20-8 罪の形や色って、目で見える?
「妙ちくりんなコントを見た気がしたけど、次はこっちからいくネ」
ミカゼカが魔法を発動させる。魔力が念動力へと変換され、見えざる力がユーリとノアの体を掴んだ。
(魔法の発動が凄く早い。いきなり掴まれた)
それだけで、ユーリは脅威と感じる。魔法の発動には多少なりとタイムラグがあるので、その間に防御も回避も備えることも出来るが、そんな間を与えることなくいきなり掴まれてしまった。
ユーリは宝石百足の頭部を掴まれ、地面に押し付けられた状態だ。空いている長い胴体を激しく波打って抵抗する。ただ藻掻いているだけではない。自身の筋力を強化する魔法をかけたうえで、力で抵抗している。
「空間ごと固定されてる……」
ノアが苦しげに呻く。転移して逃れようとしたが、出来なかった。転移して逃れられないように、空間も圧迫されている。
「そそるネ。ノアの苦しそうな顔。ユーリの顔は見えないのが残念だヨ」
ミカゼカがクスクスと笑う。
(圧迫されている中からでは転移できないけど、外からならいけるかも)
ユーリは考える。これは完全な空間固定ではなく、外側から内側に圧迫されるという形での固定だ。それならば自分が先に力ずくで拘束を解けば、ノアを強制転移で助けることも出来るだろうと。
宝石百足の全身に力が漲る。頭部に加えられている圧が、空間の固定が、ゆっくりと押しのけられていく。
「やるネ」
口では称賛するも、意地悪い笑みを浮かべたミカゼカが、さらなる魔法を用いる。
「がはっ!」
ユーリが悲鳴をあげた。藻掻いていたムカデの胴体が地面に叩きつけられて、動きが止まる。地面には巨大な肉球マークがついている。ミヤと同じ、念動力猫パンチだ。
「クギィィィィ!」
けたたましい悲鳴があがり、ノアとミカゼカが視線を向ける。ペンギンロボだった。
ペンギンロボがステッキを頭上に振るうと、再び長箱が蓋の開いた状態で現れ、ペンギンロボの体を箱の中に入れて、蓋を閉じた。
「ワン! ツー! スリー!」
箱の中でペンギンロボが叫ぶ。
「ええ……?」
ミカゼカが思わず笑う。念動力で拘束していたノアの姿が、ペンギンロボに変わったのだ。
「上出来」
今しがたペンギンロボを入れた箱の蓋が開き、中から現れたノアが、ペンギンロボを一瞥して短く褒める。
「発動早いネ」
ミカゼカが言い、ノアを再び念動力で掴もうとしたが、ノアは掴まれる前に素早く移動して避けた。
ノアが猛吹雪を吹かせる。瞬時にミカゼカの周辺がホワイトアウトし、視界が遮られる。
ミカゼカはいささかもひるむことなく、人差し指をくるくると回す。すると吹雪が絡められるようにして、渦を巻く流れに変わる。ひとまとめになった吹雪が、あらぬ方向へと吹き飛んでいく。ミカゼカに吹雪は届かない。吹雪が魔力で作られた道に全て集められて、流されてしまっている。
「とんでもない魔法をいとも簡単にやってくれる……」
ミカゼカの防御の仕方を見て、ノアは驚嘆しながら魔法を解いた。少なくともノアに、同じことを行うのは無理だ。瞬間的に限定された範囲内であれば可能かもしれないが、継続的に敵の攻撃を流し続ける事は出来ない。
ミカゼカが腕を振るう。魔力の奔流が広範囲に吹き荒れ、ノアの体が回転しながら吹き飛ばされた。
(これ、ビリーにもやられた攻撃だけど、ビリーよりずっと強い。ビリーが手加減してくれていたのか、それともミカゼカになるとビリーより強いのか)
かなりの距離を吹き飛ばされたノアが、倒れたまま思う。
ようやく拘束を解き、再生も済ませたユーリが、再び触覚からビームを放つ。
ミカゼカは逃げる。下手に防ごうとは思わなかった。かなりの威力であると、一目でわかったからだ。
持続照射可能で、触覚の動きに合わせて照射の着弾地点も変わるビームが、ミカゼカを追い回す。
転移を行い、ミカゼカが宝石百足の胴体の真上に出現した。
触覚の向きが変わり、ユーリは自分の胴の上に乗るミカゼカにビームを放つ。
