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24-2 イッチバーン

 魔術学院に巨大な人喰い絵本が現れたと聞き、ミヤ、ユーリ、ノア、ディーグル、アルレンティスの五人が魔術学院に訪れた。すでにチャバック達が吸い込まれた事も聞いている。


「何このデカさ……」


 教室の半分近くに展開し、床と天井も突き抜けた、今まで見たことの無い大きな空間の歪みを見て、ノアは目を丸くした。


「人喰い絵本は放置した時間が長くなると、次第に大きくなっていく。そしてどんどん広がるものだよ。しかし……出現してから一時間弱でこのサイズは、見たことがないよ」


 ミヤが空間の歪みを見据えて、神妙な面持ちで言った。


「この大きさ……威圧感……絶対に只事じゃないね。これまでの人喰い絵本の中で一番面倒臭そう……」

「頑張りましょう。これだけ大きい人喰い絵本なら、アルレンティスが気に入るようなイレギュラーも、手に入る可能性が高いかもしれませんよ?」


 アルレンティスが肩を落とす。その肩にディーグルが手を乗せて、柔らかな微笑を浮かべる。


「チャバック、ウルスラ、ガリリネ、オットー以外にも、何人もの生徒が吸い込まれたそうです」


 他の生徒と、担当のエルフの少年教師に聞き込みをしていたユーリが、ミヤの横に戻ってきて報告した。


「ゴート、今回は黒騎士を一切入れるな。精鋭だけで突入するよ。サユリを呼んできな」

「承知しました」

「えー? サユリは役に立つの? 力はあっても非協力的だし、敵に回った事さえあったし。みそ妖術とかいう変なのにハマりだしたし」


 ミヤの命令を受け、ゴートが一礼する。一方、ノアは疑問の声をあげる。


「また敵に回るようなことがあったら、その時は徹底的に思い知らせてやればいいだけさね。サボった時にもね。ノアにもその仕置きをさせてやるよ」

「それは楽しみだ。そして流石は師匠だ」


 ミヤの方針を聞き、ノアはにやりと笑う。


(師匠はノアの扱いを心得ているな)


 ミヤとノアを見て思うユーリ。


「ディーグル、そんなわけで早速お前には役に立って貰うよ。アルレンティスもね」

「仰せのままに」

「ブラッシーはいいの?」


 ミヤの言葉を聞き、ディーグルは胸に片手を当てて軽く頭を下げ、アルレンティスが尋ねる。


「儂等がいない時にK&Mアゲインがまた暴れ出したら、あいつに止めて貰うのさ。黒騎士団もその時は頼むよ」

「なるほど……」

「承知しました」


 ミヤの言葉を聞き、アルレンティスは納得し、ゴートが力強い声で応答する。


「貴族連盟のワグナーにも、警戒するよう伝えておきな。K&Mアゲインのみならず、ア・ハイに巣食うおかしな奴等がここぞとばかりに動くかもしれないからね」

「はっ」


 ミヤの命令を聞き、ゴートが頷く。


「師匠、さっきからバリバリ仕切ってる。やる気いっぱい」

「それだけ不穏な気配を感じているんじゃないかな」


 ノアとユーリがミヤを見て言う。ユーリも今回の巨大な人喰い絵本の入口を見て、不穏な気配を感じている。そして吸い込まれたのが知り合い数人という事もあって、余計に心が乱れている。


(確かにやる気に満ちてますね。ミヤ様が一番張り切っているように見えます。人喰い絵本の変化に心躍らせているのでしょうか?)


 ディーグルがミヤを見て思う。


(私も心が躍っていますけどね。こうしてまたミヤ様のお供が出来る日が来ようとは)


 長年ミヤと離れていたディーグルであるが、ミヤへの忠誠と親愛の念は、いささかも衰えていない。


(嬲り神、それにダァグ・アァアア、何を企んでいるか知らないけどね、お前達が大きく動くこと、儂は歓迎するさ。果たしてどうなるかわからないけど、それでも期待しておくよ)


 ミヤが高揚している理由は、嬲り神達がこれまでにない動きを見せた事で、自分の寿命が尽きる前に、人喰い絵本との因縁に決着がつく芽も出てきたと、意識しているが故にだ。


(神様お願いします。チャバック達をお守りください。どうか皆無事でありますように)


