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23-7 誠実な人と優秀な詐欺師

 さらに翌日も、ユーリ、ノア、ミヤ、スィーニー、ミーナ、ンガフフは、盲神教教団の活動に参加した。この日は旧鉱山区下層の貧民窟に、炊き出し支援を行っていた。


「これさ、教会もやってることだよね?」


 遅れてやってきたスィーニーが伺う。


「うむ。教会だけでは支援が足りていないから、我々もする。それだけの話だ」


 炊き出しに参加しているゴア・プルルが厳かな口調でいった。


「目指す所は似ているのに、何で争うのでしょう。無闇に争う必要は無いんじゃないですか?」

「んがふふ!」


 ユーリが問うと、ゴア・プルルではなくンガフフが答えるように叫ぶ。


「ンガフフさんは何て?」

「大人の世界はややこしいから仕方ないって」


 ユーリが問うと、スィーニーが通訳した。


「んがふふ」

「今度は何て?」

「誠実な人だけの世界なんてありゃしない。できるだけそういう人間と付き合うように心がけたいけど、それも難しいだってさ」


 ユーリが問うと、今度はノアが通訳する。


「ふむ……。んがふふの一言でそこまでわかるのは凄いな」


 ゴア・プルルが感心する。


「確かに難しいわ。その人間が誠実だとか優しいとかなんて、付き合ってみなければわからないんよ」


 スィーニーが同意する。


「付き合ってみて明らかにおかしい人だったら、付き合わないようにすればいいじゃない」

「仕事の都合やら何やらで、避けたくても避けられないっていう話じゃん?」


 ミーナが言うと、スィーニーが半眼になってミーナをー見ながら言う。まさに今口にした通りの相手が、スィーニーにとってのミーナであるが、この相手には通じなさそうな気がした。


「事前にわかる方法もあるさ」


 魔法で炊き出し作業をしていたミヤが発言する。


「誠実な人間と優秀な詐欺師は、ちゃんと心のこもった言葉を選び、文章にも心が込もっているもんさ。その辺で見極められるだろ」

「にゃんこ師匠、そこに詐欺師混ぜてくるのが、ちょっとあれなんよ……。余計ややこしくなるというか」


 ミヤの言葉を聞いたスィーニーが突っ込む。結局それではわからないという話に聞こえる。


「でも詐欺師混ぜる理由はわかる。宗教の教祖とか正に優秀な詐欺師」

「上手いことタイムリーに繋げたね」


 ノアが側にいるゴア・プルルを意識して言うと、ユーリが微笑んだ。側で聞いていた信者の何人かはぎょっとしている。


「確かに我は人を騙すのは得意だし、人を騙すことも嫌いではない」


 あっさりと認めるゴア・プルル。その教祖の発言に、さらにぎょっとする信者達。


「教祖様がそれ言っちゃうんだ」


 ノアがゴア・プルルを見る。


「うむ。人を騙しに騙した結果、こうして我は炊き出しをしている」

「何だそれ」


 教祖が真顔で口にした冗談が少しツボに入り、ノアは微笑んだ。

 ゴア・プルルの言葉を聞き、ユーリは人喰い絵本の中で会った教祖モズクを思い出す。あれも教祖のわりにくだけていた。


「あ、ンガフフさんだあ。あ、ユーリ達もいるー」


 そこにチャバックが現れ、声をかける。


「んがふふっ」


 ンガフフがチャバックに向かって手をあげる。


「チャバックとも知り合いなんだ……」


 少し驚くユーリ。随分と知り合いに知り合いが多い。


「スィーニーおねーちゃんとも知り合いだよー」

「私経由で知り合ったんだよ」


 チャバックとスィーニーが言う。


「あ、猫婆もいるー。何してるのー?」

「見ての通り、炊き出しの手伝いだよ。儂だけ魔法を使わなくちゃならないから疲れるったらありゃしない」


 チャバックを見上げ、軽く憎まれ口を叩くミヤ。


(この子もンガフフ同様に……醜いわね。視界に入れたくないわ。この人達、どうして平然と接していられるのかしら)