ミカゼカは避ける。ビームはユーリの胴体を直撃したが、ダメージにはならない。自身の体には影響を及ぼさない。
「あれま、残念ダ」
ユーリに自爆を促したつもりのミカカゼであったが、流石にそのような手は通じなかった。自分の体に当たっても無効化できるからこそ、ユーリは自分の胴の上に乗ったミカゼカを攻撃したのだ。
「百足と蠍、どっちが強いかナ?」
言いつつミカゼカが、宝石百足の側面に王蠍を呼び出す。
ただそこにいるだけで、毒に犯される王蠍であるが、宝石百足となったユーリに影響は無かった。
ユーリがビームを止め、王蠍に向かって素早く動く。
俊敏にバックステップする王蠍。宝石百足の顎が、王蠍の寸前で閉じる。
王蠍が後方に跳んだ刹那、長い尾が伸び、針が宝石百足の頭部に刺さったが、大したダメージにはならない。ユーリは勢いよく鎌首をもたげ、王蠍の体を弾き飛ばした。
そこに、ミカゼカが再び念動力猫パンチを放つ。王蠍に気を取られていたユーリは完全に隙を晒していた。再び叩き潰される。
追撃しようとしたミカゼカであったが、宝石百足の巨体が消えた。ノアが強制転移させて救ったのだ。ユーリはノアの隣にいた。
「やっぱり強いね……あいつ。どうしたものかな」
ミカゼカを見据え、ノアがユーリに向かって伺う。
「そうだね。地力が違う。このまま何も考えずに戦っていても、勝ち目は無い」
ユーリが喋りつつ、高速で頭を巡らせる。
そしてユーリは思い出す。戦う前にミカゼカがぺらぺらと喋っていた、自身のルーツを。
そしてユーリは思いつく。ミカゼカを攻略する手を。
(ミカゼカ、余計なことを言ったね。彼は自分の弱点を晒した)
ユーリが念話でノアに話しかける。
(どういうこと?)
(ノア、魔法攻撃に精神影響の効果も混ぜて。ノアはミカゼカの存在を否定する気持ちを魔法に込めて、精神攻撃して。僕は攻撃にアルレンティスへの呼びかけを混ぜる)
(ああ、そういう手か。上手くいくかな?)
(わからないけど、試してみる価値はあるよ。魔法だから――魔力を自由自在に扱える魔法使いだからこそ出来る手だ)
(あ、そう言えばビリー戦で……)
ユーリの案を聞いて、ノアはビリーとの戦いを思い出した。
(ビリーからアルレンティスの姿になった時、僕の冷気でビリーの支配力が揺らいだとも言ってたし、明確に狙ったわけでもないのに支配力を緩ませたから、狙えばさらに上手くいく可能性大だね)
(そうか。僕はそっちは忘れてたよ)
ノアからビリー戦のことを言われ、ユーリは微笑む。
(あ、忘れていたと言えば、あれのことをすっかり忘れていた)
ユーリはさらに思い出した。前回の絵本世界で拾った命の輪の存在を。
ノアもこの命の輪を持ち帰ろうとしたが、絵本世界を出る前に消えてしまった。一方でユーリは、絵本世界の中で一度自分の体に食い込ませたせいか、ちゃんと持ち帰る事が出来た。
「おやおや?」
宝石百足の体にオレンジの輪が同化した状態になった姿を見て、ミカゼカが興味津々に笑う。
「いくよ、ノア」
ユーリが宣言し、宝石百足がミカゼカに向かって猛ダッシュをかけた。
王蠍がユーリの前に立ちはだかる。しかしユーリは止まらない。
王蠍の両前脚が繰り出され、宝石百足の体を鋏で掴んだが、それでもユーリは止まらない。王蠍の体を引っ繰り返したうえに乗りかかり、さらには身をくねらせながら多数の足で王蠍の体を押しのけて、ミカゼカへと向かう。
ミカゼカがユーリに念動力猫パンチを打たんとしたその刹那、何かが飛来し、ミカゼカの攻撃を止めた。
回転しながら弧を描いて飛んできたそれは、シルクハットだった。ペンギンロボが飛ばしたものだ。このシルクハットに当たると具体的にどうなるかは、解析する間も無かったのでわからなかったが、とにかく攻撃された事には違いないし、当たれば悪い作用があると見なし、ミカゼカは避ける。
ユーリがミカゼカに向かって突き進みながら、触覚からビームを放つ。
