24-5 精霊さんはお手軽にできる
先程はチャバック達から離れた場所で死んだが、今度は見ている前で死んだ。精霊さんが男に重なると、男の半身が溶けて死んだ。
先程と同様、通行人達も多く目撃している。通行人達もざわついている。
「同じことが繰り返された?」
ガリリネが呆然として呟いた。
「何だ、これ……。絵本と同じく、精霊さんにやられたってのか?」
初見のオットーとウルスラ達は、別の意味で引いていた。
「それだけじゃない。これは二度目だ。この場面はさっきも見た。この男が死ぬのを見るのはこれで二度目だ」
「は? どういうことだ?」
「死がループしてるってこと?」
ガリリネの台詞に驚くオットーとウルスラ。
「もーしつこいわね~。アリシアちゃーん。精霊さーん、インガちゃんを助けて~」
そこにインガが戻ってきた。
「あの人は……」
インガを追ってきた男を見て、チャバックが呻く。ガリリネと他の生徒達も驚愕していた。
インガがアリシアの後ろに隠れる。
「しつこいじゃねーんだよババアっ。家の前の不気味人形を片付けろよ! 庭にも門の前にも塀の上にも不気味な人形だらけで、街の美観を損ねているんだ!」
「台詞は微妙に違っているけど、これは……」
「まさかまた……?」
男の台詞を聞き、生徒達が呟く。
「そんな酷いこと言うと、精霊さんがぷんぷんだよー」
アリシアが男を見上げて告げた。
「うるせえ! 何が精霊さんだ! いい加減に……」
「どけどけーっ! 暴れ象だぞーっ!」
男の声が遮られる。叫び声と共に、暴れ象が駆けてきたのだ。通行人達も魔術学院の生徒達もアリシアとインガも、一斉に道の脇へと移動する。
しかしどういうわけか、インガに怒鳴りつけてきたあの男は、移動しようとしない。その場で固まっている。
「ぎゃっ!」
暴れ象が男を踏み潰した。血が、臓物が飛び散る。ウルスラとチャバックは目を背ける。
「同じ人間が繰り返し罵倒して、繰り返し死んでる?」
「幻覚か何か?」
「全員に見せている幻覚なんてあるかよ……」
「まるで東方のブッキョーに出てくる等活地獄だ」
男の無惨な亡骸を見て、生徒たちが囁き合う。通行人達も立ち止まり、男の死体を見てざわついている。
死体を棒でつつくガリリネ。
「おいおい……何してんだ」
オットーがガリリネの行動を見て顔をしかめた。
「幻覚じゃないことを確かめてるんだよ」
ガリリネが言った直後、男の亡骸が消えた。そして野次馬となっていた通行人達も、一斉に表情が一変し、何事も無かったかのように歩き出す。
「消えた?」
「他の人達の反応もおかしい。まるで記憶を消されたかのように……」
「どういうこと?」
どよめく生徒達。
「人をいじめるような、悪いことをするからよ~。あの人はインガちゃんをいじめたから、精霊さんが怒って、罰を与えたのよー」
「そうよそうよー。精霊さんは見逃さないわよーん」
アリシアが楽しそうに告げ、インガがこくこくと首を縦に振って同意する。
「いや、そうじゃなくて、今の人さ、さっきも死んでいたよね? それに町の人達の反応もおかしいし」
「だから、精霊さんが怒って罰を与えているのよ~ん」
ウルスラが言うも、アリシアは同じことを口にするだけだ。
「悪いことって……この人は確かにガラ悪かったけど、死ななくちゃならないようなことした?」
チャバックが当然の疑問を口にする。
「うふふふ、精霊さんは許さなかったみたいね~」
「精霊さんが~♪ 判断したーんだからあ♪ 仕方なーいないなーい♪」
インガが爽やかな笑顔で答え、アリシアは楽しそうに歌いだした。
「何か怖い……」
ぽつりと呟くウルスラ。
「インガさん、人形の服が破れてる」
ガリリネが指摘した。
「あ、よく気が付いたわね~。今必死で逃げてきたから、そのはずみでどこかに引っかけちゃったのかしら」
インガが人形の服を確認する。
「この人形、僕が昔持っていた人形に似てる」
「あらあら、貴方も人形が好きなの~?」
ガリリネの台詞を聞き、インガが表情を輝かせた。
「好きっていうか……」
周囲の目を気にして、羞恥心全開になって俯くガリリネ。
「男の子だからって、人形が好きなことを恥ずかしがることはないのよ~」
「皆の前で大声で言わないでよ。恥ずかしいものは恥ずかしい」
からかうような口振りのインガに、ガリリネが抗議する。
「そろそろ日暮れだ」
オットーが言った。いつの間にか夕方になっていた。
「これからどうする?」
「どこか休める場所が無いかな」
「この人数が居られる場所なんて……」
「野宿はヤーヨ」
「この世界でこっちの金使えるの?」
生徒達が今後の方針について話す。
「そういうことならファユミさんに相談してみましょう。あの方はお父様が大財閥の当主、旦那さんは大貴族のぼんぼ……もとい嫡男なのよーん」
