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23-12 サプライズも度が過ぎると冷めるのでは?

 ソッスカー山頂平野の繁華街。とあるオープンカフェ。


「八恐の中で、あいつは一番ミヤ様と仲良かったのになあ。何でこんなことになっちまったんだろうなあ」


 アルレンティス=ルーグが紅茶を飲み干し、カップに新たに注ぎながら話す。


「そうよねえ~。恋人かってくらいべったりだったし、本当は一緒にいたかったんだと思うわ~ん。共通点として、二人共頑固な所があったからね~ん。それで反発しちゃった感あるわねー」


 ルーグの前に座ったブラッシーが、憂い顔で言った。


「想いの強さ……忠義の強さと引けない信念。ディーグルはそいつに取り憑かれちまったのかな。そんなキャラだとは思っていなかったけどな。頑固っちゃ頑固だが、もうちょっとこう……なんかなあ……」


 腕組みして渋い顔で喋るルーグ。


「案外、ディーグルにはディーグルなりの思慮や計算があるんじゃなあい? ただ妄執に捉われているだけではなく、危険と判断したからこそ、排除しようと――あるいは彼等の勢力が拡大しないように、踏ん張っているって可能性もあるわよ~ん」

「そう思いてーところだ。いや……あるいは恨みと計算、その両方あるかもな」

「でも恨みとか妄執とか、そういうキャラじゃないわよねえん。ディーグルは」

「だが実際に、あいつは復讐のために、ミヤ様と道を違えちまった……か」


 ブラッシーの言う通り、そんなキャラには見えなかったと、ルーグも見ている。


「ディーグルの目的は、復讐と呼んでいいのかしらん? ちょっとわからないわん。本人はけじめとか、もっと考えがあってのことかも~」

「つーか、ディーグルはいつ来るんだ? 念話で報告せず、ミヤ様に手紙を送るなんてのは、風情があってあいつらしいけどよ」

「さあねえ。もしかしたらもう来てるんじゃな~い? それで驚かせようとしているのかもねーん」


 ブラッシーは笑いながら肩をすくめる。


「それもあいつらしいな。真面目なようでいて、カタブツってわけでもない。変な所で冗談好きで、サプライズもかましてくるからな」


 ルーグが言い、紅茶を注いだカップを口に運んだ。


***


「ディーグル?」

「ディーグルって、八恐のウィンド・デッド・ルヴァディーグル?」


 ミヤが口にした名を聞いて、ユーリとノアが顔を見合わせる。


「近々会いに来ると手紙で伝えておきながら、とっくに会っているなんて、随分とまあ人が悪くなったもんさ。ディーグル。それともサプライズのつもりかね?」


 ミヤがAの騎士に向かって、呆れ声で尋ねる。

 Aの騎士は答えない。


「しかもよりによってドワーフに化けるとはね。まあ、お前にはそんなこだわりは無いのかもしれんが。いつまで姿を隠しているんだい。そんなに自分の姿を見られるのが嫌かい? お前の顔なんて伝わっちゃいないよ」


 ミヤの言葉に呼応するように、Aの騎士の姿がぼやけていく。また異なる姿へと変わっていく。


 鎧が消える。体型も変化する。まず目についた変化は、頭髪が金髪になったことだ。

 美しく整った中性的な顔立ちには、あどけなさも残っている。少年――あるいは童顔の青年と言ってもいい、そんな外見年齢。足はすらりと長く、スタイルは非常に整っている。東洋のものと思われる黒い服で身を包み、腰には長い鞘に収まった剣を差している。


「エルフ……?」


 長く尖っている耳を見て、ユーリが呟いた。ドワーフ同様、三百年前よりこの世界に現れた妖精族――もしくは亜人族の一種、エルフだ。ア・ハイ群島には彼等の村が無いので、珍しい存在だ。最近では、魔術学院のチャバック達の担任教師くらいしか見ていない。


「はい、サプライズのつもりでした。ミヤ様」


 涼やかな声で告げ、エルフはミヤに向かってにっこりと笑い、胸に手を当てて優雅に一礼した。ゴア・プルルの声ともAの騎士の声とも、全く違う。


「ディーグル、後輩達に挨拶しな」


 ミヤに促され、ディーグルと呼ばれたエルフは、ユーリとノアを見やる。


「後輩……? なるほど。お初に御目にかかります。私、ウィンド・デッド・ルヴァディーグルと申します。魔王様の忠実な僕、八恐の一人にして、貴方達の兄弟子に当たります。ディーグルでもウィンでもルヴァでもデッドでも、お好きなようにお呼くださいませ。人によって、呼びやすい名を呼んで頂いております」

