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23-8 露悪vs露悪

 ノアは星が溢れる空間の中にいた。前方には巨大な黒い渦が渦巻いている。


「ん……? ここは夢か。微妙に見たことある風景だ」


 周囲の風景を見て、声に出して呟いた直後、気配を感じて振り返る。


「おいおい……。この領域に来たのかよ。ここは夢の世界の中でも、普通来られない場なんだぜ」


 嬲り神がノアを見て、驚いていた。


「ああ、思い出した。坩堝とかいうのがある場所だ。ダァグ・アァアアやサユリと会ったあの人喰い絵本の先の世界だった」


「夢の世界な。しかし何の導きでここまで来やがったんだァ。ああん?」


 嬲り神がへらへらと笑いながら問うと、ノアは眉根を寄せた。


「そのへらへらした笑い顔、生理的に凄く受け付けない。視界に入れたくない」

「へっへっへ、よく言われるぜぃ。つーか俺のこと本当に嫌いなのな」

「人を喰ったような笑顔、小馬鹿にしている態度、露骨すぎる。顔だけじゃなくて、そのネチっこい喋り方もね。初対面の時から嫌で仕方なかった」

「光栄だな~。俺は嫌われ、憎まれ、恨まれ、罵られることが大好きなんだ。特にな、俺が嬲った相手にそう思われるのがたまんねーよ」


 ここぞとばかりに思う所をぶつけるノアだが、嬲り神は平然としている。


(無理して悪ぶっているように見える。痛々しいね)


 嬲り神の言葉を聞いて、ノアにはそう感じられた。


「まあ君のことなんかどうでもいい。坩堝の前に、どうして俺はいるの?」


 ノアが黒い渦を見て問う。


「ムカつくこと言ったから答えてやんねーよ」

「へえ? 今のムカついたんだ? じゃあ教えてくれなくていいよ。俺は嬲り神の表情と喋り方が嫌いとは言ったけど、話もしたくないとは言ってない。でも君は話をしたくないほど俺が嫌いらしい。じゃあここにいる必要無いよね? とっとと消えてね」

「ははははははははっ!」


 ノアの返しを聞いて、嬲り神は哄笑をあげた。


「オーケー、俺の負けでいいや。はははっ、相変わらずお前は面白い奴だよ。ノア。お前は俺のお気に入りさ。しかし……どうしてお前が唐突にここに現れたか、俺にもわかんねーんだ。推測はできるがな」

「その推測を教えて」

「あいつも……かつての魔王も、ここに来た。そうなる素質があった」


 嬲り神が声のトーンを抑えて答える。魔王という単語を聞いて、ノアの眼光が輝く。


「お前は魔王になりたがっているんだろう? そして魔王のルーツを探れば、魔王になれるんじゃねーかと、そう考えている? そうじゃねーか? いや、お前の頭の中を見たんじゃねーぞ。今のこの状況を考えると、そうとしか思えねーんだ。ここは全ての世界が交わる夢の世界だ。そこにお前は、夢の中にありながら夢を見る状態ではなく、ここに訪れた。この前来た時と同じ状態だ。ふつーに考えてありえねーことさ。つまりは、お前がこいつを求めるが故、そうなったとしか思えねー」


 そう言って嬲り神は坩堝を見た。


「かつて魔王は――お前達の世界で伝わるあの魔王もまた、今いるここに訪れた。夢の世界で、坩堝で、魔王となった。奴の怒りと悲しみと絶望は、奴の魂を夢の世界の深淵へと導いた。ここにだ」