 ユーリが人喰い絵本の扉の前で、両手を合わせて祈る。


(もし何かあったら……)


 口に出さず、祈りの先の言葉を続ける。


(神様、僕は次元の壁を越えて、貴方の喉笛を噛みちぎりに行きますから)


 本気でそう思うユーリ。心意気どうこうではない。本気でそうするつもりでいた。


「また祈ってるの? 先輩」


 ユーリの所作を見て、ノアが呆れ声をあげる。


()()()が祈りをちゃんと聞いてくれるなら、世界中の人間がハッピーになれるよ。祈れば済むだけなんだから」

「今回の祈りはきっと届くよ」


 からかうノアに、ユーリは確信を込めて言い切り、にっこりと笑ってみせた。


「じゃあ俺も試しに祈っておく」


 ノアがユーリを倣うようにして、両手を合わせて瞑目する。


「チャバック、無事でいて。ウルスラとオットーも。あ、ガリリネは死んでいい。むしろガリリネだけは俺が到着したら、無様に死んでいますように。俺はそれ見て大笑いしたい」

「そんな祈り捧げちゃ駄目だよ、ノア」


 ノアの祈りの言葉を聞いて、ユーリは苦笑気味にやんわりと注意した。


***


 延々と本棚が立ち並ぶ広大な図書館の中を、モノクルをつけ、燕尾服を着た二足歩行のゾウガメが、ローラースケートで滑って移動している。

 この亀の名前は図書館亀。そしてこの図書館の名も図書館亀だ。この図書館は巨大な亀の中にあり、直立したこの亀はその化身である。


「大量に人が吸い込まれてきましたのん。そして館にもお客様ですねん」


 図書館亀が立ち止まり、虚空を見上げて喋る。


 空間の切れ目が入る。その隣で空間がねじれて渦巻く。さらにその隣では大きく空間がぼやける。

 空間の切れ目から女性が飛び出てくる。美人だが少しキツめの顔立ちだ。ねじれた空間の渦の中からは、体中にボロを巻き、大量のゴミを背負った男が這い出てくる。ぼやけた空間の中からは、様々な種類の宝石を全身にちりばめた、純白の巨大な百足が出現した。


「メープルF、嬲り神、宝石百足、ようこそいらっしゃいましたねん」


 ほぼ同時に現れた三人のイレギュラーに向かって、図書館亀が恭しく一礼する。


「久しぶりね、メープルF」

「宝石百足、元気にしてた? おかしな世界の雰囲気を感じてね。貴方達もそうじゃない?」


 宝石百足が声をかけると、メープルFは喋りながら一同を見渡した。


「三人同時のタイミングで現れるとは凄い偶然ですのん。小生は一番乗りですよん」

「はい、それ違う。残念。一番乗りは俺だよ。俺はこの絵本が生じる前から、ダァグ・アァアアに話を聞いていたからな」


 図書館亀が言うと、嬲り神がへらへら笑いながら否定して、宝石百足の方を見た。


「ダァグ・アァアアからの言伝だ。宝石百足、強制脱出は出来ないが、今回は好きなように介入して構わねーようだ。愛しのユーリを守ってやれよ」

「貴方は随分とダァグ・アァアアから気に入られているのね、嬲り神」


 からかう嬲り神に、皮肉っぽく返す宝石百足。


「そりゃまあ、俺が一番しんどい役押し付けられてるし、あいつとの付き合いも長いし、あいつのこと、俺が一番わかってるんだしなァ。ひゃはははっ」


 乾いた笑い声をあげる嬲り神。それが酷く歪な作り笑いに聞こえて、何とも言えない微妙な空気が流れる。


「皆それぞれ目的があるようだけど、それを言える?」


 宝石百足が一同を見渡して伺う。


「私は貴方達三人と違って、ダァグ・アァアアに創られた者ではないけど、この人喰い絵本という世界をずっと調査している身だから。つまり、ただの好奇心の見物よ」

「小生も知識欲と好奇心のためですのん。人の感情で一番強いものは好奇心ですよん」


 メープルFと図書館亀が即座に答えた。メープルFがダァグ・アァアアなる者の存在を知ったのは、つい最近のことだ。


「俺は仕切り役っつーか、今回も色々とお手伝いしてっからよ~。献身献身♪ 忠実忠実♪ 一番働き者さんは嬲り神さんだァ~い♪」


 嬲り神はいつものように、ふざけて歌っていた。


***


・【シャクラの町の歌姫と精霊さん】


 父を救ったジヘは、その後は少しずつ内向的な性格も直っていき、父の手助けをするために少しずつ働くようになった。その仕事で、数日おきにシャクラという町に通うようになる。


