エンドロールは復讐とともに
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王城での結婚式から一年。私は無事に長男を出産し、初めての子育てに勤しんでいた。今はスタンピード鎮圧の報奨で伯爵になったセレスタン様の、新しいお屋敷兼お店で簡単な作業をお手伝いしつつ、この屋敷でメイド達への指導をしていた。ちなみに、伯爵ではあるが領地は頂かず、サンティレール領で使わなくなったお屋敷を頂いて気ままに暮らしている。
旦那様と奥様から「子供の首が据わったら一緒に遊びにいらっしゃい」とお許しを頂けたので、2,3ヶ月後にはお会いできそうだ。長男アリストロシュは赤ん坊ながらよく笑う子で、精霊だった頃を思い出させてくれる。どうかデリカシーのある優しい男の子に育ってほしいと願ってならない。
復興時とはまた違う忙しい日々。その日々に一つの小石が投げ込まれた。
「コレット、君にお客様だ」
「私にですか?」
誰だ?別に来客の予定は組んでいないし、奥様やフルールとのお茶会もまだ先だ。
「君のご両親を自称しているぞ。もちろんアレックス達ではない」
「はい?」
一瞬思考が冷えて固まった。私にとって両親と言えば、ある意味旦那様と奥様だ。だが復讐相手である生みの親のことを忘れたことは無い。いつしか必ず幸せになった姿を見せつけてやろうと思っていた。
セレスタン様が伯爵となったため、一応私も伯爵夫人ということになるのだが…それでも身分差の壁は越えがたく、公爵夫妻にお会いする機会も正当な動機も用意できなかった。アリストロシュとの約束を果たせないまま日々を過ごす事に慙愧の念を抱きつづけていたのだが、向こうからやってきてくれるとは。
私の様子を見たセレスタン様はなんとも複雑そうな表情のまま、溜息をついた。
「どうする?追い返すか?」
「…いえ、望むところです。私を捨てたことについていずれはっきり言ってやりたいは思っていましたから。…ただ、わざわざここまで来訪してくるとは思いませんでした。申し訳ありませんがセレスタン様にも立ち会って頂けませんか?身の危険を感じなくもないので」
「もちろんだ」
そう言って笑うセレスタン様の目は笑っていなかった。私を捨てた両親を許すつもりはないらしい。まあ流血沙汰になっても奥様が治すだろうと腹を括り、今更何を話すつもりかわからない両親が待つ応接間へと足を運んだ。
応接間では老夫婦がソファに座っていた。私を捨てた頃よりも随分老けているが、間違いなく私の元両親だ。
「お待たせいたしました」
「ああ。ん?コランティーヌの姿が無いが」
「私がコランティーヌです、カヴァリエ公爵様。ご無沙汰しております」
「何!?メ、メイドではないのか!?」
「はい、サンティレール邸のメイドには違いないです。今はコレット・シュニエと名乗っております」
どうやらイメージよりも遥かに若いままの私を見てメイドだと思ったらしい二人は、ひどく驚いていた。だがすぐに表情を切り替えたのは父親だった男のほうだ。政治の中で生きてきたこの人は、金のかからないことであればなんでも使いこなす。ある意味で貴族の見本と言える人だったことを思い出した。
「おお…まるで年月を感じさせない美しい姿だ…!だが、お前は公爵家の娘ではないか。このような辺境でメイドをやっていいはずがないだろう。さあ帰ろう、コランティーヌ」
「そうよコランティーヌ。お父さんの言う通りにしなさい」
「いや、あの、全然お話が見えてこないのですが……あと、私はコレットです。かつて名前を捨てろと言ったのはカヴァリエ公爵ですよ?」
「そんな昔の事を気にしていたのか。安心しなさい、お前の勘当は既に取り消してある。お前はこれからコランティーヌ・ド・カヴァリエとして恥じることなく過ごすことが出来るんだよ」
「誰もそんなこと頼んでませんけども……重ね重ね恐縮ですが、ご用件を伺ってもよろしいですか?」
「まあコランティーヌ……やはり怒っているのね」
あまりにも言葉が通じなくて、魔獣を相手取っているのだろうかと目眩すら覚えた。精霊相手ですらもっと円滑にコミュニケーションが出来ていたというのに…。
「カヴァリエ公爵、僕からも説明を乞う。コレットは僕の妻だ。一方的に捨てておいて後から拾い直すなどと、犬や猫と同じ扱いをされては困る」
