第2話 大、胆……
「(殿方がここで侍司つまり、警備の職に就けないか舞子様に聞いてみます。それまでは、ここに隠れておいてください。食事も私のを分けますので)」
「(ありがとうございます…………)」
それから、安良子さんはまた表へ戻っていった。
紙に何かを書いている音がしてきた。
仕事中やったんかな…………?
だとしたら、申し訳ない。
「(雅道様……さん…………?、漢詩は出来ますか?)」
どうしようかと、キョロキョロしていたら、一つの冊子を持って安良子さんが顔を覗かせた。
「(あっ、全然雅道で大丈夫です。…………漢詩、全然出来ないです)」
「(分かりました。じゃあ雅道さん、この冊子で勉強しましょう。舞子様に推薦する理由が欲しいのです)」
声量はさっきまでと一緒だった。
けど、声色は落ち着いていた。
…………多分。
「(まず、読み方は——)」
安良子さんの教え方は、本当に上手かった。
舞子の目に留まった理由が分かった気がする。
正直、今の古典の先生よりも安良子さんに教えて欲しい。
…………今言ってもしょうがないんですけどね。
「(分かりましたか?)」
「(はい、何と、なく、は…………)」
唾を飲む度に、喉に激痛が走る。
上手く返事が出来ない。
さっき、走ったせいだろう。
「(す、すみません。喉が渇いてて…………)」
「(分かりました。すぐにご用意します)」
安良子さんは、表に行った。
油断したら、喉の激痛にやられそうになる。
おこがましいことは分かっているが、早く持ってきて欲しい。
「(すみません…………。お水を貯めておく樽になかったので、一旦私が飲んでいたものを)」
なら、しゃぁ…………なくないな!?
いやいや、初対面の人に間接キスをさせるか!?
しかも、異性にさ!!
この時代に間接キスの概念があるのかは知らんよ?
けど、俺の辞書にはあるんやって…………。
「(い、いえ、なら大丈夫です…………)」
安良子さんは、不思議そうに首を傾げていた。
アニメなら、頭の上に「?」が付いている。
「(私は、喉が渇いていないので、大丈夫ですよ?)」
いや、そういうことじゃないんやって…………。
「(喉が渇いているのなら、飲んだほうが良いです)」
安良子さんは、上目遣いでお椀を持ち上げた。
俺は、その状況に耐えきれなくなって、渋々受け取った。
「(ん、冷たい…………)」
さっき…………いや、現代に居たときから冷たい飲み物を飲んでいなかった俺にとって、生き返るような冷たさだった。
間接キスのことなんて、もはや、どうでも良くなる程には。
「(暑かったですよね…………。気付けず、申し訳ありませんてした…………)」
「(い、いえ…………)」
安良子さんの方を見ると、妙に意識してしまう。
返事すら、しっかり出来ない。
「(体調は大丈夫ですか?)」
安良子さんに飲み終えたお椀を渡すと、俺の額に小さな手を当ててきた。
…………近い。
「(あ、安良子さん!?)」
もはや、「知らない人に詰められてる…………」なんていう恐怖はない。
「なんでここまでするんや?」という気持ちの方が強い。
それに、こんなに異性の顔が近ければ、動揺するに決まっている。
「(よく分からないんですけど…………大丈夫そうですね)」
安良子さんがようやく離れて、ホッとしたのか、胸を撫で下ろしていた。
安良子さんを直視出来ない。
「(井戸から取ってきますね)」
そう言って、安良子さんはまた表に行った。
俺は、しばらくの間、地蔵のようにその場に硬直していた。




