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24-9 人はそうそう学習しない生き物だってこと

 ディーグルはファユミと共に別室に移り、椅子に座って絵のモデルを務めていた。


「私の我儘……付き合わせてしまい、申し訳なく……そして感謝しています」

「いえいえ。こちらこそ泊めて貰った上に、目的の人達に引き合わせて頂いて、とても感謝していますよ」


 絵を描きながら何度目かの感謝を口にするファユミに、ディーグルも柔和な口調で感謝の言葉を返す。


「ディーグルさんにも精霊さんの加護があるのかもしれませんね」

「エルフは精霊と結びつきが強い種族なので、当然ありますよ」


 ファユミの言葉を受け、ディーグルは笑顔でそう返す。


(貴女の言う精霊と、私の知るエレメンタル類とでは、大分違いますけどね)


 口の中で付け加えるディーグル。そしてディーグルはエルフが得意とする、精霊エレメンタルとの交信は行わない。


「下手な仕上がりでも……気を悪くしないでください……いえ、こんなこと言う方が失礼……」


 筆の動きを鈍らせ、躊躇いがちに言うファユミ。


「気を悪くすることはありませんが、どのような出来であろうと、私に見せてくださいね。私も絵は好きですので」

「絵……描かれるのですか?」


 ファユミが意外そうにディーグルを見た。


「もっぱら見る側です。昔、絵描きと知り合いだったような記憶が有ったような気がして、それでよく絵画鑑賞をしていますが、思い出せません」

「記憶……喪失なのですか?」

「はい。まあ、それほど悩んではいませんけど」


 二人が会話を交わしていると、部屋の扉が大きな音を立てて勢いよく開かれた。


 二人が視線を向けると、憤怒の形相の男が立っている。ファユミの夫だ。


「どうして私の朝食前に朝食を取ったあ!? お前の髪の毛が食堂に落ちていたじゃないか! お前みたいな醜い女の髪の毛一本たりとも、視界に入れたくないというのにィっ! 私の家で髪の毛落とすなぁあぁぁああ! お前など、生まれてきたこと事態が間違っている、邪悪なクリーチャーなんだあっ! トイレで練炭焚いて便器に頭を突っ込んで死ねィっ!」

「昨夜と同じような罵倒ですね」

「はい……。精霊さんの呪い……いえ、処罰です」


 騒ぎたてる旦那を見て、ディーグルが冷静に言い、ファユミはあまり感心無さそうに言う。


「ほんげええぇぇっ!」


 昨日と同様に、旦那は全身腐って果てた。


(同じ作業を繰り返させられているうえで、当人にその意識と記憶もあるようですね。表情も昨日と同じですが、目の光だけが違います)


 ディーグルはファユミの夫の瞳を見ていた。自由意志も奪われて、同じことを繰り返し、死を繰り返す、抜け出せないループにハマったことで、その瞳から光が失われ、絶望に濁っていた。


「これを見て、ファユミさんはどう思われているのです。いえ――見るだけではありません。暴力も振るわれているのでしょう? 辛くないのですか?」

「慣れました……。暴力も……痛くはありません。主人は見ての通り……私よりずっと小さいので……」

「精霊さんに頼んで、これを止める事は出来ないのでしょうか?」


 ディーグルが憂い顔で尋ねると、ファユミは悲しそうな顔になる。


「止めた方が……いいのですか? ディーグルさんのお好みでは……ありませんか?」

「忌憚ない意見を述べさせて頂きますが。良い趣味とは思えませんね。復讐を否定するわけではありません。私も復讐の念に捉われている身です。しかし一度果たせばそれで良いでしょう」

