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22-4 どっぺるげんがあではありません

 鬼とチコが遊ぶ様子を、ミヤとゴートは見守っている。


「随分と時間がかかっていますが、時間稼ぎをされているということはありませんか?」

「その可能性を儂が考えなかったわけではないけどね。見た感じ、そうでもなさそうだよ」


 ゴートが疑念を口にするが、ミヤは否定した。


「それにしてももう二時間以上は遊び続けていませんか?」

「いい歳こいて苛々するんじゃないよ。マイナス1。団長だろ。どっしり構えな」

「むう……これは手厳しい」


 ミヤにマイナスされ、ゴートは髭をいじって微苦笑を零す。


「それにしても何だね。あの危なっかしい小僧が、いつの間にか鬱陶しい髭面の団長になってるから驚きさ。儂はお前が、儂のいない所でドジ踏んで、あっさりとおっ死ぬんじゃないかと思っていたのにね。しぶとく生き延びたもんさ」

「おおおお、私の恥ずかしい記憶を掘り起こさないでくだされ」


 ゴートが動揺して声をあげたその時、鬼はチコと別れて戻ってきた。


「ごめんごめん、待たせちゃったね」

「随分夢中になって遊んでいたね」


 ミヤがにやにや笑いながら指摘する。


「いいだろー、別に。ボクチンは子供と遊ぶのが大好きだもんねー。それにチコちゃんはさ、お父さんとお母さんに邪険にされていて、可哀想な子なんだよー」


 鬼が表情を曇らせて言った。


「そうなのかい。だからお前も特別にいっぱい遊んでやったというわけだね」

「そうだじょー。チコちゃんには特に優しくしているんだもんねー」

「あの子もお前に随分と懐いているしね。これからも大事にしてやるんだよ」

「言われなくてもそのつもりだもんねー」


 ミヤが優しい声音で告げると、鬼が愛嬌に満ちたやんちゃな笑みを広げてみせる。


「じゃあ、祈祷師を退治に行こう。でもあいつ、ボクチンよりも確実に強いから、逆に懲らしめられちゃうかもだじょー」

「へえ、それは怖いね」


 鬼の話を聞いて、ミヤはおどけた声をあげる。


(この鬼も相当な使い手だが、それより確実に強いとは、何とも楽しみじゃないか)


