08.妻に会いたいのに会えません(サイモン視点)
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自分の想いを伝えなければ……!
そう思ってはいるものの、忙しさも相まってそのまま結婚式を迎えてしまった。
こんな状況でトリシャを抱くわけにはいかない。
トリシャを愛しているからこそ、無理やり彼女を抱きたくなかった。
俺は夫婦の寝室を分けるように執事のレナルドと侍女長のマリーに伝えた。
二人は呆れていた。
「…奥様に変な勘違いをされても知りませんよ」
「だが俺はトリシャを大切にしたい」
「……その心意気だけは認めましょう。ですが、さっさと奥様へ想いを伝えればよいだけなのではありませんか?」
「それは……できれば、とっくにそうしている」
「「はぁ〜」」
俺が幼い頃からフォレスト公爵家に仕えてくれている二人。
俺の性格もよくわかっているようで、呆れつつも俺の意向を尊重してくれた。
これに関しては両親もなんとか説き伏せた。
「いいこと、サイモン。このことが良からぬ噂のもとになるかもしれないってわかってる?トリシャちゃんの気持ちもしっかり考えなさい」
母は最後まで反対していたが、トリシャの気持ちが俺に向いてくれるよう頑張ると伝えたら渋々了承してくれた。
しかし俺は見誤っていた。
仕事が忙しすぎたのだ。
俺とクリスが注力している法案を議会に通すべく、身を粉にして働かなければならなかった。
そのせいでトリシャとの時間はほぼ取れない。
クリスに恨みつらみを言っていたら、週に1度くらい帰宅できるようになった。
しかし久しぶりに見るトリシャは眩しすぎる。
眩しすぎてどのように会話をすればよいのかわからなくなるくらい。
結局、必要最低限の言葉しか交わせないのだが……トリシャが美しすぎるのがいけない。
たまに無理やり夜中に帰り、トリシャの寝顔を見て王城へ戻ることもある。
さすがにこれにはレナルドとマリーも引いていた。
自分でもちょっとどうかと思うが、会いたいものは会いたいのだ。
夜這いをしているわけではない。
これくらい許して欲しい。
「お前の奥さん、かなり優秀みたいだな。領地経営について、多くの領主がフォレスト公爵夫人へ相談を持ちかけていると聞いたぞ?」
トリシャから送られてくるメッセージカードを眺めて英気を養っていたら、クリスが突然話しかけてきた。
トリシャが領地経営を学んでいることも、お茶会で確固となる地位を築いていることも、多くの人がトリシャを頼りにしていることもレナルドから聞いている。
滅多に人を褒めないことで有名な父ですら、トリシャの優秀さを認めていた。
「トリシャは博識で聡明なんだ。さらに誰にでも手を伸べようとする慈悲深さがある。そして美しい。まるで女神だ」
「…………それ、奥さんに直接言ってやれよ。恋愛初心者でもあるまいし。一応あの女と恋仲だったんだろう?」
げんなりとした表情でクリスはソファーへと腰を掛けた。
思わぬところからレティの名前が出てきて、顔を顰める。
権力に目が眩み、悪びれることもなく、当然のように俺を捨てたレティに対して、クリスも良い感情は抱いていない。
「そうだが……あの時はトリシャが色々アドバイスをしてくれて……」
「はぁ。仕事は優秀で文句のつけようがないのに、奥さんのこととなると、とんだ腑抜けだな」
早くトリシャに伝えなければならないことくらいわかっている。
でも……受け入れてもらえなかったら?
そう思うとあと一歩が踏み出せなかった。
「表情が一切変わらない氷の貴公子……だっけ?みんなに見せてやりたいよ。お前がだらしない顔をして、奥さんをベタ褒めしてる姿を」
「うるさい!茶化しに来ただけならさっさと執務室へ戻れ」
トリシャのこととなると歯止めが効かないのだ。
トリシャの前では平常心を保とうと常に必死になって表情を取り繕っているが……。
「そういえば、あの女がまたやらかしたらしい」
またか……。
俺は大きく息を吐いた。
正直、レティへ抱いていた恋心は、トリシャの前でみっともなく泣き叫んだあの日を境にどんどん薄れていった。
レティと過ごした日々は、よき思い出へと変貌していったのだが、隣国へと渡ったレティの行動を耳にするたびにその思い出も消えてなくなっていくようだった。
そう、レティが隣国カサハールへと渡ってから、彼女の問題行動は度々耳にしていた。
レティに捨てられて荒れていた時期は、さすがにクリスも黙っていてくれたのだが……。
気持ちの整理ができたとわかった途端にクリスに言われた。
『俺、ああいう厚かましくって、何をしても許される、自分が可愛いってわかって媚び売るようなタイプ嫌いなんだよ。サイモンにはずっと黙ってたんだけど。あのままあの女と結婚されたら人選考え直さなきゃなーって思ってたとこだった』
その言葉を聞いて納得した。
俺の隣りにレティがいるとき、クリスは絶対そばに寄ってこなかったからだ。
しかし、そこまで言わなくても……と言いかけたところでクリスから聞かされたレティの隣国での振る舞い。
王族としてどころか、貴族としてもどうかと思う内容だった。
「……それで、今回は何をやらかしたんだ?」
「アマーリエと装飾が違うのはなぜだ、アマーリエばかり贔屓にされててズルい!とお茶会で大騒ぎしたらしい」
めまいがする。
もう何度目かわからない、大きなため息を吐いた。
アマーリエというのは、隣国カサハールの王太子妃だ。
王太子ハインツ殿下の寵愛を一身に受け、他国から嫁いだ妖精妃と名高いお方。
アマーリエ王太子妃は非常に聡明な方で、王妃としての資質も問題なく、すでに国が抱えていた問題を何度も解決に導いたとか。
次期王妃とたかだか第三王子の妃。
装飾や対応に差があるのは当然だろう。
「アーレス侯爵も後妻のリュリス侯爵夫人も常識人なはずなのだが……どう育てたらあんな我儘女が育つんだ?お前の奥さんも非常に優秀なのに」
「……それはわかりかねます」
「まあいい、それより問題なのはジュリアスとの関係だ」
「ジュリアス殿下?」
レティを横から掻っ攫っていった、いけすかないボンボン王子だが、今は感謝すらしている。
「さすがにあのアホも愛想を尽かしたらしい。今じゃ顔を合わせても会話すらしないとハインツが言っていた」
まぁ無理もない。
それほどレティは問題を起こしていた。
「そこで、最近あの女が妙なことを口走っていたらしい。『私を愛してくれるあの人はどうしているのかしら?』とな」
ぶわりと全身の毛が逆立った。