23-3 執着はキモいという風潮
部屋の中にいたのは三人だった。一人は司教補佐のマグヌス。エージェントの一人が教会の高い地位に就いているとは聞いていたが、司教補佐の地位に就いていたとは、流石に驚きだった。
他の二人は若い男女だが、男の方はスィーニーの知っている人物だ。四人の中で最年少は、ただ一人十代のスィーニーである。
「貴女がスィーニーさん? まだ若いのにメープルCから信望の厚い方だと伺っています。私はミーナ・カモナ。よろしくね」
若い女性が、愛想良く営業用スマイルを浮かべて話しかけてくる。
「初めまして。スィーニーです」
スィーニーも笑顔で返す。向こうがスィーニーのことを知っているように、スィーニーもミーナのことは知っている。というより、管理局では名の知れた強者だ。数々の実績を持つ。
(ミーナ・カモナを投入する時点で、今回の任務はかなり重要ってことね)
そう判断しつつ、スィーニーはもう一人の若い男を見た。
異相の男だった。唇は非常に厚くて大きく横にも広がり、鼻は潰れ、顔中イボだらけで、ガマガエルを想起させる醜漢だ。この男はスィーニーとは知り合いだ。
「ンガフフさん、昨日ぶり」
「んがふふ!」
スィーニーがンガフフと呼ばれた男に微笑みかけると、ンガフフは懐をまさぐり、お菓子を取り出して、スィーニーへと差し出した。お菓子のデザインは毒々しく、呪いのお菓子シリーズなどと袋に表記されている。
「さんきゅー、ンガフフさん。いつもごちそーさんっ」
「んがふふっ!」
嬉しそうにお菓子を受け取るスィーニーを見て、ンガフフも満足そうににんまりと笑って大きく頷いた。
「あら、ンガフフさんと仲がいいんですねえ」
スィーニーとンガフフの様子を見て、ミーナが笑顔で言う。
「ふっふ~ん♪ 面子も揃ったようだし、早速作戦会議といくぞ」
「四人ですか?」
マグヌスの言葉を聞き、意外そうな声をあげるスィーニー。
「任務が任務だしな。少数精鋭だ。そして俺は顔が割れてるから、潜入できない。指揮官役だな。つまり実質三人つーことになる」
顎をいじりながら薄笑いを浮かべ、軽い口調で告げるマグヌス。
(噂に名高いマグヌスさんが現場組なら、頼もしいことこのうえないのになあ。ま、立場上しゃーないけど)
スィーニーはマグヌスが極めて高い戦闘力を有することを知っている。そして魔法使いである事も。昔は管理局のエージェントとして、様々な何回な仕事を解決し、手強い反逆者達を討ち取ってきた強者だ。
「Aの騎士が関与している可能性を見つけてきたのは、そこのミーナだ。この二人に詳しく説明してやれ」
「はい。以前ア・ドウモであった影滅事件で、名も無い反管理局勢力と七人の管理局局員が――」
その後、ミーナが長時間かけて、かつてア・ドウモでAの騎士が関与した事件と、現在のア・ハイの盲神教での事件との関連性に関して語り続けた。最初は真面目に聞いていたスィーニーであるが、こじつけのような気もしてきたし、ミーナの説明が回りくどすぎて、そのうち話半分で聞くようになっていた。
「Aの騎士は正体不明すぎて、その実在を疑う声さえある。しかしその逸話は多く、管理局は確かにその存在を認めている。俺も一度だけ見たことあるしな。ま、そん時は姿だけ見せて、とっとと逃げちまったわ。魔法で動きを止めようとしたが、効かなかったぞ。かなり強い魔力で抵抗された」
ミーナの話が終わった所で、マグヌスが自分のAの騎士の目撃談を口にする。
「余裕があったら目撃現場へ連れていくわね」
ミーナが言った。
「反管理局勢力の狙いは明白だ。教会と対立する盲神教を作り、ア・ハイ群島の教会に巣食う俺達をあぶり出すつもりだ。そのうえで証拠を押さえて公表できれば、最高の結果になるだろうよ。敵にとってな」
「つまり、ここで活動できなくなる……」
マグヌスの言葉を受け、スィーニーが神妙な表情になる。
「そういうことだ。教会と対立する団体と抗争にまで発展させれば、教会内の俺達だって見て見ぬ振りは出来ない。色んな意味でな。ついでに言えばよ、Aの騎士のような反管理局勢力がすぐ近くで動いていやがるのに、黙って見ていられるかって話だ。何もせずに息を潜めていたら、余計にあれこれやられちまう。こっちも奴等の尻尾を掴みにいく」
力強く宣言し、マグヌスは膝を叩いた。
「とはいえ――管理者メープルCからも聞いているだろうが、無理してAの騎士の関与を調べ上げる必要は無いからな。出来ればラッキー程度だ。功を焦るなよ?」
