23-5 デモ行進なんかより他にいいアピール方法があるはず
首都ソッスカー某所。K&Mアゲインのアジト。
「ケープ先生は魔術師だったのに、魔法使いにランクアップ出来たのれすよね?」
ロゼッタがケープに尋ねる。同室にはジャン・アンリとアザミもいる。
「はい。極めて特殊な魔道具を用いて、そのようになりました」
「本来魔法使いの才能を持つ者しか、魔法使いにはなれないというのに、魔道具でその才能を付与するなんて、凄い話れす」
「でも私は正規に魔法使いの修行を何年も積んでいないので、魔法使いとしてはあまり大したレベルではありません。下手すればまだ魔術師としての力の方が上かもしれませんね」
感心するロゼッタに、ケープは微苦笑を零して言う。
「呪文、触媒、動作が必要で、魔力の燃費も魔法使いより悪いのに、魔術師の方が上とか、イメージしづらいのれす」
「しかしそこに、魔術師でありながら、魔法使いをも凌ぐと言われている天才がいるぜ。ま、実際並みの魔法使いより全然上だしな」
テーブルの上で胡坐をかいたアザミが口を挟み、ジャン・アンリを親指で指す。
「ジャン・アンリさんのように、魔術師でありながら魔法使い以上なんて人、他にいるものなんれすかね? あたちは聞いたことがないのれす」
「あたしもねーよ」
「私は一人だけ知っていると言っておこう。面識は無く、聞いた話だということも言っておいた方がいいか?」
ロゼッタが疑問を口にすると、アザミが肩をすくめる一方で、ジャン・アンリが眼鏡を手にかけながら言った。
「誰だよ、それは?」
「ウィンド・デッド・ルヴァディーグルなる者としておく」
「八恐の一人じゃねーか。ブラム・ブラッシーやアルレンティスと違って、どんな奴か全然伝わってねーけど」
ジャン・アンリの口にした名を聞いて、アザミは疑わしげな顔になる。
「というか、八恐に関しては、その二人の逸話しか伝わっていませんね」
と、ケープ。
「そのアルレンティスと昔行動を共にしていた時期に、彼より聞いた。ウィンド・デッド・ルヴァディーグルは魔法を使えず、術師であるが、その力は魔法に引けを取らず、下手な魔法使いを遥かに凌駕する者であると。魂の中にある光も凄まじい輝きだと」
ジャン・アンリが言った差の時、部屋の扉がノックされた。
「報告します。盲神教がこれから教会の前でデモ行進を行うから、K&Mアゲインの面々にも参加して欲しいと」
「アホか。こっちはお尋ね者なんだぞ。そのあたしらに向かってデモに参加しろとか、脳みそ刺してかき回してやろうか」
K&Mアゲイン構成員の報告を聞き、アザミはたちまち機嫌を悪くして吐き捨てる。
「し、しかしシクラメさんはもう参加していて……」
「あのアホ兄貴……」
さらなる報告を聞き、アザミは思いっきり顔をしかめた。
***
その日の盲神教のイベントは、教会の前でデモ行進をしながら、教会のやり方に不平不満を訴えるという、何とも剣呑な代物だった。
ユーリ、ノア、ミーナ、ンガフフ及び、昨日入信した者も参加させられている。
「酷いイベントだ……」
「うん。これは不味いと思う。教会が黙っているわけがない」
「んがふふっ」
デモの列の中でノアがげんなりした顔でぼやき、ユーリとンガフフも同意する。
「だよね。盲神教の人達はそれがわかっていないの?」
「流石にわかっていそうだけど……。これは僕の考えだけど、承知のうえで挑発しているんじゃないかな」
ミーナとユーリが話していると、スィーニーがやってきた。
「おはよ。ちょっと遅れちゃった」
「おはよー」
「んがふふ!」
