第一波
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「勇者様!」
「あれが第一波…思ったより数が多いな」
俺は陣頭から魔獣達の進軍を見つめていた。
サンティレール領の南方より進撃してきた第一波の魔獣の数はおよそ40。流石に俺もこれほどの数を相手取ったことはないが、これでも三波の中で最も少ない数らしい。だからこそ到着が最も早かったのだろう。幸いにして飛翔型はいないようなので、空から襲われる心配はしなくていいが、それでも現在のサンティレール領に残された戦力から見れば相当な脅威と言える。
対してこちらの戦力は前線指揮官にして総指揮官を兼ねている俺を筆頭とした、派遣騎士20名、冒険者12名、予備兵力10名。うち、範囲魔法を習得している者は5名で、これは冒険者業を引退して久しい予備兵力も含まれている。冒険者の多くは、俺が冒険者業をやっていた頃に知り合った連中だから実力は確かだが、通常魔獣を1匹狩るのに必要な戦力は冒険者2名以上だ。要するに、本来なら80名は最低でも欲しいところであり、現状は第一波ですらまともに相手できる戦力ではない。敵の数がおよそ半分であってもまだ足りない。
ただし騎士たちは当時としては珍しい、銃と大砲による掃討戦を得意とする部隊であったため、冒険者達が正面からぶつかる前にかなりの数を減らせる見込みはあった。どちらも型落ちした前装式であり、連射は出来ず、精密射撃も不可能なので斉射する他ないが、それでも数が揃えば魔法に匹敵する射程と威力を発揮してくれる。
冒険者達がぶつかった後は騎士達も白兵部隊として突っ込む手はずとなっているが、冒険者や予備兵力では銃と大砲を使う技量が無いため、騎士にあまり無理をさせることも出来ない。
故に正攻法にこだわらず、どんな手を使ってでも接敵前に数を減らすしかない。
「いいか、先頭の魔獣が射程線に乗ったら攻撃開始だ。砲兵、撃ち方用意!狙え!」
敵が迫りくる南の平地には、事前の砲撃によって黒い線が引かれている。すなわち、そこが大砲の射程圏だ。大砲を構えた部隊の顔に緊張が走る。
そしてついに、魔獣達が黒い線を踏み越え――。
「斉射2連!!撃てぇ!!」
戦争の火蓋が切られた。
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戦いはサンティレール私兵軍による一方的な火力戦から始まった。魔獣どもが思いのほか密集していたのもあって、大砲7門による2連斉射だけで実に7体もの魔獣を一撃で粉砕でき、その余波で数体の魔物が戦闘不能となった。本来飛翔型の魔物を撃ち落とすのに使う炸裂弾を使用しての絨毯爆撃であり、敵の脚を遅くするためのけん制が目的だったが、想定よりも大きな被害を与えることが出来た。
「砲兵部隊、槍銃構え!」
続いて、大砲の間合いよりさらに踏み込んできた魔獣に計20門の銃口が向けられた。戦争から遠のいていた派遣騎士とはいえ、辺境の勇者により直々に鍛えられてきた彼らの動きに迷いはない。
「勇者様!射程内です!」
「一斉射!撃てぇッ!!」
20発の弾丸が最前方にいた魔獣達に襲い掛かり、地面へと倒していく。いずれも致命傷ではなかったが、後方からさらに走り迫る魔獣達に首や背中を踏み砕かれた。
この時点で戦闘可能な魔獣の数は25体弱にまで減っている。だがまだ多すぎる。やはり使うしかないかと躊躇なくとっておきのカードを切った。
「次発装填!魔道部隊、詠唱は終えているか!!」
「いつでもいけます!!」
「よし!ファイアウォール、一斉発動!!」
俺の合図により、4名の魔道士が一斉にファイアウォールを形成。だがその狙いは火あぶりでも目くらましではない。彼らの足元に埋蔵された、大量の炸裂弾だ。
