かりゆしの歌
チュー アイー コウー
チューアイジョウ シー
オツー アイシージョウ
シー コウー アイ
「なに、その歌」
「うみの歌」
「え、まじ?」
「ほんとだよ」
「全然ちげーじゃん」
「でもほんとだもん」
夏休みの間、私は沖縄に来ている。
夏休みといっても、お父さんとお母さんの休みが合う一週間の間だけだけど。
昨日から三線を習ってる。
今までやる? って聞かれても、首を縦に振らなかった。だって、お母さんの方が上手なんだもん。絶対負ける。
でも、昨日から習ってる。
東京から遊びに来た男の子が、遊びで爪弾いてた三線を見て、なんか弾いてよ、って言ってきたから…
ほんとは一曲も弾けないなんて、とてもじゃないけど言えない。
練習しないと弾けないから、君が帰る前の日にね、と約束してしまったから。
あれがいい、これがいいと言っていたけど、私は私の好きな曲しか弾かない。
一曲だけ、と約束して早々に帰した。
慌ててお母さんを呼んだ。
お母さんはふーん? とニヤニヤしてた。
…ニヤニヤしないで!
「どうした、あれ」
「三線やりたいんですって」
「散々誘ってもやらなかったのに?」
「ふふっ、やりたい理由が見つかったんじゃない?」
「……まさか、あの歌、教えてないだろうな」
「まさか。まだ早いわよ。まだうみも弾けてないのに」
「そうじゃなくて」
「…ふふっ、まだ、教えてないわ」
「そうか…」
「…でも」
「え?」
「案外すぐに覚えるかも」
「まだ早いだろ」
「そう? 私はあの子の年にはもう覚えてたわ」
「マジか」
「マジか、だって。ふふっ子供みたい」
「あれ、俺だけに歌ってたんじゃないのか」
「あなただけに歌ってたわよ?」
「覚えたって」
「馬鹿ね、覚えても誰かの為に歌ったのはあなたが初めてよ」
「…それならいいけど」
「…ふふ」
「笑うなよ」
そっと寄り添い、
あなただけにしか、歌わないわ
と優しく囁く。
男の子が帰る前の日、必死に練習して何とか形になった。
手で三線の音を覚えてからじゃないと歌を教えてもらえなくて、間に合わないって頼んだけど、ダメで。
とりあえず歌えるようになったけど…お母さんの様には歌えないけど。
じゃ、歌うね、と私はすっと正座をした。
男の子は縁側で足をぶらぶらさせていたけど、私が正座をしたのを見て、まった、とサンダルを脱いで、私の前に正座した。
私は胸がどきどきしたけれど、一つ、深呼吸をして、目を瞑る。
お母さんの様に、深く、力を抜いて。
三線を爪弾いた。
上に下にと流れる旋律に、ゆっくりと、少しつかえながら歌う、うみの歌。
ゆっくりなのは、お母さんがゆっくりでいいって言ったから…ひいおばあちゃんの歌い方なんだって。
たぶん、あまりいい出来ではなかったと思う。でも歌い終わって目を開けると、男の子が目を真ん丸にしてこちらを見ていた。
終わったよ、と声をかけると、あ、ああ、と夢から覚めたみたいに目をパチパチさせた。
それからふらふらとサンダルを履いて帰っていった。
翌日、私は何となくまた三線を爪弾いていると、男の子はバタバタと走ってやってきた。
「来年も、来る?」
「うん、たぶん何もなければ」
「俺も来年も来るからさ、そしたら、また弾いてよ、三線」
「…いいけど」
「よっしゃ、あ、あと、俺だけに歌って」
「え?」
「練習はいいけど、あの、目、閉じて歌うやつ、あれ俺だけな」
「なんで?」
「いいから、約束」
「…いいけど」
「よっしゃっ! じゃ、またな!」
「うん、また来年!」
手を振りあって見送り、私はまた、三線を弾き始めた。
「おい…話が違うんだけど」
「あれ…なんでかな」
「何でかなじゃなくてだな」
「まあ、いいじゃない。子供の頃の事だし」
「子供の頃の話じゃない。お前は歌う方だから分からないかもしれないけれど、あれは…」
「まあ、いいじゃない。子供の頃の話じゃなくなっても」
「おい」
「きっと、幸せにしてくれるわよ?」
「何で分かる」
「おばあも私も幸せだもの」
ねえ、おばあ、と壁に掛かっている絵に話しかける。
旅の人が描いてくれた絵、おばあが歌って、おじいが爪弾いて。二人の若かりし頃を留め置いてくれた、かりゆしの絵。
おばあの細くゆるい歌声が、聞こえて来るようだった。
かりゆし、とは
めでたい事、縁起がいい事。
この「かりゆしの唄」に素敵なレビューを書いて下さった、斎藤秋さま、如月ちあきさま、素敵なFAを描いて下さった檸檬 絵郎さまに、感謝を込めて。
ありがとうございました。