第三話
「エインだな! 大人しくしろ! 」
リ・エルデ王国の兵士達に取り囲まれたエイン。
ガルンは突然の事で慌てふためく。
「し、 師匠! 」
「大丈夫だよガルン……ふぅん……なるほどねぇ……勇者の差し金かな? 」
エインは先日追い返した勇者の仕業だと推察する。
しかしガルンは言う。
「師匠……それは少し違います……勇者というのは言うなれば国に所属する近衛兵のような存在、 すなわち勇者に対する無礼は所属する国への反逆行為として見なされます……その罪の重さは……最悪死刑です……」
つまるところ、 あの勇者はエインの事を国にチクったのだ。
「え……そうなの? 全然知らなかった……」
想像以上に世間知らずだったエインはきょとんとした顔でそう言う。
……え……じゃあ私殺されちゃうの? 嫌なんだけど……
そう考えた途端、 エインは手を剣の柄に置く。
すると次の瞬間、 エインはガルンにも見せたあの殺気を放った。
その殺気に兵士達は腰を抜かし、 中には気絶してしまう者もいた。
「……悪いけどまだ死にたくはないんだよねぇ……こちらも抵抗させてもらうよ……」
そう言い放つエインに対し、 怯えて間合いに入れない兵士達、 するとそこに一人の女騎士が現れた。
その騎士は周りの兵士よりも明らかに立派な鎧を着ており、 美しい黄金の髪とサファイアのような瞳は凄まじい威厳を感じさせる。
「待ってくれ! 少し話を聞いてくれないか? 」
騎士は兵士達の前に出るとそう言い、 エインの警戒を解くよう説得した。
……この人達のお偉いさんかな?
話ができる相手だと悟ったエインは構えるのを止め、 話を聞くことにした。
「私の部下が大変失礼した、 腕の立つ剣士殿。 私はリ・エルデ王国所属、 バルキス騎士団団長のバルキス・ローグ・クライウムである! 」
自己紹介を聞いたガルンは驚愕する。
バルキス・ローグ・クライウム、 彼女はここリ・エルデ王国一の規模を誇るバルキス騎士団の団長である。
彼女の家系、 ローグ家は代々騎士の家系であり、 その中でもバルキスは竜の如く強靭な肉体を持って生まれた天才である。
故にその強さは勇者を覗いて王国一と言われ、 気高く、 そして慈悲深いその精神に民は皆憧れを抱いている。
そんな彼女は憧れの意を表し、 別名『黄金の剣』と呼ばれている。
「バルキス様! ? 何故騎士団の団長がここに……相当な事でなければ顔を出さないと有名な貴女様が……」
そう言うガルンを余所にエインは話を始める。
「えっと……初めまして、 私はエインと言います……ちなみにただの旅人です」
「うむ、 其方の事は既に聞いている……まずは其方に聞きたい事がある、 この村に訪れたという勇者一行を一人で撃退したというのは本当か? 」
「えぇ……まぁ……それで私は死刑に? 」
そう言うエインにバルキスは豪快に笑う。
「ハッハッハ! 案ずるな、 そうすぐに死刑になるという訳ではない……罪の有無は勇者一行の証言とこの村の者の証言、 そして其方の証言を元に厳格な裁判が行われ、 それから判決が決まるのだ。 要は我々は其方を一時的に拘束しに来ただけだ……どうだね、 一度我々と王城へ来て頂けぬか? 」
……拘束か……という事はこの村から出ていく事になっちゃうよね……
話を聞いたエインは不安そうにする村人達を見る。
アミィラ村はゴブリンの群れに襲われたばかりの村だ。
このまま離れてしまうのは不安だと感じるのは無理もないだろう。
それでエインが考え込んでいると
「師匠、 ここは一度素直に従うべきかと……」
ガルンは騎士団についていく事を勧めた。
「でもこの村の人達を放っておくのも……それにガルンの修行も……」
「俺の修行なんて後でもいくらでもできます……それにご安心を、 このガルンが師匠に変わって村をお守りいたします! 」
それを聞いたエインは
「えぇ……大丈夫? 」
割と真面目に心配そうな顔をする。
「これでも俺は戦士なんですから……少しは信用してくださいよ……」
……まぁ……どの道付いて行かないといけなさそうだし……ここはガルンに任せちゃうか……
そう考えたエインは大人しく騎士団と共に王都へ向かう事にした。
エインは犯罪者が乗る用の馬車に載せられ、 一旦武器を没収された。
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王都へ向かう途中、 馬車の中でエインは寝ていると……
「エイン殿! 」
その声と共に、 突然走る馬車にバルキスが乗り込んでエインに話し掛けてきた。
何事かとエインは飛び起きる。
「なんだぁ団長さんかぁ……走ってる馬車にいきなり飛び込んでこないでよぉ……」
「ハッハッハ! すまんすまん! 王都へ着く前に其方と少し話がしたくてな」
バルキスは気さくな態度でエインに話す。
「もしかしてわざわざあの村に来たのはその為ですか? 」
「無論! 」
……結構めちゃくちゃな団長さんだなぁ……
自分に引けを取らないバルキスの自由奔放さにそう思うエイン。
それを余所にバルキスは話を続ける。
「して、 エイン殿……其方に少し聞きたい事があってな……勇者を退けたという其方の剣術……一体誰から受け継いだモノなんだ……? 」
それを聞かれるとエインは少し懐かしむような表情になる。
「……パパから教えてもらったの……あの剣も……この技も……私というものの全ては……パパから貰った物なんだぁ……」
