表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/299

20-8 罪の形や色って、目で見える?

「妙ちくりんなコントを見た気がしたけど、次はこっちからいくネ」


 ミカゼカが魔法を発動させる。魔力が念動力へと変換され、見えざる力がユーリとノアの体を掴んだ。


(魔法の発動が凄く早い。いきなり掴まれた)


 それだけで、ユーリは脅威と感じる。魔法の発動には多少なりとタイムラグがあるので、その間に防御も回避も備えることも出来るが、そんな間を与えることなくいきなり掴まれてしまった。


 ユーリは宝石百足の頭部を掴まれ、地面に押し付けられた状態だ。空いている長い胴体を激しく波打って抵抗する。ただ藻掻いているだけではない。自身の筋力を強化する魔法をかけたうえで、力で抵抗している。


「空間ごと固定されてる……」


 ノアが苦しげに呻く。転移して逃れようとしたが、出来なかった。転移して逃れられないように、空間も圧迫されている。


「そそるネ。ノアの苦しそうな顔。ユーリの顔は見えないのが残念だヨ」


 ミカゼカがクスクスと笑う。


(圧迫されている中からでは転移できないけど、外からならいけるかも)


 ユーリは考える。これは完全な空間固定ではなく、外側から内側に圧迫されるという形での固定だ。それならば自分が先に力ずくで拘束を解けば、ノアを強制転移で助けることも出来るだろうと。


 宝石百足の全身に力が漲る。頭部に加えられている圧が、空間の固定が、ゆっくりと押しのけられていく。


「やるネ」


 口では称賛するも、意地悪い笑みを浮かべたミカゼカが、さらなる魔法を用いる。


「がはっ!」


 ユーリが悲鳴をあげた。藻掻いていたムカデの胴体が地面に叩きつけられて、動きが止まる。地面には巨大な肉球マークがついている。ミヤと同じ、念動力猫パンチだ。


「クギィィィィ!」


 けたたましい悲鳴があがり、ノアとミカゼカが視線を向ける。ペンギンロボだった。


 ペンギンロボがステッキを頭上に振るうと、再び長箱が蓋の開いた状態で現れ、ペンギンロボの体を箱の中に入れて、蓋を閉じた。


「ワン! ツー! スリー!」


 箱の中でペンギンロボが叫ぶ。


「ええ……?」


 ミカゼカが思わず笑う。念動力で拘束していたノアの姿が、ペンギンロボに変わったのだ。


「上出来」


 今しがたペンギンロボを入れた箱の蓋が開き、中から現れたノアが、ペンギンロボを一瞥して短く褒める。


「発動早いネ」


 ミカゼカが言い、ノアを再び念動力で掴もうとしたが、ノアは掴まれる前に素早く移動して避けた。


 ノアが猛吹雪を吹かせる。瞬時にミカゼカの周辺がホワイトアウトし、視界が遮られる。


 ミカゼカはいささかもひるむことなく、人差し指をくるくると回す。すると吹雪が絡められるようにして、渦を巻く流れに変わる。ひとまとめになった吹雪が、あらぬ方向へと吹き飛んでいく。ミカゼカに吹雪は届かない。吹雪が魔力で作られた道に全て集められて、流されてしまっている。


「とんでもない魔法をいとも簡単にやってくれる……」


 ミカゼカの防御の仕方を見て、ノアは驚嘆しながら魔法を解いた。少なくともノアに、同じことを行うのは無理だ。瞬間的に限定された範囲内であれば可能かもしれないが、継続的に敵の攻撃を流し続ける事は出来ない。


 ミカゼカが腕を振るう。魔力の奔流が広範囲に吹き荒れ、ノアの体が回転しながら吹き飛ばされた。


(これ、ビリーにもやられた攻撃だけど、ビリーよりずっと強い。ビリーが手加減してくれていたのか、それともミカゼカになるとビリーより強いのか)


