23-2 ポイントコール、ありがとう
(場所を移します。しばらくお待ちください)
(わかりました)
念話で断りを入れ、スィーニーは立ち上がる。
「ちょっとお花摘みにー」
「行ってら」
「いてら~ん」
「ぶりぶり出してくるといいのー」
スィーニーの離席を不審に思う者は、一人しかいなかった。
(ふん。ありゃあ誰かと念話してるね)
ミヤはあっさりと見抜いていた。しかし誰と会話しているかまではわかっていない。
(移動しました。どうぞ)
スィーニーが頭の中で言葉を紡ぎ、促す。
(他の工作員からの報告です。盲神教という宗教組織の内部に、反管理局勢力の大物が潜んでいるようです。あるいは彼が盲神教の組織を操っている可能性もあるとまで言っています)
メーブルCが告げる内容に、スィーニーの緊張が高まる。
(『Aの騎士』ですよ)
その名を出されて、スィーニーは固まった。ア・ドウモ管理局の者なら知らぬ者はいない名だ。数々のまつわる逸話も耳にしている。
(大物じゃないですか……。それが今どうしてア・ハイにいるんですか。しかもカルトな宗教なんかに……)
(では貴女に新たな情報を開示します。ア・ハイにおいて、教会と呼ばれる宗教勢力は、西方大陸の管理局の手がかかっているのですよ)
(ええっ!? そうだったんですか)
それは全くの初耳だ。情報漏れを防ぐため、他の工作員にも知られないように徹底しているなと、スィーニーは感心する。
(完全に我々の支配下に置いている組織というわけではありませんが、何人かの要職にある者が、我々の手の者です。ア・ハイ群島の調査拠点の一つでもありますが、教会を足掛かりにして、我々の思想をア・ハイ群島に植え付ける事が第一の目的でもあります。そのためにはまず、教会そのものを完全支配下に置きたい所ですが――。さてスィーニー。貴女への緊急任務です。他の調査員及び工作員と協力し、盲神教の内部を探ってください。盲神教そのものの調査と、可能であれば、Aの騎士がどのように干渉しているか、痕跡を見つけ出してください)
(可能であれば……ということは、大きくは期待していないということですか?)
(悪くは受け取らないでください。Aの騎士の関与の痕跡の報告に目を通した限り、それは非常に困難であり、運にも作用されるであろうというのが、私の判断です。彼は極めて狡猾で慎重でしたが、この世に完璧な者はいません。必ずミスを犯します。そのミスがたまたま露呈し、今回の報告に繋がりました)
(了解です……)
(くれぐれも用心して臨んでください)
メープルCは最後にそう言い残し、念話を切った。
(まさかあのAの騎士と関わるかもしれないなんてね。ま、大物と言えば大物だけど、ターゲットMはもっと大物じゃんよ)
緊張する自分にそんなことを言い聞かせて落ちつきを取り戻し、皆の元に戻るスィーニー。
「ノアはずっと男の子の格好してるのー? 女の子の格好も見てみたいなのー」
「えー、それ私も見たあい。ユーリ君とスィーニーちゃんとも見てみたいよね~?」
ムルルンとブラッシーがせがむと、ノアはむっとした顔になる。
「嫌だよ。絶対嫌だよ。ずっと男の格好で通してきたし、男として育てられてきたのに、今更女の子扱いとか、ぞっとするよ」
かなり本気の拒絶を見せ、ノアはユーリの方を見た。
「先輩ならわかるよね? 今から女の子だって言われて、女の子の服着せられるの、想像してみてよ。嫌だよね?」
「う、うん……」
躊躇いがちに頷くユーリ。
「その曖昧な返事、実はまんざらでもなく、着てみたいってことじゃないかい?」
「え? そうなの? 失望」
ミヤが指摘し、ノアがジト目でユーリを見る。
「ユーリ君なら女の子の服超似合うに違いないわ~ん」
「ムルルンも見たいのー」
「それはノア以上に見てみたい気が……」
