23-9 詫びに来て喧嘩する奴
盲神教施設内。ミヤとノアは相変わらず教団内部の調査を行っていたが、特に変わったことは無かった。
「サイコメトリーの魔法で、建物のあちこちの記憶の掘り出しするのも、もう飽きたなあ。何も無いし」
「ふん。お前は面白そうだと言って乗り気だったくせに、何言ってるんだい。調査ってのは、こうした地道な作業をし続けるもんさ。そもそもお前のその飽きっぽさや、何かあればすぐに不満を――」
不満を垂れるノアに、ミヤが説教する。
「こら、魔法で説教回避するんじゃないよ」
「うぐっ、バレた……」
耳の周囲を魔法で声が伝わらないようにしていたノアであったが、ミヤはあっさりと見抜き、ノアの魔法ガードを破壊した。
「ゴア・プルルも施設内では怪しい行為していないし、用心深い」
ノアの台詞を聞き、ミヤは小さく息を吐く。
(おかしなことはしているんだよ。こんな教団を築いて長になった時点で、それがおかしい)
ミヤは全く別の次元で物を見ていた。
(何で回りくどいことをしているんだい。それが面白いつもりなのかい? あるいは深い理由でもあるのかい? ディーグルよ。儂から離れて……随分長いこと経って、ようやく会いに来たと思ったら……何やってるんだい?)
心の中で問いかけるミヤだが、無論答えは返ってこない。
「あ、先輩来た」
通路を歩いてくるユーリを見て、ノアが声をあげる。
「どう? 何か見つかった?」
「何も。この作業に不満言ったら、師匠に怒られた。でもポイントマイナスされなくてよかった」
尋ねるユーリに、ノアが肩をすくめて答える
「よかったじゃないよ。こつこつ続ける地道な作業を軽んじたり、それをあっさり嫌がったりするお前の性根には、マイナスいくらつけても足りないよ。そもそも世の中の多くの人達は、毎日こつこつと地道に誠実に仕事しているんだよ」
意図的に穏やかな口調で諭しにかかるミヤ。
「魔法の修行はこつこつ地道だろうと、ちゃんと成果に繋がるとわかっているから、耐えられるよ。でもそれ以外の同じこと繰り返し作業は、俺には耐えられない。無為。空っぽな時間。他の奴がどうだろうと俺はとにかく嫌だ。他の奴は勝手にこつこつ仕事していればいいさ。それがお似合いだ」
せせら笑うノアに、ミヤが念動力猫パンチを食らわせる。かなり力を込めて殴り、ノアはうつ伏せに床に突っ伏す。
「そうやって他人を見下す性根は見過ごせないよ。マイナス8だ」
ミヤが厳しい口調で告げると、ノアが顔を上げた。少し涙ぐんでいる。
「ひどいよ師匠! ここで殴ることないだろっ! この暴力師匠っ! 体罰師匠! マイナス婆!」
「ああ? 何だと……? もう一度言ってみな。いや、今度そんな呼び方したら破門で勘当だよっ」
涙顔で抗議するノアに、ミヤがさらに厳しい口調で告げる。
「何度でも言ってやるっ。マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆マイナス婆!」
「そんなマイナスドライバーみたいに……」
ノアは退かず、涙をぽろぽろ流し、顔を真っ赤にして、同じ台詞を連呼して罵る。ユーリは思わず笑ってしまっていた。
「さあ破門でも勘当でもすればいいだろ! これで俺は行き場が無くなるんだ! 住む家も家族も失うんだ! そうしたいんだろ! やれよ! 俺を追い出せよ! そうしたら母さんみたいに殺人鬼になってやる! うわあああああんっ! うえええええええんっ!」
「はあ~……」
喚き散らし、幼児のようにわんわんと泣き出すノアを見て、ミヤはどっと疲れを感じて、深い溜息をついた。
***
正午。 ンガフフは昨日から一人で、盲神教の本拠地施設内を調査していた。
「んがふふ?」
臭いを辿っていたンガフフは、教祖ゴア・プルルの部屋の外で止まった。
窓からこっそりと部屋の中を見る。部屋の中にはゴア・プルルがいる。そしてもう一人いた。
原型がほとんどなくなったぼろぼろの赤いとんがり帽子と、同じくぼろぼろの赤いマント。ボーイッシュな服装の少女が、テーブルの上に片膝を立てて座っていた。やや斜視気味の目で、ゴア・プルルを見ながら、にやにやと笑っている。
「よう、昨日は大変だったな。もう町中で噂になっているぜ? お望み通りかよ? 満足かよ? ああ?」
少女――K&Mアゲイン首領のアザミ・タマレイが、からかうような口振りで問いかける。
「おかげさまでな。シクラメ・タマレイ、彼が暴走した結果だ」
「わーってるよ。今日はその詫びに来た。うちの馬鹿兄貴がすまなかった。あれはこっちも手焼いてんだよ」
ゴア・プルルが言うと、アザミは笑顔のまま、謝意の欠片も無い口調で謝罪を口にする。
「こっちが先に迷惑かけちまってからこんなこと言うのも何だが、そっちの活動さ、迷惑だ。それに勝手すぎんぜ。あたしらに相談も無く色々やりすぎで、てめー勝手に突っ走っておきながら、手だけは貸せと要求する。そんなやり方する阿呆共に、もう付き合っていたくねーんだが?」
「そうか。決裂ということか」
