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23-10 出汁にされた教会

 ンガフフは大急ぎでその場を立ち去った。

 そのンガフフと入れ替わるようにして、一匹のハツカネズミが窓のへりに登ったが、誰も気付かなかった。


 Aの騎士が波打つ剣(フランベルジュ)を片手で無造作に振るう。アザミに届く距離ではない。

 振るった剣から斬撃が放たれ、床とテーブルを切り裂きながら、アザミに向かう。


 甲高い音が響いた。アザミが魔力の防護壁を張り、飛来した斬撃を防いだのだ。


 アザミが反撃に移る。中指を立てる。そのジェスチャーに合わせて、魔力の刺突がAの騎士を攻撃し、胴の部分が貫かれる。


 常人なら致命傷と思われるダメージを受けているにも関わらず、Aの騎士は倒れない。よろめきはしたが、踏み留まり、呪文を唱えている。


 黒い奔流がAの騎士より放たれた。


 攻撃魔法を使った直後で、転移魔法を使う暇は無く、アザミは横に大きく跳んで回避を試みた。


 アザミが床に横向きに倒れる。部屋の壁がごっそりと無くなっている。アザミの左足の感覚も無くなっている。黒い奔流に飲み込まれ、左太股の半分から下が消滅していた。


(また呪文? 魔法使いではなく術師だってのに、術の一発がすげー威力だな。下手な魔法使いの攻撃よりずっと強えー)


 アザミは高速で足を再生させながら、Aの騎士の出方を伺う。


 剣を二回連続で振るうAの騎士。斬撃が二発、アザミに向かって飛ぶ。


 魔法による再生を一時中断したアザミは、建物の外へと転移して逃げる。


(出てこい。その瞬間に食らわせてやる)


 再生を再開しながら、アザミはAの騎士が建物の外に出てくるのを待った。


 Aの騎士はすぐに、壁に開いた穴から外へと飛び出てきた。

 その瞬間に合わせて、アザミが中指を突き立てる。


 下から上への突撃が、Aの騎士の股間から胸部にかけて貫いた。Aの騎士の動きが止まる。


「さっきといい……今といい……」


 確かな手ごたえがあったにも関わらず、アザミは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 アザミの刺突は、単純な貫通による破壊だけではない。ミヤの念動力猫パンチのように、魔力を強制放出させる効果がある。だがAの騎士には相当な魔力が詰まっていて、大して削りきれていない実感があった。


(あのドラ猫婆にも匹敵する魔力を秘めていやがる。何なんだ、こいつは……)


