表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/309

23-3 執着はキモいという風潮

 部屋の中にいたのは三人だった。一人は司教補佐のマグヌス。エージェントの一人が教会の高い地位に就いているとは聞いていたが、司教補佐の地位に就いていたとは、流石に驚きだった。

 他の二人は若い男女だが、男の方はスィーニーの知っている人物だ。四人の中で最年少は、ただ一人十代のスィーニーである。


「貴女がスィーニーさん? まだ若いのにメープルCから信望の厚い方だと伺っています。私はミーナ・カモナ。よろしくね」


 若い女性が、愛想良く営業用スマイルを浮かべて話しかけてくる。


「初めまして。スィーニーです」


 スィーニーも笑顔で返す。向こうがスィーニーのことを知っているように、スィーニーもミーナのことは知っている。というより、管理局では名の知れた強者だ。数々の実績を持つ。


(ミーナ・カモナを投入する時点で、今回の任務はかなり重要ってことね)


 そう判断しつつ、スィーニーはもう一人の若い男を見た。


 異相の男だった。唇は非常に厚くて大きく横にも広がり、鼻は潰れ、顔中イボだらけで、ガマガエルを想起させる醜漢だ。この男はスィーニーとは知り合いだ。


「ンガフフさん、昨日ぶり」

「んがふふ!」


 スィーニーがンガフフと呼ばれた男に微笑みかけると、ンガフフは懐をまさぐり、お菓子を取り出して、スィーニーへと差し出した。お菓子のデザインは毒々しく、呪いのお菓子シリーズなどと袋に表記されている。


「さんきゅー、ンガフフさん。いつもごちそーさんっ」

「んがふふっ!」


 嬉しそうにお菓子を受け取るスィーニーを見て、ンガフフも満足そうににんまりと笑って大きく頷いた。


「あら、ンガフフさんと仲がいいんですねえ」


 スィーニーとンガフフの様子を見て、ミーナが笑顔で言う。


「ふっふ~ん♪ 面子も揃ったようだし、早速作戦会議といくぞ」

「四人ですか?」


 マグヌスの言葉を聞き、意外そうな声をあげるスィーニー。


「任務が任務だしな。少数精鋭だ。そして俺は顔が割れてるから、潜入できない。指揮官役だな。つまり実質三人つーことになる」


 顎をいじりながら薄笑いを浮かべ、軽い口調で告げるマグヌス。


(噂に名高いマグヌスさんが現場組なら、頼もしいことこのうえないのになあ。ま、立場上しゃーないけど)


 スィーニーはマグヌスが極めて高い戦闘力を有することを知っている。そして魔法使いである事も。昔は管理局のエージェントとして、様々な何回な仕事を解決し、手強い反逆者達を討ち取ってきた強者だ。


「Aの騎士が関与している可能性を見つけてきたのは、そこのミーナだ。この二人に詳しく説明してやれ」

「はい。以前ア・ドウモであった影滅事件で、名も無い反管理局勢力と七人の管理局局員が――」


 その後、ミーナが長時間かけて、かつてア・ドウモでAの騎士が関与した事件と、現在のア・ハイの盲神教での事件との関連性に関して語り続けた。最初は真面目に聞いていたスィーニーであるが、こじつけのような気もしてきたし、ミーナの説明が回りくどすぎて、そのうち話半分で聞くようになっていた。


「Aの騎士は正体不明すぎて、その実在を疑う声さえある。しかしその逸話は多く、管理局は確かにその存在を認めている。俺も一度だけ見たことあるしな。ま、そん時は姿だけ見せて、とっとと逃げちまったわ。魔法で動きを止めようとしたが、効かなかったぞ。かなり強い魔力で抵抗された」


 ミーナの話が終わった所で、マグヌスが自分のAの騎士の目撃談を口にする。


「余裕があったら目撃現場へ連れていくわね」


 ミーナが言った。


「反管理局勢力の狙いは明白だ。教会と対立する盲神教を作り、ア・ハイ群島の教会に巣食う俺達をあぶり出すつもりだ。そのうえで証拠を押さえて公表できれば、最高の結果になるだろうよ。敵にとってな」

「つまり、ここで活動できなくなる……」


 マグヌスの言葉を受け、スィーニーが神妙な表情になる。


「そういうことだ。教会と対立する団体と抗争にまで発展させれば、教会内の俺達だって見て見ぬ振りは出来ない。色んな意味でな。ついでに言えばよ、Aの騎士のような反管理局勢力がすぐ近くで動いていやがるのに、黙って見ていられるかって話だ。何もせずに息を潜めていたら、余計にあれこれやられちまう。こっちも奴等の尻尾を掴みにいく」