「初めまして……現在師匠の元で修行中のユーリ・トビタです。戦闘の途中ですが……」


 ジャン・アンリやミーナ達の存在を忘れているかのように、堂々と彼等に背を向け、柔和な口調で自己紹介するディーグルに、ユーリは若干鼻白んでいた。


「男のエルフとかどこに需要あるの? ふざけてるの? エルフは女以外いらないから」


 一方でノアは別の点で不服をぶつけていた。


「ちょっとノア……失礼だよ」

「だってフィクションで出てくるエルフは、大抵美人か美少女だ。女が求められている。それに反する存在が、今こうして現実に俺達の前に現れているんだよ? これは一種の悲劇的展開だよ」


 ユーリが注意するが、ノアは引かない。


「初対面で随分な挨拶ですね。ミヤ様は弟子への教育をしっかり行っていないのですか?」

「儂に恥をかかせおって……。マイナス2」


 冗談混じりに問うディーグルであったが、ミヤは渋い顔になって念動力猫パンチでノアを軽く小突く。


「痛たたたた。何で最近師匠は、マイナスするだけじゃ飽き足らず、暴力までセットでついてくるの? ひどいよ師匠」


 ノアがミヤの方を向いて抗議するが、ミヤは取り合わない。


「何なの? あれがAの騎士の中身……正体なの……? しかもウィンド・デッド・ルヴァディーグルって……」


 ミーナがディーグルを見て、ミーナは呆気に取られていた。


「とんだサプライズだな。盲神教の教祖ゴア・プルルは、我等の宿敵Aの騎士であり、忌まわしき魔王の配下の一人だなんて、どういうトンデモ展開だよ。ったくよ……」


 マグヌスも展開についていくのがしんどいといった感じで、苦笑している。


「どうなのだ? 戦闘中なのだが彼等は挨拶しているぞ。私がここで仕掛けるのを躊躇うのは、私の性格上の問題と言ってのけてよかろう。しかし彼等も戦闘中断した理由は疑問と感じるべきか?」


 ジャン・アンリが喋りながら、マヌグス、ミーナ、ンガフフの方を見やる。


 するとディーグルがジャン・アンリの方を見た。


「ジャン・アンリ、貴方にはシンパシーを感じますよ。私以外にも、術で魔法を凌ぐ実力者がいる事に。そしてそのような者とこうして手を合わせる機会が巡ってきた事に、少し感動しています」

「では、私も同じであると言っておこう」


 ディーグルの言葉を受け、ジャン・アンリはディーグルの方を向き、再び戦闘態勢に入る。ジャン・アンリの周囲の無数の巨大昆虫が、一斉に呪文を唱え始める。


 ディーグルが呪文を唱えながら、腰の鞘から剣を抜いた。ア・ハイでは見かけぬ形状の剣だった。


「東方の刀か。初めて見た。あのエルフ、お侍さんなのかな?」


 ノアが呟く。


「何て美しい剣なの……」


 ディーグルが鞘から抜いた刀の刀身に見とれ、ミーナは思わず口走った。反り返った刀身が反射する銀光に、吸い込まれそうな感覚を覚えた。


 虫達が魔術を一斉に放つ。


「水子囃子」


 ディーグルも呪文の詠唱を終える。


 先程のように、ありとあらゆる攻撃がディーグルに降り注いだが、ディーグルの目の前に現れた七体の薄く広がった水の膜のようなものが、それらの攻撃魔術を身代わりになって受け止めた。


 水の膜のようなものが受けきれなかった攻撃魔術に対し、ディーグルは高速で刀を振る。光の矢も、不可視の念動波も、火炎球も、毒ガスでさえも、振った刀から生じる飛ぶ斬撃を浴びた瞬間に消滅する。


 斬撃は攻撃魔術を打ち消しただけには留まらなかった。三匹の虫を切り捨て、さらにはジャン・アンリにも届いていた。


「少し油断した……と言い訳してもよろしいか?」


 袈裟懸けに斬られたジャン・アンリが、斬られた傷口を両手で押さえて前かがみになり、それでも無表情のまま呟いた。


「手数の多さが自慢ですか? しかしそれは私も同様です」


 涼しい顔でディーグルが言うと、刀を振るい、ジャン・アンリと虫達に向けてさらに斬撃を放つ。


 魔法使いアデリーナを取り込んだテントウムシが防護壁を作るが、それらはディーグルの斬撃を防ぎきれず、さらに二匹の虫を切り裂き、ジャン・アンリの右腕を付け根から切断した。


「む……」


 蹲ったジャン・アンリが呻く。テントウムシの魔法を使い、大急ぎで回復させるが、そんなことをしている間にも、ディーグルは攻撃を続けるだろう。


 ジャン・アンリが形勢不利と見たシクラメが動き出す。しかし――


「おっと。こっそり仕掛けようったって、そうはいかないよ」


 シクラメの近くに移動したミヤが、笑い声で告げた。


「あはぁ、バレたあ」


 シクラメがミヤを見て笑う。


「お前には何度もしてやられているからね。ディーグル、この白い魔法使い――シクラメは要注意かつ要警戒だ。こんな顔しておきながら、とんだ食わせ物で、底知れぬ力の持ち主だからね」