ミカゼカは転移しようとしたが、出来なかった。宝石百足の触覚から放たれたビームには、魔力を削る効果も付与される。ミカゼカが発動しかけた転移のための魔力が、空間に効果を及ぼす寸前に削っていた。これを可能としたのは、命の輪によるパワーアップ効果だ。
ミカゼカの体が、凄まじい衝撃によって上から叩き潰された。ただの攻撃ではない。物質的に圧をかけられると同時に、ミカゼカの魔力が強制放出されている。
「念動力猫パンチ……ミヤ様の魔法、君も使えたんだネ。お返しされちゃったヨ」
ユーリの手痛い攻撃を食らい、何故かおかしくなって笑うミカゼカ。
横向きに倒れ、半ば地面にめりこんでいるミカゼカに、ユーリが迫る。
宝石百足の牙が、ミカゼカの体に食い込んだ。
「アルレンティスさん! ルーグさん! ムルルンさん! ビリーさん! 力を貸して!」
自分に牙を突き立て、力いっぱい叫ぶユーリの台詞を聞いて、ミカゼカは目を丸くした。その台詞が何を意味するか、すぐに悟った。
そのミカゼカの後方に、ノアが転移してくる。篭手のルビーからは、巨大な赤い光の刃が伸びている。
ミクトラをフル出力にしたうえで、ミガセカを否定する気持ちをたっぷり乗せた一撃を放つノア。
一方でユーリはアルレンティスへの呼びかけを必死に行いながら、顎に力を籠め続ける。
赤い光の刃がミカゼカの体を袈裟懸けに通り抜けた瞬間、ミカゼカは理解した。
「ああ……そういう手で来たのカ。見事だネ……。うん、君達、凄いヨ。僕の負けダ……」
自分の支配力が急速に失われ、別人格の影響力が強くなっていくことを実感しつつ、ミカカゼは敗北を認め、ユーリとノアを称賛した。
消えゆく意識の中、ミカカゼはノアのガントレットの紅玉を見て、歪んだ笑みを広げていた。それが何であるかを見抜いたのだ。
(マミ……そこにいたんだネ。魂が封じられているノ。いい発見したヨ……)
そう思った直後、ミカゼカの姿が別の者へと変わる。現れたのはアルレンティスだ。片膝をつき、脂汗を流しながら荒い息をついている。
ユーリが牙を放し、こちらも宝石百足から元の姿へと戻った。
「見事だったよ……君達。でもユーリ、成功したからいいけど、呼びかけるのは一人に絞った方が効果的だったよ」
「次の機会があったら気を付けます」
微笑みながら助言するアルレンティスに、次の機会なんて無い方がいいと思いつつ、ユーリが言った。
「アルレンティスさん、オットーさんを助けて欲しい。師匠にももう頼んであるし、ロドリゲスさんにも頼む予定だけど」
「完全に無罪放免というわけにはいかないと思うし、それでは駄目だと思う……。オットーのためにもね」
ユーリが懇願すると、アルレンティスは渋面になって言った。
「意味わからない理屈」
アルレンティスの言葉の意味がわからないノアは、小首を傾げていた。
***
オットーの話を全て聞いて、ウルスラ、チャバック、ガリリネ、ミヤ、スィーニーは沈黙していた。
「悪いな……。せっかくの花火を台無しにしちまってよ……」
沈痛な面持ちの面々を見て、オットーは頭を掻きながら、申し訳なさそうに言う。
「そんなこと言わなくていいんじゃないかい。確かにしんどい話だったけど、皆ある程度は承知のうえで付き合ってるんだ」
「うん、そうだよう。猫婆の言う通り~」
ミヤが言うと、チャバックが明るい声で同意した。
(私はわりとドン引きしているんよ……)
思いつつも黙っておくスィーニー。
「オットーさんも、私達と一緒なのに、ちょっと運が悪かっただけで、殺人犯になっちゃった……。それだけだよ」
ウルスラが言った。
「私だって、オットーさんと同じ境遇なら、きっと同じことしてるもん」
(そりゃ完璧に同じ境遇なら、同じことになるよね)
ウルスラの言い分を聞いて、ガリリネは思う。
「でもお前達はきっと、犯した罪から目を逸らす事も出来ないよ。罪が重ければ重いほど、自分への苦しみとしてのしかかってくる」
ミヤが静かな口調で告げる。
(にゃんこ師匠――ターゲットM自身のことを口にしているの?)
