21-3 怪しい奴等とお近づき?
その日、K&Mアゲインの頭目であるアザミ=タマレイは、兄のシクラメと幹部のケープと共に、ある組織と接触していた。
深緑のマントを羽織り、フードを目深に被った男女十名ばかりが、アザミ達の前に立っている。彼等のマントの中央には、縫い付けられた目が刺繍で描かれている。
「ケッ、いかにも怪しい集団ですと全力アピールしちゃってよう。その話題作りは上手くいってるのか?」
アザミがへらへら笑いながら、皮肉たっぷりに問う。
「おかげさまで、着実に世に浸透しつつありますよ。流石にそちらには及びませんが」
フードの下から除く顔の下側だけでも、まだ二十代か、もしかしたら十代かもしれない青年が、余裕に満ちた口調で返す。
「しかしよう、こっちはトップであるあたしが出張ってきているのに、そっちは下の者に任せるってのはどういう事だ? それだけで印象すげえ悪いぜ?」
さらに言えば、力関係も対等とは言えない。K&Mアゲインの方が組織としてはずっと格上である。知名度も資産力も各界への影響力も実績も上だ。ただ一つ劣っているのは、構成員数くらいのものだ。しかしそれは口には出さないでおく。言わなくても相手も承知しているし、言えば嫌味の上乗せになるので、そこまで言う気にはなれないアザミだった。
「見くびっているわけでも勿体ぶっているわけでもありません。都合がつかなかっただけです。いずれ教祖様とも御目通りを――失礼、対面して頂きたいと存じ……」
「ぷっ……」
代表者の青年が御目通りという言葉を口にして、慌てて訂正した事に、シクラメは思わず笑っていた。
(ま、若いわりには頑張ってると、甘めに採点しといてやるか)
アザミが息を吐く。
深緑フードマント集団との交渉はまとまり、アザミ達は帰路に着く。
「アザミ、差し出がましいことかもしれませんが、あの方達は信用できるのでしょうか?」
歩きながらケープが問う。
「まさしく差し出がましいなァ。刺したくなる差し出がましさ――なんつってね。でも大丈夫だと言っておいてやる。紹介者を経由しているからよ」
ケープの気が進まない理由も汲んだうえで、アザミは言った。
「紹介者が間に入るってのは強えーんだ。何せ紹介者の顔は潰せねーだろ。だから信用できる。安心できる。紹介者が有力者なら尚更な」
「その通りだよう。こういう時のために、K&Mアゲインは地方でも色んな所に投資して、人脈作りにも勤しんでいたからねえ。アザミはおりこうさんだあ。えらいえらい」
「ふざけんな馬鹿兄貴」
自分の頭を撫でようとしたシクラメの手を、アザミは顔をしかめて振り払う。
「その紹介者と懇意なのは、ジャン・アンリなのですね。彼に人脈があるのは意外です」
ジャン・アンリがわりと顔が広いとケープが知ったのは、わりと最近のことだ。
「芸術関係を利用しているぜ。あいつは画家だし、熱烈なファンもいれば、パトロンもいるからよ。そういう面でも、あいつは俺達の組織の貴重な人材ってわけさ」
アザミがジャン・アンリの人脈の秘密を教える。
「しかし稀に、規格外の愚物というものも、世の中には存在します。懇意にしている者の顔に泥を塗り、目先の利益や一時的な感情で、一切の信用を損なうに至る行為に踏み切る者もいます」
ケープがさらに突っ込んで伺った。アザミが今の自分の言葉に対し、どういう反応をするか、ケープは興味があった。
「アザミは大丈夫だよう。そんなことしないから。ねえ? アザミ?」
「何でそこであたしを引き合いに出すんだ、馬鹿兄貴。話の流れからして、今の奴等のことだろ」
「あははは、冗談だよう」
「おかしくねーから」
兄妹で談笑するが、ケープは無表情のままだ。
「邪教の狂信者という時点で、そういった常識や暗黙の了解は心得ない可能性も高いと、私は見ます」
進言のニュアンスも兼ねて、ケープがさらに言った。
「それならそれでいーだろ。豎子ともに謀るに足らずってことで、こっちも気兼ねなくただ利用して使い捨てが可能な相手と、認識を切り替えるだけの話だぜ」
そう語るアザミの瞳に獰猛な輝きが宿っている。それを見てケープは頼もしい気分になり、安心していた。
***
メンコーイの観光地繁華街を歩くミヤ、ユーリ、ノア。
「以前と同じ宿にします?」
