二十之巻:某は打って出るにござる!
「あら、ヒューイなんかと一緒にして貰いたくないわね」
そう言うとハルパリシアとやらは手を伸ばした。某ではなく、周囲の船に。
吹き上がる風に乗って蟲が!
成る程、筏船の綱は蟲に噛み切られたでござるか!
「撃てっ!」
無事な筏の上の兵達が矢を放つ。
某も胸元から手裏剣を取り出した。どわぁふの弟子についでに作らせたのである。手裏剣を投げるが、ハルパリシアは笑いながら竜巻を呼びつつ水上を後方へと移動し、飛び道具を避けつつ船を沈めていく。
くっ、遠いか。
「これは不味いな」
殿下がなぜか顔を赤らめながら言った。
ちらりと横を見ると、カチューシャが怒り顔で胸元を指さす。
はっ、胸から手裏剣は拙かったでござるか?
彼女は口をぱくぱくと動かした。
……ア・ト・デ・オ・セッ・キョ・ウ・デ・ス。
ぐぬぬ。いかん、まだ戦闘中にござる。
水の流れは穏やかであるし、水に落とされた兵士たちも丸太に掴まっている。これで溺れて死ぬという訳ではなくとも、糧食や装備は別か。
それに……。
ザバァン。
「下流から鮫が!」
川に鮫!?
いや、そういう魔物か。碌に身動きとれぬ兵が魔物に狙われてはひとたまりもあるまい。
「殿下、このまま身を護るのは至難。某は打って出るにござる!」
「だが、敵は水上を……いや、シルヴィア。君なら何とかするのだろう。任せた!」
殿下が某を信頼して下さる。心が熱い。忍びとしてはそれに応えねばなあ!
「はっ、お任せあれ!忍法、水蜘蛛の術!」
すいーっ。
「バカな!人間が水上を歩くなんて!」
ハルパリシアの驚愕の声が響く。
某は両の足裏に蓮の葉のような平たい板を取り付け、水面を滑るように進む。これぞ水蜘蛛の術!
「ええい!来るな!」
某は奴の繰り出した風の刃や蟲を手裏剣を擲って掻き消しながら、さらに前へ!
すいーっ、すいーっ。
「ハルパリシア覚悟するでござる!」
某は煌びやかな装飾の懐剣を抜き放つ。
その剣は片刃の直刀、いわゆる忍び刀の形をしており、鍛造による刃紋美しきものであった。
ハルパリシアは飛びあがり逃げようとするがもう遅い!
聖女の光を纏った某の斬擊は奴の翅を切り裂く。
「ああっ!」
ハルパリシアが水面に落下する。
ザバァン。
だが某もまた水中から跳びあがってきた鮫に襲われた。牙こそ刃で止めるも、不安定な足場で巨躯からの体当たりを受けることとなったのである。諸共に水中へと落ちた。
「シルヴィア!」
水中に落ちる直前、殿下の声は良く聞こえた。
ぶくぶくぶく……。