エインの話し方で、 彼女にとってその父親とは最も代えがたい大切なモノだという事が伝わってくる。
するとバルキスは疑問を抱いたような表情で語る。
「不思議なモノだな……勇者をも超えるまで其方を育て上げた父……そんな人間がこの世界にいるとなれば知らぬ者はいないはずだ……だが……私が生きている間で、 そのような者を見た事も聞いた事もない……ましてや其方のように勇者を退ける者なんて……」
「勇者ってそんなに強いの? 」
「勇者とはこの世界に愛され、 全てを超越する存在……私とて一人で勇者を相手にするのはかなり難しい……これまで何度も勇者に挑み、 敗れた反逆者を私は見てきた……そしたらどうだろう、 其方が現れた……こんな面白そうな人間を放っておく訳あるまいよ」
バルキスは不敵な笑みを見せる。
その様子から、 彼女はただ純粋に強者が好きなのだというのが伝わってきた。
相手が危険人物かどうかなど、 バルキスにとっては些細な事なのだろう。
……この人は悪い人じゃない……結構いい人かも……
エインはバルキスと話していてそう思った。
するとバルキスはエインに裁判について話をしてくる。
「して……エイン殿、 これから裁判となる訳だが……これがまた相当なものでなぁ……恐らく……ほぼ確定で死刑になってしまうだろう……」
「えっ! どうして? 」
「勇者には後ろ盾が大勢いる者が大半だ……事実を捻じ曲げて相手を落とし入れるなんて造作も無い……エイン殿の場合、 勇者には相当な恨みを買っただろうから……死刑は確定だろう……」
このまま……ならな……
すると続いてバルキスはエインにある提案をしてきた。
「そこでどうだろう、 エイン殿……私の養子として我が騎士団に入らぬか……? そうすれば裁判は私が何とかしてくれよう……」
「……騎士団に入るメリットは……それに団長さんの養子になる意味は……? 」
「ふむ……そうだな、 まず騎士団に入れば勇者に目を付けられずに済む……騎士団とは国を守る剣、 すなわち王族の武器でもある……そんなものに手を出せば勇者や貴族とてタダでは済まんからな……あくまでお互いの面倒を避けるために不可侵の契りを交わしているのよ……」
……なるほど……勇者に面倒事を掛けられないのはいいかも……
「そして二つ目……私の養子になれば身元も保証される……そうなれば他の国の入国も楽になる……不審者として指名手配されることも無いからな」
そしてバルキスは腕を組み、 エインを見つめる。
……私はただの旅人……あまり組織に属するのは気が進まないし……正直死刑になっても何時だって逃げ出せる自信あるし……でもそれじゃ私は悪い人のまま指名手配されちゃうしなぁ……そうなればあの村の人も……ガルンも……
エインは考えに考え、 迷った。
バルキスの提案を受け、 安全を確保するか……自分の身勝手で関係者達を危険に晒すか……
そして彼女が出した答えは……
「……分かったよ、 断っても何もいい事ないし……勇者に対する『抑止力』として騎士団に加わってあげる」
そう言うとバルキスは笑った。
「ハッハッハ! 見破られていたか! 国王が勇者に勝てる程の実力者を放っておく訳が無いからな、 当然の事だ……だが、 それ以上に……」
するとバルキスはエインに顔を近付ける。
「私は其方に興味がある……良き関係を築けそうで何よりだ……」
そしてバルキスはそれだけ言い残すとエインが乗る馬車から飛び降りて行った。
……なんだか大変な事になっちゃったなぁ……
エインはバルキスと関わった事を少し後悔した。
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しばらくしてエインは馬車に揺られ、 目的地へと着いた。
そこは対魔物兵器を装備された巨大な壁に囲われており、 武装した兵士達が常に壁の上から外を監視していた。
そしてその壁にあった門をくぐると……
「わぁ……! ! 」
活気溢れる街の人々、 エインが見たことも無い多種多様な店が並ぶ商店街……
そして遠くに見える美しい城……
何もかもが初めての体験、 彼女にとってそれは何よりも心を躍らせる。
エインは街の景色を見て目を輝かせた。
するとエインは自分が乗る馬車を操る兵士に聞く。
「ねぇねぇ! この街何て名前なの? 」
はしゃぐ子供のようなエインの態度に兵士は少し戸惑いつつも答える。
「ここは我らがリ・エルデ王国の国王陛下が住まわれる王都、 ステイロンだ」
……ステイロン……凄い……見た事も無いものばかり! これがパパが言ってた人が住む街かぁ……
そうしてエインは馬車に揺られながら街の中央に佇む王城へと向かった……
…………
王城の玉座の間……
エインは手かせをされ、 兵士達と共に連行せれて来た。
玉座には王冠を被った一人の老人が座っている。
……あの人が王様か……パパから教わった事だと……あの人に失礼が無いようにしないと面倒なことになる……だったかな……
エインは国王を見て父から教わった事を思い出す。
するとバルキスが国王の前に跪き
「ケイニス様……例の旅人を連れて参りました……」
エインを連れてきた事を報告する。
「うむ……ご苦労であった……さて……」
そしてケイニス国王はエインの方を見る。
「……はっはっは、 王如きには屈さぬと……流石は勇者を退けた旅人だ……」
しばらくエインを見つめたケイニス国王は笑いながらそう言う。
え……え? 私何か失礼な事しちゃった! ?
