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24-11 近親憎悪は反吐が出る感覚に似ている?

 ガリリネ、ノア、サユリは三人揃って同時に、インガの過去を描いた絵本を頭の中で見せられていた。人喰い絵本に吸い込まれた者達は全員、同時刻に同じ絵本を頭の中で見ている。

 ノアとサユリは一瞬硬直したが、すぐに意識を元に戻す。しかしガリリネは呆然とした顔のままだ。いや、呆然どころか愕然としている。


「この子、どうしたのであるか?」


 目を大きく見開いて、血の気の失せた顔で硬直したままのガリリネを、サユリが不審げに見やる。


 ガリリネは激しい胸の痛みを覚えていた。さらに、壮絶に気分が悪くなり、嘔吐感すら覚えていた。


(同じだ……。僕とほとんど同じようなことしてた……)


 吐き気の正体はわかっている。近親憎悪を覚えてからだ。ガリリネもかつては人形でおままごとを続けていた。それは現実逃避からくる行為だった。


「インガさんは……ずっと人形遊びしてたんだね……。皆にいじめられて、そうなったんだね……」


 涙声で語りかけるノア。


「ノアちん、泣いてる?」

「泣いてないよっ」


 サユリが驚いてノアを見ると、ノアはサユリに背を向けて顔を拭う。


 一方、ガリリネは心ここに非ずといった顔で、虚空を見上げていた。


『カワイソウナがりりね。私がツイテイルヨ』


 ガリリネの脳内にそんな声が蘇る。その声はガリリネ自身のものだ。ガリリネが女の子の人形を見つめながら、人形が喋っているという設定で発した台詞だ。


(みじめで……キモい……あの時の僕……。この世で一番情けない……)


 インガへの共感、胸の痛み、穴に隠れたいほどの外しい気持ちが、同時に沸き起こる。


「ええ、そうよん。インガちゃんは、子供の頃からいじめられていたからね~」


 嬲り神に壊された人形を愛おしげに撫でながら、インガは言った。


「人形だけはインガちゃんをいじめなかったの。いつもインガちゃんに優しい言葉をかけてくれた。インガちゃんと遊んでくれたわーん。だからインガちゃん、全然寂しくなかったもん」

「僕もだ……。でも……違う」


 ガリリネも人形が慰め相手だった。人形相手に喋っていた。人形に自分を慰める台詞を言わせた。自分の口で自分を慰めていた。インガと同じことをしていた。しかし、ずっとそうだったわけではない。


 ある時、自分が人形相手に慰めている情けなさと惨めさを意識してしまい、ガリリネは絶望した。自分がとても恥ずかしくて惨めなことをしていると、そう意識してしまった。その時点で、人形を捨てた。おままごとをやめた。

