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23-4 慣れてくると何でもわかる?

 それは一年前、スィーニーが西方大陸ア・ドウモに戻った際の話。


「三百年前、魔王と人類の戦いで最も痛手を被ったのは、ア・ドウモです。魔王は我が国に出現し、我が国が最前線となって魔王軍と戦いましたから」


 初めて臨んだ、反管理局勢力絡みの任務を終えたスィーニーに向かって、管理者メープルCが語り出す


「魔王が消えた後も、魔王の残した魔物化現象なる災厄に蝕まれ、反管理局勢力が管理局の妨害を延々と三百年間続けました。我々は彼等を依然として駆逐できずにいます。年数と損害の規模を考えると、我が国にとっては、反管理局勢力は魔王以上の害をもたらしたと見てよいでしょう」


 魔王は斃せたのに、反管理局勢力は三百年経っても健在という時点で、メープルCの話は何ら誇張ではないと、スィーニーは実感した。スィーニーもつい最近、反管理局勢力とやり合ってきたばかりで、彼等の手強さは身に染みている。


「彼等は非常に巧妙かつ狡猾で、何より執念深い者達です。三百年間、彼等の組織に潜入した者は数知れずですが、上層部の指揮系統は謎に包まれ、何もわかっていません」

「しかしAの騎士のような大物の存在も、明らかになっているのでしょう?」


 恐怖の記憶を呼び起こしながら、スィーニーが言った。直接ではなく間接的にだが、スィーニーは昔、Aの騎士と呼ばれる者と関わった事がある。


「Aの騎士は実在します。しかし何人もの腕利き工作員が捕らえようとして、失敗してきました。煙のように消えると、皆口を揃えて言いますよ」


 いつも通り淡々と語るメープルCであったが、心無しか、言葉の区切りに嘆息が混じっていたように、スィーニーには思えた。


「確かに我々は三百年もの間、反管理局勢力を壊滅出来ずにいます。我々の理想社会の実現が妨げられているのは、彼等のせいと言っても過言ではありません。しかし事実の一面だけに捉われてはいけません。逆を言えば、彼等反管理局勢力も、我々の体制を覆すことが出来ないのですから」

「それでは、我々はずっと争い続けるのですか? 反管理局勢力を駆逐することは出来ないのですか?」


 三百年も続いている争いなど、どうやっても終止符が打たれることは無いように思えて、スィーニーは問うたが、メープルCは首を横に振った。


「彼等もまた人なのです。我等は勇者ロジオの意志を継ぎ、反管理局勢力を駆逐し、完璧な理想社会を築きあげることは不可能ではないと信じます」


 氷の心を持つ者などと呼ばれているメープルCだが、その時はスィーニーの前で、希望を胸に抱く子供のように、きらきらと瞳を輝かせて、屈託の無い笑みを広げていた。


***


 盲神教の教祖ゴア・プルルが現れ、広間が一瞬ざわついた。ドワーフであるという事を知らない者が多かったからだ。


「世界は弱肉強食だ。世界は不平等であり不公平だ」


 広間のリアクションなどお構いなしに、ゴア・プルルは挨拶も無く、いきなり説法を始める


「自然界に限らぬ話だぞ。人の社会も同じ。否、底の無い欲望が絡む分、自然界よりも、人の社会の方が余計にタチが悪い。強く悪しき者が、自分達に都合の良い法を定め、弱く善き者達を囲いの中で飼い殺す。弱者は強者の養分となる。盲神様はその支配者達に立ち向かった。だが、やり方が不味かった。盲神様は見境いの無い破壊でもって、支配者達も被支配者達も薙ぎ払った」


 盲神にまつわる話は、パンフレットにも記されていたことと同じだった。


「盲神様は己の罪を意識し、悔い改めた。そして人の心を見定めるために、己の目を潰された。今、盲神様は我等を善き方向へと導き――搾取の上に安寧を築く邪悪な者共から我々を――」