わずか7門の大砲では撃ちきれないと判断した俺は、貯蔵していた30発のうち14発だけを大砲で使い、残りの16発を全て地面に埋設させておいた。そして敵がその上を走り抜けたのを確認した瞬間、ファイアウォールで着火させたのだ。
その威力は絶大だった。
轟音と共に14発の砲弾が一斉に炸裂する。まともに喰らった魔獣はもちろんのことだが、かなり遠い位置にいたはずの魔獣も炸裂弾から飛び出した小型鉄球によって体を引き裂かれ、地に倒れた。戦闘能力を残している魔獣は残り15。倒せなくはないが、これでもまだ怪我人の発生を抑えきれない。
「続けてアースウォール詠唱開始!!」
「アースウォール、行けます!!」
「放てぇ!!」
駄目押しで、アースウォールの魔法を使って前面の左右2か所に巨大な土壁を形成する。この魔法に殺傷能力はない。だが、敵の侵入経路をある程度制限することには成功した。土壁に挟まれた狭い通路を押し合いながら、怒り狂った魔獣達が迫ってくる。もはや魔獣どもの顔を目視できる距離だ。
「装填は終わっています!」
「直ちに斉射!土壁の隙間に向けて弾丸を叩きつけろ!」
一番先頭にいた数体に弾丸が直撃した。わずかに勢いが削がれたところで、俺も体内に溜まっていた光の魔力をその一点に向けて全て放出する。光を浴びた数体が消滅した。これで残りは負傷したものも含めて8体。これなら十分にやりあえる。
「砲兵、抜剣。前衛、前へ」
「やっとかよアレックス指揮官殿。慎重すぎるぜ」
「ぼやくな。お前らも騎士達にこれ以上美味しいところを持っていかせるなよ」
「へっ!こんな数じゃ物足りねぇくらいだぜ!」
ついに大型も含む魔獣達が大地を踏む振動がこちらにも伝わってきた。白兵戦経験の薄い騎士達の顔が緊張で強張り、逆に冒険者たちの顔には好戦的な笑みが浮かんだ。
「……総員、突撃!!俺に続けぇ!!」
そして俺の顔も、冒険者時代の頃の野性味を取り戻していた。
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「おかえり」
「おかえりなさいませ!ご無事ですか!?」
「ああ、大丈夫だ。軽傷者が何名かいるから、手当の手配を頼む」
旦那様は魔獣の血を浴びたまま、後方の指揮所まで戻ってきた。流石、旅の中でも魔獣を圧倒していただけあり、余裕が見られる。それでも当然と言えばその通りだが、屋敷でくつろぐつもりはないようで、鎧を着たまま紅茶を飲んでいる。迂闊に触れない私に代わり、シアが旦那様の鎧や顔を拭いていった。
「お身体の方は大丈夫ですか?」
「ああ、怪我はない。魔力も魔獣に向けて放ったから体調の方も特に問題ない。だが、光魔法はあまり使い過ぎない方が良いかもしれない」
「何故ですか?」
「コレットに回すだけの魔力を残せそうにない。シア、覚醒寸前の魔王の器は数日魔力を吸わなくても大丈夫なものなのか?」
「……わからない」
シアは珍しく、断定的な口調を取れなかった。
「今までの魔王は、器に誘導されて魔王になることに積極的だった。毎日何かしらの魔力を吸っていたから、吸ってない日があったかどうか…」
「…まずいか?」
「いざとなればわたしの魔力を分ける」
そう提案するシアに、私と旦那様は顔を強張らせた。
「大丈夫。ケーキの山を食べきるまでは死ねない」
「……ならいい。無理はするな」
それだけ言った旦那様は、紅茶を飲み切るとすぐに立ち上がった。再び前線の駐屯部隊へと戻っていくらしい。第二波は翌日の昼頃に到着する見込みらしいが、また早まるかもしれない。
「明日の朝には王都からの応援部隊がやってくるはずだ。第二波までは凌げるとは思うが……」
問題は第三波。しかもシアの見込みではドラゴンがいるはず。そうなるとやはり、手が足りない。セレスタン様の範囲魔法と、奥様の治癒術が欲しかった。
セレスタン様と奥様……間に合うだろうか……?
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