「ううう……」
ブラッシーとムルルンとスィーニーに囃し立てられ、ユーリは困り顔になって唸る。
「髪の毛伸ばしまくってるのも、そういうことなの?」
「そうじゃないよ……」
ノアに問われるも、ユーリは否定した。
「あ、そうだ。忘れないうちに……」
ユーリが鞄をまさぐり、中からブレスレットを一つ取り出した。
「はい、これ。スィーニーに似合うんじゃないかと思って買っておいたんだ」
笑顔でそう言ってブレスレットを差し出すユーリを見て、その場にいた一同が固まった。一番仰天したのはスィーニーだ。
「あ、ありがと……でもこんな……皆の前で」
スィーニーは顔に熱を帯びることを意識しながら、恥ずかしさと喜びとが激しく交差しつつ、そしてユーリの神経を疑いもしながら、ブレスレットを受け取った。
「ユーリは大胆なのー」
「やるわね~。公認カップルになりたいからそんなことしたのよね~?」
「うむ。ユーリがこうも大胆な子だとは思っておらなんだよ」
「えげつないやり方だ。スィーニーを抜き差しならない形に追いやった」
ムルルンとブラッシーが感心し、ミヤは呆れ返り、ノアは白眼視していた。
「ええ? いや……そうじゃなくて、もっと軽い気持ちでプレゼントしただけなんだけど。そんな気持ちは全然無いし」
全員の発言とリアクションに、ユーリは戸惑いながらも、同時に自分の行為が場の空気をおかしくした理由も理解して、慌てて言い訳をする。
しかしユーリの発言に、再度全員が固まった。ユーリの発言に凍り付いた。
「うわ……先輩……今の発言、極悪かつ最悪。スィーニー、面白い顔になっちゃったし」
「慌てちゃって、うっかりしていたのよね~? でもそれにしてももうちょっと気遣いが欲しいわん」
「マイナス4。儂の教育も疑われるわ……こんな無神経な子だったとはね……」
「ミヤ様、今のはマイナスもっと多くていいと、ムルルンは思うのー」
「師匠の教育が悪いってのは、真っ先に俺思った。だから師匠もマイナス4ね」
「弟子の分際で師匠の儂をマイナスするなと何度言えばわかるかっ。悪い子だっ。マイナス5っ」
「痛い痛いっ」
ノア、ブラッシー、ムルルン、ミヤがやいのやいのと発言する。ミヤはいつものように、ノアに念動力猫パンチを連打しだす。
「ご、ごめん……スィーニー。色々と気遣いに欠けてて……」
羞恥と申し訳なさでいっぱいになって、ユーリは謝罪する。
「ぇ、えへへへ……いいってことよ。嬉しかったし恥ずかしかったしちょっと落ち込みもしたけど、いいんよ……。これはありがたく貰っておくね」
スィーニーが歪な笑みを浮かべながら、フォローしつつも正直な気持ちを述べた。
(ありがと……ユーリ……。本当に凄く嬉しいんよ。でも……)
ふと、スィーニーの心の中に淀みが生じる。胸がずきずきと痛む。
(でもごめん。私、嘘吐きで、あんたのことも騙してるんだ……)
***
盲神教は首都ソッスカーに本拠地を築き、日々精力的に布教活動を行っていた。
「教祖様、首都進出は予想通り、難航を極めています」
にこにこ笑いながら、全く困った風の無い様子で報告する青年団長ミッチェル。
「K&Mアゲインに助力を乞うてはいますが、向こうは天下御免のお尋ね者ですし、こちらも難しそうですね。そして我々が派手に活動を始めた事を快く思っていない様子」
「今、K&Mアゲインに無理に役に立って貰う必要は無い。意識せずともよい」
教祖ゴア・プルルは、報告するミッチェルに対して淡々と告げる。
「時が来たら――ですか?」
「時が来れば程度の期待だな。打てる手は打っておく。それだけだ」
ぶっきらぼうな物言い。余計なことはほとんど言わない。教祖はいつもこうだ。それはドワーフという種族の典型だとミッチェルは聞いたことがあるが、教祖以外のドワーフを見たことが無いので、比べようもない。大体事前知識のイメージ道理であると感じるだけだ。
