アレク、ありがとう
「よう! 明日帰るから会いに来たぞ」
女子寮の面会室で私と対面したアレクは陽気に言った。
よりにもよってこの面会室ね。
先日ヒロインと話した部屋だった。
あれから私はジェルをヒロインに取られたくない思いと、悪役令嬢にされてしまうのではという恐怖とで夜も寝付けなくなてしまった。
「アレクに相談があるの……」
ちらりとマルチーヌさんを見ると、彼女は気を利かせて面会室を出て行ってくれた。
「で? 相談ってなんだよ」
私はソファに対面に座りながら、徐に口を開く。
「私……悪役令嬢になってしまうかもしれない……」
とにかく自分の不安な気持ちを吐き出してしまいたかった。
先日彼にはゲームの説明をした。
アレクは私がメモに書きながら説明したゲームのストーリや登場人物、これから起こるイベントや断罪シーンなどを必死に理解してくれた。
アレクには感謝しかないわ。
今、誰かに相談できることが有り難かった。
ここ数日、一人で悶々と考え続けた私は精神力をゴリゴリと削られていた。
「私から嫌がらせを受けたと言いふらすって。ヒロインも転生者だったの」
アレクにヒロインと言い争いをしてしまったことを話す。
「ヒロインにもゲームの知識があるのか?」
「そうよ。前にユミレア様に助言したって言ったでしょう? それでルカリオ様やトゥーリ様とユミレア様の関係が良好らしくて、ゲームと違うからおかしいと思っていたみたいなの」
ヒロインが言っていた攻略対象者二人の変化を話すとアレクはメモ帳を取り出した。ゲームの説明に使ったそのメモ帳に今回の攻略対象者と悪役令嬢との関係の変化など新たな情報を書き付けていく。
ヒロインの情報欄に『転生者』と記入しているのを見ながら、私は何故自分が転生者とバレたのか説明した。
アレクは嘆息して頬杖をついた。
「なあ、ヒロインがお前を悪役令嬢に仕立て上げようとしたらできるのか?」
「ジェルと話しているのを見たことがあるけれど、もうすでに仲が良さそうだったわ。ヒロイン本人もジェルといい関係を築いているって言っていたから、私から嫌がらせを受けていると言えばジェルは信じるかもしれない」
言いながら私は少し笑ってしまった。
この面会室でヒロインと対峙したときジェルを取られたくないと思った。
けれど、フラれる予定の私がどうしてヒロインと戦えるというのか。
ヒロインは転生者ではあるけれど物語を壊さない言動をしているだろう。
ジェルが恋に落ちるヒロインとジェルにフラれる私。
どちらを信じるかなんて明らかだ。
「……お前さ、もうちょっとジェラールを信じてやれよ。あいつはそんなにお前を不安にさせる言動をしてきたのか? ゲームを思い出さなかったらお前はジェラールとどんな関係だったと思うんだ?」
「ゲームを思い出さなかったら……」
きっと私はジェルが私のことを好きだと疑わなかった。前に何人の令嬢と付き合っていようと、今は私を好きでいてくれると信じていた。
ヒロインと話していたときだって、すぐに私の方に来てくれた。振り向いて手を振ってくれた。
大好きだよって何度も言ってくれた。
「ジェルは私を好きだと信じていたと思う。ゲームを思い出す前の私は自分がジェルの特別かもしれないと思っていたわ。今までのご令嬢たちとは違うのではないかと期待してた。……だけど……」
「だけどなんだよ」
「ゲームのことを思い出したとき、やっぱりねって思ったの。やっぱり私じゃジェルの側にずっといることはできないのねって」
結局私は他のご令嬢たちと同じだったんだと思った。
ジェルと付き合えたこと自体が奇跡で、奇跡は長く続かないものだと。
私の言葉を聞いて、アレクは声を荒げた。
「なんでそんなに自信が無いんだよ! お前はお前自身を見縊りすぎだ! 顔とかそんな表面的なもんでお前の価値をお前が下げるな!」
アレクは私を見据え、私に言い聞かせるように語り出した。
