その無表情はこれまでで最も楽しげに輝いていた
--------
馬車はサンティレール領へと向かっていた。言うまでもなく、皆でシアとの最期の別れを済ませるためだ。今日の御者は本人の強い希望によりシアが務めている。実は旅の最初の方からずっとやってみたかったらしい。スタンピードの話を聞き「まずは急いで帰ろ」と張り切るシアだったが…。
「ほい、ほい、ほい、ほい」
「お、おいシア!馬が張り切り過ぎてないか!?車輪跳ねてるぞ!?」
「楽しい」
「うっぷっ!?だ、だめだ…揺れが激しすぎる…!胃がひっくり返りそうだ…!んぅぅっ!?」
「セレスタン様!?待ってください!ここじゃ駄目です!外で!外でえええ!!」
シアが手綱を握ると、何故か馬たちが必要以上に張り切ってしまい、車輪が浮き上がっては落ちるを繰り返すことになってしまう。地の精霊であるシアの力が関係しているのかもしれないと怪しんだが、本人は「才能」とドヤ顔をするばかりだった。……無表情ながら誇らしげち目が輝いていたし、馬が身体強化の魔法を受けた形跡もない。まさか本当に関係ないのだろうか?
シアは身体が小さいのであまり御者をやらせてこなかったのだが、最期までやらせない方が正解だったかもしれない。おかげで初日だけでセレスタン様が12回、私が4回、あの旦那様でさえ2回ほど気分を害する羽目になり、時間短縮できた代わりに非常に大きな代償を払うことになった。
しかも翌日になっても、何故かシアは誰よりも早起きして御者席に座り込んでおり、「そんなに急いでるならわたしにまかせて」と鼻息を鳴らしながらさらに張り切る結果となってしまった。その日の気分を害した回数は、初日のおよそ2倍へと増大している。
あと数週間で私はシアの魔力を喰らわないといけない。別れが迫っているとは思えない賑やかな帰り道だった。帰りを待つ人たちが少しでも長く一緒にいられるように、そして僅かでも多くの思い出を残せるように、私たちは帰路を急いだ。
「シ、シア!スピードを落として!セレスタン様の顔が紫に…!?うっぷ…!!」
「ち…ちくしょう…覚えてろよ、シア…うっ!」
「……オ…オレリーが見える……幻が…んぅ~~っ!?」
「超楽しい」
………大地に三人分の栄養を撒きながら、私はなんだか最近吐いてばかりいるような気がするなどと、場違いな考えを巡らせていた。
--------
「いい子たちだった。ありがと」
2週間という超短期間でサンティレール邸に到着した時、馬車を走らせた馬たちは疲れているどころかむしろ誇らしげであり、シアに頭を撫でられてひどく上機嫌に見えた。その騒々しい到着音に気付いたポーラが私たちに気付いて、出迎えてくれた。
「奥様、旦那様がお帰りになられましたよ!……へっ!?」
「本当なの!?皆、おかえりなさ…ど、どうしたのよッ!?グールにでも咬まれたの!?」
少しだけお腹が大きくなったように見える奥様も出迎えてくれたが、私達は胸を張って帰還を報告できる状態ではない。
全身が液状化したようにドロリと馬車から落ちた私たちは、全員が顔面を紫にさせており、奥様がグールウィルス感染を疑うのも無理もないほどの惨状だった。実際は全員が馬車酔いを極めていただけだったが。
「た…ただいま…み、水をくれ…セレスタンが限界だ…」
「………せ、世界が…回っ…」
「すみませ……ま、まだ魔王にはなってな……うぷっ!」
「魔王になってないってどういうこと!?い、いえ、そんなことよりポーラはコレットをお願い!貴方達はアレックスとセレスタンを運び入れてあげて!!」
ただ一人、元気にトコトコと近付いて来たシアが私たちに輝く無表情を向けながら一言。
「またやろうね」
「「「二度とさせるかあ!!」」」
その時だけは心を一つにして元気を取り戻した私たちだったが、ついに限界を迎え、全員が意識を失った。
--------
無事数時間後に意識を取り戻した私達は、まだ世界が揺れているような錯覚を味わいながらも、旅の成果について奥様に報告していた。シアはと言えば、私達が寝てる間にケーキを食べていたらしく、満足そうな無表情で鼻息をついていた。