「今ぼんぼんて言おうとしたな」
インガの台詞を聞いて思わず笑うオットー。
「ファユミって……さっき会った人だね」
「精霊さんとアリシアのことも知ってたよ」
ガリリネとウルスラが言った。
「それなら丁度いいー♪ らららら♪ いっつ御都合主義~♪」
アリシアが妙な歌を歌いだすと、本当に都合よくファユミがやってきた。
「召喚の歌成功~♪」
「そうなのぉ?」
「そうだよ。精霊さんが御都合主義パワーを発動させたに違いないよっ」
喜ぶアリシアにチャバックが声をかけると、アリシアは笑顔のまま主張した。
「初めまして……皆さん。精霊さんの新たな友人達……同胞……嬉しく思います……」
ファユミがたどたどしいながらも、優雅な仕草で丁寧に挨拶する。生徒達の何人かは挨拶し返す。
「ジヘさん……? どうしてここに?」
「え?」
チャバックのことを見て、ファユミは意外そうに声をかけた。声をかけられた。
(どうしよう……)
どうやらジヘの知り合いだということがわかって、チャバックは対応に困る。
(大した知り合いじゃないから、気にしなくていいよ)
チャバックの中でジヘの声が響いた。
「あれあれ? ファユミさん、ジヘ君イコールチャバック君のこと知ってるの~?」
アリシアが尋ねる。
「はい。ジヘ君のお父さん……精霊さんの同胞ですし、今……私の家に遊びに来ています」
「え……?」
(うん……そういうことなんだ……)
ファユミの言葉を聞いて、チャバックは驚いたが、チャバックの中でジヘが嘆息していた。
***
魔術学院の生徒達は、ファユミの家に全員で移動した。アリシアとインガも来た。到着した頃には陽が沈んでいた。
ファユミの家は豪邸だった。そしてファユミが言った通り、ジヘの父親がいた。
「何で父さんまで精霊さんを?」
チャバックがジヘパパを前にして尋ねる。
「ジヘ、お前も精霊さんを知っているのか? いや、見えるのか?」
ジヘパパが少し嬉しそうに確認する。チャバックは無言でうなずく。
「ジヘ、精霊さんは素晴らしいよ。私達のような弱き者の味方で、私達を虐げる悪い奴等を懲らしめてくれるんだ」
「懲らしめるのはともかくとして、死なせるなんて、やりすぎじゃない?」
嬉しそうに語るジヘパパに、ウルスラがもっともなことを口にする。
「やりすぎ……? 違います。人を苦しめる存在……消えてくれた方がいいのです」
ファユミが静かに断言する。
(それは……そうかもな……。俺もそれはわかる)
そう思うオットーであったが、口にはしないでおく。
「そうだよ。私も今の職場のパワハラ上司が消えてくれて、毎日が凄く快適になった」
「父さん……おかしいよう」
ジヘパパがなおも主張すると、チャバックが悲しげな声と顔で訴える。
「精霊さん……否定するのですか? ジヘさんにも精霊さん……見えるというのに……」
一方でファユミも悲しげな表情になる。
「自分が気に入らない人がいなくなってくれれば、それは嬉しいけど、でもそれは何か違うよっ」
「得体の知れない大きな存在の力で殺して貰って、それを肯定し、喜ぶのは確かに歪だよね」
チャバックとガリリネが言った。
「ジヘさん……皆さんも聞いてください。私……政略結婚を強いられました。互いに恋愛感情も無いのに……結婚しました」
突然身の上話をしだすファユミ。
「夫は私に触れた事……ありません。夫……最初から私を毛嫌いする素振り……隠しもせず、そのうち私を罵倒するように……なりました。お前みたいな醜い女……顔も見たくない……同じ家で呼吸するのも嫌だと……。生まれてきた事が失敗のおぞましいクリーチャー……首でも吊って死ね……と……」
「ひどすぎる……」
「言葉の暴力だ」
「最低……」
「流石にこれは死んでいいレベルだろ」
生徒達が顔をしかめ、ファユミに同情する。ファユミに同調する者もいた。
「そんな夫を……精霊さんが……罰してくれました。私……とても楽になりました。精霊さん……否定するなら、私……あのまま……苦しいままがよかったと……いうことですか?」
「そ、それは……」
ファユミに問われ、チャバックは言葉に詰まる。
「ジヘ、精霊さんは正しいよ。私達も精霊さんに力を貸そう。そうすればもっと多くの人が救われる」
「力を貸す?」
熱のこもった口調で訴えるジヘパパに、チャバックは不吉な予感を覚えた。
「精霊さんのことを想えば、それが精霊さんの力になるのよ」
「祈れとか崇めろとか……そこまで言いません……。ただ、想えば……力……与えます」
「声をかけても、笑顔を向けても、精霊さんは喜ぶわん。人形劇を見せれば、もっとパワーが漲っちゃうからん」
アリシア、ファユミ、インガが口々に解説する。
「実にお手軽だ。それで世の中の悪が消え、多くの人が幸せになるんだからな」
