アイリーンと気になる男子
翌週。夏休みを控え今学期最後の試験だ。座学のテストが終わり、いよいよ実技だ。
まずは生徒同士で何回か対戦をし、最後に教官と対戦をする。
二回の対戦を終え、成績は二勝。生徒との対戦は残り一回だ。相手は誰だ?
「アイリーン! 今日こそ負けないわ! 勝負よ!」
「ああ、いい勝負をしよう。」
この女は見覚えがある。私が昼休みや放課後に稽古をしていると、いつも私を睨みながら稽古をしている女だ。豪奢な金髪、白く透き通るような肌。大抵の男はこんな女が好きなのだろう。
「始め!」
『氷弾』
対戦方法はローランド王国全土に共通の魔法対戦ルール。ある程度離れたところにある二つの円にそれぞれが入り、相手を円外に出せば勝ちだ。このルールでは私の槍は攻撃の役に立たないが、それでも同級生に負けたことはない。
相手が撃ってきた数発の氷弾を私は槍で打ち落とした。
『氷散弾』
『水壁』
さすがに数百発も撃ってこられると打ち落とせない。素直に水壁で防御をした。こんなに激しい攻撃をする同級生がいたとはな……
『氷球』
ほう……これは大きい。槍では打ち落とせないか……『氷球』
「まだまだぁ!」『氷弾』
「無駄だ。」
数発の氷弾など、槍で容易く打ち落とせる。魔力を節約することも強者の条件だからな。
しかし、その時……
私の足元がぬかるみ、校庭に沈み込んだ。
「なっ!?」
『氷塊弾』
特大の氷の塊が恐るべき速さで向かってくる。しかし正面から撃たれたのだ。迎え撃つのは難しくない!『水球』
その瞬間、私の体は、背後から強く押されて、円外に手を付いてしまった……
「勝負あり! 勝者アレクサンドル!」
負けた……私が……
「アイリーン……やっと……あなたに勝ったわ……」
そう言って金髪女、アレクサンドルは倒れた。教官は慌ててアレクサンドルを医務室に運んでいった……
私が……負けた……
それからの記憶は朧気だ。教官と対戦して褒められたような気はするが。そして放課後、気になったので医務室へ行ってみた。あいつはいるだろうか。
「邪魔をする。アレクサンドルはいるか?」
「あらアイシャブレさん? アレクサンドルさんなら寝てるわよ。多少の怪我と少しキツめの魔力枯渇ね。限界を無視して上級魔法を連発したみたいね。オマケに防御も無視して攻撃したみたいよ? 無茶するわね」
「そうか。なら出直して来る。」
「起きたらあなたが来たことは伝えておくわ」
限界を超えて……
そこまで私に勝ちたかったと言うのか?
見たところ上級貴族、しかもアレクサンドル家と言えば王都の四大貴族、建国以来の名門ではないか? 私でも知ってるぞ。
確かに先ほど感じた魔力は並ではなかったが……私の攻撃魔法を防御もせず、ひたすら攻撃だけに専念して……なんて奴だ。
負けてしまったものは仕方ない。今から特訓だ。奴が寝ている間にも私は成長してみせる!
その夜、アレクサンドルは医務室にいなかった。もう回復したのか。それならまあいい。私のやることは差を埋めるだけだ。次の試験は夏休み後の九月末。それまでに……この差を。
そしてまた翌週。
「おはようアイリーン。またそんな汚い格好して! あなたはかわいいんだからキレイにしなさいよ!」
「ああ、アレクサンドルか。明後日ぐらいには風呂に入るし着替えるつもりだ。」
「ようやく私の名前を覚えたようね。次からはアレックスって呼んでよね。分かった?」
「ああ分かった。アレックスだな。それで体調はいいのか?」
「いいわよ。ただの魔力枯渇だしね。ちょっと高い魔力ポーションを飲んだらすぐ治ったわ。」
「お前の魔力を即座に回復させるほどの魔力ポーションか。さぞかし高いのだろうな。」
「うふふ、そうみたいね。」
何だ? いきなり顔つきが変わったぞ? 機嫌がよくなったのか?
「それより貴方の周りに変な三人組の女の子がいるわよね?」
三人組? 確か先日パーティーに誘ってきたのは四人組だったか。
「すまんな、分からない。身体的特徴を教えてくれるか?」
「……私も分からないわ……」
「で、その三人組がどうかしたのか?」
「実はね……」
事情を聞いて驚いた。なんと見下げ果てた奴らもいたものだ。
約束の場所に現れないアレックスを心配した男が寮に訪ねてきた。しかし男であるため入室はおろか取り次いでさえもらえない。女子寮だからな。下級生からアレックスが体調を崩しているらしいことを聞いた男はその下級生にポーションを二本託した。しかし、その三人組は下級生からポーションを脅しとった。そればかりかその男にまで不審者だと因縁をつけたらしい。
結局アレックスのところには一日遅れでその男の家のメイドが別のポーションを届けたらしい。それでようやく元気を取り戻したとか。許せない奴らもいたものだ。高級ポーションに目が眩んだのだろうか?
気をつけてチェックしてやりたいが、最近までアレックスの名前すら知らなかった私だ。三人組と聞いて思い当たるはずがない。
「それよりアイリーン! 今さらだけどひどいじゃない! 私の名前すら覚えてないなんて! スティード君から聞いたことすらなかったの?」
「な、なぜ、ス、スティードが出てくるのだ!」
「私もスティード君と同じクタナツ出身なんだけど……それに彼も……」
「あ、ああ、そうだったのか。アレクサンドルと言うからには王都かと思っていたぞ。」
「うちは分家だから。それよりアイリーン、もしかしてスティード君が……」
「ち、ちがう! べ、別にスティードのことなんか何とも! いや、何ともって、強いし、不屈だし、そ、その……」
私は何を焦っているんだ。そしてアレックスは何を悲しそうな顔をしているんだ。
「そう……じゃあスティード君の話をよく聞いておくといいと思うわ。特に王都に関する話をね。」
「あ、ああ。よく分からないが分かった。」
思えばスティードとは稽古以外の話をしたことはなかったか。それとも私が聞いていなかっただけだろうか。足運びだとか、脇の締まりがどうとか、そんな話ならいくらでもした記憶があるのだが。