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20-4 忘れていたかったけど思い出してしまう

 かつてオットーは晴れの日が嫌いだった。青空も陽光も眩しすぎた。何より自分を嘲っているかのように感じられた。

 しかし今は全く違う感じ方をしている。陽光が心地好いと感じている。青空が綺麗だと思えてしまっている。


(惨めな弱者。何をやっても駄目な奴。何をしても否定されて罵倒される男)


 かつての自分を思い出す。人生の大半を、最底辺で這いずる存在と自認して生きてきた。他者からもそう扱われていた。


(今は違う。何もかもが一変してしまった。俺は今、光の中にいる。これが夢なら、覚めないでくれよ)

「オットーさん?」


 教室の窓から青空を見上げながら物思いに耽るオットーを、ウルスラが覗き込んだ。


「うおっ、何だっ」


 びっくりして声をあげ、大きくのけぞるオットー。


「何驚いてるの? お昼ご飯食べに行かないの?」

「結構ビビリなんだね」

「考え事してたからだ……」


 おかしそうに笑うウルスラとノアに、オットーは気恥ずかしそうにそっぽを向く。


「たまにオットーは遠い目をしているというか、心ここに非ず状態になってるよ」


 ガリリネが指摘し、オットーはギクリとする。


「言われてみると、考え事多いよね」

「話も聞いてないことあるぞー」

「う、うるさいな……」


 ウルスラとチャバックも同意する。オットーは渋面になる。


「昔のことを思い出しているだけだよ。今と……大違いだったからな」


 知られたくない過去であるが、何故かオットーはそんなことを口走ってしまった。


「よくない過去みたいだね。俺もそういうのあるよ。というか、婆に弟子入りするまでは、壮絶に酷い人生だった」


 ノアの指摘に、オットーはまたギクリとしたが、その後に続く言葉を聞いて、ノアに親近感が湧く。


「私も……あまりいいことなかったかな……」


 ウルスラがうつむき加減になる。チャバックとガリリネも表情を曇らせる。

「つまり似た者同士で集まっていたってわけか」


 オットーが小さく微笑む。


「先輩は多分違うけどね。いや、その先輩だって、不幸な過去はある」


 ノアが言う。ユーリが幼い頃、人喰い絵本で母親を失い、その後ミヤに引き取られたことまでは、口にしないでおく。


(嫌な思い出を忘れることは出来ないだろうけど、いつまでも引きずって、振り返っているのはよくねーな。しかも俺が最年長なのに、ガキ共の前でそんな情けない姿見せるなんて、みっともねーよ)


 そう思い、オットーは爽やかな表情になって微笑む。


 その後、オットー、ウルスラ、ノア、チャバック、ガリリネの五人は食堂に向かう。

 五人で食事をとりながら雑談を交わしていると、ミカゼカがやってきた。


「寝坊しちゃったヨ」


 頭を掻くミカゼカ。


(何だ、ただの寝坊か)

(本当にただの寝坊?)


 オットーは安堵していたが、ノアはなお疑っていた。


「学院性に貧困層があれば、生活扶助の支援金を出すという話も出てるね。寮も作るからそこで寝泊まりしろって」


 と、ガリリネ。


「そうか。俺も寮に移るかな」


 ミカゼカをチラリと見るオットー。実は宿代も食費も、全てミカゼカに出して貰っている状態だ。


「僕と一緒にいい宿に泊まっていればいいヨ。お金はあるんだからサ」

「う、ううむ……」


 ミカゼカが歯を見せてにかっと微笑み、オットーは躊躇いがちに唸る。このままミカゼカの世話になり続けるのは、どうにも気が引ける。


「急に曇ってきた」

「風強いし、凄い勢いで雲流れてきたな」


 窓の外を見てガリリネとオットーが言った。


「大花火大会の日は晴れるといいなあ」

「だよねー」


 チャバックの言葉に、ウルスラが頷く。


(ん……?)


