24-7 精霊さんのルーツ
シャクラの町の中心部。上流階級が済む高級住宅街の中にある。一際豪奢な邸宅。
「ぬ~……アリシアがまた仲間を増やしただと……」
すべての指に指輪をつけた、ガウン姿の酷く人相の悪い肥満老人が、数人の男達を前にして、忌々しげに唸る。
この老人の名はケロン。シャクラの町では知らぬ者はいない大地主だ。町の建設にも深く関わっており、町長含め町議会議員との繋がりも深い。
「はい。精霊のことも認知出来ているようです。しかもかなりの数います」
「かなりの数か。もしかしてそいつらが――」
報告を聞いたケロンが部屋の隅を見やる。他の男達から離れた場所で、ぼろぼろの服を纏った汚らしい男が蹲っている。
「ははっ、そいつらが異界から来た者達さ~」
部屋の隅の男がへらへら笑いながら告げた。
「フレイム・ムア」
ケロンがまた別の男に視線を向け、そこに一人佇む男の名を呼ぶ。
術師の服を着た痩身の男が、片方の目の視線で応じる。口が半開きで、目の片方は白濁している。病人のような土気色の肌をしており、骨張った異相をした、不気味な印象を抱かせる男だった。
「鎮魂の碑の封が緩んだ気配は?」
「ぶぁぼぉぶぉ……ぶぉぶぅ……ぶぉぉ……無い……」
ケロンに問われると、フレイム・ムアと呼ばれた術師は、奇妙な唸り声を上げた後で、くぐもった声で短く即答した。
「ぶぅ……ぶぉ……ぶおぉ……ぶう……ぶぅ……」
「ふははっ、けったいな野郎だぜぇ」
フレイム・ムアを見て、ぼろぼろの服の汚らしい男が笑う。
部屋の扉がノックされた。
「入れ」
部屋の扉が明けられる。ケロンの手下が二名、恭しく一礼する。
「鎮魂の碑の側で、怪しい者と遭遇しました。戦闘になりましたが、全く敵いませんでした。力の持ち主です。もしかしたら、お客人の言われていた異界の住人で、ケロン様の力になるのではないかと見込み、交渉してこちらに連れてきましたが」
「いい判断だ。ここに通せ」
部下の報告を聞いて、促すケロン。
「異界の者とやら、本当にかなりの数が来ているようだな」
ケロンが再び、部屋の隅にいる汚らしいボロの男を見た。
「別にお前さんにとって、凶となるとは限ってねーぜ。安心しろよ」
「部下は吉に転ぶかもしれないと判断して連れてきたし、私はそれを称賛したばかりだが?」
ボロを纏った男が言うと、ケロンは無表情に返す。
「連れてきました」
部下が告げ、室内に二人の魔法使いが入ってきた。ミヤとユーリだ。
「嬲り神!」
ユーリが部屋の隅にいるボロの男――嬲り神を見て叫ぶ。
「おやおや、どこの誰かと思ったら、奇遇なことで」
へらへら笑いながら、とぼけた口調で言う嬲り神。
嬲り神は相変わらず汚らしい格好をしていたが、流石に家の中ということで気遣ったのか、ゴミを体にくくりつけたり、自分の体に結んだ縄につけたりするようなことはしていなかった。
「ふむ。知り合いだったか……」
ケロンが微かに眉をひそめる。知り合いのようではあるが、少年の反応を見た限り、仲が良い知り合いのようには見えない。
「ようこそ。異界の御客人。私はこのシャクラの町で地主をしている、ケロンという者だ」
ケロンが自己紹介する。
(悪人顔だ……。絶対にろくでもない人だ)
ユーリはケロンを一目見ただけで、嫌な印象を覚えた。
「力有る者と聞いている。こちらの話を聞いたうえで、その力を貸してくれまいか」
「話次第だね」
会うなりストレートに助力を乞うケロンに、ミヤが短く告げる。
「この町は今、難題を抱えている。精霊と呼ばれている異形と、その信奉者達によって、町は荒らされている。彼等をこの町から一掃したいと思うが、私達には力が足りない」
そう言ってケロンは、嬲り神を見た。
「この者が様々な知識を授けてくれたおかげで、多少は対抗できるがな。異界の力有る御客人が力を貸してくれれば、さらに心強い」