 ミーナはチャバックを一瞥して、不快感を催して目を逸らしていた。


「オイラも手伝いたいけど、これから学校だよう。しかも遅刻なんだあ」

「遅刻ならここで立ち止まってお喋りしている余裕ないだろ。さっさと行かなくちゃ」


 チャバックの発言を聞いて、ユーリが促した。


「おいっ! 盲神教の! ここで何してる!」

「お前達ふざけるなよっ! ここは私達の縄張りだぞ!」

「そーだそーだ! 誰の断りを得て支援の炊き出しをしているんだ!」

「また痛い目に合わせてやろうか!」


 チャバックが去ってから約一分後、教会の僧達が大人数で現れ、怒鳴り散らしてきた。


「炊き出しの支援活動に縄張り意識とかどうなん……」


 呆れるスィーニー。


「またも何も、師匠のおかげで痛み分けだったような」

「師匠はこっち側だからこっちの勝ちだよ」


 ユーリとノアが言う。


「昨日はよくもやってくれましたね。怪我人が何人も出ましたよ。そんな乱暴な貴方達が、貧乏人共にお恵み? 偽善もいい所では無いですか」


 僧達の中のリーダー格と思しく人物が、嫌味ったらしい口調で話しかけてきた。


「言葉の棘凄いわねー」

「さっきのにゃんこ師匠の話の真逆いってる人だわ、こりゃ」

「不誠実が露わな発言すぎて逆に笑える」

「んがふふ!」


 ミーナ、スィーニー、ノア、ンガフフが言った。


「その喧嘩の仲裁をしたのは儂だが、昨日の喧嘩の続きをしたいのかい? まだ儂を働かせようというのか?」


 ミヤが僧達の前に進み出て問いかける。


「げえええっ!? ミヤぁっ!?」

「何だい、その汚いものでも見たかのようなリアクションは……」


 恐怖に顔を引きつらせてのけぞる僧を見て、ミヤはげんなりした。


「め、滅相もありません。ミヤ様っ。そのようなつもりは断じてっ。おいっ、野郎共引くぞっ」

『へいっ』


 リーダー格の僧がへりくだった口調で言うと、部下の僧達を促して、こそこそと撤退していく。


「僧侶というより、ヤクザか山賊っぽいノリだった」

「実際、賊あがりだったりしてね。ならず者が僧になるってケースは、わりとあるもんだよ」


 ユーリが呟くと、ミヤが言った。


「ミヤ殿、二度も争いを納めていただき、感謝する」

「ふん。ハナから争いを起こすような真似するなって話さ」


 頭を下げるゴア・プルルに、ミヤは毒づいた。


 教会の僧達は全員撤退したかのように思えたが、実はそうではなかった。一人だけこっそりと残っていた。


「ムカつくぜぃ。あいつら。目にもの見せてやるァ……」


 僧は陰気な声で呟くと、身を低くして、炊き出しの場に近付く。


「へっへっへっ、もうすぐだ……。もうすぐだぜぃ……。もうすぐ俺のこの手で、世界は滅びる。お前達は滅びるんだ。世界は地獄へと変わる。これが……これが神の裁きだぁ~。ひへっ、ふへっ、ほへっ」


 ぶつぶつと呟き、へらへらと笑いながらスープの入った大鍋に近付くと、横からこっそりゴミを入れようとする僧。


 その僧の横に、ノアがいつの間にか立っていた。


「ぐ……見られた!? お、おのれぇっ、あと少しの所だったというのに……。こ、ここまで来て……退けるかァ~っ!」


 僧は慄き、それでも執念でゴミを食べ物の中に入れようとする。


 しかしノアは魔法でゴミが鍋に入るのを止めた。ゴミもゴミの小さな破片さえも、空中で停止している。


「何で食べ物の中にゴミ捨てるの? どういうつもり? それがあんたらの教義?」


 冷ややかな視線をぶつけ、怒りを滲ませた声で問うノアを見て、僧は震えあがった。ノアが魔法使いであることはその服装を見れば一目瞭然だ。その魔法使いが自分の行いを目撃し、魔法でゴミを止め、自分に怒りを向けている。