「スィーニーさん、ンガフフさん、これは……」


 教祖ゴア・プルルの説法を聞き、ミーナの顔が強張っていた。隣にいるスィーニーも同様の顔をしている。ンガフフはあまり表情に変化が無い。彼等はまだパパンフレットを読んでいなかったので、この話は初めて聞く。しかし初めて聞いたという印象が無い。似たような話を知っている。


(これは……西方大陸ア・ドウモで管理局に盾突く反管理局勢力の主張とほぼ同じ。私達のことを、まるで搾取でもしているかのような利己的な組織だと、そんな風に言って回っているあいつらと同じ……)


 ふつふつと怒りが湧いてくるスィーニー。


(ここまで露骨だと、考えてしまうんよ。教祖はこの体験入信者の中に、西方大陸ア・ドウモのスパイが紛れ込んでいると知ったうえで、挑発しているじゃないかって。そしてこの宗教、やっぱりAの騎士と繋がりがある組織で、遠く離れたこの土地で、管理局と反管理局勢力の戦いをしようとしているんじゃないかって……)


 この想像が当たっているのであれば、この教祖は相当にしたたかだと、スィーニーは思う。


「搾取する邪悪な者共って、貴族のこと? ここって宗教団体じゃなくて、ア・ハイの格差社会に抗うレジスタンスだったの? K&Mアゲインと同じ思想?」


 教祖の演説の最中に、侮蔑しきった口調で口を挟んだ者がいた。ノアだ。


 スィーニーもミーナもンガフフも、他の体験入信者達も、盲神様の信者達も、そして教祖も、ノアに視線を向ける。


 自分に視線が集中されている事を意識し、それを心地好いと感じながら、ノアはニヤニヤと笑って、教祖の出方を待つ。


「申し訳ないですが、教祖の説法の最中です。発言は慎み――」

「構わん、ミッチェル。その子が純粋に疑問と感じたことなのだろう」


 笑顔のまま注意しかけたミッチェルを、ゴア・プルルが片手を上げて制した。


「その答えは正解の部分も不正解の部分もある。我はこの国の貴族だけを限定した話をしたのではない。世の中のどこにでもありふれた構図だ」


 ゴア・プルルが荘厳な口調で語る。


「肝心なのはこれから話すことだ。搾取される弱者は、搾取されるままでいいのか? ただ強者の食い物にされるためだけに生かされているのか? 答えは否である。弱い者は弱いなりにも、頭を使い、気力を振り絞り、一致団結して支えあい、盲神様の加護と導きの元に、我々は幸福と安寧に満ちた日々を掴むことが出来るのだ」

「んがふふ!」


 教祖の話が一区切りついたところで、いつの間にかゴア・プルルの目の前に移動したンガフフが、手を差し出した。


「む……?」


 盲神教の信者達が身を強張らせるが、ゴア・プルルは泰然としたまま、ンガフフの掌の上を見る。


「んがふふ」

「お菓子……か? ありがとう。頂こう」


 ンガフフの手からお菓子をつまみあげると、ゴア・プルルは躊躇うことなくその場で口に放り込んだ。


(あれに毒混ぜておけば、教団潰れて、この仕事もおしまいになったかな?)


 お菓子を食べる教祖を見て、スィーニーは思う。


(メープルCは反管理局勢力の大物がこの宗教団体を操って、西方大陸から遠く離れた地で、何かを企てていると言ってた。でも今の説法を聞いた限り、このドワーフこそが、反管理局勢力の一員なんじゃないかしら。今の台詞、言わされている感はなく、この人そのものの信念が感じられたっつーか)


 教祖を見た限り、スィーニーには、教祖が何者かに操られている者ではないように感じられる。ゴア・プルルそのものから強いオーラを感じる。他人に容易に操られる者ではなく、自身の確かな考えを訴えていると。


