薬師と土蜘蛛
妖怪の山の麓に風穴があり、一匹の土蜘蛛が棲んでいる。
病を操り蜘蛛の糸を扱う少女であった。
ある時、永遠亭の薬師が風穴まで足を運んだことがある。
人の気配を感じた土蜘蛛は、洞窟の壁に糸をかけ、逆さ吊りになって待ち構えた。見知らぬ人間が訪ねてくるのは久々だから、驚かせてやろうと思ったらしい。
薬師は驚くでもなく、風穴に入っていき、簡単に名前を言った。
八意某、地上の名前は永琳といって、竹林で薬を作っている、と。
「私は黒谷ヤマメ。薬屋さんが何の用かい? こっちは見ての通り元気にしているよ」
「公衆衛生の調査をしに来たの」
薬師に降りてくるように云われると、糸を長く伸ばして、両手を地面についたまま上目遣いをした。腰から下は糸で吊ったままで、足は地に着いていない。金色の髪をリボンでまとめ、人間の少女のなりをしているが、動きはやはり蜘蛛である。
永琳はヤマメが地面に降りたところで、ゴムの手袋をつけた手で綿棒を取り出し、鼻の奥を拭い取った。土蜘蛛は永琳の顔に向かってくしゃみを連発し、狼藉に腹を立てていた。
「はくしょん。いたた。あんたに病を移してやろうかね」
土蜘蛛の悪態を聞きながら、薬師は風穴を出ていった。追いかけてくる様子はない。採取した検体を後で調べたところ、多様な病原体が含まれていたという。
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話が変わって、土蜘蛛は建築作業員との縁が深い。
風穴の奥は資材の仮置き場になり、予備の縄や標識が積まれていた。
面倒見の良い性質で、風穴の近くで工事があると、作業中の妖怪たちにお結びを差し入れている。どこぞで米を入手して炊き、手に塩をつけて握った物だ。塩気がほどよく効いていて評判が良い。
今のところ、お結びを食べて病気になったという話は聞かない。
山の妖怪は総じて身体的な病に強いし、土蜘蛛は病を「操る」のであって、だれかれ構わず移すわけでもないのかもしれない。操れるなら制御もできる、とも受け取れる。
もし貴方が妖怪で、山に出入りするのなら、彼女と親しくしておくと良い。お喋りを好んでおり、出かける前に風穴に立ち寄ると、何かしらの食べ物を持たせてくれることがある。