エインは周囲の反応を見る。
皆エインに怒りの表情を向けていた。
どうやらバルキスと同じように跪くのが正解だったようだ。
「……えっと……私は……」
どうすればいいのか分からないエインに王は
「よいよい、 突然このような場所へ連れてきたのは我々だ……無礼なのはお互い様というものよ……」
そう言いながら玉座から立ち上がり、 エインの前に立つ。
「我はこのリ・エルデ王国の王、 ケイニス・グルセイル・リ・エルデである……ケイニスとでも呼ぶといい」
「私は旅人のエイン……あ、 です」
「ふむ……エインと申すか……では旅人エインよ、 早速ではあるが……汝の力をここで見せてはくれぬか? 」
お互い自己紹介を終えるとケイニス国王は突然エインにそんな事を言ってきた。
「どうしてですか? 」
「勇者を退けたという汝の噂……誠であるか……我が目で直接確かめてみたい……」
そう言うケイニス国王にエインは少し考え込む。
パパからはあまり人に見せびらかすモノじゃないって言われてたんだけどなぁ……でも従わないと面倒な事になりそうだし……仕方ないか……適当にアレでも見せてあげよ……
するとエインは徐に手かせを見る。
次の瞬間
『バキャッ! 』
エインは軽々と手かせを左右に引きちぎったのだ。
それを見た兵士達は武器を構える。
しかし国王とバルキスは動じない……
……まぁ、 これだけじゃインパクトに欠けるかぁ……それじゃ……
まだ物足りないと感じたエインは次に剣を持つ構えを取る。
すると
「……何と……! 」
「どう? 見えるかな? 」
国王を含め、 その場の全員は確かに目にした。
何も持っていないはずのないエインの手……
しかしそこには確かに剣が握られていたのだ。
剣の持つ光沢に刃の隅々まではっきりと見える……
するとエインは槍を向ける兵士の一人に声を掛ける。
「ねぇ、 そこの兵士さん! ちょっとその槍をこっちに投げてみてくれるかな? 」
「なっ……」
兵士は動揺する。
するとケイニス国王は
「構わん……投げろ」
兵士に命令し、 槍をエインに向かって投げさせた。
そして槍は真っ直ぐエインの方へ飛んで行き、 突き刺さろうとしたその時。
「……! 」
エインは目にも留まらぬ速さで飛んでくる槍をすれすれで避け、 円を描くように見えない剣を縦に振った。
すると槍はまるで刃物で斬られたかのように縦に裂けてしまった。
それを見た全員が驚愕する。
無理も無い、 エインはあるはずのない剣で槍を斬り裂いたのだ。
「……なるほど……剣は常に汝の手にあると……」
「まぁそんなところです……これで少しは満足してもらえましたかねぇ? 」
「……うむ……ではエインよ……また後で会おう」
ケイニス国王は不敵な笑みを浮かべながらそう言うとエインに背を向ける。
「この者を牢屋へ! 」
バルキスがそう言うと兵士達はエインを取り押さえ、 玉座の間から連れ出した。
……えぇ……用が終わったら即牢屋に直行なの……?
エインは少し困惑しながらも兵士達に連れて行かれる。
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しばらく城内を歩いてエインは気付く
「……あれ……牢屋に向かうんじゃないの? 」
自分達が歩いている場所は城の上の階、 牢屋があるとすれば地下のはずが、 エインは城の上へと連れて行かれていたのだ。
気付いたエインに横を歩いていたバルキスは笑う。
「そうだ、 これから其方が行くのは牢屋ではない……」
そう言われてエインはバルキスに付いて行くととある部屋の前に止まった。
そこへ入ると……
「やぁ、 来たかエインさんにバルキス団長! 」
見覚えの無い一人の若者が待っていた。
続く……