「シュニエ伯爵!公爵家の娘に対して不敬だぞ!」
「そうです伯爵!身の程を知りなさい!親が娘を家に戻すだけで何が悪いというのですか!」
どうして私が公爵家であるという事実だけでここまで強引に物事を運ぼうとするのだろう。私の記憶にある父は、父親としてはともかく公爵家としては模範的だったはずだ。流石に不審感を覚えた私だったが、セレスタン様は鼻で笑い飛ばしていた。
「どうも来訪の理由を知られたくないみたいだから、僕から説明してやろう。……権威を取り戻したいのだろう?」
「権威…?」
「よ、余計な事を言わないで頂こう!」
露骨に狼狽したところを見るに、事実なのだろうか。だが私と権威がどう繋がるというのか。私を殺しにきた…という訳でもなし、よくわからない。
「いいや、言うね。実はコレットが元コランティーヌ・ド・カヴァリエだったことが誰かの口から漏れたらしいんだ。こちらではまだ聞かないだろうが、王都の冒険者ギルドや酒場で最近話題になっている。まあ箝口令を敷いた訳でもなく、誰もが君のことを案じてその正体を伏せてくれていたのだが、どこかで盗み聞きした噂好きがいたのだろう」
セレスタン様は伯爵になったあとも呪いのアイテム屋を続けている関係で、時々王都へも足を運んでいる。その関係で、今も王都の冒険者ギルドと教会から様々な情報も受け取っている。ある意味情報屋よりも情報通と言えるかもしれない。
「……二人がここに来たのもその噂を辿ってですか」
「……ああそうだ。お前がここにいると知って、居ても立っても居られなかった……本当に会いたかったぞ、コランティーヌ……!」
「ええ、そうよ…!出来るなら今すぐあなたを抱き締めたいわ……!」
鳥肌が止まらない。嫌悪感が胸からせり上がってくる。どうしてこんなにも笑顔が気持ち悪いのだろう。私の顔色が悪くなったのを見て取ったセレスタン様と旦那様の目がさらに鋭くなった。
「この二人がコランティーヌを求めているのは、コレットの境遇を知った王都の貴族から白い目で見られ始めているからさ。公爵家としては少々危ういほど人望を失いつつあるらしい」
「っ!!」
「どういうことです?」
セレスタン様は皮肉げに口の端を持ち上げながら、殺気の籠もった目で二人を刺し貫いた。
「コランティーヌの体質を知りながら周囲へ理解を求めることもせず、学園でトラブルが起これば公爵家の恥だと言って庇うこともせず、王都からの追放後に支援もしなかっただろう?それが民衆に知れ渡ったんだ。公爵家でありながら"魔王を人類の敵にしかねなかった愚か者"というイメージが付いてしまったんだよ。しかも、その魔王は今や人類の味方をしていて、国王と王妃も含めて恩を感じている人間も少なくないときた。おかげで夜会でも下町でも白い目で見られ、取引でも軽んじられている」
「で、でたらめを言うな!」
「そうよ!私達は何も間違ったことはしていないわ!触っただけで魔力と命を吸うような化け物を追放して何が悪いの!!」
「お、おい!?」
元母が口を滑らせた。なるほど、二人共まだ私の事を化け物だと信じているのか。二人は私がもう魔力を奪う体質ではなくなったことをまだ知らないのかもしれない。それでも政治的な優位性を取り戻すために、私を取り込みたかった訳だ。確かに一度王都から追放された娘が英雄となって公爵家へと戻れば美談に見えなくもない。だがあまりに露骨だとは思わなかったのだろうか。陛下や王妃でさえ、そういったトラブルを避ける為に私がコランティーヌであることを公表しないでいてくれたというのに。
それにしても二人とも嫌悪の表情が昔よりも鮮明だ。悪意と言い換えてもいい。魔王として完全に覚醒したことが関係しているのだろうか。私からすれば、善意にせよ悪意にせよ、受け取るに値するものではないが。
「なるほど、お二人のお考えはわかりました。どうぞお帰りください。私は公爵家に対してなんの興味も後悔も残していませんので」
「コランティーヌ!待ってくれ!数日でいい、コランティーヌとして屋敷に戻ってきてくれ!カヴァリエ家との取引を考え直す貴族や商人たちが増えてきている!跡取りとなる養子すら用意できんのだ!!このままでは晩節を汚しかねん!!」
「親不孝者!!父親の言う事が聞けないの!?」
セレスタン様の目にいよいよ危険な光が宿った頃、応接間のドアがノックされた。入ってきたのはこの屋敷のメイドだ。その胸にはこれまでにないほど泣き叫んでいる赤ん坊が抱かれていた。