アザミが文句を言うと、ゴア・プルルは無表情に告げる。
「ケッ、そっちが改めてくれりゃあいいと思って、その話し合いにきたつもりだったのに、いきなりその結論かよ。とんだ糞野郎だな。てめーは、周囲見ずに、自分のやりたいことだけやって破滅する小物タイプかな?」
ゴア・プルルの反応に対し、苛立ちを覚えて罵るアザミ。
「説明が不足していること、性急すぎたことは謝罪する。しかし我も事情と考えがあってのこと。それに――」
「それに?」
「そうなったとしても、もう構わない。そちらとの同盟は、さほど重視していなかった。目的のついで程度だ」
ゴア・プルルが口にした台詞を聞き、アザミのこめかみがひくついた。
「軽く見られんのも、それはそれで腹が立つなァ。ああ……何かすげえ刺したくなってきたぞ」
敵意を露わにして、闘気を漲らせるアザミ。
「そして其方がここで我と一戦交えるのも、都合がよいと言える」
そんなアザミを見て、ゴア・プルルも闘気を放ち、立ち上がる。
「何が何だかわかんねえわ。場当たり的に適当なこと口にしてねーか?」
「それは無い。我の言葉に偽りは無し。K&Mアゲイン。其方等は、同盟で益をもたらすとあれば、利用するつもりであった。だが同時に害でもあった。排除すべき敵でもあった。故に、ここでその頭目を討つ意義は大いにある」
ゴア・プルルの理屈を聞き、アザミはテーブルから下りる。
「ケッ、何でそーなるやら。うちらは宗教団体に恨まれる覚えはねーんだが? てめーらもどっちかっつーと、貴族制度アンチだろうし、魔術や魔法を忌み嫌っているわけでもねーんだろ」
「そうだな。無関係だ。教団の教義とも関係無い。我の都合である。同盟を組む前から、我の敵と見ていた」
「そうか……よ!」
仕掛けたのはアザミが先だった。ゴア・プルルに向かって中指を立てる。そのモーションに合わせて、アザミの攻撃が繰り出され、ゴア・プルルの体を下から貫いた――かに思われた。
ゴア・プルルは後方に跳び、不可視の突撃を回避していた。
(ケッ、やるじゃねーか)
こちらの動きを読んで、余裕をもって回避したゴア・プルルに、意外と感じつつ、同時に心の中で称賛するアザミ。
「おらァ!」
アザミが吠え、さらに中指を突き出す。一度のモーションで、ゴア・プルルの左右同時に魔力の刺突が繰り出され、ゴア・プルルを串刺しにせんとした。
だがゴア・プルルは身をかがめて、この攻撃も避ける。そして体制を低くしたまま、徒手空拳でアザミに向かって突っ込んでくる。
カウンターを食らわせてやろうとも考えたアザミだが、避けた方が無難と見なした。この時点で、ゴア・プルルが上位の魔法使いにも引けを取らない戦闘力を有し、なおかつそのクラスの相手とも戦い慣れた存在だと、彼の動きを見て直感的に判断した。
空間転移して、ゴア・プルルの突進を避けるアザミ。ゴア・プルルの頭上に転移していた。
「むんっ!」
ゴア・プルルが吠え、跳び上がって、頭上に向けて拳を突きあげる。
(読まれてた!?)
頭上に転移して上から不意打ちを仕掛けるつもりだったアザミだが、転移したその刹那、自分が攻撃するより前にゴア・プルルに攻撃され、目を白黒させる。
ゴア・プルルの拳がアザミの腹部にめりこみ、空中でアザミの体がへの字になる。
吹き飛んだアザミの体が、天井にまで打ち付けられ、落下した。
うつ伏せになって倒れたアザミの頭部を、ゴア・プルルが踏みつける。いや、踏み砕く。頭蓋骨が割れる音が室内に響いた。
「ざけんなっ!」
頭を割られて血を噴き出した状態で、アザミは怒鳴り、魔力を放った。
今度は当たった。アザミの頭を踏みつけるゴア・プルルの足が貫かれ、踵以外の大部分が吹き飛んでいた。
一発だけでは終わらせず、アザミはさらに連撃を見舞うが、ゴア・プルルは片足で器用に回避していく。
アザミが頭を押さえてゆっくりと身を起こす。攻撃に力を割いたので、再生は済んでいない。しかしこのままにはしておけないので、頭部の大ダメージを癒しにかかる。
ゴア・プルルも片足で戦うのは不便と見なしたか、かがんでちぎれた足を押さえて、呪文を唱える。
「ケッ、魔法使いじゃなくて魔術師だったのか。そのわりには……」
アザミの言葉が途中で止まった。ゴア・プルルの全身が別のものへと変化を遂げていく。手足と胴が伸び、体型がドワーフではなく、人間のそれに変わる。顔の変化もあったようだが、顔は変化が終わる前に、頭部はフルフェイスの兜に覆われた。全身も黒と赤で彩られた甲冑に包まれていく。
目の前にいるのは最早ゴア・プルルとは完全に別物であった。赤と黒の全身鎧で身を包んだ騎士。
「こいつは……まさか……」
アザミは最近まで西方大陸にいた。その時、噂を聞いたことがある。赤と黒の二色で彩った甲冑で身を包んだ者が、反管理局勢力の一員として、管理局に甚大な被害を与えていると。
「Aの騎士か……」
アザミが唸り、その名を口にした。
「んがふふ……」
一方、Aの騎士を窓の外から目撃したンガフフも、興奮して小さく唸っていた。