スィーニーが弾んだ声をかけると、ユーリとンガフフが笑顔で迎える。
「デモ行進なんかより他にいいアピール方法があるはず。これだけ人が集まって、ただ喚いて行進とか馬鹿みたい」
「例えば?」
ノアの言葉を受け、スィーニーが尋ねた。
「ここに集まった全員でゴミ拾い。それだけで街は綺麗になるし、参加者にも見物人にも好印象。訴えも通りやすくなる。あるいは集まった全員でバイト。売り上げは寄付。これも好評化に繋がる」
ノアの答えを聞き、ユーリとスィーニーは意外そうな顔になる。
「何かノアらしくもなく冴えているというか、真っ当なこと言うじゃない」
「スィーニーは俺のこと相当見くびっているね。俺、これでも社長だよ」
ノアがスィーニーを見て、にやりと笑う。
「おお、やってるね」
そこにミヤもやってきた。
「にゃんこ師匠、冷やかしに来たの?」
「まあ、そんなところさ。って――あれを見なよ」
ミヤが前脚でデモの列の後方を指す。
一同、列から少し外れて、デモの列の後方を見た。そしてミヤの前肢の先にいる人物の姿を視界に捉える。
全身白一色の魔法使いの服に身を包み、大きな丸眼鏡をかけた少年がいる。K&Mアゲインの幹部、シクラメ・タマレイだ。
「シクラメ、お前は何してるんだい?」
ミヤが先にシクラメの横に行き、声をかけた。
「あはっ、僕も面白そうだからデモに参加してみたよう。教会はあまり好きじゃないしねえ」
シクラメがいつも通りの屈託の無い笑みを広げて答える。
「ミヤもデモに参加してるのお?」
「馬鹿言うんじゃないよ。儂はただの見学だ」
「ちょっと師匠さあ……。師匠が馬鹿言うんじゃないと言う催しに、俺達は今こうして参加しているんだよ?」
遅れてやってきたノアが、ミヤの台詞を聞いて訴えた。
「ああ……悪かったね」
「はい、師匠マイナス1。これを拒んだら、師匠は自分に甘くて他人に厳しい下衆決定。あぶっ!?」
ミヤに念動力猫パンチで殴られ、ノアの体が大きく前につんのめる。
「弟子の分際で師匠にマイナスつけるんじゃないと、何度言わすんだい。マイナス2」
「ひどいよ師匠、横暴だよ。マイナスつけるだけじゃなく殴ってきたし」
ノアが頭を押さえて抗議したその時、デモの列の動きが急に止まった。
不審に思って、ユーリが前方に見に行く。スィーニーも続く。
デモ集団の先頭の前に、教会の武装した僧が集まって立ちはだかっている。
「うわぁ、険悪。これヤバくね?」
今にも殴り合いを始めそうな両者を見て、スィーニーが顔をしかめる。
「ヤバいよ。教会は暴力行為にも出るし、教会の異教弾圧の暴行は、お役所も咎めないことが多いんだ」
「何なんそれ、腐りきってるじゃんっ」
ユーリの話を聞いて、スィーニーは憤慨した。
「教会は貴族達と太いパイプで繋がっているからね。正道派とも選民派とも。どちらの派閥も、異教の台頭は秩序を危うくするものっていう認識みたいだ。教会の一強であった方が平和だという考えだね」
「ちょっと待って……。それってもちろん、デモ行進している盲神教の人達も承知済みなんよね?」
「そうだよ。こうなる展開もきっと織り込み済みだ。多分彼等は、人目につく所でわざと教会と対立することで、自分達の存在をアピールしようとしているんだ」
「はあ~……盲神教も大概だわ」
その衝突した後どうなるか、どうするか、そこまで算段を立てているのだろうかと、疑問に思うスィーニー。立てているとしたら、それは一体何なのか、考えてもわからない。
「教会は横暴だ! 何故自分達以外の宗教を認めない!」
「力で迫害するつもりか!? やってみろ! 俺達も黙ってないぞ!」