 二回の攻撃で、アザミはAの騎士が内在する膨大な魔力を実感していた。


「ケッ、再生する鎧かよ」


 Aの騎士の甲冑が修復していく様を見て、アザミが忌々しげに吐き捨てる。


 さらに中指を立てて攻撃したアザミだが、Aの騎士は横に跳んで避けながら避け、剣を振るって飛ぶ斬撃を放つ。


 アザミは斬撃を避けきれずに食らってしまった。肩口から脇腹にかけて、袈裟懸けに斬られ、血が噴き出る。


「ちっくしょう……ばかったれが……」


 今のはアザミのミスだった。自身に腹が立って悪態をつく。横に避けるべきだったのに、何を思い違えたか、後方に跳んでしまったのだ。


 Aの騎士が片手をアザミに向かってかざす。呪文を唱える。


 かざした手から靄のようなものが伸びていく。Aの騎士の手の先の空間だけがぼやけて、赤、黄色、橙色、緑、青、紫、水色の七色の光が揺らいでいる。ようするに虹の七色だ。

 次の瞬間、七色の光の筋が靄の中から放たれ、それぞれ異なる軌道で弧を描き、アザミに向かっていく。


 普通には回避できないと見て、アザミは転移する。


 Aの騎士の背後に転移したアザミが、一呼吸置いてから、中指を突き上げる。


 この攻撃を読んでいたAの騎士は、前方に向かって軽く跳んでかわす。


「なっ!?」


 アザミが目を見開き、思わず声をあげる。七色の光の筋が反転して、アザミに再び襲いかかってきたのだ。


 連続での転移は出来ず、アザミは普通に避けながら、同時に魔力の防護膜を展開する。


 七つの光の筋のうち一つは避け、二つは防護膜で防いだが、四つは避けられず、防護膜も貫通し、体のあちこちを貫かれ、アザミは仰向けに倒れた。


 Aの騎士が振り返り、倒れたアザミに向かって剣を振るう。

 アザミの胴体が切断される。口から大量の血が吐き出される。臓腑と血が腹から弾け飛ぶ。


「やりたい放題……やりやがって……」


 ぼろぼろの状態で、悔しげに呻くアザミ。


「教祖様! どうしました!?」

「何事ですか教祖様!」

「な、何だ! お前達は!?」


 騒ぎを聞いて信者達が駆けつけ、口々に喚いた。


 Aの騎士の姿が変化する。ゴア・プルルに戻る。


「えっ? 教祖様!?」

「教祖様、今のお姿は?」


 いきなり鎧姿の男が教祖に変身する様を見て、戸惑う信者達。


「騒ぐな。大したことではない。ただのコスプレだ」


 ゴア・プルルが信者達に向かって、真顔で言い放つ。


「ケッ、潮時か」


 仰向けに倒れたまま、再生しながら呟くアザミ。


「退いてくれるのか?」


 アザミの呟きを聞き、ゴア・プルルが問いかける。


「ケッ、退いたら不味いのか? 追いかけてくるか?」

「追わぬ。信者達を巻き添えにしないために退いてくれるというのなら、借りが出来るも同然。気遣いには感謝したい。そして――やりにくくなるな」

「ケッ、そういうキャラなのかよ、てめーは。ま……あたしはそういうの、嫌いじゃねーぜ」


 喋りながら再生を終えたアザミが立ち上がり、ゴア・プルルを見てにやりと笑う。


「むしろお前があたしを見逃してくれる格好じゃねーかよ。ま、あれで負けたってわけじゃねーし、あそこから逆転の手もあったけどな。何であたしらを目の仇にするか知らねーが、次会った時はお互い容赦無しで構わねーぜ」

「そうか」


 アザミが言うと、ゴア・プルルは無表情に頷いた。


(ま、こっちはそれなりに汚い手も進行中なんだがね。あたし好みの手じゃねーけど)


 そう思い、アザミは教団の敷地から転移した。


(糞兄貴、案の定交渉決裂で、一戦交えた。かなり手強いぜ。そしてゴア・プルルの正体は、あのAの騎士だ)


 転移してすぐに、シクラメに念話をいれる。


(うわあ、それはすごいねえ)

(そっちの首尾はどーなんだよ?)

(ばっちりだよう)

(そうか)


 兄の報告を聞き、アザミはほくそ笑んだ。


***


 スィーニーとミーナに、マグヌスから念話装置で緊急連絡が入った。マグヌスは魔法を使えるが、念話の魔法には長けていないので、装置を使っていた。


『三人共、教会に来い。襲撃を受けている』


 魔法や魔術の念話とは異なる形で、音声が二人の頭の中に響く。


「ンガフフはいません」


 声に出して応じるミーナ。


『おおっぴらには戦えないだろうが、こっそり支援しろ。結構キツいことになっている』


 マグヌスはそう伝えて、念話装置を切った。


「襲撃だって……」

「誰に襲撃されているかも報せないってことは、襲撃者が何者かわからないってこと?」


 ミーナとスィーニーが顔を見合わせる。


「んがふふっ」


 ンガフフがやってくる。


「はあ? ゴア・プルルがAの騎士?」


 ンガフフの報告を聞き、素っ頓狂な声をあげるスィーニー。


「ベタっつーか何というか、教祖の正体がAの騎士だったとはね……」


 ミーナが口元に手を当てて言った。


 三人で教会本部に行くと、魔術師達が教会を攻撃している光景が飛び込んできた。僧達が必死に交戦している。


「僧侶と魔術師が全面戦争か?」

「どうしてこうなった」

「いや、あの魔術師達はK&Mアゲインだってよ」


 野次馬達が遠巻きに話している。


「我々K&Mアゲインは、盲神教に賛同する! 教会の横暴をこれ以上許さない! という事でよろしいか?」


 眼鏡をかけた壮年の魔術師が叫ぶ。


「あいつは……ジャン・アンリ……」


 スィーニーが呆然と呟く。


「盲神教とK&Mアゲインと組んで、教会と全面戦争ってこと?」


 ミーナも呆然と呟く。


「ていうか……K&Mアゲインがそう仕向けているんじゃ……。両者を噛み合わせてさ……」

「何でそんなことを?」


 スィーニーの言葉を聞き、ミーナが不思議そうな顔で尋ねる。


「如何にもあいつらがやりそうなことだもん」


 以前K&Mアゲインと関わったスィーニーからすると、密かにその準備を進めていたとしても不思議と感じない。また、教会は貴族との繋がりも強いので、K&Mアゲインが攻撃する理由にもなる。


 その後、三人は教会内へと続く抜け道から出てきた、マグヌスと合流した。


「ンガフフが、ゴア・プルルがAの騎士だと言ってます」

「マジかよ……。しかし有り得ない話ではないな」


 スィーニーの報告を聞き、マグヌスは顔をしかめる。


「これがAの騎士率いる反管理局勢力の策略だとしたら、何のためにこんなことしているの?」

「Aの騎士の目論見はともかくとして、K&Mアゲインなんてものが介入してくること自体、予想外だぜ。これはAの騎士の方針とは別なんじゃねーか?」


 ミーナが疑問を口にし、マグヌスが推測を述べた。


「Aの騎士――反管理局勢力の目的は、教会内に潜む西方大陸の工作員の存在を明かし、ここで活動できなくすることだろう。対立する組織を作り、その抗争を観察して、俺達の動きを見定めるつもりだったと見る。しかしこんな強引な力押しして、それが可能だと思うか? わやくちゃじゃねーか。少なくとも教会に属している工作員は、教会の一員として戦うだけの話だ」