「ミッチェル団長……あ、教祖様もおられましたか」
「報告をどうぞ。何かありましたか?」
不安げな顔で現れた信者に、ミッチェルが穏やかな微笑をたたえたまま尋ねる。
「教会の者達が大人数で押しかけてきています。司教補佐のマグヌスという人物まで来ていまして」
「司教補佐とは随分な大物が現れましたね」
信者の報告を聞き、おかしそうにくすくすと笑うミッチェル。
「我が出向こう」
ゴア・プルルが立ち上がり、本拠地の入口へと向かった。
確かに本拠地前には、教会の僧達が大挙して押し寄せている。
司教補佐のマグヌスは髭面の中年の男だった。ゴア・プルルと同様に、顔の下半分が完全に髭で覆われている。
「何の用か?」
「ふっふ~ん♪ 我々は異教徒の活動を認めていない。それくらい知っているだろう?」
端的に問うゴア・プルルに、マグヌスは人を喰ったような笑みをたたえ、おどけた口調で告げる。
「そのような法は無い」
ゴア・プルルは無表情のまま端的に言ってのけた。
「そうだな。しかし我々は認めていない。布教がしたいなら、ア・ハイ以外の地でやってくれ。そして我々が異教の侵略を退ける事を禁じる法も無い。ま、法に背く真似はしないけどね」
「一戦交えるというなら受けてたつぞ」
闘気を漲らせるゴア・プルル。
「ふっふ~ん♪ これはまた随分と好戦的だ。法に背く真似をしないと言った矢先に、そちらは法を犯す宣言か。面白いな。それがドワーフという種族のやり方か?」
「法に背くとは言ってない。一戦交えると言っても、暴力でとも言ってない。何をしてこようが受けて立つし、退く気は無いと我は言っているが、言葉が足らずに伝わらなかったようだな」
「失敬。やる気満々のようだったから、そのように解釈してしまったよ。ふっふ~ん♪ しかし貴君は面白い男だな。私は嫌いじゃないよ」
「我もお主は嫌いではない。僧とは思えんな。武人肌――腕も立つようだ」
ゴア・プルルの指摘を受け、一瞬だがマグヌスの顔色が変化した。
「教祖様、今の発言がこの御仁に効いたようですよ?」
ミッチェルがくすくすとおかしそうに笑う。
「教会の者達が何をしているかと思ったら、珍しい顔があるな」
偶然通りかかったフェイスオンが、僧達の横から、マグヌスに声をかけた。
「おっと……フェイスオン殿。これはお懐かしい」
マグヌスがフェイスオンを見て頭を掻き、会釈する。
「こちらは元司教補佐で、私の先輩にあたるフェイスオン殿だ。無名なれど魔法使いだよ。シモン・ア・ハイ殿下のお弟子にあたる」
部下の僧達に紹介するマグヌス。
「いちいち私のことを紹介してくれなくていいよ。私はもう教会とは袂を分かつたのだ」
「ふっふ~ん♪ おかげで私が司教補佐の座に出世できました」
「それで、これは何の騒ぎなんだい? 通行人達から目立ってしまっているよ」
「ア・ハイで――しかもこの首都ソッスカーで、新興宗教を立ち上げようとしている不届き者がおりまして」
尋ねるフェイスオンに、マグヌスが答える。
「やり方がまずい。居住地の前に大挙して押しかけて抗議するのは、法に反する。例え教会だからといって、法を犯すのはよろしくない。やり方を考えた方がいいな。まあ、私はもう教会から抜けた身だから、おせっかいな忠告だが」
「そ、そうですな……ごもっともです」
フェイスオンの忠告を受け入れ、マグヌスは部下達を率いて立ち去った。
「気遣い、感謝する」
ゴア・プルルが、立ち去ろうとするフェイスオンに一礼する。
「別に感謝しなくてもいいよ。君達の味方をしたわけではない。むしろ私は後輩達を守ったんだ」
フェイスオンは足を止め、振り返らずに言った。