 力強く宣言し、マグヌスは膝を叩いた。


「とはいえ――管理者メープルCからも聞いているだろうが、無理してAの騎士の関与を調べ上げる必要は無いからな。出来ればラッキー程度だ。功を焦るなよ?」


 相好を崩して付け加えるマグヌス。


「以上。何か質問は?」

「私からは何も」

「ありません」

「んがふふ」

「じゃ、頑張れ。細かいことでも逐一報告しろよ。何が重要かは俺が判断する」


 スィーニー、ミーナ、ンガフフは、マグヌスのいる部屋から退室する。


「で、信者に化けて入信すればいいん? 私は行商人としてわりと名前知られちゃってるから、信者に化けるんじゃなくて、あくまで商売のためにって……」

「スィーニーさん、肌が綺麗ね」


 スィーニーの話など聞いてない様子で、ミーナがスィーニーの腕に手を伸ばし、触ってくる。


「真面目にやって欲しいんだけど?」


 手を振り払い、ミーナを睨むスィーニー。


「仲良くやるためのスキンシップじゃない。この程度で腹を立ててそんな反応するなんて、管理局の工作員としてはどうかと思いますけど?」


 まるで悪びれず、くすくすと笑うミーナ。


(からかわれてる? 試されてる? いや、どっちにしろ腹が立つんよ。どっちにしろ許せんわ)

「んがふふ!」


 スィーニーとミーナの間にンガフフが割り込み、ミーナを睨んで叫んだ。


「あら、ンガフフさんもスィーニーさんにつくの? 私だけ一人ぼっちじゃない。これじゃあ任務にも支障が出そう」

「あんたが余計なことして支障を招いているんじゃないの?」


 ミーナの台詞を聞き、スィーニーは冷めた声で言った。


***


 盲神教はその日、首都ソッスカーに築いた本拠地にて、体験入信会を行っていた。


 ユーリとノアは変装して、盲神教の体験入信に潜入した。

 二人してパンフレットを読み、盲神が如何なる神か予習する。


「目の見えない神様か。でも心の目で人々の心を全て見通しているとか」


 人の心を覗き見て、人を正しい道へ導くために、自らの目を焼いた神と知り、ユーリは気持ち悪いと感じてしまう。


「しょーもない設定だね。これを考えたのは教祖? こんなの格好いいだろうとか考えて、ウキウキだったのかな? バカみたい」

「可哀想な話だよ。いくら神といってもさ」


 ノアが嘲る一方で、ユーリは表情を曇らせて同情していた。


「先輩、そんなの真面目に考えちゃ駄目だよ」

「考えちゃうな。ダァグ・アァアアもこうした想像から、世界を創っているんだ。頭の中の物語が、そのまま世界になり、悲劇になっている」

「はあ……それに繋げちゃうんだ」


 ユーリの話を聞いて、ノアは溜息をつく。


「先輩、いくらなんでも意識しすぎじゃない?」

「ごめん。確かにそうだよね。今ちょっと……自分が気持ち悪いって感じちゃった。一度意識するとさ……僕はその意識がこびりついちゃって、執着するタチみたいだ」

「すまんこって言おう」

「嫌だよ」


 流石にその謝罪の言葉を口にすることは出来ないユーリだった。


「精神衛生上よくないと俺は感じる。でも俺の前では吐き出していいよ。一人で溜め込むのも辛いよ? 俺もずっと一人で溜め込んでいて、吐き出す先が無かったからわかる」


 ノアがユーリの肩に手を置いて、優しい声音で言った。


「わかった。ありがとうノア」

「ありがとさまままって言おう」

「ありがとさままま」


 この言葉には抵抗なく従うユーリだった。


「盲神は元々は邪な神だったって」


 パンフレットの続きを読むノア。


「罪を背負うが故に、罪の意識に心を苛まれるが故に、罪人の心も、罪の重さも苦さも解する者である……か」


 ユーリが音読する。


「罪の意識なんて、脆弱な心の現れじゃないかな? 俺はいっぱい人殺したけど、全然そんな意識無いよ?」


 ノアがせせら笑う。


(今はそうかもしれないけど、そのうちそういう意識が、ノアにも芽生えるかもしれないのにな)


 ノアの発言を聞いてそう思ったユーリだが、黙っておいた。今言ってもわからないだろうし、ノアのつむじを曲げるだけになると思ったからだ。


 そこに青年団長のミッチェルがやってくる。


「盲神様のことを熱心に学んでいるようですね。誠に感心なことです。お二人共まだ若いのに、我等の教義に興味を抱くとは、素晴らしいことです」


 にここに笑いながら称賛するミッチェルを、ノアが胡散臭そうに見る。


「そっちも若い」

「そうでしたね。でも君達よりはかなり上ですよ」


 ノアが指摘すると、ミッチェルは笑みを張り付かせたまま言う。


「若い方は珍しいし重宝されるのです。地方でもここでも、年配の方が多めでしてね」

(逆に言えば目立つってことだ。ノア、気を付けてね)