 かなりの距離を吹き飛ばされたノアが、倒れたまま思う。


 ようやく拘束を解き、再生も済ませたユーリが、再び触覚からビームを放つ。


 ミカゼカは逃げる。下手に防ごうとは思わなかった。かなりの威力であると、一目でわかったからだ。


 持続照射可能で、触覚の動きに合わせて照射の着弾地点も変わるビームが、ミカゼカを追い回す。


 転移を行い、ミカゼカが宝石百足の胴体の真上に出現した。


 触覚の向きが変わり、ユーリは自分の胴の上に乗るミカゼカにビームを放つ。


 ミカゼカは避ける。ビームはユーリの胴体を直撃したが、ダメージにはならない。自身の体には影響を及ぼさない。


「あれま、残念ダ」


 ユーリに自爆を促したつもりのミカカゼであったが、流石にそのような手は通じなかった。自分の体に当たっても無効化できるからこそ、ユーリは自分の胴の上に乗ったミカゼカを攻撃したのだ。


「百足と蠍、どっちが強いかナ?」


 言いつつミカゼカが、宝石百足の側面に王蠍を呼び出す。


 ただそこにいるだけで、毒に犯される王蠍であるが、宝石百足となったユーリに影響は無かった。


 ユーリがビームを止め、王蠍に向かって素早く動く。


 俊敏にバックステップする王蠍。宝石百足の顎が、王蠍の寸前で閉じる。


 王蠍が後方に跳んだ刹那、長い尾が伸び、針が宝石百足の頭部に刺さったが、大したダメージにはならない。ユーリは勢いよく鎌首をもたげ、王蠍の体を弾き飛ばした。


 そこに、ミカゼカが再び念動力猫パンチを放つ。王蠍に気を取られていたユーリは完全に隙を晒していた。再び叩き潰される。


 追撃しようとしたミカゼカであったが、宝石百足の巨体が消えた。ノアが強制転移させて救ったのだ。ユーリはノアの隣にいた。


「やっぱり強いね……あいつ。どうしたものかな」


 ミカゼカを見据え、ノアがユーリに向かって伺う。


「そうだね。地力が違う。このまま何も考えずに戦っていても、勝ち目は無い」


 ユーリが喋りつつ、高速で頭を巡らせる。


 そしてユーリは思い出す。戦う前にミカゼカがぺらぺらと喋っていた、自身のルーツを。

 そしてユーリは思いつく。ミカゼカを攻略する手を。


(ミカゼカ、余計なことを言ったね。彼は自分の弱点を晒した)


 ユーリが念話でノアに話しかける。


(どういうこと?)

(ノア、魔法攻撃に精神影響の効果も混ぜて。ノアはミカゼカの存在を否定する気持ちを魔法に込めて、精神攻撃して。僕は攻撃にアルレンティスへの呼びかけを混ぜる)

(ああ、そういう手か。上手くいくかな?)

(わからないけど、試してみる価値はあるよ。魔法だから――魔力を自由自在に扱える魔法使いだからこそ出来る手だ)

(あ、そう言えばビリー戦で……)


 ユーリの案を聞いて、ノアはビリーとの戦いを思い出した。


(ビリーからアルレンティスの姿になった時、僕の冷気でビリーの支配力が揺らいだとも言ってたし、明確に狙ったわけでもないのに支配力を緩ませたから、狙えばさらに上手くいく可能性大だね)

(そうか。僕はそっちは忘れてたよ)


 ノアからビリー戦のことを言われ、ユーリは微笑む。


(あ、忘れていたと言えば、あれのことをすっかり忘れていた)


 ユーリはさらに思い出した。前回の絵本世界で拾った命の輪の存在を。


 ノアもこの命の輪を持ち帰ろうとしたが、絵本世界を出る前に消えてしまった。一方でユーリは、絵本世界の中で一度自分の体に食い込ませたせいか、ちゃんと持ち帰る事が出来た。


「おやおや?」


 宝石百足の体にオレンジの輪が同化した状態になった姿を見て、ミカゼカが興味津々に笑う。


「いくよ、ノア」


 ユーリが宣言し、宝石百足がミカゼカに向かって猛ダッシュをかけた。


 王蠍がユーリの前に立ちはだかる。しかしユーリは止まらない。


 王蠍の両前脚が繰り出され、宝石百足の体を鋏で掴んだが、それでもユーリは止まらない。王蠍の体を引っ繰り返したうえに乗りかかり、さらには身をくねらせながら多数の足で王蠍の体を押しのけて、ミカゼカへと向かう。


