気になるあの子は誰かに夢中
そしてまた週末。
私は朝から道場に来ている。スティードもバラドも一緒だ。クタナツ出身のスティードと王都にどんな関係があると言うんだ……
「おーし、昼にしようぜ。今日はスティードが奢ってくれるらしいぜ!」
「そうか。私まですまないな。」
「いいよいいよ。昨日はいいことがあったからさ。奢っちゃうよ!」
スティードにしては珍しくハイになっているようだ。
「おおっ? 何事だ? 言えよ。」
「ふふっ、王都から手紙が届いたんだよ。書いたのは春の終わりぐらいみたいだけどね。」
「おっ、てことは愛しのサンドラちゃんか? 『辺境一の頭脳』だったか。」
サンドラ……
「そうそう。何回か話したよね。僕とセルジュ君の大事な女性さ。」
「しかしまあ、お前らって変わってるよな。今から二夫一妻を目指すとはよ。そりゃあ前例なんていくらでもあるけどよ。」
「あはは、まあ色々あってさ。さあ食べようよ。アイリーンさんは何がいい?」
「……すまない……急用を思い出した……」
私は一体何に動揺しているのだ……しかしなぜかこの場に居たくない……スティードの顔が見れない……
これが血の気が引くというやつなのか……
気付けば見知らぬ場所に来ていた。道場は治安の悪いエリアにあるからな。道を間違えると簡単にスラムに迷い込んでしまう。
ちっ、本格的に迷ってしまったか。まあいい、まだ昼だ。夕方までに帰れればいい。頭を冷やす時間も必要だろうしな。
「よおネーちゃん。見たところスラムのお仲間みてーだが、どこのモンよ?」
「格好は小汚ぇーが顔は見覚えがねー。」
「困ってんなら助けてやるぜぇ?」
スラムの住人か。
「いらん。消えろ。」
「テメー……俺らを任侠ダミネイト一家と知ってそんな口きいてんのか?」
「ここらで生きていけなくなるぜぇ?」
「あーキレた! せっかく助けてやろうとしたのによぉ?」
「うるさい。どうせ闇ギルドの連中だろう? 文句があるならかかって来い。今の私は機嫌が悪い。」
「ほぉーお。大きな口叩きやがって。おう、お前ら!」
「おう、教育的指導が必要だなぁ?」
「明日の掲示板載ったぞテメー!?」
「待ってください!」
バラド!? なぜここに!?
「あーん?」
「何だよニーちゃん?」
「このメスガキのナイトってか!?」
「こいつ、領都のことをロクに知らないんです。勘弁してやってください!」
「バラド! お前が頭を下げるなど……!」
「黙ってろ!」
「ふん、分かりゃーいいんだよ」
「破極流のモンかよ」
「次から気ぃつけな」
「はい! ありがとうございます!」
バラド……こんな奴らに……
「行くぞアイリーン。こっちだ。」
「バラド! お前ともあろうものが! なぜあんな奴らに頭を下げる! 私などのために!」
「バカやろう。お前のためなら頭でも何でも下げるに決まってんだろ。」
「い、いや、それにしたってあんな弱そうな奴らを相手に……」
「あいつらダミネイト一家って言わなかったか?」
「ああ、そのような名前だった気がする。」
「だからだよ。ダミネイト一家ってのはな闇ギルドじゃねー。領都の裏の世界を取り仕切りはしてるが無法な真似はしてねー。行政府に指定された一応真っ当な組織なのさ。噂じゃ辺境伯家の三男、ダミアン様がバックにいるとか。」
「ふん、どうせドラ息子なのだろう。名高い辺境伯家の者がそのような組織と関わっているとは。」
「惜しい。放蕩息子って評判だ。まあともかくよ、イライラに任せて暴れるのはやめとけ。お前らしくないぜ。」
「バラド……お前は知っていたのだな。その……サンドラという子のことを……」
「むしろアイリーンが知らないことにびっくりだ。スティードの奴が何回俺らに話したと思ってるんだ。」
「全く覚えていない。そうか……」
「やっぱり、お前は女だったな。行くぜ。」
「……どこにだ?」
「いいから来いよ。もう稽古には戻らねーんだろ?」
「あ、ああ……」
そして私はバラドに手を引かれどこかへ連れて行かれた。そのように手を引かなくても……子供ではないのだぞ。しかしなぜか、奴の手が……暖かい。
「ここは何だ?」
「見ての通り道具屋だ。入るぞ。」
「らっしゃーい」
「例の櫛、入ってますか?」
「おーう、来てるよ」
「どうも。試してみますね。ほら、アイリーン。そこに座れ。」
「あ、ああ……」
「お前、また風呂に入ってないな?」
「いや、四日前に入ったぞ。」
「……まあいい。見てろよ。」
バラドは何を?
私の髪を梳かしているのか? バカかこいつ……
「汚ぇー髪しやがってよ。ちったぁ手入れしろや。キレイな顔が台無しだぜ。」
「う、うるさい……」
なぜだ……心臓がうるさい……
こいつがやっていることは私の髪を梳かしているだけ。無骨な指で、ガラにもなく、丁寧に。
「ほーら、キレイになったぜ。」
「ふん……」
髪などキレイにしたところで強くなるわけでもあるまいに。
「お前、髪に使う時間があったら稽古したいと思ってんだろ?」
「当たり前だ。」
「そんなお前でも負けたよな? アレクサンドリーネ様に。」
「アレックスを知っているのか。」
「だから何でお前が知らないんだよ。あの人のこともスティードから散々聞いただろうが。あれだけの上級貴族がなぜあそこまで強くなろうとしているのか。全然話を聞いてないな。それじゃあ勝てるモンも勝てねーぜ。」
「くっ、今度本人から聞いておく!」
「えっ!? お前、アレクサンドリーネ様と話すようになったのか? スティードの話によると名前すら覚えてないはずじゃあ?」
「仮にも私に勝った女だ。敬意を持って接するに決まっている! 名前だってきちんと覚えた!」
「そうか。それはよかった。それならお前はもっと強くなれるさ。じゃあ俺は帰るぜ。その櫛はプレゼントだ。たまには使えよ。じゃあな。」
「あ、あぁ。ありがとう……バラド……」
鏡の前、ぼんやりと自分を眺める。おかしい……
髪を梳かしただけでこんなにキレイになるはずがない。
「店主。この櫛はなんだ?」
「おいおい、見れば分かるだろ? 魔力で髪を梳かしてオマケにきれいにする王都で流行りの『魔法の櫛』さ。ツヤツヤのピッカピカ、いい彼氏を持ったな? これって高いんだぜ?」
「か、彼氏などではない!」
「ふーん、どうでもいいけど。お前らの歳でよくもまあ買えたもんだな。まいどありー」
バラド……何のつもりだ……