「いや、どうせだからこちらにしてみよう」
ユーリが伺うと、ミヤは立ち止まり、すぐ横手にある大きな宿屋を見た。
「むう……この傷はまだ修繕してなかったのかい。やれやれ……」
宿の正面入り口の大きな損傷痕を見て、ミヤが溜息をつく。
「その傷がどうしたんです?」
ユーリが尋ねた。
「昔シモンがここに来た時、チンピラ相手に暴れて出来た傷だよ。魔法で直そうとしたが、当時のオーナーが記念にとっておくと言いおってな」
「またシモン先輩の武勇伝か」
ミヤの話を聞いて、ノアが微笑む。
「はい。客寄せに利用させて頂いています。ミヤ様、いらっしゃいませ。ご無沙汰しております」
顔に斜めに入った大きな傷痕を持つ老人が、にこやかに笑いながら声をかけてきた。八十は間違いなく越えているだろう。あるいは九十代かもしれない。
「ふん。まだ存命だったかい。オーナー」
老人を見上げ、ミヤが微笑む。
「覚えていてくださって光栄です。オーナーは孫に譲りました。今は隠居していますよ」
元オーナーの老人が恭しく一礼する。
「新しいお弟子さんですか。しかもお二人も。どちらも可愛らしいお弟子さんだ」
ユーリとノアを見てにっこりと笑う元オーナー。
「先輩が宿を破壊すると客寄せになるんだ。じゃあ俺が破壊すれば、さらに客呼べる?」
「お前が言うと冗談に聞こえないから怖いよ」
ノアの台詞を聞いて、ミヤが言った。
「酷いな師匠。俺が見境なく滅茶苦茶やる子だと見てるの?」
「うむ」
ノアが問うと、ミヤは即答した。
「傷は勲章ですからね。しかし無意味な破壊の傷では勲章になりえません」
自分の顔の傷痕をなぞりながら、元オーナーの老人が言った。
「その傷は?」
ユーリが元オーナーに尋ねる。
「魔物退治の際に授かった勲章ですな。昔私は魔物退治を生業とする冒険者をしていましたが故に」
「冒険者かー」
「冒険者……」
冒険者という言葉を耳にして、ユーリとノアの表情が変わった。ユーリは憧れの視線を元オーナーに向け、ノアは曇り顏になる。
「一人前になったら、冒険者もやってみたいんですよねえ。魔物退治や遺跡探索をしてみたいです」
と、ユーリ。
(母さんがよく冒険者を捕らえて、魔法の実験台にしていたな)
ノアが思う。
「お前の人生はお前が決めればいいが、儂は反対だよ。魔法使いの冒険者なんて聞いたことがないし、聞かないのも当然だ」
ミヤが不機嫌そうに吐き捨てた。
「どういうこと?」
「魔法使いの力は、冒険者をするには力が余り過ぎているし、もっとやるべきことがあるって話……ですよね? 師匠」
ノアが理解できず尋ねると、ユーリが先回りして答えた。
「そういうことだよ。でもまあ、儂はお前の人生に指図はせん。好きなようにするがいいよ」
好きにしろと言ってはいるが、ミヤとしては相当気に入らないものなのだろうと、ユーリにもノアにも聞こえた。
「先輩は俺の会社の社員なんだから、冒険者なんて駄目だよ。師匠、ちゃんと叱ってよ。冒険者の夢を諦めさせてよ」
「いつの間に僕は社員になったの……? チャバックとブラッシーさんだけじゃなかったの?」
ノアの言葉を聞いて、呆れ気味に問うユーリ。
「お弟子さんが冒険者に憧れていると言われるのは、元冒険者の立場からすると、嬉しいものですよ」
元オーナーが言ったその時、宿の中から罵声や怒声が続け様に響いた。
三人と元オーナーが扉の中から、宿のロビーを伺う。先程見かけた例の怪しい深緑の怪しい一団と、ガラの悪そうなチンピラ集団が、ロビーで揉めている。
「あいつら何してるの? ていうか、あいつら何?」
ノアが元オーナーに尋ねた。
「盲神教の人達ですね。揉めている相手は、盲神教にこの辺の観光地一帯の縄張りから追い出された、筋者達の残党でしょう」
元オーナーが答える。
「こんな所で揉めるとか迷惑」
「ええ、他のお客様達に大変迷惑ですね。しかし孫は彼等と繋がりを持ってしまっています。彼等の集会にもうちの宿の一室を貸している始末でございますよ」
ノアの言葉に同意しつつ、元オーナーは渋い表情で、よろしくない事情を語った。
「俺、遊んできていい?」
ノアがミヤに伺う。
「お前では駄目だ。儂が行こう」
「え? 俺が駄目で師匠がいい理由って何?」