「儂等はこの世界に来たばかりで何も知らん。情報の共有をしたい所だね。そして儂等の目的は、この世界にやってきた儂等の世界の者全員を、元の世界に連れ戻すことだ。それが第一の目的だと言っておくし、そのための協力をしてくれるのなら、こちらも協力を惜しまないよ」
包み隠さず目的を述べるミヤ。
「ふーむ……。その方法が何であるかは……私にはわからないが……。力になってくれるのであれば、こちらとて協力は惜しまない。まずはそう――精霊とやらが何であるかだな。そしてこの町に起こっている現象を語ろう」
ケロンは語りだした。
精霊による殺人が行われていること。しかも殺された者が蘇っては、また殺され、延々と蘇生と殺害が繰り返していること。精霊に殺されている者は、特定の人物を虐げていたこと。精霊に殺されている者に虐げられていた者達は、精霊と交信が出来ること。
精霊の殺害は何度も繰り返され、その度に蘇生され、その光景も町の人間の多くが目撃しているが、精霊の力ですぐに忘れてしまうという。しかしケロンとその部下達は、術でガードされているので、それらの記憶操作の影響も受けないという話だ。
「つまり虐待の被害者が、精霊に願って、自分を嬲っていた者達をそういう目に合わせているということですか?」
ユーリが問う。
「断定はできない。願ったわけでもなく、精霊が勝手にしたかもしれない。その辺は曖昧だが、構図としては理解してもらえたか?」
と、ケロン。
「その現象が、お前にどう都合が悪いんだい?」
ミヤがつまらなそうな口振りで尋ねる。
「町の秩序を護りたい」
「ふん、お前がそんな良識がある人間に見えないよ。取り繕ってないで、さっさと腹の中を明かしな。情報を小出しにして、肝心なことを知らないままじゃ、儂等も動きにくいし、動いた所で不都合が出るかもしれないよ」
ケロンの答えを聞き、ミヤは笑い飛ばしたうえで要求した。
ケロンは大きく息を吐く。言いづらいことも口にしなくてはならないのかと、諦めの念による嘆息だった。
「精霊の正体は大体わかっている。あれは……精霊などではない。悪霊の類だ。四十年前、この町の建設の際に人柱にされた者達の霊だ」
(人柱だって……)
その台詞に反応し、眉をひそめるユーリ。
「人柱ってまた……随分と野蛮ですね」
「根拠のない宗教的儀式ではない。確固たる力がある。このフレイム・ムアの一族が術式に関わっている。彼の父親が儀式の中心人物だった。町の繁栄と安全のために、人柱を用いる儀式魔術を施した。しかし年月の経過と共に術の効果は少しずつ失われていき、封印が緩み、彼奴等はこの町で力を振るうに至った。そして精霊の信奉者がまた、精霊に力を与え、封印は緩む一方だ」
話を聞きながら、ユーリは胸のムカつきを覚えていた。そしてやっぱりこの男は見た目通りの悪人だったと、改めて認識する。
「封印が完全に解かれたら、町はどうなるかわからん。封印を管理し続け、四十年前に儀式に携わった私達は、殺される可能性が高いな」
淡々と語るケロン。
(胸がムカムカするね。まるで儂の過去にあてつけたみたいな話じゃないか。ディーグルも聞いたら怒るだろうね)
ユーリだけではなく、ミヤも怒りを感じていた。しかし怒りの理由は、ユーリのそれとは異なる。
***
一晩が明けた。
「はーい、ゴージンは今日も可愛いわねー。おやおや、アリアと乳くりあいたいの~? 女の子同士でいけないんだ~」。
リビングにて、インガは朝から人形でままごとをしている。ウルスラとガリリカネがその様子を近くで眺めている。
チャバックとアリシアとオットー、そして他の生徒達も、広いリビングで一ヵ所に集まっていた。寝る時は別の部屋であったが、その後は出来るだけ固まっていた方がいいと判断してのことだ。
「皆さん……おはようございます……。家がとても賑やかですね」
ファユミが現れ、挨拶したその時だった。