「ゴミはゴミ箱に捨てないとね。こんな風に」

「ぐぶを!? ごぼぼぼぼっ!」


 ノアに魔法でゴミを口の中に押し込まれ、僧は悶絶してくぐもった声を上げ続ける。周囲の者達もその声を聞いて、一斉に視線を向ける。


「こいつ、食べ物にゴミ入れようとしていたから、ちょっと制裁」


 ノアが爽やかな笑顔で、皆に解説する。


「やめな、ノア。やりすぎだよ。死んじまうだろ」


 ミヤが制止すると、ノアは魔法を止めた。


「げえーっ! ぐえーっ! がはっ!」


 必死にゴミを吐き出す僧。


「ちぇっ、あと少しで食道通過したのにな」


 這いつくばって苦しそうに喘ぐ僧を、ノアはにやにやしながら見下ろしていた。


(怖い子……。でも顔は凄く綺麗ね。ま、私の趣味ではないけど)


 ミーナは顔全体が整っている者や、スタイルがいいなど、複数に跨るパーツの美には興味が湧かない。あくまで一部位の美が、彼女の審美眼を働かせる。


「すみません。うっかり寝過ごして大遅刻してしまいました」


 青年団長ミッチェルがやってくる。いつも通り笑顔だが、ユーリは違和感を覚えた。


「ミッチェルさん、少し元気が無さそうですね?」

「え? そんなことはないですよ?」


 ユーリの指摘を受け、鼻白むミッチェル。


「あからさまに動揺した」

「思いもよらなかったことを指摘されたので、動揺したのです」


 さらにノアが指摘し、ミッチェルは言い繕う。


「んがふふ!」

「疲れているように見えるってさ」

「そう……ですかね。ただの寝不足ですよ」


 ンガフフの言葉をスィーニーが通訳し、ミッチェルが言った。


「ミッチェル、疲れているなら休むがよい」


 ゴア・プルルが声をかける。


「教祖様もいらしたのですか。気が付かなくてすみません。大丈夫です」


 取り繕うミッチェル。彼の心労の原因は、昨日の教祖の発言だ。もうすぐいなくなると言い、自分が次期教祖だと言われた。唐突すぎて心の整理がつかず、昨夜はよく眠れなかった。