「ミヤ様がそこまで評価するとは、相当な強者のようですね」


 ディーグルがシクラメを一瞥した後、とどめをさすべく、ジャン・アンリ一人に集中して斬撃を連続で放とうとしたが――


 殺気を感じて、ディーグルはその場を飛びのいた。魔力の一撃が、ディーグルがいた場所の足元から突き上げる。


「よう、さっきぶりか? こいつがAの騎士の中身かよ。ケッ、ジャン・アンリがへばってるとか、レアな光景見せてくれるじゃねーか」


 不意打ちを行ったアザミが、ディーグルを見て笑う。


「ふむ。危機一髪を助けられたと解釈してよろしいか?」


 まだ回復が済んでいないジャン・アンリが、蹲ったままアザミを一瞥して呟く。


「ねえ、ウィンド・デッド・ルヴァディーグル。君の企みは何なのかな? 盲神教を操り、僕達と組んだと思ったら変な要求ばかりしてたし、教会と対立したがっていた。そしてどうも君は、僕達のことも敵視していた気がするんだよねえ」


 シクラメがディーグルの方を向いて問うた後で、推測も述べる。


「ケッ、あたしも糞兄貴に同感だ。つーかよ、教会とK&Mアゲインを共倒れにしたがっていた節もあるぜ」


 アザミが言う。


「教会はどうでもいいんですよ」


 ディーグルが微笑みながら答える。そしてマグヌス、ミーナ、スィーニーがいる方を見やる。


「私の狙いは、教会に巣食う西方大陸ア・ドウモの工作員達です。彼等は教会を足掛かりにして、ア・ハイ群島に進出しようとしています。ア・ハイ群島の調査報告を行う一方で、密かに自分達の思想を、教会を通じて広めようと企んでいます」


 ミーナ、スィーニー、ンガフフ、マグヌスの四名を見て、ディーグルが語る。当の四人は内心動揺しつつも、それを外には出さない。


 ディーグルが、ジャン・アンリとアザミとシクラメに視線を走らせる。


「貴方達K&Mアゲインと同盟したのは、貴方達を利用したうえで、貴方達を疲弊させるためです。貴方が言った通り、いずれ処分するつもりでいました。貴方達は敵ですから」

「ふむ。何故我々を敵視するのかと聞いてもよいか?」


 蹲ったままジャン・アンリが尋ねる。この会話は回復のための時間稼ぎとしてありがたかったが、時間稼ぎのために尋ねたわけではない。ジャン・アンリの興味からだ。


「ミヤ様の敵でしょう? 理由はそれだけです」


 心なしか冷たい響きを帯びた声で、ディーグルは答える。


(師匠は自分が原因とか言ってたけど、ディーグルさんが師匠のために、K&Mアゲインを敵視していた事を指していた?)


 ディーグルの台詞を聞いて、ユーリはそう勘繰った。


「君は中々絵になる男だ。君の絵を描いて贈りたい。今、ミヤを敬称付きで呼んだな? つまり絵が完成したら、ミヤの家に送ればよいな」


 やっと回復を終えたジャン・アンリが立ち上がり、ディーグルを見ながら告げる。


「また始まりやがった……」

「またそれ……」


 アザミとユーリが呆れる。


「私の絵ですか。以前ならば遠慮していた所ではあります。私はこの三百年、ひたすら姿を隠して生きてきましたしね。でも――そんな生活もそろそろ膿んできた所ですし、絵に描かれるのもいいでしょう」


 ジャン・アンリの言葉を聞いて、ディーグルは悠然と微笑みながら告げる。


 複数の蹄の音が響く。黒騎士団がやってきたのだ。


「では私は失礼するとしよう。シクラメ、アザミ、退くとしよう――と提案してもよいか? ウィンド・デッド・ルヴァディーグルのみならず、黒騎士団、そしてそこにミヤとその弟子達もいる。彼等が参戦してきたら面倒だと言っておく」


 黒騎士団を見ながら、ジャン・アンリが撤退を促す。


「わぁい、とんずらー」

「ケッ、こっちがやられっぱなしだが、しゃーねーな」


 シクラメとアザミも同意し、駆け出した。ジャン・アンリが少し遅れて続く。


「俺達も逃げるぞ。ばらばらになっ」

「了解」

「んがふふ!」


 K&Mアゲインの三人が逃げ出す様を見て、マグヌスが声をかけると、西方大陸管理局の戦士達は四方八方へと逃げ出した。しかしスィーニーだけはその場に留まった。


(さて、どちらを追ったものか。K&Mアゲインの方は、単身で戦うには手強いですね)


 西方大陸の工作員達とK&Mアゲインの後姿を見やり、思案するディーグル。


「ディーグル、追わなくていい。それよりお前と話がしたい」


 ミヤが声をかけたので、ディーグルは追撃をやめた。

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