「……そういうことだったのね。つまりシアは、自分がいずれコレットに喰われると分かってて、コレットが魔王になる道を示したのね」
「それしかなかった」
「それにしたって……」
奥様もシアの決断を否定するつもりは無いだろうが、モヤモヤとした気持ちを払うことは出来ないらしい。その奥様の様子に、シアは力無く首を横に振る。
「魔王の器は魔王の無念に呼応して目覚める。だからおねえちゃんが魔王の器を受け入れられないまま暴走して死ねば、無念で別の新しい器が目覚めるだけ。それは頭じゃなくて心の問題。そして新たに目覚めた魔王が私達を喰らうの」
憂いを帯びた瞳が私を見つめる。
「どうせなら喰われる相手は選びたい。今までの魔王は皆"世界平和のために戦う"って胸を張ってた。優しい人たちだったけど、戦う相手を常に求めていた。でも、精霊の役目を代行せずに戦おうとする限り、勇者という反存在に必ず滅ぼされる。おねえちゃんならきっと、戦わないでくれると思うから」
「………そう。あなたがそれでいいなら、それでいいわ」
「あ、あのぉ…それで、私が勇者…なのでしょうか?旦那様じゃなくて?」
非常に不安そうにしているのはポーラだ。確かに彼女は運動神経は抜群で、屋敷中の拭き掃除は実質彼女一人でも達成できるほどだ。だが戦闘経験は皆無に等しい。万が一戦闘を要求されても、ほとんど戦えないはずなのだ。そのポーラの不安そうな問いに、旦那様は特に思うところもないのか肩をすくめた。
「水の精霊曰く、俺は人間達が勝手に決めた勇者で、所詮魔王の食事に過ぎないらしいぞ。ま、妥当だな。ドラゴン落としただけだし」
「精霊が言う勇者とは、魔王の反存在。おねえちゃんは魔法が使えない代わりに、魔力と生命を操る力に特化してる。だけど魔力が全くないポーラは、おねえちゃんの力が一切通用しない。だからおねえちゃんは絶対にポーラには勝てない」
恐らくそれは魔力不足により暴走した場合、避けられない未来だ。イフは最も平和的な破滅を見せてくれたが、私がこの屋敷にいる人々に手をかけた時点でポーラは覚悟を決めていたのだから。
「全然イメージ湧かないんですけど!?」
「そんなことにはならないから、それでいい。それよりも問題は魔獣集団暴走の方。ここから南の平原に3つの波がある。たぶん、一番奥にドラゴンもいる」
「どうしてそこまでわかる?……ああ、そうかこの国の大地を守護しているからか」
「あっちこっちで暴れてるけど、全体としてはこっちにゆっくり向かってる。多分、5,6日でここに着く」
ここから東の王都まで、早馬で向かえば2日で着く。だが王都で軍を編成してからこちらに向かうことを考えると、今すぐ応援要請をしても、もしかしたら間に合わないかもしれない。でも、やれることはやらなくてはならない。
「王都へ至急応援を要請させよう。メイドたちとセレスタン、オレリーは領民を北のアードラー領へ向かって避難するよう誘導してくれ。妊婦にこんなことをさせるのは気が引けるが、手が足りない」
「おい、僕もか?僕は迎撃部隊にいた方が良いと思うが…」
「すまないが道中の領民とオレリー達を護れそうなのがお前しかいない。何人か兵をそちらに回すから、避難経路の安全確保に目途が立ち次第、こちらに合流してくれ」
確かに、北側にもクレイジーウルフが時々出現していることが確認されていたはずだ。戦力の大半をスタンピード対策に充てざるを得ない状況下、範囲攻撃と支援魔法を使えるセレスタン様でなければ、避難民の護衛は務まらないだろう。奥様は言うまでもなくヒーラーとしての起用。どうやら旦那様は冷静に、そして情を挟み過ぎることなく判断を下されているらしい。
「……悔しいが、納得するしかないな。わかった。速やかに避難を終わらせて、コレット達と合流する。そっちも手が足りないだろうからな」
