22-3 味噌があれば何でもできる!
ユーリ、ノア、アベル、他騎士一名の四人は、サユリが出てきた小屋の中へと入ってみた。宝石百足は外で待機する。
「何か凄く独特というか……」
大量の壺が棚にも床にも所せましと並べられた部屋を見て、ユーリが呟く。
「この壺は何?」
「味噌なのだ。サユリさんは気になって幾つか開けてみたけど、中身は全て味噌なのである」
ノアが尋ねると、サユリが答えた。
「みそ?」
アベルは知らなかった。もう一人の騎士も知らないようだ。
「東洋――東方の発酵食品でして」
「味噌ばかりこんなに大量に作っているの? 味噌を作る商売をしている人?」
ノアが小首を傾げる。
「サユリさんはこの小屋に現れて、その衣装だったんだよね?」
ユーリがサユリの服と、部屋の中にかけられている別の衣服を見て尋ねる。部屋にかけられている服も、サユリが着ている服と似たようなものだ。和風の術師の服だ。
「そうでして」
「つまりこの家に住んでいた術師に、サユリさんが成り代わったと見ていいね」
ユーリはそう判断した。
「食品として使うのではなく、術の触媒のためではないでしょうか?」
「その可能性もあるし、両方の可能性もあると思います」
アベルの意見に対し、ユーリが言った。
「ぶひひ、それにしても、絵本の中にも全く現れなかった人物の役目を担わされるなんて、珍しいケースなのだ。無いわけでもないであるが」
と、サユリ。
「サユリさんも絵本脱出のキーの一人ですし、物語に深く干渉する可能性が高いです」
「そんなの言われなくてもわかっていまして。ていうか、あたくしはイレギュラーが目当てで、人喰い絵本があると聞いて飛び込んだのでして、登場人物の役割押し付けられるなんて、真っ平御免なのである」
ユーリの言葉を聞き、サユリは露骨に嫌そうな顔をする。
「それと君達、人喰い絵本の攻略はなるべく遅れさして。そうすればサユリさんがイレギュラーをゲットするための猶予が生まれるのである。サユリさんのために、是非ともそうすべきなのだ。そうしてくれたら、御礼にまた豚に乗せてやらして」
「サユリさん、前回もそうでしたけど、いくらなんでも自分勝手が過ぎませんか?」
流石に温和なユーリも、サユリの自分本位で図々しい主張にいい加減腹が立ち、刺々しい口調で指摘した。
「ぶ、ぶひぃっ。あたくしは自分のためだけに生きているし、それは悪いことじゃないのであるっ。それに今日はオフでありまして、依頼されたわけでもないのだ。それに、ちゃんと御礼するとも言ってまして。豚に乗りたくないのであるか?」
自分より年下の少年に睨まれ、狼狽気味に主張するサユリ。
「でも少し狼狽えていますよね。少しは心が痛むわけですか」
「完全に自己中というわけでもないのですね」
「あああああ、サユリさんを分析して暴くのはやめて欲しいのだがっ。それはキツい。あたくしの心は誰にも見られたくなくしてっ」
ユーリが少し言葉を和らげて指摘し、アベルが言うと、サユリは本気で拒絶する。
「魔法使いという強い力を持つ立場にあり、高給も支払われているのですから、その義務は果たしてくださいよ。いや、そうでなくても、サユリさんのような大きな力を持つ人が少しでも力を貸しくれれば、その分誰かが救われますし、それは素晴らしいことなんですよ?」
「あたくしに説教はやめるのだ。あたくしは世のため人のためになることをするのが嫌なのだ。サユリさんはサユリさんの益になる事しかしたくないのだっ。一体これまでサユリさんに、誰が手を差し伸べてくれた? 誰もいないのでして。だからあたくしも無償で誰かを助けることなどしないのだ。くだらない正論を解いた所で、君にはサユリさんの気持ちがわからないのである」
『お前は悪人の気持ちがわからん』
早口で言い返すサユリの言葉を聞き、ふとユーリの脳裏に、ミヤが口にした台詞がよぎる。
(サユリさんは悪人と断定するほどではけど、こういう自己中心的な人の気持ちもわからないな。それってわからなくちゃいけないものなのかな?)