ジヘパパがチャバックになおも訴える。そんなジヘパパの言葉と笑顔を見て、チャバックの胸が激しく痛み、同時に気持ちが爆発した。
「それでもオイラは……人殺しの片棒担ぎなんて嫌だよ! 間違ってるっ!」
チャバックが大声で叫び、その場を飛び出した。
「待って! チャバック君!」
アリシアが心配して追いかける。チャバックは窓を開けて、庭へと飛び出していった。
「人殺しの片棒担ぎ……とは、酷い言い方」
庭の方を見て、残念そうに言うファユミ。
「私……用事……ありますので、席を外します。外に出てきます……。用件は執事やメイドに……」
そう言い残し、ファユミが去る。
庭へと飛び出したチャバックは、自分の心に吹き荒れる感情を不思議に思い、立ち止まった。
(何でオイラ、逃げ出したんだろ。この気持ちは何? 凄く悲しんでる。凄く辛い。物凄く胸が痛いよ……)
目を潤ませながら、チャバックは夜空を見上げる。
(ああ、これってジヘの気持ちなんだ。オイラとジヘは繋がっている。今はオイラがジヘになりきってるけど、ジヘもちゃんとここにいる。さっきの話を聞いているんだ。そして……お父さんが精霊さんを信じて、あんなこと言ってるから、それでこんなに悲しんで、あの場にいられなくて、飛び出てきちゃったんだ)
自身の中であれ食らった感情の嵐や、衝動的な行動の理由を、チャバックは理解した。
(僕のせいでチャバックが苦しんでいるのか……。ごめんね)
ジヘがチャバックに謝罪する。
(君達が見た絵本? とは、微妙に話が違うね。僕はすでに父さんが、精霊さんに熱をあげていることを知っていた。ファユミさんとも面識があった)
(うん……微妙に色々と違ってるみたい)
ジヘの言葉にチャバックが頷いたその時、アリシアがやってきた。
「チャバック君、それにジヘ君も……大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ……。ジヘが凄く悲しんでるよ。お父さんがあんなことになって……ショック受けてるよう……」
「お父さんが人殺しをしているわけじゃないし、片棒を担いだわけでもないよ。精霊さんに助けて貰ってんだよ。私達や精霊さんのこと、嫌わないでほしいな」
「アリシアのことは嫌ってないよう」
悲しげな表情で告げるアリシアに、チャバックが言った。
「そっかー。よかったあ。ほっとしたから歌いまーす」
「いや、歌わなくても……」
笑顔に戻ったアリシアが、これまでとは違う、静かなバラードを歌いだす。
チャバックは驚いた。今までアリシアが歌っていた歌は、どれも音程外れが酷かったが、この歌はそうではない。
「どう?」
歌い終わったアリシアが、感想を求める。
「凄く上手かったよぉ」
「えへへへ、褒めてくれてありがとう。よく言われるんだー。バラード系は凄く上手だって。私はアップテンポな歌の方が好きなんたけどね」
してやったりといった感じの笑顔のアシリア。
「私、精霊さんが初めて見えた時、嬉しかったんだあ」
アリシアが夜空を見上げて語りだす。
「精霊さんは私の歌を喜んでくれて、私には優しくしてくれて、私に意地悪した人達を凝らしめてくれたの。だから……嫌わないでよ。悪く思わないでよ」
「うーん……」
チャバックが難しい顔になって唸る。
チャバックは自分達を見下ろす精霊さんのことを思い出す。あまりいい顔はしていなかった。こちらが精霊さんを異形のように見ていたように、精霊さんもまた、チャバック達に猜疑心や警戒を孕んだ視線を向けていた。アリシアと精霊さんは心が通じ合っているようだが、チャバック達と精霊さんは、互いに疑い、危ぶんでいるように感じられる。
「オイラも……気持ちはわかるんだよ。アリシアやインガさんやファユミさんみたいに、オイラも酷いことされていたから……」
昔の嫌な記憶を思い出しながら、チャバックは話す。
「その人達とは最近全然会ってないけど、会ったらどうしようかって、びくびくしてる。その人達がいる場所には近付かないようにしてる。それくらい怖いし、嫌いな人達だよう。でもさ……誰かに殺して欲しいとか、そういうのは……思わない。それは……違うよ。駄目なことだよ」
「そっかー」
チャバックの考えを聞いて、アリシアは笑顔のまま小さく息を吐いた。
「チャバック君、ちょっと付き合って」
「え? どこに?」
「見せたいものがあるんだ」
チャバックの答えを聞く前に、アリシアは歩き出す。屋敷の外へと向かう。仕方なくついていくチャバック。
繁華街を歩き、やがてアリシアは酒場に入る。
「こ、ここは酒場だよう。スィーニーおねーちゃんに、大人になるまで入っちゃ駄目って言われてるう」
「いいのいいのー。私が許すのー」
躊躇するチャバックの手を取り、アリシアは酒場の中へと入っていった。