「私も今は安定期に入っているから大丈夫。セレスタンと一緒にすぐ戻るわ。ああ、ついでにスタンピードが終わった後のケーキバイキングについてもパン屋と打ち合わせて来るわ。シアも最期はケーキでお腹いっぱいにしたいでしょ?山盛り用意してあげるわ」
「オレリーは神」
相変わらず無表情なのにものすごく嬉しそうなのが伝わってくるから不思議だ。
「コレットは前線には出さない。あくまで食料運搬等の後方支援に専念してもらう」
「ど、どうしてですか!?私も戦います!弓だって使えるし、魔獣の魔力と生命力を奪って――」
「自惚れるな。お前は邪魔なんだよ」
旦那様の目が、これまでにないほど冷たく、そして鋭く輝いた。殺気にも似た容赦のない目が私の心臓を刺し貫き、二の句が継げなくなる。
「お前は戦えるが、自衛に耐えうるレベルでしかない。これは狩りではないし、少人数での戦闘が主だった旅とは訳が違う。まず乱戦になる。そんな中で万が一流れ弾にでも当たれば、半端に覚醒しているお前の器が暴走しないとも限らない。そして俺にお前を護ってる暇はない。前線にいられるとお前は二重の意味で足手まといになるんだ。そうだよな、シア?」
「えっちでおげひんでへんたいなアレックスにしては冷静」
「待て、止めろ。何故このタイミングでそれを言う。トラウマになりそうなんだが…」
だがシアも旦那様の方針に賛成らしい。
「おねえちゃんは私と一緒に戦況を見守ってね。町に魔獣が入ってきた時だけ戦おう」
「シア…!?」
「でもどうしても戦いたいなら、もう一つ方法がある。今ここでわたしを喰らえばいい」
沈黙と緊迫感で、一気に空気が張り詰めた。シアは両手をゆっくりを拡げ、私の抱擁を待っているかのような仕草を取る。恐らく本当に、今すぐ魔力を捧げても構わないと思っているようだった。大事な相棒だからだろう、セレスタン様の表情が一番強張っている。
「魔王として完全に目覚めれば、もっと確実な手がある。きっと皆助かるよ」
「……それは、駄目。お別れはちゃんと、皆とパーティーをしてからにしたいから」
お別れは皆でダンスを踊って、シアがお腹いっぱいケーキを食べて、思い出話をしてからにしようと心に決めている。スタンピードが怖くて、そのささやかな夢を壊したくはなかった。
「旦那様、わがままを言って申し訳ありませんでした。旦那様の言う通りにします」
「……分かれば良い。ある意味一番重要な後方支援を任せるんだ。腐るなよ」
「はいっ!!」
「よろしい、ただちに行動を開始する。各々の役割を全うして、シアとの別れを華やかなものにするぞ!!ドラゴンキラーが治める領地が、辺境といえど魔獣の集団如きに滅ぼされるほど脆弱ではないという事を世界中に教えてやる!!」
――シアとのお別れ前に発生したスタンピード。それはまるで、私をすぐにでも魔王にしようと何者かが画策しているかのようだった。もしもこの時、シアの言う通りすぐに魔王に覚醒していれば、被害はもっと小さなものに出来ていたのかもしれない。それだけの意味が魔王の覚醒には秘められていた。
――でも私達は、それを理解した後でもこの時の決断を後悔したりはしなかった。ただ一人、領主である旦那様だけが『俺は自分の希望を通すために領地と領民に苦難を強いたのではないか』と晩年まで悔い続けていたが、それでもその決断を悔いることはあっても恥じることは一度もしなかった。領民の誰かが旦那様を非難することがあっても甘んじて受け入れ、家が焼けた者や家族を喪った者たちへの補償を惜しまなかった。
――避難勧告が襲われる数日前に行われたためか、領民たちの避難誘導は冷静かつ速やかに進めることが出来た。想定よりも順調な逃避行だったが、同時にスタンピードの第一波もシアの予測よりも早くこちらに向かってきていた。
――そして数日後、ついに第一波がサンティレール領へ到達した。それは王都からの援軍が到着する前日。私達はサンティレール領に残った私兵と、旦那様を中心とした少数精鋭で数十匹の魔獣を相手取ることとなった。
--------