「ぷにぷにっ!」
「我々には我々の信仰の自由がある! 我々には我々の盲神様がいる!」
「教会よ退け! 我等の邪魔をするな!」
盲神教の側の方がエキサイトして喚きたてている。その様子を見て、教会側はより険悪な空気に包まれていた。
「自分達が抑え込まれている側で、それに反逆する側と意識することで、酔っているように見えるね。それで必要以上にエキサイトしている。群集心理も手伝っているかな」
「私も同じこと感じたわ。こういう奴等ってタチ悪いよ~」
冷静に分析するユーリに、スィーニーが言った。
「ふっふ~ん♪ 異教徒諸君、元気があってよろしいねっ」
そこにマグヌスが現れて、おどけた声をあげる。
スィーニーとマグヌスの視線が一瞬合う。
(ここでマグヌスさんが出てきたか~。さてどうするつもりなんだか。お手並み拝見)
視線を外し、スィーニーは思う。
(おいおい、ターゲットMまでいるぞ。おまけにK&Mアゲインのシクラメ・タマレイまでいる。ややこしい状況だな)
マグヌスはデモの中にいる二人の存在を見て、予定していた方針を変えなくてはならないと思っていた。適当な誤魔化しは通じないと。
(教会側が暴走しないでほしいもんだ。俺が司教補佐として抑えないとな)
そこがマグヌスとしては一番気がかりであった。
「おーい、皆の者、どのように挑発されようと、罵られようと、こちらから手を出すなよ。そう仕向けさせようとしているのだ。それで俺達を悪者扱いしようとしているんだからなー。そんな見え透いた手に乗るな。その物騒な物を下ろせ」
マグヌスが教会の僧達に釘を刺す。教会の僧達が構えを解き、得物を下ろしていく。
次の瞬間、爆音が響いて教会の僧数名が派手に吹き飛んだ。
「あはっ、派手な魔法は好きじゃないけど、ここはこういうのがいいよねえ」
魔法で僧数名を吹き飛ばしたシクラメが、楽しそうに言った。
「お前……何をしておる?」
ミヤがシクラメを見て、呆れ気味に問いかける。
「ええ? 膠着しちゃうと面白くないから、ちょっと石を投げ込んで、水面に波紋を作ってみた感じかなあ?」
「このアホっ」
シクラメの答えを聞き、毒づくミヤ。
「マグヌス司教補佐! 向こうから手を出してきましたぞ!」
「これでこちらも手を出していいのですよね! やってしまえ!」
「うおおおおおーっ! 神罰イクぞー!」
「いや……ちょっと……待てって、お前等……」
僧達がエキサイトし、再び得物を構え、盲神教のデモ修多選に向かって突撃しだした。マグヌスは止めるが、誰も耳を貸さない。
乱闘が始まる。
(マグヌスさん、何しちゃってくれてるのよー。これ、私達の任務もすごくやりづらくなりそうな事態じゃない)
スィーニーが乱闘に巻き込まれまいと、デモ集団から離れながら、おたおたしているマグヌスを睨む。
「どうしてこうなった……。おーい、皆、やめろ! やめろーっ!」
マグヌスが必死に制止を呼びかけるが、誰も耳を貸さない。
乱闘発生から十数秒後、教会の僧達も、盲神教の信者達も、ぴたりと動きを止めた。
「こ、これは……」
突然時間が止まったかのように、大人数の動きが完全停止する様を見て、マグヌスが唸る。
「皆止まったわ。これ、誰かの魔法?」
「多分師匠」
ミーナが呻くと、ノアが言った。
実際ノアの言う通りだった。魔法で双方の動きを全て止めたのは、ミヤの仕業だ。
「凄い魔法ねえ。これだけの人数の動きを一度に止めるなんて」
恐ろしげにミヤを見やるミーナ。
(ターゲットMの仕業……ええ……何あの尻尾の形。素晴らしい形じゃない。あの尻尾でほっぺをわさわさしてみたい……。同じミで始まる名前同士ってことで、やってくれないかしら……)