「ミッチェル怪しくない? というかずっと笑顔の仮面をかぶった男が、感情を見せたことが気になるわ。探りを入れれば、何か得られるかも」


 ミーナがスィーニーの耳元で囁く。


「私は本当にただ疲れているだけに見えるけど」

「そう? うーん……」


 スィーニーの言葉を受け、ミーナは眉根を寄せる。


「ちょっと用を足してくるよ」


 ミヤが断りを入れて炊き出しの場を離れる。


「お花摘みって言おうよ。マイナス1」

「そんなことでマイナスするの?」


 ミヤがいなくなった所でノアが言い、ユーリが微笑む。


「さっき教会の人達が来てたんよ。争いになりかてたけど、昨日と同じく、にゃんこ師匠……魔法使いミヤが仲裁に入って助けてくれたよ」


 スィーニーがミッチェルに報告する。


「そうでしたか。礼がしたいのですが」

「礼なら我がした」

「そうでしたか」


 ゴア・プルルに言われ、ミッチェルは恭しく一礼した。


「あれ? にゃんこ師匠は?」


 ミヤがトイレに行くという発言を聞き逃したスィーニーが、誰とはなしに問う。


「トイレ。婆は猫のくせにやたらトイレ長いから、当分戻らない」

「猫のくせに長いとかそういうのあるの……? 老人が長いならわかるけど」


 ノアの言葉を聞いて、スィーニーが言った。


「猫がトイレ長い時って、病気の可能性あるわよ」


 ミーナのその発言を聞いて、ユーリがぎょっとする。


「魔法使いでも病気にかかるの? 魔法で治せないの?」

「病気による。治せない病気も結構ある」


 スィーニーの疑問に対し、答えたのはゴア・プルルだった。


「師匠が貴方のことを気にかけていましたけど、覚えはありませんか?」


 ゴア・プルルに向かって、ストレートに疑問をぶつけるユーリ。


「縁があるかもしれんな。我の口からはそれ以上言えぬ」

「はぐらかしているように聞こえます。僕はもっとはっきりとした答えが聞きたいです」

「彼女に無断で、彼女の弟子相手に、迂闊なことは口に出来ない。それが答えだ」

「そうですか」


 もっともな答えが返ってきて、ユーリは納得して、食いさがるのをやめた。


「我もお暇する。別の仕事がある」


 そう言ってゴア・プルルが立ち去る。


「ユーリ君、どういう事情があるのか存じませんが、教祖様に失礼ですよ」

「そうでしたね。すみません」


 ミッチェルがやんわりと注意し、ユーリは素直に謝った。


 ミヤが帰ってくる。


「教祖がどっか行っちゃったよ」

「そうかい」


 ノアが報告し、ミヤはどうでもよさそうに応答した。


「師匠、ゴア・プルルに興味あったんじゃないの? せっかくいたんだし、何か話しておけばよかったんじゃない?」

「話はしてみたかったけど、こんなに大勢の前じゃね。互いに話しづらいってもんさ」


 ノアに言われ、ミヤは尻尾を大きく振りながら答えた。


***


 夕方、ミーナ、スィーニー、ンガフフで、とある場所に移動した。


 そこは盲神教の本拠地の敷地内であったが、建物と建物の合間の、人がほとんど来ないような場所だ。

 建物の壁には無数の小さい穴が開いており、拭った血の痕がある。その小さな穴の方に、スィーニーは見覚えがある。それを見た瞬間、スィーニーは総毛立った。


「この穴を見て顔色が変わったってことは、知ってるのよね。私も昔一度見たの」


 スィーニーの表情の変化を見て、ミーナが言った。


「これがAの騎士が盲神教に関与しているという痕跡?」


 間違いなくそうなのだろうと思いつつも、スィーニーは改めて伺う。


「その一つね。ここで連絡が取れなくなった、管理局の工作員が殺されたわ。周囲にサイコメトリーの術をかけて確認済み」


 と、ミーナ。


「んがふふ!」

「彼は何と?」

「この現場から何かわかるか? って」


 スィーニーがンガフフの言葉を通訳する。


「この現場ではこれ以上無理。プロテクトがされてあるの。Aの騎士目撃の念話を受け取って、私はここに来たのよ。時すでに遅かったけどね」


 乱雑に拭われた血の痕跡を見て、ミーナが小さく息を吐く。


「私が散々調査した後だけどね。貴方達にも調査してもらえば、また違った結果が出るかもしれないと思って、連れてきたのよ」

「私は探偵じゃないし。調査に特化した工作員でもないのよ」


 ミーナの言葉を聞き、スィーニーは肩をすくめた。


「んがっ!? ふふ!」


 ンガフフが壁に顔を近づけ、くんくんと臭いを嗅ぐ。


「この人は何か掴んだみたいね」


 ミーナがンガフフを見て言う。


「んがふふ!」

「何て?」

「教団内で微かに一致する臭いが感じられたってさ。でも体臭も変えているって。徹底しているけど、完全には消しきれてない。そして誰であるかまでは特定できないけども、確かに臭いを嗅いだってさ。自分は犬ほどではないけど、臭いには敏感だとも言ってるわ」

「んがふふだけで、そこまでのメッセージが詰まってて、しかもそれを読み解くって凄いわね……」


 スィーニーの翻訳を聞き、感心するミーナ。


「ま、教団員の誰かに化けてるのは確かだってわかったじゃん。警戒しとこ」

「んがふふ!」


 スィーニーが言うと、ンガフフが頷いた。

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