「誰が工作員かわからないから、争いを起こして、教会の人間もろとも殺そうとしているんじゃ?」


 ぶつぶつと喋るマグヌスに、スィーニーが恐ろしい可能性を述べる。


「いや、Aの騎士がそういう無差別テロを行った記録は無えぞ。奴は俺達管理局には容赦無えが、一般人には手を出さない。そういう意味でも、これはAの騎士の仕業じゃないと見るね」


 マグヌスはスィーニーの考えを否定した。


(盲神教を裏で手を引いているのがAの騎士だとしたら、もう十分無関係者を危険に巻き込んでいる気がするんだけど……)


 そう思ったスィーニーだが、黙っていた。


 盲神教の集団がやってくる。その中にはミッチェルもいる。ユーリとノアとミヤもいる。


(何てこったい。スィーニー……やっぱりそうだったのかい)


 現場に着くまでの間、偵察に放った使い魔のハツカネズミを通じて、スィーニーやマグヌス達の会話を全て聴いていたミヤであった。


西方大陸ア・ドウモ工作員エージェントが来ているとはねえ。何となく察しはついていたが、スィーニーまでもがその一員かい。あの子が西方大陸ア・ドウモの出身だってことはわかっていたが……そうではないと信じたかったねえ)


 溜息をつき、ユーリを意識するミヤ。


(ま、今はユーリには言わないでおくかね)


 いずれバレそうな気はしたミヤだが、自分の口からバラすことも無いと思った。スィーニーがユーリに危害を加えることは無いと信じた。


「K&Mアゲイン! 私達はこのような衝突を望んでいない!」


 いつも笑顔のミッチェルも、この時ばかりは血相を変えて叫んだ。


「ほう? 我々をけしかけておいてその言い草か。我々に血を流させておいて、自分達は手を汚さずと、そう受け止めてよろしいか?」

「どうしてそうなる!?」


 ジャン・アンリの理屈を聞いて、ミッチェルがさらに激しい怒号を放つ。


「無茶苦茶だなあ……」


 ジャン・アンリを見て呆れるユーリ。


「つまりK&Mアゲインは、盲神教にとっても敵? 教会との仲を余計にこじれさせるためにこんなことしているってこと?」

「まあ儂にはそう見えるね。他にも目論見や理由があるのかもしれんが」


 ノアとミヤが言う。


「わあい、ミヤ達がいるよう」


 シクラメがミヤを見つけて嬉しそうに声をあげる。


「ほう? 君達もいたか」


 ジャン・アンリの視線がミヤ達に向けられた。


「こら、これは一体どういうつもりだい?」

「見てのとおりと答えておこう」


 ミヤが問うと、ジャン・アンリはあっさりと言い放つ。


 そこにゴア・プルルがやってくる。


「教祖様!」

「いい所で教祖様が来られたーっ!」

「教祖様のおなーりーっ!」


 盲神教の信者達の表情が輝く。


「やってくれたな」


 ジャン・アンリとシクラメを睨み、ゴア・プルルは唸った。


「こら、ゴア・プルル。どういうことか説明しな」


 ミヤがゴア・プルルに声をかける。


「我等はK&Mアゲインと同盟を結んでいた。ほとんど互いに益は無かったがな。だが見ての通り、今や相対した。互いに害を成す間柄となった。同盟は破棄された」


 答えるゴア・プルルの姿が変わっていく。体型がドワーフから人のそれへと変わり、全身が赤と黒で彩られた甲冑で包まれる。


「何? 鎧着た? いや、体型まで変わった?」

「うん。鎧の中身の肉体も変化しているよ」


 ノアとユーリがゴア・プルルの変化を見て言う。


「あ、あれは……Aの……騎士……」

「教祖様、本当にAの騎士じゃねーか……。いや、ンガフフを疑っていたわけじゃねーけどよ」

「ていうか、皆の前で堂々と変身しちゃって、私やンガフフの調査の努力は何だったのって話じゃんよ」

「ンガフフ!」


 Aの騎士へと変身したゴア・プルルを見て、ミーナ、マグヌス、スィーニー、ンガフフが慄く。


(やれやれだね……)


 一方でミヤはAの騎士を見て、嘆息していた。


(お前は……まだ儂の怒りと憎悪を引き継いだ気でいるのかい?)


 心の中でAの騎士に問いかけるミヤ。


「わぁい、Aの騎士が現れたよう」


 シクラメが歓声をあげた。


「何者だそれはと問うておくべきか? しかし只者ではないことはわかる。魂の中に爛々と輝く光が見えるからな。そして、こちらに敵意を向けている事もわかる」


 ジャン・アンリが兜越しにAの騎士の視線を感じながら言った。


「アザミが圧倒されるくらいの実力者だから、気を付けようねえ。そして、アザミの仇は、お兄ちゃんがとってあげるよう」


 注意を促すシクラメ。


(怖い……でも……)


 スィーニーは体が震えそうになるのを、必死で堪えていた。Aの騎士に殺された者達の遺体の処理の、あの時の恐怖が蘇っている。


(恐怖に屈するな)


 自分の体に呼びかけ、スィーニーは腰に差している鎌剣ハルパーの柄を握った。

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