相好を崩して付け加えるマグヌス。
「以上。何か質問は?」
「私からは何も」
「ありません」
「んがふふ」
「じゃ、頑張れ。細かいことでも逐一報告しろよ。何が重要かは俺が判断する」
スィーニー、ミーナ、ンガフフは、マグヌスのいる部屋から退室する。
「で、信者に化けて入信すればいいん? 私は行商人としてわりと名前知られちゃってるから、信者に化けるんじゃなくて、あくまで商売のためにって……」
「スィーニーさん、肌が綺麗ね」
スィーニーの話など聞いてない様子で、ミーナがスィーニーの腕に手を伸ばし、触ってくる。
「真面目にやって欲しいんだけど?」
手を振り払い、ミーナを睨むスィーニー。
「仲良くやるためのスキンシップじゃない。この程度で腹を立ててそんな反応するなんて、管理局の工作員としてはどうかと思いますけど?」
まるで悪びれず、くすくすと笑うミーナ。
(からかわれてる? 試されてる? いや、どっちにしろ腹が立つんよ。どっちにしろ許せんわ)
「んがふふ!」
スィーニーとミーナの間にンガフフが割り込み、ミーナを睨んで叫んだ。
「あら、ンガフフさんもスィーニーさんにつくの? 私だけ一人ぼっちじゃない。これじゃあ任務にも支障が出そう」
「あんたが余計なことして支障を招いているんじゃないの?」
ミーナの台詞を聞き、スィーニーは冷めた声で言った。
***
盲神教はその日、首都ソッスカーに築いた本拠地にて、体験入信会を行っていた。
ユーリとノアは変装して、盲神教の体験入信に潜入した。
二人してパンフレットを読み、盲神が如何なる神か予習する。
「目の見えない神様か。でも心の目で人々の心を全て見通しているとか」
人の心を覗き見て、人を正しい道へ導くために、自らの目を焼いた神と知り、ユーリは気持ち悪いと感じてしまう。
「しょーもない設定だね。これを考えたのは教祖? こんなの格好いいだろうとか考えて、ウキウキだったのかな? バカみたい」
「可哀想な話だよ。いくら神といってもさ」
ノアが嘲る一方で、ユーリは表情を曇らせて同情していた。
「先輩、そんなの真面目に考えちゃ駄目だよ」
「考えちゃうな。ダァグ・アァアアもこうした想像から、世界を創っているんだ。頭の中の物語が、そのまま世界になり、悲劇になっている」
「はあ……それに繋げちゃうんだ」
ユーリの話を聞いて、ノアは溜息をつく。
「先輩、いくらなんでも意識しすぎじゃない?」
「ごめん。確かにそうだよね。今ちょっと……自分が気持ち悪いって感じちゃった。一度意識するとさ……僕はその意識がこびりついちゃって、執着するタチみたいだ」
「すまんこって言おう」
「嫌だよ」
流石にその謝罪の言葉を口にすることは出来ないユーリだった。
「精神衛生上よくないと俺は感じる。でも俺の前では吐き出していいよ。一人で溜め込むのも辛いよ? 俺もずっと一人で溜め込んでいて、吐き出す先が無かったからわかる」
ノアがユーリの肩に手を置いて、優しい声音で言った。
「わかった。ありがとうノア」
「ありがとさまままって言おう」
「ありがとさままま」
この言葉には抵抗なく従うユーリだった。
「盲神は元々は邪な神だったって」
パンフレットの続きを読むノア。
「罪を背負うが故に、罪の意識に心を苛まれるが故に、罪人の心も、罪の重さも苦さも解する者である……か」
ユーリが音読する。
「罪の意識なんて、脆弱な心の現れじゃないかな? 俺はいっぱい人殺したけど、全然そんな意識無いよ?」
ノアがせせら笑う。
(今はそうかもしれないけど、そのうちそういう意識が、ノアにも芽生えるかもしれないのにな)
ノアの発言を聞いてそう思ったユーリだが、黙っておいた。今言ってもわからないだろうし、ノアのつむじを曲げるだけになると思ったからだ。
そこに青年団長のミッチェルがやってくる。
「盲神様のことを熱心に学んでいるようですね。誠に感心なことです。お二人共まだ若いのに、我等の教義に興味を抱くとは、素晴らしいことです」
にここに笑いながら称賛するミッチェルを、ノアが胡散臭そうに見る。
「そっちも若い」
「そうでしたね。でも君達よりはかなり上ですよ」
ノアが指摘すると、ミッチェルは笑みを張り付かせたまま言う。
「若い方は珍しいし重宝されるのです。地方でもここでも、年配の方が多めでしてね」
