。今までに無い展開ですのん」


 図書館亀がモノクルに手をかけ、若干早口気味に言う。


「すでにアリシアやファユミは、あちらの住人を認識していたじゃない」


 メープルFが言った。これまでにも、人喰い絵本の住人が、吸い込まれてきた者達を認知したケースは何度もあったので、珍しいことではないように思えた。


「そりゃ『異界から来た者』を認知するだけならありましたわん。然れど小生、その者達を認知したうえで敵視と言いましたよん。これは――絵本の展開という観点から見ますと、初めてのことですねん」

「嬲り神が干渉したわけではないの?」

「そうではないからこそ、驚いていますのん」


 メープルFの疑問に、図書館亀は軽く肩をすくめて答える。


「じゃあダァグ・アァアアの仕業?」

「それは……そうとも言えますし、そうでないとも言えますなん。この絵本は続きの世界であり、様々な実験を兼ねていますのん。ダァグ・アァアアがこれまでにない試みをした結果、世界の仕様が変化し、その影響とも考えられますよん」

「世界を創るほどの力を持った存在が、世界の創造の実験ね……」


 ぞっとしない話だとメープルFは思う。その世界の中にいる多くの住人達が、創造者の匙加減一つで振り回され、その命を簡単に吹き飛ばされてしまうのだから。


***


「頑張った父さんは騙されて死んだ……。母さんは八つ当たりで殺された。俺も騙されて殺された……。そして俺は殺されてなお……天国にも地獄にも行けずにここにいる……」


 シャクラの町を上空から見下ろしながら、少年は呟く。


「世界は色々と辛い。でも世界は素晴らしい。嫌いだけど好きだ。だから皆生きている」


 少年が口ずさんだそのフレーズは、何度も聞いた歌詞だ。彼が惹かれ、彼に力を与えた少女が、何度も歌っている歌だ。


(世界の外から来た、世界への不当な干渉者。来訪者。彼等は絶対にこの世界に災いを成す。ケロン以上に俺達の妨げになる。アリシアにもインガにもファユミにもジヘパパにも、悪影響を及ぼすに違いない)


 それは精霊さんと呼ばれる少年自身の、直感と判断だった。彼等は望まぬ変化をもたらす忌まわしい破壊者であると、精霊さんは強く予感していた。


(問題はアリシア達が彼等に心を開いていることだ)


 それが精霊さんの、最大の懸念だった。


「その予感は正しいと言えるね。彼等が――僕にも誰にもわからない、悲劇の回避方法を見出さなければ、彼等はただの破壊者となる」


 そんな精霊さんのことを別次元から見下ろし、精霊さんの心を見透かして、和服姿のおかっぱの少年が独りごちる。


(脱出だけを選ぶのであれば、悲劇の結末に至る可能性が高い。だからその予感は正しい。絵本の外から呼び込まれた者達の動きまで操れない。時として予想外の動きも見せる。絵本の作者である僕も見つけられなかった、悲劇を回避する方法。彼等がそれを見つけて、実行し、成功させるか否か)


 そう考えてから、ダァグ・アァアアは再び精霊さんに意識を向けた。


(あの子に予感をもたらしたのは、僕なのかな? それとも嬲り神? そうであるとも言えるし、そうではないような気もする)


 精霊さんと呼ばれる少年の存在を創り出したのは、他ならぬダァグだ。しかし精霊さんの物語を紡いだダァグといえど、絵本の住人の心情や行動の全てを、把握することは出来ない。その意思までも制御は出来ない。与えられた土台で、住人は自身の意思で動く。