 ある日、ジヘがシャクラの町で仕事を終え、買い物をしに繁華街へと向かった所、道の真ん中で歌っている少女を見つけた。


「今日もー精霊さんの御加護のおかげでー町は元気でーす♪ 私もー元気な朝を迎えられまーす♪ ありがとう♪ るーららー♪」


 少女の歌はとんでもなく下手だったが、ジヘはその声と歌詞、そして非常に楽しそうに歌う少女の笑顔に惹かれて、しばらく立ち止まって少女を見ながら歌を聴いていた。


「またこの糞餓鬼か! うっせーんだよ! 俺の店の前で歌うなっ!」


 少女の歌は怒号によってかき消された。さらには怒鳴った男が、少女を蹴り飛ばす。


(ひどい。大人の男の人が、女の子を力いっぱい蹴り飛ばすなんて)


 ジヘは憤慨し、少女の側に寄る。


「大丈夫? 怪我してない?」


 少女を案じるジヘ。


「何だお前? こいつの知り合いか?」


 少女を蹴った男がジヘを睨む。非常に人相の悪い男だ。チンピラの一歩手前だ。


「ただの通りがかりです。女の子相手にやりすぎですよ」


 ジヘが男を睨み返してきっぱりと言い放つ。以前のジヘには出来なかった行為だが、今はもう昔の内気なジヘではない。


 毅然と睨み返す少年を見て、男はバツが悪くなる。多くの通行人達が立ち止まり、注目されていることもある。

 しかしここで退くのも余計に腹が立つと感じて、男はジヘのことも思い切り蹴り飛ばした。


「へっ……格好つけておいてそのザマだ。ああ、格好悪い。大体な、そいつが迷惑だから悪いってのに……」


 倒れたジヘを見下ろし、歯切れの悪い口調で悪態をつく男。


「僕が格好いいか悪いかともかく、あんたみたいな男が一番格好悪い!」


 ジヘが身を起こし、男を睨んだまま怒鳴った。ジヘは蹴られた時も含めて、全く視線を逸らしていない。


「な、何だと……。まだ言いやがるかこいつっ」


 臆しながら、さらに暴力を振るおうとする男。


「大丈夫~♪ 私は精霊さんに護ってもらっているから~♪ 精霊さんにお任せだあ~♪」


 今度はアリシアがジヘを庇うようにして、歌いながらジヘと男の間に入った。


「な……?」


 男の表情が変わった。


「熱っ!? 痛! 何……ギャアアアァぁッ!」


 戸惑いの声は悲鳴へと変わった。大勢の人間が見ている前で、男の右半身が溶けだした。

 体の縦半分が溶けた男が崩れ落ちる。通行人達から悲鳴があがり、どよめきが起こる。ジヘも呆然としている。


「精霊さん、ありがとさままま~」


 少女は虚空を見上げ、心底嬉しそうな笑顔で礼を述べた。


「精霊さんて何?」


 ジヘが気になって尋ねる。


「精霊さんは精霊さ~ん♪ 土地にも物にも動物にも自然にも宿る~♪ 救えない世界~♪ 救えない私~♪ 救えない誰も~♪ でも精霊さんがいるから~♪」


 陽気に不穏な歌詞を歌う少女に、ジヘは少し引いた。


「君の名前はー?」


 少女が問う。


「僕はジヘ。このシャクラの町に働きに来てる」


「私はアリシア。そしてそこにいるのがシャクラの精霊さんよ」


 アリシアが虚空を指す。


「え……?」


 アリシアが指した方を見て、ジヘは見た。空に浮かんだ、十代後半と思われる少年。ジヘをじっと見下ろしている。

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