(わかってるよ)


 念話でノアに釘を刺すユーリ。


「もう少ししたら教祖様がお見えになって、体験入信の方々の前で説法を行います。それまでお待ちを」

「はい」


 ミッチェルは二人の前を後にした。


「どんな説法かなあ」

「教祖の説教なんて、それっぽく見せるだけで、面白くないに決まっている」

「ノア、頭から否定的にばかり入る考えはあまりよくないよ」

「そうだね、婆ならマイナスつけそう。ユーリ、マイナス2っ」

「何でそこで僕のマイナスなのさ」


 ユーリがやんわりと注意すると、ノアはミヤの口調を真似てみせた。


***


 盲神教の体験会に、ミーナとンガフフが体験入信する形にした。その後、二人はこの宗教を気に入ったという事にして、本格的に入信する予定だ。

 スィーニーは行商人の立場と他の任務のために、二人の付き添いかつ、この宗教団体が商売相手になるかどうか見定めるという名目で、同行する運びとなった。


「それにしてもその肌、本当に綺麗ね。張りが合って、健康的で光沢、ああ、きめ細やかな……」

「やめてよっ」


 また触ろうとしてくるミーナの手を、スィーニーが振り払う。


「ごめんなさい……。また私、暴走して。私、人でも物でも、美しい部位に魅せられるというか、その一部分の美に捉われちゃうの。そうなると周りが見えなくなって暴走しちゃうのよ……」

「このサファイアの瞳に魅せられるなら嬉しかったけど、肌じゃねえ」


 わりと誠意ある謝罪の言葉を口にするミーナに、スィーニーは少しだけ気を許す。


「気持ち悪いわよね? 人の体の部位に注目しちゃって、執着もしちゃう」

「注目だけならともかく、それを口にして触ろうとするとか、執着され続けるのは、そりゃキモいわ。自分でキモいとわかってるならやめれ」

「それをやめるというのは、私のサガを否定するということなのよ。私も他人に迷惑かけるのはいけないと思っているんだけど……ま、病気よね。おかげで友達もできないし」


 二人が話していると、青年団長のミッチェルがやって来た。


「今日は若い入信者の方が多いですね。流石は都会と言った所ですか。まあ、多いと言っても十人にも届きませんが」

「あ、私は入信じゃないよ。行商人だし。話題の宗教団体相手に商売できないかと思ってさ。先に唾つけておこーと思ってね」


 笑顔で語るミッチェルに、スィーニーが断りを入れる。


「商魂逞しいですね。いえ、全然問題はありませんよ。我等の教義を広めるためにも、商売大いに結構です」


 スィーニーの目的を聞いたミッチェルが、笑顔のまま告げた。


「拒まれることも覚悟してたけど、そうじゃないんだね」

「門を狭めるより広げよというのが、教祖ゴア・プルル様の方針です」


 スィーニーの言葉を聞き、ミッチェルが言った。


「体験入信の方々はこちらに移動してください」


 ミッチェルに促され、建物の中を移動する三人。


 やがて広間に通される。同じく体験入信の者達がそれなりの数、集められている。


(え? あの二人……)


 そこに知り合いを見つけるスィーニー。


「何であんたらがここにいるん?」


 スィーニーが変装しているユーリとノアの横まで歩いていって、声をかける。


「変装、あっさりバレちゃった」

「知り合い相手じゃしょーがない」


 ユーリが微苦笑を浮かべ、ノアが肩をすくめた。


「私のこのサファイアの瞳を、その程度の変装で誤魔化せると思ったら大間違いなんよ――と言いたい所だけど、変装のレベルが低すぎだっつーの」


 呆れながらスィーニーが言う。


「あ、ンガフフだ」

「んがふふ!」


 ノアがンガフフに向かって手を上げ、ンガフフも手を上げ返して叫ぶ。


「知り合いなん?」

「うん。昔ちょっとね」


 スィーニーが問い、ノアが頷く。


「んがふふ」


 ノアにお菓子を差し出すンガフフ。


「おお、相変わらず呪いのお菓子配ってるんだ。ありがとさままま」

「呪いのお菓子?」


 お菓子を受けとるノア。怪訝な声をあげるユーリ。


「んがふふっ」


 ンガフフがユーリにもお菓子を差し出す。


「ありがとう」


 おどろおどろしいデザインの菓子袋を見て、ユーリは内心若干引きながらも、お菓子を受け取る。


「見てよ、あの子の柔らかそうな髪。何て美しいの……」


 ミーナがユーリの髪を見てうっとりする。


「体験入信の皆様、教祖ゴア・プルル様が御出でです」


 青年団長のミッチェルが告げ、広間にいた全員の視線が入口に向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