第3地区
なんと気付けば2年ぶりの投稿
第3地区は朝も早いとはいえども、それなりの活気に溢れている。
地下界への入り口の一つである『死者の門』と、その周囲を取り囲むようにできた屋台や露店を目当てに、あちらこちらで人の影が蠢いている。その日の探索で使う消耗品や、この時間でしか手に入らないような貴重品を求めて、探索者達は眠い目を半開きにしながら第3地区を彷徨い歩くのだ。
「おかしいなあ、こんなところに道なんてあったかな?」
記憶に無い横道を見つけ、足を止める。露店も人通りもなく、不自然にがらんどうとなっている横道は、ウラルの興味を引くには充分だった。
寄り道をしていくかどうか一瞬だけ悩み、人混みを離れるリスクを考えて、ウラルは回れ右をして元の道を歩き始めた。人がいないということは、そこには何かがあるのだ。そのことを、ウラルは地下界探索で痛いほど理解していた。
第3地区をぐるりと回り、食料やら消耗品やらを買い漁る。目新しい機巧品を見掛けては、ついつい足を止めて眺めてしまう。小さい頃から歯車やらぜんまい仕掛けには興味があったし、それらがギリギリと音を立てながら動く様は何回見ても飽きないものだった。
結局この日は、ぜんまいを巻いてしばらくすると、「カチッ」と音がなる機巧品を魔晶石よりも安い値段で購入していた。
時たま「カチッ」という音を鳴らしながら、ウラルは第3地区の中心部――『死者の門』の付近までやってきた。クランのメンバーの一部と共に地下界の探索に行くことは、もはや日課となりつつある。
毎朝同じ場所で露店を出しているパン屋さんで朝食を買い、食べながら残りのメンバーの到着を待つ。
約束の時間になり、5分が過ぎ、10分が過ぎた。「カチッ」という音が20回を超えたあたりで、突如ウラルの眼の前の空間が歪み――
「申し訳ない、ウラル。ちょっと寄り道をしてしまいましてね」
「ごめーん、フランシス待ってたら遅くなっちゃった」
――二人の男女がにゅるりと現れた。
黒い服に黒い帽子、更には細長い杖を持っている、長身痩せ型の男、フランシスと、茶色い髪に茶色の瞳、飾り気の少ないワンピースと、不釣り合いなくらいに大きい鞄の少女、ヘーゼルだ。
突拍子もない登場の仕方に唖然とするウラル。一方で、何事もなかったかのように乱れた服を整えるフランシスとヘーゼル。
「・・・お、遅かったじゃないか」
ようやく出た声がそれである。恐らくフランシスの魔法であろう空間転移だが、一体どれほど魔法を極めればそのような人間離れしたことが可能なのか、皆目見当もつかない。
「買い物をしていたら、あなたの好きそうな物を見つけましてね」
これです。と言ってフランシスがポケットから取り出した物は、ぜんまいの巻き取りネジが一つ付いた、何の変哲も無いブリキの箱だった。
「このネジを巻いてしばらくすると・・・」
ジジジジ・・・と内部で歯車の回る音がして、「カチッ」という音がした。
「「おおっ!」」
静かに見守っていたヘーゼルと共に感嘆の声を上げた。
この手の機巧品は、やはり何度見ても飽きが来ない。
「あなたに差し上げますよ」
「いいの?フランシス、ありがとう!」
二人が遅れたことなどすっかり忘れながら、機巧品を鞄の奥底にしまいこんだ。もう一つ同じものを買っていたことは黙っていよう。
「そういえば、ジャックとひーは?」
ようやく落ち着きを取り戻し、普段なら一緒にいるはずのメンバーが見当たらないことに気が付く。
「ひーさんはマスターからの依頼で、今日は来られないみたいですね」
「ジャックはギルドの会合に連れて行かれちゃったー」
ヘーゼルが心底つまらなさそうな顔でそう言った。ジャックとヘーゼルは仲の良い双子の姉妹で、二人ともウラルより小さく見えるのに医術師ギルドの上位にいる凄腕の持ち主だ。
ひー、という人物については未だによく分からないままでいた。多分本当の名前は他にあって、事情があって隠しているとか、そんな感じだと思う。
ここではそういうことは珍しくも何とも無い。脛に傷のある者が何回も名前を変えることなど日常茶飯事であるし、そもそも自分の名前を持って産まれてくること自体が稀なのだ――。
「そうなんだ。それじゃあ、今日は3人で探索だね」
「そうなりますね、よろしくお願いします」
「ウラルちゃんよろしくー」
その後、戦闘時の動きを打ち合わせて、3人組のパーティーは『死者の門』を潜っていった。