 自分の行為を惨めだと思う一方で、大事にしていた人形を全て捨てたことに激しい後ろめたさを覚えたガリリネは、混乱と苦悩の末、記憶に蓋をしていた。胸の痛みも消えた。

 自分と似たようなことをするインガと出会って、記憶の蓋は開いたが、こんな気持ちにはならなかった。過去のことだとして、自分を制御出来ていた。


 だが絵本によってインガの過去を直に見せられた事で、ガリリネの精神は大きく揺さぶられてしまう。


「人形は喋ったりしないっ! それは妄想だっ!」


 突然叫んだガリリネに、三人は驚いた。ガリリネは涙をこぼしていた。


「ガリリネ……いきなりどうしたの?」

「ひどいのでして。お婆ちゃんが泣きそうなのだ」


 ノアとサユリが言う。


「お婆ちゃんは泣きそうで済んだけど、ガリリネは泣いてるのだ。こうなったら豚を出すから、これで心を落ちつけるのである」


 そう言ってサユリが魔法で豚を呼び出す。


「ぶっひんぶっひん」


 サユリが呼び出した豚を、ぺしぺしと軽く叩きはじめるノア。


「こら。ノアちんのために出したのではなくして」

「ケチ。別にいいじゃない」


 サユリが注意するが、ノアは聞かない。


「あらあら、可愛い豚さんね~。インガちゃんの家には豚さんの人形やぬいぐるみもあるのよ~」


 インガが豚を撫でながら言った。


「それは素晴らしいことなのだ」


 インガを見てにっこりと笑うサユリ。


「あたくしとインガさんは似ているのだ」


 サユリがぽつりと呟く。実はサユリもインガに親近感を抱いていた。


「一人で実況解説したり、豚だけが友達だと言ったりするサユリとは、確かに同族っぽい」


 言いながらノアは魔法を発動させて、嬲り神に壊されたインガの人形を直す。


「あらあら、直してくれたの~? ありがとさままま~」

「どうってことない」


 感謝感激するインガの前で、ノアは得意満面になる。


「ガリリネ君、もう泣き止みなさい。インガちゃんはガリリネ君のことちっとも悪く思ってないわよ~」


 インガが優しく声をかけると、ガリリネは鼻をすすって目を拭う。


「ごめん……インガさん。酷いこと言って、ごめん……」

「すまんこって言おう」


 謝罪するガリリネに、ノアが横から口を挟む。


「うるさいノア。今真面目な場面なんだから茶化さないで」

「俺だってふざけてなくて大真面目だ。これだからガリリネはガリリネなんだよ」


 ガリリネが憮然とした顔でノアに言うと、ノアも不機嫌な顔になって言い返す。


「僕もインガさんと同じだった。家族を失って、人形相手に……同じことしてた。それで……辛い気持ちを誤魔化していた」


 暗い面持ちで述懐するガリネ。


「まあ人形相手にお喋りは、実際傍から見ればキモい。それは事実。そう思うのは仕方ない」

「黙れノアっ!」


 思ったことを口に述べるノアに、ガリリネは語気を強めた。


「ひどいわーん。人形さんを直してくれたからいい子だと思ってたのに~」

「いい子なわけがない。俺は悪だよ」


 インガがやんわりと抗議すると、ノアは勝ち誇ったかのように歪んだ笑みを広げてみせた。


***


 ユーリとミヤは、ケロンとフレイム・ムアと部下達と共にアリシアに会いに行く移動中、インガの絵本を見た。


「今のは……この間と同じですね。途中からエピソードを見ましたよ」


 神妙な面持ちになるユーリ。


「絵本の作者ダァグ・アァアアが絵本の在り方を変えたらしいが、儂等が彼奴と遭遇したあの時以降は、似たような報告は無かった。儂等が入っていることを確認して狙ったうえで……というのは考えすぎかの? ユーリや、お前はどう思う?」


 ミヤが見解を口にしつつ、ユーリの意見を伺う。


「考えすぎではないと思います。この世界そのものに、僕達を呼び込む狙いがあったのでしょう。通常より大きい入口であったこともそうですけど、以前にも吸い込まれたチャバックを標的にしていましたしね」

「つまり儂等が来ることも意識していると、見てもよいな」


 喋っていると、前を歩いていたケロンが足を止めた。ケロンの側に馬が止まり、馬から降りてきた男がケロンに何やら耳打ちしている。


「目的地が変わった。アリシア達が移動している。よりによってあの場所にな」


 ケロンがオレンジの柱を見上げ、忌々しげに顔をしかめる。


「あれは何なんだい?」

「鎮魂の碑。精霊と呼ばれる者達を封じるものであり、この町の要でもある重要な建造物だ」


 ミヤの問いに答えるケロン。


「ここもフレイム・ムアが管理している。鎮魂の碑近くに彼の一族が常駐している」

「ぶぉぉぅ……ぶぅぅ……ぼおぅ……ぼぶぼぶっ……」


 ケロンの傍らに突き従う不気味な術師フレイム・ムアが、奇怪な唸り声を発する。


「どうやらアリシアは、君達と同じ異界の住人とつるんで行動しているようだぞ」

「ふん、そうかい。そいつらが儂等の味方かどうかはわからんよ」


 部下からの報告を伝えたケロンに、ミヤは鼻を鳴らして空っとぼけた。


「こちらにとっては僥倖ですね」


 魔法でミヤにだけ聞こえる声で囁くユーリ。


「ああ、上手くいけば会えるかもしれないね。まあ……必ずしも良い展開が待っているとも限らないから、油断禁物だよ」


 同じく、ユーリにだけ聞こえる声で返すミヤ。


「サユリさんを呼んでよかったんです? 師匠、以前はサユリさんのことあてにしないスタンスだったのに」

「昔はそうだったけどね。しかし……最近あいつと関わって、ちょっと考えが変わったよ。あいつはわりと役に立ちそうだし、それほど毒があるわけでも無さそうだし、今後何度か使ってやっていれば、サユリ自身にも変化がありそうだよ」


 ユーリの疑問に、ミヤは笑い声を交えて答えた。


***


 鎮魂の碑に向かうアリシア、チャバック、ジヘパパ、ウルスラ、オットーであったが、チャバックとウルスラとオットーの動きが急に止まった。


「そこの三人~、どしたどしたー?」


 アリシアが三人の前で素早く手を振って反応を探る。


「実は――」


 チャバックは頭の中にインガの映像が見られたことを、正直に述べた。


「皆の頭の中に昔のインガさんの記憶が移るなんて、不思議な話だね~」


 腕組みして感心するアリシア。チャバックの言うことをそのまま信じている。


「信じがたい話だが、三人も同時に変な感じになっていたし、嘘をついているようには見えないな」


 と、ジヘパパ。


 再び歩きだす五人。


「えっとねー、あのオレンジの柱のすぐ近くにまでは行けないんだー。大地主のケロンさんの土地で、入れてくれないの。でもある程度近づくだけでも、精霊さんの力は強まるし、現れやすくなるし、会話も出来るようになるから」


 歩きながらアリシアが解説した。


「精霊さんと深く語り合えば、ジヘもきっと心変わりしてくれるな」

「う~ん……」


 確信を込めて言い切るジヘパパの言葉を聞き、チヤバックが難しい顔になって唸る。


「ついていって本当に大丈夫か? 危ない気がしてならないぞ」


 オットーがウルスラに囁く。


「でも色々調べないと……どうやって元の世界に戻るか、その方法を探るためでもあるよ」


 と、ウルスラ。


「そりゃそうだけどよう……」


 いざ危険が及んだ時、ここにいる自分達だけでは力不足で対処できない気がして、危ぶんでいるオットーである。


 やがて五人はオレンジの塔の近くに辿り着き、足を止めた。

 高い塀が張り巡らされているうえに、周囲には屈強な男達が警護している。


「精霊さんは?」

「今……いないね」


 ウルスラが尋ねると、アリシアがかぶりを振る。


「え……?」


 真っ先に気が付いたのはオットーだった。


 ユーリ、ミヤ、ケロン、フレイム・ムア達が、こちらに向かってくる。


「あーっ、ユーリと猫婆だっ」


 ユーリとミヤの二人を見て、表情を輝かせるチャバック。


「ケロン……さん……」


 そんなチャバックとは対照的に、アリシアはケロンを見て蒼白な顔になっていた。


「やあ我が孫娘アリシア。元気そうで何よりだ」


 ケロンはアリシアを見て、ひどく冷たい声を発した。

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