「お前はうちの領の農業を改革しただろうが! いくら前世の記憶を持っていたとしても10歳の子供ができることじゃない! あのときはこの世界とは違う世界の記憶があると言うお前に誰もが困惑し、誰もお前に協力しなかった。実際俺も信じられなかったし、お前の頭がおかしくなったと思った。それなのにお前は農地を豊かにしようと堆肥や肥料を作りだしたんだ。領地を富ませたのはお前だ! 領民たちだってお前に感謝している!」
「あれは! 私ひとりじゃないわ。ルキアも協力してくれたからできたことよ」
ルキアというのはアルヴェーヌ伯爵領に唯一いる魔法使いである。
幼いころから一緒に遊んでいた一つ年下の幼馴染であり、屋敷で働く庭師の一人息子だ。
「そうだ。お前が堆肥づくりに協力させたことで、ルキアは魔法の制御がうまくなっていった。お前はあのとき、孤独だったルキアも救ったんだ」
そう言い募るアレクに、私は当時のことを思い出していた。
当時のルキアは魔法の力が目覚めたばかりで、魔力の制御がうまくいかず魔力暴走を起こすようになっていた。
急に魔法使いとなってしまった彼は、周囲からは遠巻きにされ両親からも疎遠にされていた。
厄介なことに魔法使いは自力で魔力制御を習得するしか術がないのだという。
ルキアは特に土属性が強かったため魔力暴走により土地がかき混ざり、我が家の庭の一角は壊滅的な状態になっていた。
うちの屋敷で暮らしていたルキアはとうとう農家の休耕地にある小屋に移ることになってしまい、私は毎日遊んでいた幼馴染がいなくなったことで、寂しい日々を送っていた。
そんな中、前世で実家が有機農業を営んでいたことを思い出した私は、農地を富ませるために堆肥づくりをすることにした。
ルキアがいる小屋の近くに農地を借り、落ち葉や生ごみを大量に貰っては畑に撒いてルキアに魔法でかき混ぜてもらい堆肥や肥料を作っていた。
ルキアは何度も土を大量にかき混ぜたことで魔力操作が格段にうまくなったし、肥料を作ることを通して周囲とも打ち解けた。
その過程でルキアの魔力暴走が治まったのは僥倖だったが、私がルキアを救ったわけではない。
「ルキアは自分で周囲の人たちと仲良くなっていったのよ。結局あのときはたくさんの領民に協力してもらうことになって、落ち葉や搾りカスなんかをたくさん集めてきてもらったでしょう。それを大量の堆肥に変えるためにルキアは頑張っていたんだもの。みんながルキアを認めるのは当たり前のことよ」
「そうだな。だけどきっかけはお前が作ったんだ。当時9歳だったルキアには魔力暴走を繰り返す自分をどうすることも出来なかった。魔法使いは故郷を離れる者が多いと聞く。きっとルキアのように幼少期に周囲から孤立してしまい、良い思い出が少ないからだろう。ルキアが今も王家や他領の誘いにも乗らず、伯爵領に留まってくれているのはお前がいたからだ」
今や魔力制御が完璧なルキアには方々からお声がかかる。
けれどそれを断る彼は、この領が好きだからと笑ってくれる。
「全部お前がやり遂げたことだ。俺はお前より6歳も年上だったのに領地に対して何もしてこなかった。ただ学園で自分が好きな魔道具の勉強を安穏としていただけだ。俺はお前が羨ましいと思った。領のために一所懸命になれるお前が。だから卒業して領地に戻り、お前から魔道農具をつくりたいと言われたときは二つ返事で了承した。俺にも領のために何かできると思ったから」
アレクは一旦言葉を切り、真剣な顔で私を見つめた。
「全部お前なんだよ。お前がきっかけなんだ。お前には人を動かすだけの力がある。それだけの価値があるんだ」
「アレク……」
私はアレクを見た。
いつも飄々と物事をこなしていると思っていた。
そんなアレクが私の為に一所懸命に言葉を紡いでくれている。
私の価値を私に信じさせようとしてくれている。
うれしいな……
私の価値を認めてくれている人がいる。
今までの私は、そんなことに気付けなかった。
「ありがとう、アレク……」
私は精一杯に、笑った。