 ミカゼカがユーリに念動力猫パンチを打たんとしたその刹那、何かが飛来し、ミカゼカの攻撃を止めた。


 回転しながら弧を描いて飛んできたそれは、シルクハットだった。ペンギンロボが飛ばしたものだ。このシルクハットに当たると具体的にどうなるかは、解析する間も無かったのでわからなかったが、とにかく攻撃された事には違いないし、当たれば悪い作用があると見なし、ミカゼカは避ける。


 ユーリがミカゼカに向かって突き進みながら、触覚からビームを放つ。


 ミカゼカは転移しようとしたが、出来なかった。宝石百足の触覚から放たれたビームには、魔力を削る効果も付与される。ミカゼカが発動しかけた転移のための魔力が、空間に効果を及ぼす寸前に削っていた。これを可能としたのは、命の輪によるパワーアップ効果だ。


 ミカゼカの体が、凄まじい衝撃によって上から叩き潰された。ただの攻撃ではない。物質的に圧をかけられると同時に、ミカゼカの魔力が強制放出されている。


「念動力猫パンチ……ミヤ様の魔法、君も使えたんだネ。お返しされちゃったヨ」


 ユーリの手痛い攻撃を食らい、何故かおかしくなって笑うミカゼカ。


 横向きに倒れ、半ば地面にめりこんでいるミカゼカに、ユーリが迫る。


 宝石百足の牙が、ミカゼカの体に食い込んだ。


「アルレンティスさん! ルーグさん! ムルルンさん! ビリーさん! 力を貸して!」


 自分に牙を突き立て、力いっぱい叫ぶユーリの台詞を聞いて、ミカゼカは目を丸くした。その台詞が何を意味するか、すぐに悟った。


 そのミカゼカの後方に、ノアが転移してくる。篭手ミクトラのルビーからは、巨大な赤い光の刃が伸びている。


 ミクトラをフル出力にしたうえで、ミガセカを否定する気持ちをたっぷり乗せた一撃を放つノア。


 一方でユーリはアルレンティスへの呼びかけを必死に行いながら、顎に力を籠め続ける。


 赤い光の刃がミカゼカの体を袈裟懸けに通り抜けた瞬間、ミカゼカは理解した。


「ああ……そういう手で来たのカ。見事だネ……。うん、君達、凄いヨ。僕の負けダ……」


 自分の支配力が急速に失われ、別人格の影響力が強くなっていくことを実感しつつ、ミカカゼは敗北を認め、ユーリとノアを称賛した。


 消えゆく意識の中、ミカカゼはノアのガントレットの紅玉を見て、歪んだ笑みを広げていた。それが何であるかを見抜いたのだ。


(マミ……そこにいたんだネ。魂が封じられているノ。いい発見したヨ……)


 そう思った直後、ミカゼカの姿が別の者へと変わる。現れたのはアルレンティスだ。片膝をつき、脂汗を流しながら荒い息をついている。


 ユーリが牙を放し、こちらも宝石百足から元の姿へと戻った。


「見事だったよ……君達。でもユーリ、成功したからいいけど、呼びかけるのは一人に絞った方が効果的だったよ」

「次の機会があったら気を付けます」


 微笑みながら助言するアルレンティスに、次の機会なんて無い方がいいと思いつつ、ユーリが言った。


「アルレンティスさん、オットーさんを助けて欲しい。師匠にももう頼んであるし、ロドリゲスさんにも頼む予定だけど」

「完全に無罪放免というわけにはいかないと思うし、それでは駄目だと思う……。オットーのためにもね」


 ユーリが懇願すると、アルレンティスは渋面になって言った。


「意味わからない理屈」


 アルレンティスの言葉の意味がわからないノアは、小首を傾げていた。


***


 オットーの話を全て聞いて、ウルスラ、チャバック、ガリリネ、ミヤ、スィーニーは沈黙していた。


「悪いな……。せっかくの花火を台無しにしちまってよ……」


 沈痛な面持ちの面々を見て、オットーは頭を掻きながら、申し訳なさそうに言う。


「そんなこと言わなくていいんじゃないかい。確かにしんどい話だったけど、皆ある程度は承知のうえで付き合ってるんだ」

「うん、そうだよう。猫婆の言う通り~」


 ミヤが言うと、チャバックが明るい声で同意した。


(私はわりとドン引きしているんよ……)