「ディーグルさんが……そう言うのではあれば……。でも、精霊さんに頼んで……聞いて頂けるかどうか……。精霊さん、どうでしょう?」


 ファユミが虚空を見上げて声をかけるが、精霊さんは現れない。


「答えは返ってきません……が、精霊さん……無視しているわけではなく……悩んでいる模様……です」

「にべもなく突っぱねるというわけではなく、耳に入れて、考えてはくれているのですね。精霊さんがそういう御方であることは、助かりますね」

「はい……」


 申し訳なさそうにするファユミに、ディーグルは明るい声をかける。


 その後しばらく、両者無言になる。


「疲れましたか?」


 話が途切れたうえに、明らかにファユミのペースがダウンしていることを見て、気遣うディーグル。


「はい……。いつになく力を入れて臨んで……まして。ディーグルさん……どうですか……? 疲れてらっしゃらない……?」

「私は大丈夫ですが、休憩にしましょう。ファユミさんは明らかにペースが落ちているようですし」


 そう言ってディーグルは席を断ち、ファユミに近付く。


「どれどれ」

「い、いけませんっ。なりませんっ。完成……するまで……は、ご覧にならないで……」


 絵を覗き込もうとしたディーグルだが、ファユミは拒んだ。


「そうですか。では完成を楽しみにしていますね」


 ディーグルがにっこりと笑う。


「気晴らしに外に行きましょうか?」

「よ、よろしい……のですか? 私なんかと……」


 ディーグルの誘いを受け、戸惑うファユミ。


「そう自分を卑下してはいけませんよ。行きましょう」


 ディーグルが手を差し伸べ、ファユミは恥じらいながらその手を恐る恐る取った。


***


 目抜き通りに繰り出すチャバック、アリシア、ウルスラ、オットー。


「今日も頑張って歌うよー」

「じゃ、私はそれに合わせて踊ってみるかなー。踊るの久しぶりだけど」


 アリシアが宣言して歌いだし、ウルスラが踊る。


 チャバックはぼんやりと二人を見ている。オットーがウルスラを温かい目で見守っている。


「またこの糞餓鬼がぁっ! 人の店の前で音痴な歌を歌いやがってよ! ルっせーんだよぉっーッ!」


 またもやあの蹴り男が現れ、喚きながらラアリシアを蹴ろうとしたが、チャバックが間に入って蹴りを止める


「チャバック君、止めなくてもいいよー。精霊さんが退治してくれるんだから」

「それでもオイラ、アリシアが蹴られるのを見るのは嫌だよう」


 微苦笑を零すアリシアに、チャバックは言った。


「プギャァァッ!」


 男が悲鳴をあげて倒れた。またしても男が精霊さんによって半分溶かされた。


(こんなの毎日見て……アリシアは平気なの? オイラだったら絶対に嫌になっちゃう)


 溶けた男を見て、憂鬱になるチャバック。


(チャバック、父さんが助かる方法を見つけて……助けて……)


 チャバックの中で声が響いた。ジヘの声だ。


 タイムリーなことに、そんなチャバックの前に、ジヘパパが現れた。


「ジヘ……どうして精霊さんを拒むんだ?」


 ジヘパパが曇り顔で問う。


「父さん……前も怪しい人に騙されていたのに、またなの?」


 質問に答えず、呆れ顏で問い返すチャバック。


「いや……前の怪しい武器商人と精霊さんを一緒にするなよ」

「父さん……こういうの、御成り鉄を不向きって言うんだっけ」

「同じ轍を踏む――だな。しかし今度は断じて違うよ。精霊さんは素晴らしいよ。信じていい。私達のような物に味方してくれる存在だ。私を欺こうとしていたあんな怪しい武器商人とは断じて違う。ジヘ、確かに以前は父さんが悪かった。あの時はジヘに助けられた。しかし今回は違うんだ。何故わからないんだ」

