極めて小規模な文学(お題:文字/著者:ゆりいか)
僕のクラスにいる藤宮さんは言葉を話すことが出来ない。心因性のものらしい。
コミュニケーションには困っているみたいだ。誤って、現国の授業で教科書を読ませられそうになるとか。
一応、文字でのコミュニケーションは出来るので、僕たちは特に問題なくお話をしたりする。
「今日も愚痴を聞いていたの?」
藤宮さんは話すことが出来ないから、色んな人の愚痴を聞くことが多い。
なぜかって? 藤宮さんが愚痴の内容を話すことが無いからだ。いや、出来ないから。
『うん、みんな色々抱えてるみたいだし。私で良ければ全然』
いつも持ち歩いているクロッキー帳に文字が書き込まれていく。とても美しい文字。
無責任な愚痴に対して、藤宮さんは諦観を決め込んでいると言うか。人柄がいいから道具として使われてるんだ。
ストレスのはけ口として藤宮さんを使うのは、僕としてはあまりよろしい気持ちにはなれない。
『愚痴ってやっぱり溜め込んでもいけないし。それに、人の話を聞くのは好きなんだ』
イエスかノーかなんて、彼女はそれすら言うことは出来ない。だから、遠慮なく話せる。
相槌を打って人の話を聞き続けることが、どれだけ億劫なんだろうと邪推してしまう。
「藤宮さんはとっても字が綺麗だよね」
書道でも全国レベルの腕を持っている。彼女の才能の1つだ。
「字はその人の心の綺麗さを表すらしいね。僕は藤宮さんはとっても優しい人だと思うよ」
『そんなことないよ。でも、ありがとうね』
ニコリと笑う藤宮さんの顔は枝垂れ桜のように綺麗だ。
柔和な笑顔はとても自然で、藤宮さんはやっぱり優しい人なんだと確信する。
「もし、言葉が話せることになったら。藤宮さんはもう愚痴を聞いたりしないのかな?」
『……分からない。それでも、聞いてほしいのなら、私は構わないよ』
内緒にするのが前提で藤宮さんは愚痴を聞いている。もし話せるようになったら……口封じをされるのかも。
それでもなお、藤宮さんが愚痴を聞こうと思うのは、きっと心の傷の痛さを知ってるからなんだと思う。
痛みを知ってるから、とっても優しいんだろう。
「藤宮さんの文字が見れなくなったら、それはちょっと寂しいかも」
『私にとって文字は便利な道具だと思ってる。こうやって書き続けると、まるで私はちょっとしたエッセイを書いている気分になれるのよ』
言葉が話せない藤宮さんにとって、美しい文字が人生を紡ぐただ1つの道具かもしれない。
人の話を聞いて自分の世界を膨らまし、それを綴っていく。
藤宮さんは極めて小規模な文学を描きながら、この世界で生きているんだと僕は思った。