 歯ごたえのある相手と戦えるかもしれないことに、ミヤは心踊らせていた。


***


「あー、祈祷師がいるー」

「味噌狂いの変態祈祷師だーっ。味噌にされるぞー」

「うちの母ちゃんが祈祷師のこと馬鹿だって言ってたよー。やーい馬鹿祈祷師ー」


 小屋の外に出ると、サユリが子供達にからかわれた。


「ぐ、ぐぬぬ……馬鹿にされているのはサユリさんではなく、祈祷師の方なのに、どういうわけか腹が立ちまして……」


 子供達を見て、眉間にしわを寄せて唸るサユリ。


「きっとサユリが祈祷師とシンクロしているんだよ。似た者同士なんだよ」


 ノアがくすくす笑いながら言う。


「そんなことは無いのだ。あの日記を見た限り、あたくしとは似ても似つかない変人だと思うのだ」


 サユリは断固として否定する。


「強いこだわりを持つという点では似通ってる。サユリは豚。祈祷師は味噌」

「ぶひ……それだけの話でして」


 さらに指摘するノアに、一瞬認めかけたサユリだが、それで似ていると繋げられるのは嫌だった。


『みーそーみそー♪ くそみそきとーしー♪』


 子供達が変な歌を歌い、さらにサユリをからかってくる。


「もう許さんのだ。サユリさんは子供相手でも容赦しないのだっ」


 頭にきたサユリは、魔法で豚を出して跨った格好になる。


「ええっ? 豚?」

「祈祷師が味噌以外の変な術使ったー」

「豚可愛い。しかも乗ってるし」


 子供達驚き、そして目を輝かせる。


「何をするつもりなんでしょう?」

「さあ……」


 アベルとユーリがサユリを見て囁き合う。


「行きまして。とりゃーっ」


 サユリが掛け声をかけると、豚がサユリを乗せたまま高速で走り回る。


「うわーっ、凄いっ」

「豚速いっ。あんなに速く走れるんだ」

「いいなあ……俺も乗りたい……」


 子供達が豚とサユリに羨望の眼差しを向ける。


「どうだ。あたくしのジェット豚は速いのだ」


 豚を子供達の前で停めると、サユリがドヤ顔で告げた。


「いいなー。あたしも乗りたーい」

「俺も俺も」

「祈祷師、僕も豚に乗せてー」


 子供達が一斉にサユリにせがむ。


「ごめんなさいと謝ったら乗せてやるのだ」

『ごめんなさーい』

「よし、許したのだ。存分に豚に乗るがいいのだ」

『わぁい』


 子供達が謝罪したので、サユリはさらに二匹の豚を出して、三人の子供達を担ぎ上げ、それぞれ豚の上に乗せていく。


 三匹の豚は子供達を乗せて、高速で村を駆けずり回った。豚の上で喜ぶ子供達。


「ぶひひひ、見たであるか。子供を手玉に取るなど、サユリさんには朝飯前なのである」


 ユーリやノア達の前に戻ってきたサユリが勝ち誇る。


「ひょっとしてサユリって優しい?」

「あるいは子供が好きなのかも」


 ノアがにやにや笑い、ユーリも微笑をたたえて言った。


「そんなことないのである。ていうか、子供を手玉に取ったと言ってるのに、優しいとか子供好きに結び付けるなど、おかしいのだ」


 いささかムキになったような口調で否定するサユリ。


「あれ? 祈祷師さん、どうしてここに?」


 そこに一人の村人が現れ、訝しげな表情で、サユリに声をかける。


「ぶひ? 何がであるか?」

「だってついさっき、村の門前にいたじゃないか。近場の街道に盗賊が現れるって話を聞いて、村に味噌結界を築くだの何だのいって、村の外側の樹々に味噌塗りたくってただろ」


 村人の話を聞いて、全員顔を見合わせる。


「そ、そうであるか。そ、そうだったであるな……ぶひ……」


 適当に話を合わせるサユリ。村人は立ち去った。


「変な話だね」

「ぶひ、あたくしもそう思った」


 ユーリが言い、サユリも頷く。


「どう変なの?」


 ノアが尋ねる。


「サユリさんが祈祷師の役になる前の、祈祷師の動き――という解釈も出来るけど、入れ替わりがあったからって、短時間で場所を大きく移動はしないと思うよ」

「うん。絵本のキャラクターの役割を担うなら、そのキャラがいた場所で変わりそうなものでして」


 ユーリとサユリが、この現象がおかしいことを説明した。


「今の村人の勘違いとか、何か理由があって大急ぎで自宅に戻った所で、サユリになったとか、そういう可能性は?」


 ノアが伺う。


「それもありまして。でもあたくしとしては、別の可能性が思いついたのである」

「どんな?」

「それは――」


 サユリが別の可能性を語ろうとした時、また別の村人達がやってきて、サユリの顔を見て驚いた。


「あれあれ? 祈祷師さん?」

「どうして祈祷師さんがここに? それにその人達は?」

「うん……その……」


 村人に問われ、サユリが答えを躊躇っていると――


「む!? お主は!」


 サユリと同じ服を着た壮年の男が現れ、目を剥いた。


「祈祷師さんが二人!?」

「どういうことだ? 妖怪変化か?」

「それとも祈祷師さんがまた怪しげな術を使って編み出したお騒がせ系何か?」


 サユリと壮年の通子を交互に見て、村人達が仰天して喚きだす。


「本物の祈祷師が現れたってことか」


 ユーリが壮年の男――祈祷師を見て言った。


「どういうこと? サユリが役に成り代わった相手が、別個として存在しているなんて」


 サユリが役に成り代わっているにも関わらず、その役にある祈祷師が現れるという事態に、ノアも驚いていた。その結果、村人達は祈祷師が二人いるように見えるのだ。


「そういうこと、以前一度……あったかもしれない」


 と、ユーリ。


(ジャン・アンリと同じ魂を持つ者。お鼠様。あれは同じ魂でありながら、ジャン・アンリがその役になりきらず、二人が別個で存在していたし)