「わからないのは父さんの方だようっ」


 言い合いを始めたチャバックとジヘパパに、いつの間にはアリシアは歌うのをやめていた。ウルスラも踊りを止めている。


「チャバ……ジヘ君、ジヘパパさん、喧嘩しちゃだめー」

「ジヘパパさんて呼び名はちょっと……」


 アリシアが制止し、オットーがぼそりと呟く。


「喧嘩しているわけじゃないよう……」


 チャバックが嘆息した。


「うーん……アリシアさん、精霊さんの素晴らしさをジヘにわからせてあげて、安心してもらういい方法は無いものかな? どうすればいいかなあ?」

「どうすればいいかは、こっちの台詞だよう……」


 ジヘパパに台詞を聞いて、呆れるチャバック。


「ジヘ君。ウルスラちゃんとオットーさんも、精霊さんと深く触れ合ってみたらどうかなあ?」

「深く……?」

「何だか怖えーな。洗脳されるとかじゃないのか?」


 アリシアの提案を受け、ウルスラとオットーは揃って気後れした顔になった。


「いやいや、そんなことないぞ。心配しなくていい。あれの近くなら、もっと深く触れ合えるかもな」


 そう言ってオレンジの柱を指すジヘパパ。


「ファユミさんが鎮魂の碑って言ってたアレ?」


 ウルスラが尋ねる。


「あれは精霊さんの封印なんだけど、あれに近付くほど、精霊さんの力も強くなるんだ。あの中には入れないけど、近付くことは出来るから」


 アリシアが言った。


「行ってみよう」


 チャバックが促す。


「マジかよ」

「いいの?」

「わあい、行こう行こう」

「よし、行くぞジヘ」


 オットーとウルスラはさらに不安になり、アリシアとジヘパパは喜ぶ。


「怖いけど、人喰い絵本から出るためには、物語を進めないとだからね」

「そうか……」


 チャバックの言葉を聞き、オットーは不安げな顔のまま頷いた。


***


 ガリリネは一人、インガの家に招かれた。

 インガの家は庭からして人形だらけだった。不気味なデザインの巨大人形も幾つかあった。これは近所から文句言われても仕方ないと、ガリリネは思う。


「あーん、ライムがまたレナをいじめてる~」


 楽しそうに喋りながら、裸の子供の人形の腕で女性の人形の頭を挟むと、女性の人形の頭をもぎ取らせるインガ。ガリリネはそれをぼーっと見ている。


 インガの人形遊びを見て、ガリリネは昔自分が人形遊びをしていたことを思い出し、胸がちくちくとしている。人形は好きだし、思い入れもあるが、もう自分を慰めるための人形遊びは卒業した身だ。


(少し……胸が痛むけど。大丈夫だ。僕は平気だ。あれは子供の頃の話だし、似たような人が目の前にいたからって……うん、大丈夫だ……)


 動揺を抑えようとして、自分に言い聞かせるガリリネ。


「はい、ガリリネ君はカツヒコを持ってー。これでライムを止めてー」

(え……俺も参加するの?)


 インガが差し出す人形を受け取り、ガリリネは戸惑った。


 その時だった。インガの後方の空間が揺らめいた。


(空間操作?)


 その現象が初見ではないガリリネは、何者かが転移して現れると見てとり、警戒する。


 空間の揺らめきが広がり、空間の扉が開くと、中から一人の男が現れた。

 体中にゴミをくくりつけ、体にくくりつけた無数の縄でゴミを引きずって歩いている、汚いボロを纏った、非常に不潔な格好の男。その出で立ちをガリリネは、フェイスオンから聞いて知っていた。


「嬲り神?」

「おやおや~。こいつは嬉しいね~♪ 俺のこと知ってたよ~♪ どーして知ってー、いたのかな~♪」


 歌いながら、嬲り神は足元に落ちていた、黒い眼鏡をかけた天使の人形を踏み潰す。


「いやああああっ! エンジェルがぁあっ! 何するのぉぉっ!」


 人形を壊され、インガが半狂乱になって泣き喚き、嬲り神にくってかかる。


「おっと、悪い悪い」


 嬲り神が手をかざすと、インガは糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。しかし完全に倒れる前に、嬲り神がインガの小さな体をキャッチして抱きとめる。


「インガさん!」


 ガリリネが叫ぶ。


「つか何だよ、この人形だらけの家はよ。そしてこのイカれた婆も何なんだ? こんなのさらうとか、嫌なんだけど、な」


 嬲り神がぼやく。


(さらう? 嬲り神がインガさんを? しかもこの口振りだと、本意じゃないってことか)


