セリーと僕 side ジェラール
「ジェラール様、私……セリーヌ様から睨まれて、酷いことを言われました……」
生徒会室で忙しく仕事をしていると、隣からそんな声を掛けられた。
隣を見ると、ミリティア・ラングレルが悲しそうな顔をして僕を見ていた。
セリーに睨まれた……?
最近睡眠不足のせいか少し頭の働きを遅く感じていた僕は、彼女の言っている意味がすぐには分からなかった。
睨まれた……ってことはセリーに会ったのか……羨ましい……僕なんて全然会っていないのに。
明日は絶対に会いに行く予定だけれど、今まで忙しすぎてセリーのところへ行く時間が全くなかった。
無理にでも会いたいけれど、離せなくなりそうで躊躇するだなんて馬鹿みたいだ。
セリーが側にいないことがこんなにも辛いなんて……
明後日から2週間も学園を離れなければいけないのに、僕は大丈夫なんだろうか……。
「ジェラール様? 聞いてますか?」
「あ……あぁ……セリーに睨まれたんだよね。…………羨ましい……」
「え!?」
「あ、いや、何でもない。でもどうしてセリーが君を睨むの?」
「あの、セリーヌさんは私に『貴方のようにマナーも教養も無い男爵家の方が、ジェラール様のお側にいられるなんて思わないことね!』って言ってきたんです。私がジェラール様と仲良くしていたから嫉妬しているんだと思います」
眉を下げながら言うその言葉を聞いて、疑問に思う。
仲良く……していたか?
まあ、生徒会に来る途中に会った時は一緒に歩くこともあったな。
言動が面白い子だから笑うこともあっただろうけれど。
セリーを思い浮かべる。
もし本当に彼女が嫉妬してくれたのだとしたら、それはとてもうれしいことだ。
今まで嫉妬なんて面倒くさいものだとしか思っていなかったけれど、セリーなら嫌な気持ちが全くない。
僕と会えないことで、僕の近くにいる子を敵視してしまったのだろうか。
けれど、彼女が身分のことを言うなんて、何かの間違いじゃないかな? アレクさんがセリーは領民と分け隔てなく接していてとても仲が良いと言っていたはず。
「ジェラール様! ボーッとされてますけど大丈夫ですか?」
「あ……ああ、大丈夫」
しばらく自分の考えに没頭してしまったようだ。
「ジェラールは明後日から自領に帰るからな。それまでに処理しなければいけない生徒会の書類がたくさんあるんだ。今は特に忙しく働いているから疲れているんだろう。私が代われるものは渡せと言っているんだがな」
「え!? どれくらいお休みされるんですか?」
「確か2週間だったな? 今は生徒会が関わるような行事も無いし、緊急の書類でなければ焦る必要はない。無理はするな」
「ルカリオ様、ありがとうございます」
ルカリオ様の気遣いがありがたいと思う。
ユミレア様との関係が改善されて、随分とルカリオ様は穏やかになられた。
以前は寒々としていた生徒会室の雰囲気も随分と良くなっている。
「え~、ジェラール2週間もいないの? 何か緊急事態?」
「いや、緊急事態ではないけれど、人生に関わることかな」
「な~んか意味深だね。ねえ姉上!」
「フフフッ、確かに意味深ですわね。ジェラール様、そんな大事なときに疲れていては大変ですわよ。無理はいけませんわ」
トゥーリの問い掛けに微笑むユミレア様は本当に優しくなったと思う。
「ユミレア様もありがとうございます」
「それにしても、セリーヌさんだっけ? 身分を笠に着てミリティアにひどいこと言うなんてジェラールも付き合いを考えた方がいいよ」
「この学園内では身分関係なく誰もが自由に学べるように配慮されている。注意した方がいいかもしれないな」
「ルカリオ様、トゥーリ、セリーヌ様はそんな人ではございませんわ。とても親切な方ですのよ」
「ユミレア様は身分の高い方ですからセリーヌ様は親切だったに違いありません。だって私にはとってもひどかったんです……」
そう言ってしょんぼりと肩を落とすミリティアに苛立ちを覚える。
「わかった。多分勘違いだとは思うけれど、何か誤解されるようなことを君に言っていないか明日セリーに聞いてみるよ」
僕はミリティアの近くにいたくなくて、生徒会室を退室することにした。
今日の分の書類は殆ど終わっているし、まだやらなければいけないことがある。
生徒会室から出て歩いていると、ユミレア様が追いかけて来た。
「ジェラール様お待ちになって。セリーヌ様のこと本当に誤解だと思いますわ。恥ずかしながら、わたくしは以前セリーヌ様にミリティア様を排除しようと協力をお願いしたことがございましたの。けれど断られてしまいました。セリーヌ様はジェラール様との別れを覚悟していると、恋人のままでいられるとは考えていないと仰られましたわ。」
「……………………えっ……?」
「ですから、嫉妬からミリティア様にひどいことをする筈がありません。何かの間違いですわ」
「別れを覚悟している……?」
「ええ、ハッキリと仰られました。今回のことはきっとミリティア様の誤解ですわ。ジェラール様にそれだけ伝えたかったのです。失礼いたしました」
そう言ってユミレア様は生徒会室に戻って行った。
なんで……?