 そこまで喋ってから、嬲り神はノアを見やる。


「それなのにお前ときたら……あっさりとここに来ちまいやがってよ。どういうこった? ひょっとして俺のせいかねえ? 俺はちょっと様子見に来ただけだがよ。ダハハハっ」

「そこ笑うところなの?」


 馬鹿笑いをする嬲り神に、半眼になるノア。


『力を引き出す者、力を受け継ぐ者が魔王となる』


 唐突にノアは、ダァグ・アァアアが口にした台詞を思い出す。


「今、俺は魔王になれる? いや、答えなくていい。無理だよね」

「まあ無理だ。坩堝の準備が整っていない。もうそろそろではあるし、お前に素質はあると思うけどなー」


 ノアの問いに、嬲り神が答える。


「俺が魔王になりたがっていることは――」

「誰にも言わねーさ。知られたくねーんだろ? 俺も教えたくねえ――と、俺が言えば信じるのか?」

「信じる」

「お、信じるのか。じゃ、バラしまくってやろ」


 ノアの答えを聞いて、嬲り神はおどけた口調で言う。


「信じられる。黙っていた方が面白いと、そう考えるだろうから。俺が嬲り神の立場でもね」


 微笑むノアを見て、嬲り神は息を吐いた。


「まあ、せいぜい頑張れ。ちーなみにー俺が~♪ 大好ーきなーのーは♪ 頑張っている奴のー邪ー魔をしまくってー♪ そーいつの夢ーをー♪ 諦めーさせて~♪ 絶望~の悔し涙を流すー♪哀れなー顔をー♪ 見ーるこーとさ~♪ ひゃははははっ」


 音程外れの即興自作ソングを歌ってから、また笑いだす嬲り神。


「嘘ばっかり。いや、嘘と本当が混じっているのかな?」


 ノアの指摘を受け、嬲り神の高笑いがぴたりと止まる。


「嬲り神、君のことは嫌いだけど、君はただ悪ぶっているだけなんじゃない? 俺は本物の悪だからわかるよ?」


 さらに指摘するノアに対し、嬲り神は何も答えない。ただじっとノアを見ている。


「また来るよ。よろしくね」


 坩堝に向かって声をかけるノア。


「よろしくはあそこにいる管理者に言っておきな」


 嬲り神がそう言って、坩堝の向こう側を差す。


「あれは……」


 女性と思われる人影を視界に収めた直後、ノアの意識は現実に引き戻された。


(変な夢……じゃないな。夢だけど夢じゃない。夢の世界に、夢を見ていない俺が入って、あのキモい嬲り神と会って……。あれは絶対夢じゃないと、俺の魂が確信している)


 目を覚ましたノアは、自室から広間へと出る。


 朝、ユーリが料理をしている。ミヤは相変わらず祭壇の前で祈っている。


(平穏な朝。いいものだよ。でも俺が魔王になった後も、この平穏な朝は続くのかな?)


 そんな疑問がノアの中に浮かぶ。


「坩堝の夢を見た」


 朝食をとりながら、ノアが夢の内容を語りだした。無論、全てを語るつもりは無い。特に魔王に関するくだりは。


「夢の中で俺、夢の世界にいたよ。坩堝があった。変な夢だ」

「お前は常日頃から変なことばかり考えているからね、だから夢まで変なのさ」

「ひどいよ師匠。俺のこと悪く思いすぎ」


 ミヤにからかわれ、ノアは頬を膨らます。


(三百年前、あの坩堝に溜まった負の念が、おぞましき力が解き放たれ、魔王が生まれ、世界は一変しちまった。人喰い絵本、魔物、魔物化現象、破壊神の足、災厄じゃあないけどエルフヤドワーフなんかの妖精族も……)


 ノアの口から坩堝の単語を聞き、ミヤは意識する。


(もしまた解放されたら――次の魔王が生まれたら、今度は一体何が起こるんだろうね? ま、ろくでもないことばかり起こるのは確かだろうが)


***


 盲神教と教会との対立は、首都ソッスカーで話題になっていた。すでに何度も衝突し、騒ぎも起こしている。

 噂は当然、盲神教と繋がっているK&Mアゲインの耳にも届いている。そして騒ぎの一つを起こした原因がシクラメである事を、アザミとジャン・アンリとケープの耳には入っていた。


 朝、アザミとジャン・アンリとケープとシクラメが向かい合う。アザミは憮然とした顔をしている。


「糞兄貴さぁ……ふざけすぎだろーがよ。好き勝手しまくる人生、楽しそうだなあ」

「ごめんねえ。ついノリで……というのは冗談として、あのおかしな宗教組織と、真面目に付き合っているのが場からしくってさあ」


 呆れ声と共に非難の視線を向けるアザミに、シクラメが全く悪びれずに笑顔で話す。


「では、シクラメは両者の関係が気に入らず、同盟を破棄しにかかったと捉えてよろしいか?」

「ケッ、糞兄貴本人が今そう言ってんだろ」

「シクラメの気持ちも私はわかります。盲神教の振る舞いは目に余ります」


 ジャン・アンリ、アザミ、ケープがそれぞれ言う。


「突っ走ってやがんな。そして同盟相手であるあたしらのことを、利用できる駒程度にしか思ってねーんじゃね? あたしはそう感じる。刺してえ」


 そう受け取っているアザミであるから、シクラメの暴走にも、呆れはするが、あまり本気で怒る気にもなれない。むしろすかっとしている。


「しかしこのまま無視ってわけにもいかねー。糞兄貴が余計なことしなければ、あっちの暴走を放っておいてもよかったんだがよ。一応……それは詫び入れに行っておくか。詫びも入れるが、苦情も入れておくぜ」