 嬲り神の台詞が気になるガリリネ。


「じゃあな」


 インガを抱きかかえたまま、空間の扉の中に入り、去ろうとする嬲り神。


 ガリリネが輪を二つ飛ばす。狙いは嬲り神ではなかった。輪は嬲り神の両脇をすり抜けて飛ぶと、嬲り神の前方で巨大化した。


「おやおや~♪」


 空間の扉が、縦横に十時の形で、巨大化した輪が挟まって嬲り神の行く手を阻んだ。それを見て嬲り神は面白そうな声をあげ、ガリリネの方に振り返る。


「俺と遊んでほしいってことかァ? いいのかー?」


 汚い歯を見せてへらへら笑うと、嬲り神が今度はガリリネに手をかざす。


「ぐっ……」


 ガリリネは激しい眩暈を覚えて呻いた。意識が薄れていく。自分もインガ同様に気を失うのかと意識した。


 ガリリネの顔の輪が激しく回転する。命の輪と呼ばれるイレギュラーが、ガリリネにかけられた嬲り神の魔法を打ち破り、ガリリネの意識を元に戻す。


「お、やるじゃねーかよ~ん♪ よ~んよ~ん♪ 小動物の涙ぐましい抵抗~♪」

「この!」


 嘲りの歌を歌う嬲り神に、ガリリネが輪を二つ飛ばす。


 二つの輪は嬲り神の体を切り裂いたかと思いきや、体をすり抜けていった。


「おーやおやおやおや、残念だなァ。ちゃんとよく狙ったのかァ? 当たらなかったぞー?」


 嬲り神が嘲りながら、ゴミ袋の一つを手に取り、ガリリネに向かって投げつけた。


 ガリリネは避けようとしたが、ゴミ袋は空中で軌道を変え、ホーミングしてガリリネの頭部に当たった。

 ただ当たっただけではない。ゴミ袋が閉じていた口を開き、よろめくガリリネの頭部に、まとわりつく。そして袋の中にガリリネの頭を入れようとする。まるでゴミ袋が頭にかぶりついてくるかのように、ガリリネには感じられた。


(何て酷い攻撃だ)


 ガリリネは顔についた輪を巨大化して高速回転し、ゴミ袋とその中身を切り刻む。

 凄まじい悪臭と共に、ガリリネの体にゴミがぶちまけられる。


「美味かったか? 遠慮しなくてよかったんだぜ? 俺のプレゼントだ」


 ゴミ袋を切断し、かかったゴミを振り払ったその時、背後から嬲り神の声が響き、ガリリネはぎょっとする。


 振り向き様に輪を放つガリリネであったが、輪はやはり嬲り神の体をすり抜けていった。


 嬲り神が拳を突き出す。凄まじい衝撃を腹部に食らい、ガリリネは血を吐いて倒れる。


「おおっと、手加減したつもりだったが、強過ぎたかーい? 悪い悪い。いや、悪いのは弱すぎるお前だろォ~。ヒャハハハハハハ!」


 倒れたガリリネを見下ろして交渉をあげる嬲り神。


(歯が立たない。これは僕では勝てない……)


 自分と嬲り神の実力差を思い知り、ガリリネが絶望したその時だった。


「最悪。よりによってやっと見つけたのがガリリネだよ? しかも生きているし、ピンチだよ? あ、別に最悪じゃないか。むしろラッキーだ。殺される所を見学しよう」


 ガリリネが最も嫌う者の声が響く。口にしている台詞の内容を聞き、ガリリネは啞然としてしまう。


 見ると、部屋の窓が開き、ノアとサユリが中に入ってくる様が見えた。


「嬲り神、嬲り神と遭遇ですっ。そしてノアちんの友と交戦真っただ中に、遭遇してしまいましたっ」


 実況を始めるサユリ。


「いやあ、これは実にドラマチックなタイミングですねー。ノアちんの友人が嬲り神に敗れようという、その間際でしたよ~」


 口調を変えて解説をしだすサユリ。


「さあノアちん、友のピンチに颯爽と駆けつけるヒーローとなれるのか!? あるいは嬲り神相手にあえなく返り討ちにされてしまうのか!? 注目の瞬間です!」

「サユリ、その実況解説ウザい。あとノアちんはやめろと何度言えばわかるのかな? 脳に行くはずの栄養、乳に吸い取られてるの? 何よりガリリネは友達じゃない」


 熱い実況を行うサユリに、ノアはむっつりした顔で抗議し、毒づき、そして否定した。

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