 思いつつも黙っておくスィーニー。


「オットーさんも、私達と一緒なのに、ちょっと運が悪かっただけで、殺人犯になっちゃった……。それだけだよ」


 ウルスラが言った。


「私だって、オットーさんと同じ境遇なら、きっと同じことしてるもん」

(そりゃ完璧に同じ境遇なら、同じことになるよね)


 ウルスラの言い分を聞いて、ガリリネは思う。


「でもお前達はきっと、犯した罪から目を逸らす事も出来ないよ。罪が重ければ重いほど、自分への苦しみとしてのしかかってくる」


 ミヤが静かな口調で告げる。


(にゃんこ師匠――ターゲットM自身のことを口にしているの?)


 ミヤの発言を聞いて、スィーニーは思った。そして同時に、胸の痛みを覚える。


(それは私のことも含まれる?)


 自身と、そしてユーリのことを意識しつつ、思わず胸に手を当てるスィーニー。


 そこにユーリとノアがやってくる


「終わったみたいだね。よくやったよ。二人にプラス10やろう」

「師匠が大盤振る舞いだ。花火効果?」


 上機嫌な口調で告げるミヤに、驚くノア。


「何の話?」

「野暮用の話」


 ガリリネが問うと、ノアがはぐらかす。


「花火が終わったら、俺は留置所に戻るよ」


 オットーが夜空に討ちあがる花火を見上げながら言った。


「何で戻るの?」


 不思議そうに尋ねるノア。


「罪を償うためだ」

「罪を償う必要? 無いよ」


 オットーの答えを聞いて、ノアはあっさりと切って捨てる。


「それは無理があるんよ……」

「これがノアだから……」


 呆れるスィーニーと、諦めているユーリ。


「俺はオットーさんよりずっと殺しているし、オットーさんが殺した相手もどうせ、殺した方がいいような屑なんだろ。それなら問題無い。法律が許さなくても、俺が許す。それが重要」


 ノアが断言した。


「そもそも罪って何さ。償いって何さ。そんなの、人が心の中で人の物差しで勝手に計るもの。現実には罪なんてものは無い。そんなものの形は無い。存在も見えない」


 皆が呆れるか引いている中、ノアは持論を展開し続けていた。


「人を殺すのが大好きな母さんや俺はともかくとして、人殺しになった奴の大半なんて、人殺しになんてなりたくなかったし、自分が人殺しになるなんて、思ってもみなかったんじゃないかな? 色んな不幸が積み重なって、限界が来て、それで殺しちゃった奴が多いと思う。昔、人殺しの死刑囚達と何人も話したからわかるよ。話を聞いた後で、そいつらは皆、俺と母さんで殺しちゃったけど」

「ノア……色々とぶっちゃけているけど、ノアの事情を知らない人がここにはいるのに……」

「だから教えてあげてるんだよ」


 ユーリが頃合いを見計らって声をかけるが、ノアはけろりとしている。


「いいんだよ。ノア」


 オットーが清々しい笑みを広げて、小さく首を振った。


「俺は生まれて初めて幸せな気分に浸れた。それだけでいいんだ。償いはするよ」


 オットーが爽やかな表情で告げると、ウルスラの目から涙が零れ落ちる。


「オットーさん、会った時と比べて顔つきが全然違う。和やかに、優しくなった」

「うんうん、オイラもそう思うぞー」

「よせよ……」


 ユーリとチャバックに言われ、オットーは照れる。


「ま、ロドリゲスだって大罪人なのに、魔術学院の院長してるし、そういう形での特別措置は検討できるだろうさ。儂が直接交渉してみるよ」


 ミヤのその言葉を聞き、ウルスラを含めた何名かは安堵しつつ、祈る気持ちでミヤを見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