「あの、お話中申し訳ありません…アリストロシュ様が急に激しく泣き出され、我々がどうあやしても泣き止まないのです。ご病気なのかと思い…」
「あらあら、どうしたのかしら?ほら、アリストロシュ。ママですよ」
私が抱き上げて額にキスした瞬間、アリストロシュは一転して今までで一番輝かしく、思わず誰もが見惚れてしまうような愛らしい笑顔を見せた。あのセレスタン様でさえ頬を赤らめて微笑むほどだが……私は逆に嫌な予感がした。この変貌ぶりに見覚えがあったからだ。
「お…おお…!もしやそれは、お前の子か!私たちの孫…なんと愛らしく気品に溢れた顔だ…!」
「本当だわ…!ほら、私があなたのお祖母ちゃんよ…!」
私の息子に触ろうとした公爵夫妻だったが、触れる前に息子がこの世の終わりを思わせるほどの大泣きを始めた。そしてなんと、驚くべきことに――
「やあーーーー!!こあいーー!!」
「え!?」
「いやああああ!!きあいーーーー!!!あっちいげーー!!」
まだ生後半年にも満たないはずのアリストロシュが、喋ったのだ。最初に喋った言葉は…私の元両親への恐怖と嫌悪の悲鳴だった。
「ふふふふ…あっはははは!!アリストロシュが喋ったぞ、コレット!!」
「え、ええ…」
「しかも最初にしゃべったのが、この二人への嫌悪とはな!!魔獣にすら笑顔を向けるというのにこれは驚きだ!!どうやらあなた方の孫にとって、あなた方は魔獣にも劣るらしいな!!」
「な…に…!?」
「そ、そんな…!」
初顔合わせのはずの初孫に全否定されたことでかなりのショックを受けたらしい二人は、まさに茫然自失といった様相だった。もはや私から言うべきことは何もあるまい。
「もうよろしいですか?息子が怖がっていますので、どうぞお引き取りください。しかしご安心を。私は素敵な夫と、愛らしい息子を得てとても幸せに暮らしているのです。もうお二人から心配されることは何一つありません。心置きなく、公爵家としての責務をお果たし下さい」
それ以上の言葉は必要なかった。今生の別れになるだろうが、惜しむ気持ちも無い。そしてあなた方に危害を加える必要すらない。娘を信じきれないまま捨てたことを精々後悔するがいい。あなた達が寂しい老後を迎えようともう私には関係ない。私はただ愛する人々に囲まれて幸せを享受するだけだ。
私の両親だった二人は、もはやそれ以降何も言うことなくトボトボと帰っていった。
――後に彼らはこの時代としてはとても長生きしたものの、後継者の確保に失敗し、数十年後にはカヴァリエ家の資産が国へ返還されることになる。それを知ったのは、コレットが老境に入ってからだった。
彼らの後ろ姿を確認したアリストロシュが、ニヤついたいい表情をしているのを見て、私の予感は確信へと変わった。アリストロシュは、どうやら生前の記憶を割としっかり残しているらしい。最も復讐に興味津々だった彼自身が、思いがけず私の復讐劇に参加する形になってしまった。あと3人出産予定だというのに、非常に困難な子育てになりそうな予感に、ちょっとだけめまいがした。
「やれやれ、やっと帰ったか。…で、アリストロシュ。お前、いつから喋れたんだ?」
「うー?」
「ごまかすな。僕はもう気付いているぞ、アリストロシュ」
「たーたー♪まーまー♪」
どうやらアリストロシュは、まだ赤ん坊であることを選んだらしい。あの愛らしい笑顔のまま、セレスタン様にかわいらしい両手を伸ばしていた。……内心ではニヤついているのかもしれないが。
「…チュベルーズが僕の正気を疑った理由がよく分かったよ。この愛らしい笑顔と、あいつのニヤついた顔が重なるのは中々きつい」
「でも約束しましたもの。あと3人、私は絶対に産みますよ?まだまだ頑張って頂きますからね、セレスタン様♪」
私は満面の笑みで胸を張った。それを見たセレスタン様は、嬉しそうにしながらも少しだけ眉を寄せ――
「…それなんだがな、コレット。そろそろ良いんじゃないかと思っているんだが」
「もしや次の子ですか?流石にもう少し待って――」
「呼び方さ。様はもういらないだろう?」
「……!」
「ほら、言って。セレスタンと」
「…は、はい…セレスタン…さん…」
「距離が開いたぞ。敬語も外せ。さあ頑張れ」
「…セ、セレスタン…がんばろ…?」