別れを覚悟している?
本当にセリーがそんなことを言ったのか?
そこまで考えて、ふと、先日彼女にしばらく会えないと言いに行ったときのことを思い出した。
セリーに将来のためにやることができたからしばらく会えないと告げたあのとき、彼女からの反応は殆どなかった。ただ分かったと頷いてその場を去って行った。振り向くこともしなかった。
あのとき僕は言いようのない不安を感じた。
セリーの中で僕はしばらく会えなくても気にならないような存在なのかと、しばらく呆然としてしまった。
僕は今取り組んでいることの結果が出るまで彼女に何も言うつもりはなかったけれど、理由も聞かれなかったことに落胆した。
彼女が僕を大好きなことは間違いない。それは彼女が何度も何度も教えてくれた。
あの表情が、あの眼差しが嘘をついているはずがない。
それなのに僕はあのとき、セリーの思いを何も感じることが出来なかった。
…………僕は信じられていなかったのか……?
先日、アレクさんが自領に帰る日に、彼から出された課題のレポートを届けるため会いに行った。
その場でアレクさんにレポートの合格をもらえた僕は、セリーの実家の伯爵領に行くことが決まった。
アレクさんにセリーのお父上との面会日を確認していたとき、彼は「セリーは……信じられるようになるかな……」とつぶやいていたが、僕のことだったのだろうか……。
僕がセリーと出会った場所は学食にあるテラスだった。
そこで友人と話していた僕は、隣の席に座り本を読んでいる女生徒に気が付いた。
彼女は本を読みながらお茶を飲んでいるようだったが、時折注ぐ水筒のお茶に湯気が立っていることに驚いた。
魔道具にしては軽そうなその水筒がどうして温度を保っているのか興味が出た僕は、友人と別れたあと彼女に話しかけた。
彼女は突然話しかけた僕に驚いたようだったが、水筒について質問すると自領で売り出し中の真空ボトルなのだと嬉しそうに答えてくれた。空気を抜くことで断熱しているのだと熱く語る彼女はとても生き生きとしていた。
それから僕はセリーを見かけると話しかけるようになった。
彼女は自領で農業改革をした経験があるようで、領地経営に興味があった僕は彼女の話を聞くのが面白かった。
彼女の実家は急速に経済発展してきたと話題の伯爵領であり、その成功例は本当に興味深かった。
セリーと話をしていく中で、僕は彼女の人柄にも好意を持つようになった。
だから、彼女から付き合ってほしいと言われたときは二つ返事で了承した。
それは次に付き合うのは自分にしてほしいと、僕にしつこく言い寄っていた同学年の伯爵令嬢のことを全く思い出さないほどだった。
付き合ってからのセリーもとても可愛くて、僕はいつも幸せな気持ちになった。
最近では彼女は僕のことを何度も好きだと言ってくれるようになって、僕はとても嬉しくて彼女が愛しくて仕方がなかった。
セリーがいれば、それだけで充分だと思える自分に驚いた。
僕も自分の気持ちをいつも彼女に伝えてきたつもりだったのに、その気持ちが届いていなかったのだろうか。
今まで何人もの女性と付き合ってきた僕は信用されていないのだろうか。
彼女は僕を信じていない……?