「ぶぉぅ……ぶぼ……どういうつもりだ? 何故あの者達に攻撃した?」


 フレイム・ムアが現れ、精霊さんを見上げて問う。この質問は確認だった。


「あれは害になる。排除した方がいい」


 端的に堪える精霊さん。


「どうして……? 無用な争いを……」

「そういう未来の可能性が見えた。予知した」

「予知能力……もあったのか」

「無いよ。いや、無かったよ。でも鮮明に見えた。そういう力が覚醒したのかも」


 尋ねるフレイム・ムアに、精霊さんが答える。


「ぼぉ……こちらの実験に協力する気は……?」

「その件に変更は無い。他の精霊も望んでいる」


 フレイム・ムアの確認に答えると、精霊さんは姿を消した。


(上手くいった……。こいつに、異界から来た者達への敵意……刷り込み……)


 精霊さんを見送り、いつも無表情なフレイム・ムアが、この時ほくそ笑んでいた。


(この人の仕業だったのか)


 フレイム・ムアを別次元から見下ろしながら、ダァグはようやく理解した。ダァグが描いたキャラクターの一人であるが、最早ダァグの手を慣れて勝手に動いている。


***


 ケロンの館に戻るユーリ、ミヤ、ケロン。いつの間にか、フレイム・ムアの姿が無い。


「あのフレイム・ムアという男はどうしたね?」

「鎮魂の碑のチェックをしに行くと言っていた。まだ壊されていない場所は警備を強化するそうだ」


 ミヤの質問に、ケロンが答えた。


 ケロンと別れ、与えられた個室へと戻るミヤとユーリ。


「よー、おっかえり~。そっちも色々あったみてーだなー」


 嬲り神が出迎える。


「ここは儂等の部屋だろうに。そんな汚いなりで入ってくるんじゃないよ」

「ひひひ、つれねーなー」


 ミヤが不機嫌そうに言うが、嬲り神は笑い、出ていこうとしない。


「少しくらいお話ししようぜ? いいだろ~?」

「そっちも? そっちは何があったの?」

「秘密~♪ 秘密ひぃみつひっみつ~♪ 秘密の~♪」


 ユーリが問うが、嬲り神はおかしな歌を歌ってはぐらかす。


「話をしようといって秘密だとぬかす。文字通り話にならないじゃないか。とっとと出ていきな」

「まあまあ師匠……」


 けんもほろろなミヤを、ユーリがなだめる。まだ嬲り神に訊きたいことがあった。


「精霊さんを僕達に仕向けたのは嬲り神の仕業?」

「何でもかんでも~♪ 俺のせいにすんなよ~♪ ま、疑われてもしゃーないか。その展開じゃあよぉ」


 歌を途中で止めて、小さく溜息をつく嬲り神。


「俺の仕業じゃねぇよ。そしておそらくはダァグ・アァアアの仕業でもねえ。そういう過度な干渉はよぉ、あいつはしねえんだ。出来ねぇと言ってもいいかな? 精霊さんとやらの考えか、あるいは他の誰かの考えに影響をうけたかの、どちらかだろうな。正直俺にはわかんねーよ」

「意味がわからんのー。精霊さんが儂等を敵視する理由など、思いつかん」

「僕にもわかりません」


 嬲り神の言葉を聞き、ミヤとユーリは顔を見合わせる。


「あの不気味男はどうしたよ」


 今度は嬲り神が尋ねる。フレイム・ムアのことを指している。


「お前も十分不気味だろうに、よく人のことを不気味呼ばわりできるもんだよ。ケロンの話では、鎮魂の碑のチェックに行ったとよ」

「そうかよ。俺は不気味なだけじゃなく不潔で不浄なんだぜ~。ヘハヘハヘハヘハヘハ」


 ミヤの憎まれ口をきいて、嬲り神は何が楽しいのか、奇怪な笑い声を発していた。


「自慢気に言うことじゃ――」


 言いかけて、ミヤの言葉が途中で止まる。


 ミヤもユーリも揃って固まってしまった。そんな二人を見て、嬲り神はニヤニヤと笑う。二人の身に何が起こったか、嬲り神は理解している。


***


・【シャクラの町にいらない子ファユミ】


 ファユミはその容姿や喋り方から、子供の頃に学校でいじめられていた。いじめられることがファユミの日常であった。なじられ、避けられ、忌避の視線を浴びせられることは、自分の運命だとファユミは受け止めた。