(逆に言えば目立つってことだ。ノア、気を付けてね)
(わかってるよ)
念話でノアに釘を刺すユーリ。
「もう少ししたら教祖様がお見えになって、体験入信の方々の前で説法を行います。それまでお待ちを」
「はい」
ミッチェルは二人の前を後にした。
「どんな説法かなあ」
「教祖の説教なんて、それっぽく見せるだけで、面白くないに決まっている」
「ノア、頭から否定的にばかり入る考えはあまりよくないよ」
「そうだね、婆ならマイナスつけそう。ユーリ、マイナス2っ」
「何でそこで僕のマイナスなのさ」
ユーリがやんわりと注意すると、ノアはミヤの口調を真似てみせた。
***
盲神教の体験会に、ミーナとンガフフが体験入信する形にした。その後、二人はこの宗教を気に入ったという事にして、本格的に入信する予定だ。
スィーニーは行商人の立場と他の任務のために、二人の付き添いかつ、この宗教団体が商売相手になるかどうか見定めるという名目で、同行する運びとなった。
「それにしてもその肌、本当に綺麗ね。張りが合って、健康的で光沢、ああ、きめ細やかな……」
「やめてよっ」
また触ろうとしてくるミーナの手を、スィーニーが振り払う。
「ごめんなさい……。また私、暴走して。私、人でも物でも、美しい部位に魅せられるというか、その一部分の美に捉われちゃうの。そうなると周りが見えなくなって暴走しちゃうのよ……」
「このサファイアの瞳に魅せられるなら嬉しかったけど、肌じゃねえ」
わりと誠意ある謝罪の言葉を口にするミーナに、スィーニーは少しだけ気を許す。
「気持ち悪いわよね? 人の体の部位に注目しちゃって、執着もしちゃう」
「注目だけならともかく、それを口にして触ろうとするとか、執着され続けるのは、そりゃキモいわ。自分でキモいとわかってるならやめれ」
「それをやめるというのは、私のサガを否定するということなのよ。私も他人に迷惑かけるのはいけないと思っているんだけど……ま、病気よね。おかげで友達もできないし」
二人が話していると、青年団長のミッチェルがやって来た。
「今日は若い入信者の方が多いですね。流石は都会と言った所ですか。まあ、多いと言っても十人にも届きませんが」
「あ、私は入信じゃないよ。行商人だし。話題の宗教団体相手に商売できないかと思ってさ。先に唾つけておこーと思ってね」
笑顔で語るミッチェルに、スィーニーが断りを入れる。
「商魂逞しいですね。いえ、全然問題はありませんよ。我等の教義を広めるためにも、商売大いに結構です」
スィーニーの目的を聞いたミッチェルが、笑顔のまま告げた。
「拒まれることも覚悟してたけど、そうじゃないんだね」
「門を狭めるより広げよというのが、教祖ゴア・プルル様の方針です」
スィーニーの言葉を聞き、ミッチェルが言った。
「体験入信の方々はこちらに移動してください」
ミッチェルに促され、建物の中を移動する三人。
やがて広間に通される。同じく体験入信の者達がそれなりの数、集められている。
(え? あの二人……)
そこに知り合いを見つけるスィーニー。
「何であんたらがここにいるん?」
スィーニーが変装しているユーリとノアの横まで歩いていって、声をかける。
「変装、あっさりバレちゃった」
「知り合い相手じゃしょーがない」
ユーリが微苦笑を浮かべ、ノアが肩をすくめた。
「私のこのサファイアの瞳を、その程度の変装で誤魔化せると思ったら大間違いなんよ――と言いたい所だけど、変装のレベルが低すぎだっつーの」
呆れながらスィーニーが言う。
「あ、ンガフフだ」
「んがふふ!」
ノアがンガフフに向かって手を上げ、ンガフフも手を上げ返して叫ぶ。
「知り合いなん?」
「うん。昔ちょっとね」
スィーニーが問い、ノアが頷く。
「んがふふ」
ノアにお菓子を差し出すンガフフ。
「おお、相変わらず呪いのお菓子配ってるんだ。ありがとさままま」
「呪いのお菓子?」
お菓子を受けとるノア。怪訝な声をあげるユーリ。
「んがふふっ」
ンガフフがユーリにもお菓子を差し出す。
「ありがとう」
おどろおどろしいデザインの菓子袋を見て、ユーリは内心若干引きながらも、お菓子を受け取る。
「見てよ、あの子の柔らかそうな髪。何て美しいの……」
ミーナがユーリの髪を見てうっとりする。
「体験入信の皆様、教祖ゴア・プルル様が御出でです」
青年団長のミッチェルが告げ、広間にいた全員の視線が入口に向いた。