何だかとてもナンセンスなことを真面目に考えているような、そんな気分になるユーリだった。
「先輩、本人も言ってるけど、この手の人間にそんな説教は無意味」
ノアがぴしゃりと告げる。
「そうかな? サユリさんの心は揺れてると思う。だから嫌がっている。本当に悪人ならもっとあれだ。下品な諺思いついちゃった」
「サユリの面に小便」
「蛙ね」
「だからーっ、あたくしを勝手に分析して決めつけるのはよしてっ。しかもサユリさんの顔に小便とか、酷い言葉作らないでほしいのであるっ。それよりこの小屋と小屋の人物調べるんじゃなかったのであるか?」
好き勝手言い合うユーリとノアに、サユリが訴えつつ、無理矢理話題を変えた。
「こちらに書物が沢山ありますね」
小屋の中を探っていたアベルが、隣の部屋から声をかけた。
他の面々がアベルのいる部屋に移動する。
「紙を紐で閉じる形の本だ。珍しい」
騎士が呟く。
その後五人で部屋の本を手に取って読んでいく。文字は読むことが出来た。
「こちらは術の事に関して記してあるのだ。みそ妖術? ふーむ……」
みそを触媒にした妖術の数々が記された書物を見て、サユリが興味を抱く。
「こっちにもみその術の本あった」
と、ノア。
「みそがあれば何でも出来るとか、あちこちに書いてあるのである」
「この祈祷師の理想が叶えば、みそを触媒とすれば、術で魔法クラスの力が発揮できそうだね。あるいはそれ以上か」
サユリとノアが本を読みながら言う。
「ちょっと、こっちの本見て」
ユーリが声をかけつつ魔法を発動し、本の内容を全員で読めるように、空中に大きく投影した。
それは日記だった。祈祷師が悪い鬼を退治したという内容だ。
悪い鬼を生かしたまま捕まえて、味噌漬けにして邪気を払う実験が、細々と書かれている。
『高レベルの妖術を行使する悪鬼の討伐を引き受けた吾輩は、必殺の味噌妖術で見事これを成し遂げた! 当然の結果だ! 鬼に襲われていた村には、味噌の凄さをちゃんと普及しておいた。これで彼等も毎朝味噌汁をすすることだろう。きゅうりの味噌漬け、鯖の味噌煮などを食うだろう。ところでその鬼、仕留めたと思ったが生きていた。驚くほどのしぶとさだ。吾輩はこの鬼に興味を抱き、連れて帰ることにした。長い道中ではあるが、味噌の力にかかれば、単に無力化するだけではなく、体重も軽くできるので、運ぶのは容易だ。そう、味噌の力があれば何でも出来る!』
『捕まえた鬼は激しく抵抗して暴れている。だが! 味噌の力で弱らせた鬼がいくら暴れようと、問題にならない。馬鹿めが! まだ味噌の力の凄さがわかっていないようだな! 吾輩の味噌妖術は無敵にして万能なのだ! 味噌があれば何でも出来る! それはともかくとして、味噌の力であの鬼の心を変えることは出来ないだろうか? あの凶悪な鬼を善良な心の持ち主にすることが出来れば、味噌の力の可能性はますます高まり、人々に味噌の偉大さを知らしめることが出来よう。やってみる価値はある。いや、吾輩はやらねばならぬ!』
『味噌の量が足らなかったのか。それとも塗る場所が悪かったのか。入れる場所と分量にも問題があるかもしれない。明日は鼻の穴に沢山詰めてみよう。味噌を鼻の穴から喉に大量に流し込むことで、鬼の邪気が払えるような気がしてならない。見ておれ。味噌の力で何でも出来るということを証明してやる!』
『鼻の穴は駄目なようだ。危うく鬼を味噌で窒息死させてしまう所だった。危ない危ない。貴重な実験台を失いかけてしまうとは。吾輩もまだまだ未熟! やはり呼吸器官に繋がる部位から大量に押し込むのは、危険を伴う。まあ、少しそんな気はしていたんだが……。そういうことで、次は肛門からだな! やるぞ!』
『ついにその力で鬼の邪気を払う事に成功! これが味噌の力だ!』
「つまり絵本に出てきたあの鬼は、この家の祈祷師が造ったのであるか?」
「というか改造したんだね……」
「改造というより洗脳」
サユリ、ユーリ、ノアがそれぞれ呟く。
「ぶひ……鬼よりも、この祈祷師の方がヤバい奴に見えまして」
「だからサユリが祈祷師の役になったのか。凄く納得」
「酷いこと言うであるな。あたくしはここまでイカレてはいないのだ」
ノアの言葉を聞いて、サユリは大真面目に否定した。
***
ミヤとゴートは鬼に連れられ、鬼の家へと招かれた。
「祈祷師とやらについて、お前の知ってることを教えな」
「この村には変人の祈祷師がいるんだじょー。味噌妖術とかいうわけのわからん術にハマっているんだ」
ミヤに問われ、鬼が答える。
「村の人達は祈祷師のことを馬鹿にしてるけど、ボクチンは知ってる。あれは物凄い力を持った術師だもんねー」
鬼がぞっとしない顔つきで言う。鬼の子の言葉に嘘は無さそうだと、ミヤとゴートは見る。
「じゃあその祈祷師の所に案内しな。儂が懲らしめてやるよ」
「わ、わかったじょー」
ミヤが力強く言い切ると、鬼は気後れした顔つきで立ち上がり、家を出た。
「あ、鬼さんだー。遊ぼー」
歩いていると、村の娘が鬼に声をかける。まだ六歳か七歳くらいの子だ。
「あ、チコちゃん。ボクチンこれから用事が……」
「遊んで遊んで遊んでー」
断ろうとした鬼だが、女の子は無邪気な笑顔でせがむ。
「しょうがないなあ」
鬼が頭を掻きながら、ミヤとゴートを見た。
「ごめん。チコちゃんと少し遊んでからで」
「儂等のことは構わないで存分に遊んできな」
鬼が断りを入れると、ミヤが微笑みながら言った。
「どう思う?」
女の子と遊ぶ鬼を見て、ミヤがゴートに囁く。
「子供と遊んでいる姿を見た分には、優しい鬼ですな。しかしその裏で……」
「今は紛れもなく善良な存在だろうさ。しかし奴の本質は違う。それを忘れてはならん。その時が来たら、情けをかけるんじゃないよ」
「心得ております」
ミヤに言われ、ゴートは表情を引き締める。
「ま、やる時は儂がやるけどね」
そんなゴートをおかしそうに見て、ミヤは言った。