ミヤの発言を聞いて、スィーニーは思った。そして同時に、胸の痛みを覚える。
(それは私のことも含まれる?)
自身と、そしてユーリのことを意識しつつ、思わず胸に手を当てるスィーニー。
そこにユーリとノアがやってくる
「終わったみたいだね。よくやったよ。二人にプラス10やろう」
「師匠が大盤振る舞いだ。花火効果?」
上機嫌な口調で告げるミヤに、驚くノア。
「何の話?」
「野暮用の話」
ガリリネが問うと、ノアがはぐらかす。
「花火が終わったら、俺は留置所に戻るよ」
オットーが夜空に討ちあがる花火を見上げながら言った。
「何で戻るの?」
不思議そうに尋ねるノア。
「罪を償うためだ」
「罪を償う必要? 無いよ」
オットーの答えを聞いて、ノアはあっさりと切って捨てる。
「それは無理があるんよ……」
「これがノアだから……」
呆れるスィーニーと、諦めているユーリ。
「俺はオットーさんよりずっと殺しているし、オットーさんが殺した相手もどうせ、殺した方がいいような屑なんだろ。それなら問題無い。法律が許さなくても、俺が許す。それが重要」
ノアが断言した。
「そもそも罪って何さ。償いって何さ。そんなの、人が心の中で人の物差しで勝手に計るもの。現実には罪なんてものは無い。そんなものの形は無い。存在も見えない」
皆が呆れるか引いている中、ノアは持論を展開し続けていた。
「人を殺すのが大好きな母さんや俺はともかくとして、人殺しになった奴の大半なんて、人殺しになんてなりたくなかったし、自分が人殺しになるなんて、思ってもみなかったんじゃないかな? 色んな不幸が積み重なって、限界が来て、それで殺しちゃった奴が多いと思う。昔、人殺しの死刑囚達と何人も話したからわかるよ。話を聞いた後で、そいつらは皆、俺と母さんで殺しちゃったけど」
「ノア……色々とぶっちゃけているけど、ノアの事情を知らない人がここにはいるのに……」
「だから教えてあげてるんだよ」
ユーリが頃合いを見計らって声をかけるが、ノアはけろりとしている。
「いいんだよ。ノア」
オットーが清々しい笑みを広げて、小さく首を振った。
「俺は生まれて初めて幸せな気分に浸れた。それだけでいいんだ。償いはするよ」
オットーが爽やかな表情で告げると、ウルスラの目から涙が零れ落ちる。
「オットーさん、会った時と比べて顔つきが全然違う。和やかに、優しくなった」
「うんうん、オイラもそう思うぞー」
「よせよ……」
ユーリとチャバックに言われ、オットーは照れる。
「ま、ロドリゲスだって大罪人なのに、魔術学院の院長してるし、そういう形での特別措置は検討できるだろうさ。儂が直接交渉してみるよ」
ミヤのその言葉を聞き、ウルスラを含めた何名かは安堵しつつ、祈る気持ちでミヤを見た。