 そして同一の魂を持つ両者は融合し、ジャン・アンリは己の力を強化させるに至った事を、ユーリは思い出す。


「『被り』だね。演じる役者も、演じられるキャラクターも、同時に存在する現象」


 ミヤが口にした単語を口にするユーリ。


「吾輩の偽物か! もしや西洋の魔物どっぺるげんがあか!?」


 祈祷師がサユリを睨んで叫んだが、すぐに冷静な面持ちになった。


「いや、違うな。吾輩に化けているお主も、取り巻きのお主等も、異なる世界から来た者達であるな? 味噌を食い続けた吾輩の眼力は誤魔化せぬぞっ」


 祈祷師の指摘を聞き、村人には何のことか理解できなかったが、ユーリ達はさらに驚くこととなった。


「ええ? 絵本世界の住人が、僕達を認識している」

「やっぱりそうだ。この祈祷師は……」


 ユーリが驚く一方で、サユリはある事実を確信した。


「その人もイレギュラーよ」


 ユーリ達の後方に宝石百足が現れ、言った。村人達には宝石百足が認識できていない。


「やっぱりそうでして」


 サユリはその可能性を疑っていたが、宝石百足が断言したことで、確信に至った。


「宝石百足殿と同種ですか?」

「違うわね。私達は絵本世界の神々のようなもの。ダァグ・アァアアに直接役割を与えられた存在だから。そういったイレギュラーではないわね」


 アベルが尋ね、宝石百足が答える。


「むう。宝石まみれの百足とは、これまた珍妙な輩が現れたものよ。お主等、一体全体何が目的だ」


 村人達には宝石百足の姿が見えないが、祈祷師には彼女の存在も見えていた。


「不幸や悲劇を回避させるために頑張るのが目的」

「ノア、正しくはあるけど、そんな言い方しても伝わらないよ」


 ノアの言葉を聞いて、ユーリが苦笑気味に言う。


「あたくしも別にこんな変人の役なんてしたくなかったのだ」


 己の衣装をつまんで、サユリが嫌そうな顔で言った。


「どっぺるげんがあでは無いか。ふん。ま、どっぺるげんがあであっても、吾輩の味噌の力で浄化してやるまでの話だが……」


 祈祷師がユーリ達一人一人をしげしげと見つめる。


「ふーむ。お主等に邪悪な気配は感じぬな。しかし不吉な予感はするぞ」

「それは無い。俺は悪だ。悪の中の悪。絶対悪だ。この祈祷師の目は節穴」


 祈祷師の言葉を聞いて、ノアが即座に言い切る。


「ノア、ややこしくなるから、今そういうこと言わないで」

「はーい」


 ユーリにやんわりと注意され、ノアはおどけた声で返答する。


 と、そこにミヤとゴートと鬼が現れた。


「え……祈祷師が二人……?」


 鬼が村人達と同様のリアクションをしかけたが、すぐに認識を改めた。


(いや、違う。祈祷師に化けている別人。あれは女だ……)


 一瞬だが祈祷師が二人に見えかけた鬼であったが、目を凝らすとサユリの存在が見えた。


「おや、お前達、わりと近くにいたんだね。サユリもいるし」


 ミヤの方から声をかける。


「あ、師匠、ゴートさん」

「師匠がかぶりものをっ」


 ノアがミヤを見て声をあげる。


「師匠、鬼と同行しているのですか?」

「うむ。そこの祈祷師が村に悪さをしていると、鬼に言われてな」


 ユーリに問われ、ミヤが答える。


「何だと!? おい鬼! ふざけたことをぬかすでない!」


 ミヤの台詞を聞いた祈祷師が激昂し、鬼に向かって怒鳴りつけた。


「ご、ごめんなさあいっ」


 身をすくめて謝る鬼。


「鬼、何をいきなり腰砕けになって謝っておる」

「だ、だってボクチン、この祈祷師が怖いもん……」


 呆れるミヤに、鬼が震えながら言う。


「吾輩が昔退治してやった鬼であるしな。昔は悪鬼であったが、味噌の力で改心させて、ここまで連れてきて村に住まわせてやっているのだよ」

「改心できておらんぞ」


 胸を張って得意げに語る祈祷師に、ミヤは半眼になった。

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