 突然オットーは、胸の中で嫌な疼きを覚える。


(何かを忘れているような。思い出したくないような)


 漠然たる不安に包まれるオットー。


***


 放課後。オットーはウルスラと共に帰路に着いていた。


「ミカゼカさん、またいなくなっちゃった?」

「そうだな……。朝は寝坊したとか言ってたけど、今度はどうしたのやら」


 ウルスラが言い、オットーが不審がる。出会ってからほぼ一緒に行動していたミカゼカが、今日になって二度も離れる状態になった事に、オットーは改めて違和感を覚えていた。


 そんな二人の様子を、後方から観察している者がいた。シェードだ。

 ターゲット以外は極力巻き込まず、やむを得ず巻き込んだ際には、相手が自分を傷つける行為に及ばない限りは、決して傷つけない主義のシェードである。


(少女一人なら、何とか対処できる。ターゲットをさらえる)


 シェードはそう判断した。


 一気に駆け出し、後方からオットーに襲いかかるシェード。

 しかしオットーはその時、ミカゼカがいなかったために、敏感になっていた。


 振り返るオットーを見て、シェードの動きが止まる。


「何だお前?」


 駆けてきたかと思ったら急に止まった、ただならぬ雰囲気のシェードを見て、オットーは息を飲んだ。


(らしくないミス。停まらずにそのまま一気にかっさらうべきだった。いや、今からでも遅くない)


 シェードが袖から鎖を伸ばす。

 鎖は生き物のようにくねくねと動き、オートに向かって伸びた。


 オットーは固まっていたが、ウルスラが弾かれたように動き、オットーの体を押した。


 しかしウルスラの力ではオットーは動かなかった。鎖はオットーの前にいるウルスラに迫る。


 ウルスラが思わぬタイミングで動いたので、シェードはウルスラに鎖が当たらぬように、鎖の動きを止める。


「この人、オットーさんを狙ってるの?」


 目の前まで伸びて、空中で制止している鎖を見て、ウルスラが震えながら問う。


「俺ばかり見ているし、そうみてーだ」


 何故自分が狙われているのかと考えるオットー。


(まさか、ミカゼカの仕業か? 欲望の使者アルレンティスは、幸福の絶頂にいる奴を叩き落とすという話だが、俺にも……それをするのか? だがそれは、力を貸した奴がおかしな暴走をしたとか、元々は凶悪な罪人だったとか……)


 そこまで考えて、オットーははっとする。


(罪人……俺は罪人だろ。俺は人殺しじゃないか)


 オットーは一つの結論に行き着き、凍りついた。自分が誰かに殺されるほど恨まれることをした覚えは、確かにある。


(そうか……忘れていた。あまりに毎日が楽しくて、浮かれていて、肝心なことを忘れていやがった……)


 絶望し、オットーはがたがたと震えだす。


(俺は人殺しだった。しかも家族四人全員殺して、合計で九人も殺した……)


 役人が捕まえに来ないのは、上手く逃げきったからではないかと思っていたが、その後自分が捕まるのではないかと脅える事も無かった。自分でも不思議なほど、すっかり忘れていた。


(役人が逮捕しに来ることは無いのに、殺し屋は来るのかよ。どういうことだよ)


 そんな疑問が湧く。


 シェードが鎖を引いた。しかし鎖を袖口に全て納めることはしない。もう片方の袖口から、さらにもう一本の鎖が伸びてくる。


「オットーさんっ、逃げないとっ」


 ウルスラが叫ぶ。


「ウルスラだけ逃げろ。あいつの狙いは俺みてーだし、今見た感じ、お前を傷つけるようなことはしない」

「そんなこと出来ないっ」


 ウルスラが叫ぶと、オットーの前で両手を大きく広げ、オットーをかばうようにして立ちはだかる。


「おい……馬鹿、やめろ」


 ウルスラの動きを見て、オットーは背筋が凍りつく。


「私を傷つけないなら、こうすればオットーさんに手出しできないでしょっ」

(そんな甘い奴だと思えないぞ。あいつの眼光、あれを見ただけでただものじゃない感がある。目の中に奈落があるような……)


 シェードが鎖を止めた事を見て、ウルスラはそう判断していたが、オットーの考えは違った。


 シェードの眼光が揺らぐ。


 シェードが横に素早く移動する。シェードがいた空間を、黒い輪が回転しながら上下左右に弧を描いて、横切った。


「外した。勘がいいな」


 不意打ちをかましたガリリネが不敵に笑う。


「ガリリネっ」


 ウルスラが歓喜の声をあげる。


「事情はわからないけど、ピンチなのはわかった。助太刀するよ」


 ガリリネが喋っている間に、四枚の黒い輪が空中を舞い、シェードを追撃する。


 シェードは袖口から出た二本の鎖を高速で振り回し、輪のうちの二枚を叩き落としたが、残りの二枚のうち一枚を回避し、もう一枚は腹部に突き刺さった。


「え? 何この手応え……」


 ガリリネが訝る。顔から射出した輪は、体から離れていても感覚が通っている。


 腹に刺さった輪を、シェードは無表情に手で抜き取る。


 ガリリネはシェードが持った輪を回転させて、シェードの手を切断しようとしたが、出来なかった。人差し指と親指でつまんでいるだけなのに、がっちりと掴まれて全く動かない。