 その後も教祖の説法が続き、やがて退出した。


 教祖が去った後には、青年団長のミッチェルが、教団の活動内容を大まかに解説した。


 体験入信者達の半数以上が立ち去る。去った者の中には、教祖の説法を聞いて、ここに入るのは辞めたと思う者もいれば、元々冷やかしか、あるいは様子見程度の者もいたし、迷っている者もいる。


 残った者達の多くは、この時点て入信を決意した者達だ。手続きを済ませに行く者もいる。


「明日はイベントがあります。体験入信の方にも是非参加して頂きたいと思います」


 ミッチェルが告げた。


 ユーリ、ノア、スィーニー、ミーナ、ンガフフはその場に残り、体験会について語り合っている。


「どう思う? つーかあんたらは何で来たん? 冷やかし?」

「婆が気になっているっていうから、俺達で婆のために調査しにきた。俺達婆思いの優しい弟子」


 スィーニーに問われ、しゃあしゃあと答えるノア。


(ターゲットMが気にかけているってことは……この教団には他にも大きな謎があるってことなん? それとも……)


 ノアの言葉を聞き、スィーニーが勘繰る。


「気になっているって、その理由は?」

「んー、ちょっとそれは話せないかな」


 スィーニーがなおも問うと、ユーリが困り顔で言った。


「スィーニーに話したら駄目なの?」


 ノアがユーリを見て、不思議そうに尋ねる。


「無理に聞かないんよ。にゃんこ師匠からの言いつけで動いているのに、そう安々と他人に喋れないでしょーし」


 ユーリが発言する前に、スィーニーが笑顔で言った。


(本当は無理にでも聞きたいけど、ユーリを困らせるだけになっちゃうしね)


 という気遣いがスィーニーにはあった。


「変装しているけど、大魔法使いミヤ様のお弟子さんよね? 御目通りできて光栄だわ~。それに貴方のその髪、ちょっと触らせてもらえるかしら?」

「え……髪……? 何で?」


 ミーナが恍惚とした表情で、ユーリの頭髪に手を伸ばす。ユーリは戸惑っている。


「断っていいよ、ユーリ。これ、昨日知りあったばかりなんだけど、色々やべー女っぽい」


 ユーリに伸ばしたミーナの手を叩き、にべもない口調で言うスィーニー。


「ひどーい。せっかくこの柔らかそうな髪に触れるところだったのに」


 ミーナが唇を尖らせる。


「で、スィーニーとンガフフはどうしてここに?」


 ノアが尋ねる。


「んがふふ!」

「そっか」

「今のでわかったの?」


 ンガフフの答えに頷くノアに、ユーリが不思議がる。


「うん。興味があったから来たって」

「んがふふ」


 ノアの通訳を聞いて、ンガフフは大きく頷く。


「慣れてくると、んがふふとしか言わなくて、何言ってるかわかるようになるもんだよ。ちなみに私は商売相手になるかなーと思って、ツバつけにきた。ンガフフさんの付き合いみたいな面もあるけど」

「んがふふっ」


 スィーニーが話すと、ンガフフがスィーニーの話に合わせるようにして頷く。


「どうでしょうか? 皆さん。盲神教は」


 広間にまだ残っている者達に、ミッチェルが伺う。


「教団の雰囲気はどんなんだかわかったし、取り敢えず入信しておくかな」

「私とンガフフさんもそうするわね」

「んがふふ!」


 ノア、ミーナ、ンガフフがそれぞれ申し出た。


***


 夕方。ユーリとノアは帰宅して、ミヤに盲神教の体験入信の報告をした。本格的に入信した事も。


「明日は教会前でデモ行進のイベントだそうです」

「そりゃまた何ともろくでもないイベントだね……」


 ユーリの報告を受け、ミヤは顔をしかめる。


「俺もそう思う。しょーもないしろくでもない。マイナス13」

「二桁マイナスは大きすぎるだろうよ。ま、お前の見立てなんだから、儂がケチつけるのもおかしいか」


 ノアの評価を聞いて、ミヤが苦笑気味に言った。

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