 話が通じる相手ならいいが、話が通じなかったら――アザミは盲神教と手を切るだけではなく、自分の手で制裁を加えてやるつもりでいた。


***


 その日の朝。スィーニーは盲神教の教団施設に足を運ばず、山頂平野の繁華街にある公園でくつろいでいた。


「本当にあの人に任せて平気なの?」


 ベンチに座って朝食をとっているスィーニーに、ミーナが尋ねる。あの人とは、ンガフフの事を指している。

 しばらくの間、ンガフフに教団施設の単独調査を任せる形となった。ンガフフ本人が、その方が動きやすいと、ンガフフ自身が主張したためだ。


「平気だからこうしているんよ。ンガフフさんの力は昨日実証済みじゃん?」

「うん、それはわかっているけど……」


 ンガフフをよく知るスィーニーは信頼している様子だが、ミーナは昨日のンガフフの働きを見てもなお、懐疑的だった。


「相手はあのAの騎士なのよ。単独行動しておいて、帰らぬ人になってしまうなんていう展開は、避けてもらいたいものだわ」


 ミーナはンガフフに嫌悪感を抱いてはいるものの、それでも一応仲間として認識しているし、仲間を失うという事態も避けたいと思っている。


「ミーナさんみたいな歴戦の工作員でも、そんなこと言うん? 私達は工作員なんだし、多少のリスクはあるし、その辺の覚悟は皆出来てるでしょ」

「それはそうだけど、無闇に危険な橋を渡る必要は無くない? 何度も言うけど、相手はあのAの騎士よ。もっと慎重になってかかった方がいいと思うわ」

「それはわかっているけど――」

「あ、スィーニー、ミーナさん、おはようございます」


 二人が言い合っていると、買い物にやってきたユーリが声をかける。


「おはよ。ユーリ、一人なん?」


 スィーニーが嬉しそうな笑顔になる。


(露骨にわかりやすいわね……)


 スィーニーの表情の変化を見て、ミーナは呆れて苦笑いを浮かべていた。


「うん。師匠とノアは盲神教の調査だよ。僕もすぐに合流する。そっちは?」

「私達はちょっとお休み。何かもう色々あったしさ。あの教団、トラブルメーカーすぎるっての」

「そうだね。シクラメが引き起こした騒ぎもあったけど。このままじゃ凄くろくでもない事態を引き起こしそう」

「どう見てもわざとトラブル起こしているように見えると思わん?」

「皆思っているよ。教祖は何考えているんだろ」


 しばらく会話した後、ユーリは立ち去る。


「楽しそうにいちゃいちゃしちゃってー」

「はあ?」


 ユーリがいなくなった所で、ミーナがからかう。


「いちゃいちゃって……件の教団の話しかしてないじゃんよ」

「でも貴女の方は凄く楽しそうだったわよ」


 渋面になるスィーニーに、ミーナが真顔で告げる。


「工作員の失態ケースその1。色恋沙汰に現を抜かして任務をおろそかにする。情報の漏洩に繋がったり、裏切りのトリガーであったりってケースも――」

「うるさい。ユーリとは別にそんなんじゃない」


 険のある声で、ミーナの言葉を遮るスィーニー。


「私は何度もそういうの見ちゃってるから、ぴーんとくるのよね。あるいは罪悪感が足を引っ張るケースもあるわ」


 ミーナはなおも言葉を続け、立ち上がった。そしてスィーニーを起こして、どこかへ行ってしまう。


 スィーニーは残りの朝食を握りしめてうつむく。


 しばらくしてから朝食を口に運ぼうとしたが、すっかり食欲が失せていたので、前方に食べ物を放り捨てる。鳥達が大喜びで食べ物に群がる。


(罪悪感……。嗚呼……流石はミーナ……お見通しってわけね)


 スィーニーはしばらくの間、食べ物に群がる鳥達を暗い顔で眺めていた。

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