 ぱきっという音が響き、シェードはつまんでいた輪を粉々に砕いた。極めて不自然な砕き方だ。


 さらに輪を射出しようとしたガリリネであったが、それより前に、シェードの斜め上後方から、巨大な氷柱が何本も降り注いだ。

 シェードは大きく跳んで避ける。鎖で迎撃するには数が多く、サイズも大きい。シェードがいた場所の地面が氷柱だらけになる。


 シェードが視線を上に向けると、近くの住宅の屋根の上に、魔法使いの格好をした少年の姿があった。実際には少女だが、シェードが知る由もない。


「ノアっ」


 屋根の上を見てウルスラが叫ぶ。


「何でわざわざ屋根の上に?」

「届かない場所から遠距離攻撃する役目」


 尋ねるガリリネに、ノアが答えた。


「あいつ、シェードだ」

「知ってるの?」


 ノアが言い、ウルスラが尋ねる。


「シェードはア・ハイでもトップ5に入る殺し屋。全身を魔道具と融合させているんだ。あの鎖も魔道具だろうね。魔法使いさえ殺したという噂がある。でも何より有名なのは、ターゲットを生きたまま捕獲して、依頼者の前に連れて行って拷問すること。ターゲットが『殺してくれ』と何度も懇願するまで、何日もかけて悲惨な拷問をし続けるんだって」


 シェードに関する情報をノアが喋っている間に、当のシェードは身じろぎせず、ガリリネとノアの出方を伺っていた。


「ノア、何でそんな殺し屋のこと知っているの? 同じ穴の狢だから?」


 ガリリネが問う。


「シェードは過去に一人、ターゲットの殺害に失敗したうえに、断念しているからね。何度も挑んで、敗走している。その失敗した相手は、俺の母さん。負けて逃げ帰る姿も、何度も見てるよ。その後、母さんがシェードのことを色々と調べたけど、その時にはもう諦めたみたいだ」


 ノアがシェードを見下ろし、嘲笑を浮かべながら言った。


「シェード、あんたが殺せなかった母さんは、俺が殺したし、拷問もしているよ。よかったね? 依頼主に依頼達成したって報告したら?」

「その依頼はキャンセルした。そして私はあの時よりずっと強くなっている」


 嫌味ったらしく言うノアに、シェードが淡々と言い返すと、上着の前を勢いよく外した。


 上着の下には、腹部と胸部に跨るほどのサイズの、ダークブルーのプロペラが埋まっていた。シェードの体と一体化しているかのようなそれが、徐々にせり出してくる。


 プロペラが回転しながら射出される。


「僕のと似たようなものかな?」


 ガリリネが言い、顔から黒い輪を二枚放ち、飛来するプロペラにぶつける。


 回転して飛ぶプロペラと、回転する黒い輪二枚が真っ向からぶつかる。黒い輪二枚が、粉々に砕けて吹き飛ぶ。


 プロペラがガリリネに迫る。


「ペンギンロボ」


 ノアが一言発すると、ガリリネの前に、シルクハットを被り、ステッキを手にして、燕尾服に身を包んだペンギンが出現した。


 ペンギンロボがステッキを振るうと、何も無い空中に大きな赤い布が出現する。


 回転プロペラが深い布の中に飛び込む。そのまま赤い布を引き裂くかと思われたが、そうはならず、赤い布はプロペラを包み込み、地面に落下していく。

 落下する直前にペンギンロボがステッキを振るい、赤い包みが大きくめくり上がり、中からプロペラではなく、大量の花が咲き乱れた。


「何だそれ……」

「うん、まあ凄いけど……」

「すごーいっ。それにペンギン可愛いっ」


 ペンギンロボを見て、オットーとガリリネは呆然とし、ウルスラは歓声をあげる。

 ペンギンロボがウルスラの方へと向き直り、シルクハットを取ってぺこりとお辞儀をする。


 シェードが鎖を飛ばす。完全に隙を晒してお辞儀をしているペンギンロボの首の辺りに、鎖が巻き付いた。


「ギュエエエエェェェ!」


 鎖で拘束され、さらには凄まじい圧を加えられ、ペンギンロボがけたたましい声で悲鳴をあげ、じたばたと藻掻く。


「あの馬鹿……何やってんの……」


 それを見たノアが、心底忌々しげに毒づいた。

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