***
ミヤ、ユーリ、ノアは、ブラッシー、ムルルン、スィーニーと別れて、三人で繁華街を歩いていた。
「聞いたか? 教会のマグヌス司教補佐が盲神教のアジトに押し掛けたってさ」
「話題の異教徒か。やっぱり教会が見逃すわけがないよなあ」
「よりによってこのソッスカーで布教おっぱじめるなんて、何考えてるんだろ」
「何も考えてないだろ。カルト宗教の教祖なんて、馬鹿な信者に崇め奉られて、自分が何でもできる神様と錯覚しちゃってる馬鹿なんだろうから、勢いだけでソッスカー進出しちまったんだぜ」
町人達の噂話が、三人の耳に入る。ミヤは思わず足を止め、彼等の話を聞いていた。
(あのドワーフがそんな馬鹿には見えなかったけどね。それどころか底知れない何かも感じたよ。しかし今の強引な布教活動は……勝算があってやってることなのかねえ)
立ち止まったまま思案するミヤを、ユーリとノアが怪訝な目で見る。
「師匠、そんなにあの宗教が気になるの?」
「宗教がというより、ゴア・プルルという教祖のドワーフがね。どうにも気になるんだ。儂の知り合いのような……」
尋ねるノアに答えるミヤ。最初は盲神教に縁を感じたが、ゴア・プルルと会ったことで、縁の正体は宗教団体ではなく、あの教祖のドワーフであると、ミヤは知った。
「昔の知り合いの転生とかです?」
と、ユーリ。
「そうかもしれないね。でもそれは、あそこまではっきりとわかるもんじゃない。わかる者は、魂の残り香なるものを嗅ぎ取れるというが、儂にはそんな力はありゃしないしね」
魂の縦軸――前世を見る力の持ち主もいると、ミヤは聞いたことがある。しかしミヤには不可能だった。何となく感じる程度だ。
「師匠、よろしければ僕とノアで、盲神教を探ってきましょうか?」
「お、いいね。新興宗教に潜入とか面白そう」
ユーリが提案し、ノアも乗り気になる。
「そうだね。お前達で変装して探るのも有りか。いい経験にもなるだろう。そして、儂の気がかりからこんなこと頼むのは、いくら弟子でもどうかと思ったが、ユーリとノアの側から言いだしたんだから、気兼ねなく頼めるってもんだね」
ミヤはユーリの提案を快く受け入れた。
「そう思うならポイントプラスつけるべき」
「それは上手くいったらくれてやるよ」
ノアが主張するが、ミヤはかぶりを振る。
「えー、それは無い。今の時点でポイントくれていいよ。俺が師匠の立場ならポイントつけるね。だからポイント早くつけて。ポーイントー、ポーイントー」
「コールしてもあげないよ。そう容易くプラスつけていたら、価値が下がるってものさ」
「マイナスは簡単につけるくせにー」
「お前がマイナスになるようなことを簡単にするからだよ」
「ぐぬぬぬ……」
「やめときなよ、ノア。師匠に口では勝てないって」
食い下がるノアを、ユーリが宥めた。
***
スィーニーはメープルCの指示に従い、教会へと向かった。
教会の中に、西方大陸管理局のエージェント達がいるという衝撃の事実を聞いた後、追加で念話の指示が来た。教会の中で、エージェント達と打ち合わせをしろというのだ。
「申し訳ありません。こちらは関係者以外立ち入り禁止ですので」
教会の中に入ったスィーニーが、前もって言われた場所に行こうとすると、僧が阻む。
「えっとー、その関係者に呼ばれたんで、案内してもらえますかー? 司教補佐のマグヌスって方です。あ、私の名前はスィーニーです」
「確認してきます」
司教補佐の名を出され、僧は恭しく一礼して奥に引っ込む。
「失礼しました。スィーニー様、こちらへどうぞ」
しばらくして戻ってきた僧が、丁寧な物腰でスィーニーをいざなった。
通路を通され、部屋の扉の一つが明けられる。
中には三人の男女がいた。
「ふっふ~ん♪ 来たか」
髭面の司教補佐マグヌスが、スィーニーを見て上機嫌な声をあげた。