「もう一度」
「も、もういいでしょう!?もう、知らない!セレスタンのバカ!」
「ああ、僕はバカなんだ。君にだったら何を言われたって全部可愛いと思えてしまうくらいにはな」
結婚式の時よりも深く、熱いベーゼを交わしながら、私は思うのだった。
また近い内に産まれるだろう二人目の名前は"オートンシア"にしようと。
そして既に怪物の気配を匂わせるアリストロシュのブレーキ役として頑張ってもらおうと。
子育てが波乱になる予感が止まらない。それでもきっと4人の子供たちに囲まれて過ごす毎日は、これまで以上の困難と幸せをもたらしてくれるだろう。
この素敵な旦那様と、産まれ来る素晴らしい子供たちが居れば、私は悔いなく生涯を終えられるに違いない。
"雨乞いの遺灰"を失った空は、今日も良く晴れ渡っている。
私の中で完成した器までもが、新たな門出を応援してくれているような気がした。
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魔王として覚醒したコレットは、その後人間達と一度も争うことなくその生涯を終えた。
彼女が産んだ子供は4人。
長男アリストロシュは悪戯っぽく、いつも周りを引っ掻き回しながらも、本当に困ってる人は親身になって絶対に見捨てなかった。
次男イフは4人の中で最も冷静で思慮深かったが、激昂したり興奮した時は母よりもずっと魔王らしかった。
次女チュベルーズは楽しいことがあるといつもにぃっと歯を見せて笑い、しかしここぞというときは誰よりも冷静沈着で周りから頼られた。
そして長女オートンシアはいつも無表情でいながら、たまに見せる笑顔は美しく、何故か母親の事を頑なに「お姉ちゃん」と呼び続けていたという。
魔王コレット・シュニエとその伴侶セレスタン・シュニエが同じ年、同じ月に老衰で亡くなって以降、魔王が誕生したという記録は残っていない。また、4人の子供たちは国の危機の際には必ず立ち上がって危機を救ったとあるが、15歳を迎えてからは老いる様子も無いまま過ごしており、シュニエ夫妻が逝去した際に全員消息を絶っている。長男と長女だけが結婚して子を生したという文献が僅かに残っているが、誰と結婚したか、そしてその後どのような生涯を送ったかは一切不明である。
長女オートンシアが遺した日記は国家指定の図書館に寄贈されているが、その日記の最後のページにはこう記されている。
『――お姉ちゃんの心は晴れ渡っていた。幸せそうに、眠るように逝けたお姉ちゃんとその器は、とても満足してるように見えた。きっともう二度と魔王は生まれない。勇者だって生まれないで済む。これからは精霊だけがこの大地に残って、人々の営みを見守っていくことになるのだろう。だけどわたしは忘れない。私達を魔王に吸収される運命から解放してくれた、唯一無二の母であり姉であるコレットと、私の孤独を癒し続けてくれた父であり兄であるセレスタンのことを。願わくば、魔力がこの世界から無くなった後も、魔王と勇者が誕生して争いが起こりませんように』
残念なことに、勇者と魔王が居なくなった現代であっても、戦争は起こり、戦災孤児や未亡人が数多く生まれている。だが過去の魔王のように強大な存在が、天災に等しい魔法で数十万人が一瞬で死ぬような事は無くなっている。戦争を無くそうと抗う人々がいて、休戦協定を模索している現代の方が、少なくとも魔王がいた時代よりはマシだと信じたい。
もしかしたら争いの無い世の中なんてものは存在しないのかもしれない。
また魔王が生まれて世界中に悲劇を振りまくことになるかもしれない。
それでも、いやだからこそ私達は、コレットとセレスタンの物語を語り継いでいかねばならないと思っている。世界のためでなく、人を愛するために魔王となり、魔王となった後も愛することを忘れなかったコレットと、その夫であるセレスタンの物語を。それがきっと、歴史研究家となった私達の役目だと思うから。
願わくば、過去の悲劇を知った現代の人々が、少しでも平穏に暮らせますように。
著者
コラリー・シュニエ
セルジュ・フォン・サンティレール
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ありがとうございました。
毎日感想を書いてくださった方々に感謝申し上げます。