ミヤはノアの疑問に答えず、揉めている両者の前へと進み出る。
くぐもった声が続け様にあがり、破壊音が響き渡る。念動力猫パンチを連発で繰り出され、怪しいマント集団もチンピラも吹き飛ばされ、あるいは叩きつけられ、宿の床や壁や柱も破壊されまくる。
当然だが、元オーナーや他の客は呆気に取られている。客の中にはわけがわからぬまま、逃げ出す者もいた。
「先輩、どうして師匠の方がいいの? そして俺は駄目なの? 理由わかる?」
問答無用で両者を蹴散らすミヤを見て、ノアがユーリに疑問をぶつけた。
「ネームバリューの問題かな。見てればわかる」
ユーリが言った。
やがて盲神教信者とチンピラ達全員倒れている中、ミヤは魔法で壊れた宿を即座に修復した。
「大勢の客がいる前で、ガタガタと見苦しく騒いでいるんじゃない。迷惑だ。儂等観光客は、地元のしょーもないいざこざを見にここに来たわけじゃないよ」
「な、何だとこの糞猫……って……」
「だ、だだだ大魔法使いミヤっ!?」
「あ、あの大魔法使いミヤがこんな所に……」
ミヤの姿を見て、盲神教信者とチンピラ達が慄く。
「ふん、パターン通りの反応だ。毎度毎度、お前達みたいな輩は可愛いもんだよ。さて、常套句を吐いておくかねえ。文句があるなら――じゃなかった。まだ喧嘩がしたいんなら、この魔法使いミヤが受けてやるよ?」
「め、滅相も無い……」
「ずびばぜんでじだあ……」
チンピラ達が立ち上がり、ほうほうのていで逃げ出していく。
喝采があがった。他の客達も迷惑していた模様だ。
「ああ、そういう事か……。俺は馬鹿だ。先輩はちゃんと気付いていたのに」
「まあ、こういう場面、昔も僕はよく見ているからね」
ノアもどういうことか理解し、ユーリは微笑みながらフォローした。
チンピラ達は退散したが、盲神教の者達はそのままだった。動揺しながら、リーダー格の顔色を伺い、決定を待っている。
「大魔法使いミヤともあろう御方が、どうしてこのような地に?」
盲神教のリーダー格が冷静に問う。
「冬のリゾートを楽しみにきただけだが、それが不思議なことかい?」
ミヤが言ってのける。
「そうでしたか。申し遅れました。私は盲神教の青年団長ミッチェルと申します。以後お見知りおきを。それで、いつまで御滞在に? 改めてお詫びをしに参りたいのですが――」
「リヴェンジ的な意味での御礼参りするから、時間寄越せとストレートに要求。俺、そういうの嫌いじゃない」
ノアが手の骨を鳴らして、これから喧嘩するジェスチャーを試みた、仕草だけで全く鳴らない。
「そういうわけではありません。言葉通りの謝礼です。我々は確かに騒ぎを起こしましたが、彼等に絡まれて困っていた所を、追い払って頂き、助かったという面もあります。もちろんお騒がせして、不快にさせたお詫びも兼ねています」
ミッチェルが言う。
「詫びならここにいる客全員に、今口頭ですればいいことじゃない?」
ユーリがもっともなことを口にする。
「日を跨ぐ意味がわからないね。そこに目論見があることは理解できるよ。素直に言えば、考えてやらないこともないよ」
「我等の教祖様がもうすぐこの地を訪れます故、教祖様に事情を話し、御対面願いたいのです」
ミヤの言葉を聞き、ミッチェネルは脈ありと判断したかのように微笑み、目論見を口にした。
「そちらにメリットがあっても、儂にメリットは無さそうだ。儂等はこの地に遊びに来ただけなんだよ」
「わかりました。もし幸運にもミヤ様がお帰りになられていなければ、教祖様が御挨拶に伺います」
ミッチェルは再び頭を下げ、信者達を促して、宿の奥へと消えていった。
「強引だな。師匠とお近づきになることで、何の特典があるのかな?」
盲神教の後姿を見送り、ユーリが不信感を露わにする。
「儂と懇意であるという証があれば、箔もつくだろうし、それなりに役には立つだろうさ。ま、今の感じを見た限り、向こうもそうなればラッキー程度に見えたけどね」
ミヤが言う。
「師匠にもそのつもりは無いんでしょう?」
「真っ平御免と言いたい所だけど、気になるね」
ユーリが確認すると、ミヤは神妙な口調で言った。
「何が気になるの?」
「何となくだけど、縁を感じるんだよ。ほんの少しだけどね」
ノアが問うと、ミヤは神妙な口調のまま言った。