「何故私の視界内に入ったあ!? お前みたいな醜い女の顔など、永久に見たくないのにぃぃぃ! 同じ家で呼吸するなああ! お前なんか、生まれてきたことが失敗な、おぞましいクリーチャーなんだあっ! 崖から飛び降りて死ねえっ!」
ファユミが男に罵られ、暴力を振るわれる。
「何事だよ」
「あれはファユミの旦那さんだ……。召使いの人に聞いた」
「私、あの人と普通にお話したよ? いい人だったのに……」
「いくらなんでも酷いでごわす。止めないと」
「おい、やめなさいっ」
ドン引きする生徒達。何人かが制止もしようとしたが――
旦那の背後に、精霊さんが出現した。
「ほんぎゃあぁぁぁっ!」
その瞬間、旦那の全身が腐っていき、旦那は絶叫をあげて崩れおちた。
「朝から何の騒ぎ……って、ここにいたし……」
アルレンティスが現れ、生徒達の姿を見てぽかんと口を開く。
「皆さん、ここにおられましたか。貴方達を助けに来ました。はぐれてしまいましたが、ミヤ様達も来られています」
ディーグルも現れ、生徒達に声をかけてから、腐れ落ちた死体を見やる。
「これは昨日の……?」
「うん……間違いない。今聞いた叫び声も同じだったし……」
昨日精霊に殺されたはずの、ファユミの亭主の亡骸が、昨日と同じ死に方でこの場にある事に、ディーグルとアルレンティスは不審な面持ちになる。
「お知り合い……でしたか。しかし、助けに……とは?」
ファユミがディーグルに向かって尋ねる。
「話すとややこしいのですが、私はこの方々を安全に町の外に連れ出したいのですよ」
「連れ出したい……? 連れ出せばいいのでは?」
ディーグルの言葉を聞いて、不思議そうに尋ねるファユミ。
「それが難しいことだから問題なのですよ。極めて特殊な事情がありまして」
説明が非常に難しく、どこまで喋ったらいいか判断にも困るディーグルだった。
「夢見る病める同志フェイスオンの昔のお仲間のアルレンティスさん、僕はフェイスオンの夢見る病める同志のガリリネなんだけど」
一方でガリリネが、アルレンティスに声をかけた。
「その変な二つ名……? いちいちつける必要無くない……?」
アンニュイな声で言うアルレンティス。
「あのねあのね、この人達にはすべての事情を話した方が、手っ取り早いと思うんだあ」
チャバックが主張する。
「信用できるの……?」
「オイラは信用していいと思うよう」
アルレンティスが確認すると、チャバックは力強く頷いた。
「うん、私も信用される側だけど信用されていいと思う」
「インガちゃんもそう思うわっ」
アリシアとインガが二人並んで、胸を張って主張した。
***
図書館亀の中、メープルFと宝石百足が向かい合っている。
「ダァグ・アァアアと嬲り神の計画――続きの物語は、二人にとっても初の試みよ」
「実験台にされる方はたまったもんじゃないわね」
宝石百足が静かな口調で告げると、メープルFが吐き捨てる。
「描かれた絵本の世界って、未来だけではなく過去も創られるのよね?」
「そうね。描いた世界はその時点で過去も未来も創られる。横にも縦にも、作者の知らない領域まで世界は広がる。元からあったことになる」
メープルFの確認に対し、宝石百足は厳かな口調で話す。
「それで何の実験?」
「一度創られた世界にもう一度干渉してみることで、今ある他の絵本に対する作用を計る」
メープルFの問いに答えたのは、宝石百足ではなかった。
「嬲り神と因縁の深い魂を使ってみた」
いつの間にか現れたおかっぱ黒髪に和服姿の少年が、今回の方針を語る。
「外の世界から呼び寄せた者達の干渉による影響。それを観測したい。これから描く絵本にも影響するよ」
人喰い絵本の作者ダァグ・アァアアが、自身の目論見を語ると、メープルFが憂い顔になる。
「そして作った物語の舞台が、メープルCと同じ発想ね。犠牲の礎の上に安寧を築く」
シャクラの町を意識し、かつての同胞が行ったことを意識し、メープルFは胸の疼きを覚えていた。