ミヤをじっくり見て、奇妙な欲求に捉われるミーナだった。
「手を出して悪かったかい? 別に公の場での喧嘩を止めるのは儂の仕事ではないが、仮にも互いに神を掲げる者同士だろうに。それが人前で乱闘騒ぎをするなんて、みっともなくて仕方ないね」
マグヌスを見て、ミヤが声をかける。
「仰る通りです。お恥ずかしい」
マグヌスがミヤの前に進み出て、恭しく一礼した。
「大魔法使いミヤ様のおかげで、深刻な負傷者を出さずに済みました。両者の遺恨も深まらずに済みました」
「互いに手出しをした時点で、遺恨は決定的だろうよ。まあ、全てはシクラメの馬鹿が悪い。あいつはマイナス66だ」
「うわーお、かなり多めのマイナスだ」
ミヤが出した数字を聞いて、何故か嬉しそうな顔になるノア。
「シクラメは……いつの間にか逃げてるね」
デモ集団を見渡し、ミヤが吐息をつく。
「最初教会の人達が吹っ飛んだのは、シクラメの仕業だったの?」
「そうだよ。騒ぎを大きくするためにね。面白半分か、あるいは目的があるのか知らないけど」
尋ねるノアに、ミヤが答えた数秒後、ゴートと黒騎士団がやってきた。
「ミヤ殿、これは?」
「儂が固めておるよ。乱闘になっていたからね」
ゴートが問い、ミヤが答えた直後、ミヤの前にンガフフがやってきた。
「んがふふ!」
ンガフフがミヤに向かって呪いのお菓子を差し出す。
「何だい、この不気味なお菓子は? いらないよ」
「んが!?」
ミヤにすげなく拒まれ、ンガフフは口を大きく開いてショックの叫びをあげた。事態を収束させたミヤへの御褒美のつもりだった。
「おや? ンガフフではないか。こんな所で何をしているんだ?」
ゴートがンガフフに声をかける。
「んがっふふっ!」
「何だと? お主、異教徒になったというのか……。感心できんな」
「今のでわかるのかい……」
ンガフフとゴートのやり取りを聞いて、苦笑するミヤ。
ミヤがデモ集団の中を見やると、青年団長のミッチェルを見つけた。彼もミヤの魔法で動きを止められている。
ミヤは魔法を解いた。動きは止められていたが、意識はそのままだった双方は、動けるようになっても、乱闘を再開することは無かった。ミヤが魔法で止めたという会話も聞いていたし、黒騎士団を前にして、争うわけにもいかない。
「教祖のゴア・プルルはどこだい?」
「ここにいる。信者達の中にいて、一緒にデモをしていた」
ミヤがミッチェルに尋ねた直後、ミヤの背後から声が響いた。
ミヤの瞳孔が大きく開き、尻尾が膨らんでぴんと立った。全身の毛も一瞬だが確かに逆立つ瞬間を、ユーリとノアは目撃した。
振り返ったミヤが見たものは、教祖ゴア・プルルだった。
(儂に悟られることなく背後に回っただと? それに……儂の魔法に抵抗するとは……)
ますますもってこのゴア・プルルが何者かと疑問を抱き、ミヤは解析魔法を強めの出力でかける。
(こやつ……)
ゴア・プルルを見上げ、あんぐりと口を開ける。強めにかけた解析魔法さえも、ゴア・プルルに抵抗されてしまった。しかし皮肉なことに、抵抗された事によって、ミヤはゴア・プルルの正体が何者か、見当がついた。
「ゴア・プルル。こんな騒動を起こして、一体何になるんだい。それで自分達の存在をアピールして、民に正当性を示せるとでも思っているのかね? だとしたら実に甘い見通しだよ」
「我はそのようなことは口にしていない。その方が勝手に思っているに過ぎん。衝突があったことも、我々の責ではない」
ミヤの言葉に対し、ゴア・プルルは傲然と告げた。