 彼女の心は幼くして硬くなった。罵られようと殴られようと、その表情に変化は見受けられない。

 しかし、実際の所は何を言われても傷つかないわけではない。辛くなかったわけではない。何も感じなかったわけではない。ファユミはただ我慢していたにすぎない。


「お前みたいに気持ち悪い子は、この町にいらないんだ。出て行けよ」


 ある時、悪童からそう言われた時、ファユミはその痛みに耐えられず、無表情のまま、涙を零した。


 そんなファユミを見て、悪童達は顔色を変える。


「な、何だよ……お前も泣くことあるんだな」


 罵った悪童は、臆した顔つきになっていた。他の子達も戸惑っている。


「悪かったよ……。ごめんよ」


 突然謝り出した悪童を見て、ファユミは理解する。自分が無反応だったからこそ、この子達は罪悪感を覚えることなく、いじめを楽しめたのだ。しかしファユミは許すつもりはなかった。


「謝ってるだろ! 何とか言えよ! いらない子って言ったのは悪かったよ! いらない子なんかじゃないよ!」


 とうとう泣きだして喚くその子を無視して、ファユミは立ち去る。


 その日以降、その子達からはいじめられなくなった。しかし別の子達からは相変わらずいじめられていたので、ファユミの日常に特に変化は無かったが、ファユミはその日の出来事が心に突き刺さった。それはただいじめられるより深く、心に刺さった出来事だった。


 いらない子だと言われたファユミは、本当に彼等にとって、いらない子になった。彼等はファユミをいじめて遊ぶ対象としてファユミに接していたが、いじめをやめた瞬間、ファユミに近付かなくなった。つまりはいらない子になった。


 例えいじめられていようと、人と接していた方がいいのだろうかと、ファユミは自問する。それは断じて違うと、すぐにファユミは自答する。

 一方でファユミの頭の中に、あの台詞が焼き付いている。あの時のあの子の顔が忘れられない。


 やがてファユミは現実での希望を捨て、絵の中に美の世界に耽溺していた。現実から目を背けていた。


 しかし父親に政略結婚を強いられ、ファユミは醜い現実に引き戻される。嫌でも醜い現実と向かい合わなくてはならなくなる。


 結婚相手の男は、ファユミを一目見るなり、顔を引きつらせてのけぞっていた。化け物を見るかのような目でファユミを見ていた。そんな反応は見慣れたファユミであっが、その男の反応は際立っていた。無理も無いとファユミは思う。結婚相手が、自分のような女なのだからと。


 主人となった男は、ファユミに近寄ろうともしなかった。公式な場で仕方なく手を取る場面はあったが、その際に、主人はいつも震えており、総毛立っているのがファユミに伝わった。主人が自分を毛嫌いしている度合いは、凄まじかった。


「お前みたいな醜い女、近寄りたくない。顔も見たくない。同じ家で呼吸するのも嫌だっ。お前なんか生まれてきた事が失敗の、おぞましいクリーチャーだっ。首でも吊って死ねっ」


 やがて主人はファユミをそう罵るようになった。さらには、暴力も振るうようになった。

 最初の頃は、自分のような醜い女を押し付けられて可哀想だと、主人に同情もしていたファユミであったが、やがてその気持ちも無くなった。


 ファユミは思い出す。かつて自分に暴力を振るっていたが、謝罪して泣き叫んでいたあの子を。

 あの子の心には、きっと深い傷が残っただろう。その傷をつけたのはあの子自身であり、ファユミでもある。あの子をあの場で許してやればよかったと、大人になったファユミは思う。そうすれば、何か運命が大きく変わっていたのではないかと。


 主人となったこの男も、かつてのあの子のように、ファユミの存在そのものを否定する。この男はかつてのあの子のように、謝罪して心を改める可能性はあるだろうかと、心の中で問う。そしてすぐに、心の中で答えは出る。考えられない。全く無いと。あの子とは根本的に違うと。

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