東風谷の好きだった人。
杏梨達が無事帰された日の翌日、十月の土曜日。杏梨の好きな芸能人の出るバラエティ番組を予約をしようとしたところに、友実からLINEが送られてきた。
『東雲公園に今日の朝八時集合!』
久しぶりの友実からの号令に、杏梨は予約を兄に任せきって外へ飛び出した。おろしたばかりのブーツが擦れるが、そんなことお構いなしに、杏梨は自転車に飛び乗って漕ぎ始める。
(友実ちゃん、あの後、どうしたんだろう……)
自転車を漕ぎながら、杏梨は考えた。
彼女には、「東風谷好き疑惑」が浮上している。一井昭喜に激怒して殴りかかった彼女は、東風谷のことを思って殴ったらしいと噂されているからだ。
東風谷のことを好きだと言い、更に東風谷と共に行方不明になり、翌日東風谷と共に復帰してきた杏梨を、友実はどう思っているだろうと、杏梨は不安に思っていた。
やっと東雲公園に着くと、既に東雲公園にはいつものメンバーが揃っていた。
友実、咲希、里桜、雅也、雅樹。そして、その他の男子、女子。
そして、杏梨が恋してやまない東風谷である。
「おはよう、皆。急に集合なんかして、どうした……の?」
自転車から降りた杏梨は、皆の視線が自分に集まっていることに違和感を覚えた。
「杏梨っ、何で昨日、東風谷と一緒に行方不明になっちゃったのよ、このこの!」
咲希が開始早々叫ぶ。続いて、後ろにいた男女が次々に「そうだよ」「東風谷と駆け落ちか!? 杏梨!」とはやし立てる。杏梨が東風谷をチラリと見ると、東風谷も体を縮こませて、居心地悪そうにしていた。
「それは、色々ありましてね」
杏梨が皆を抑えると、急に今まで黙っていた友実が、杏梨を一瞬睨みつけた。一瞬杏梨がビビると、友実はフッと笑い、こう言った。
「色々を、包み隠さず、しっかり、教えてもらうからね? 杏梨と東風谷が同時に休んだときに、私達がどれだけ不安に思ったか、分かるよね?」
不安を煽るような言い方だったが、杏梨は自分が心配されていたことに感動し、一瞬目がうるんだ。
「えっとね、あのね……」
そこで杏梨は、自分と東風谷に起こった出来事を全て話した。
夏帆と行った後の話、一井昭喜が自分達を殺そうとした話、東風谷が自分の母親の手によって壊れかけたのを杏梨が救った話など。それを皆が興味津津に聞いてくれたから、杏梨は妙に気恥かしかった。
「杏梨、そんなことがあったんだね……」
話を聞き終わった友実が、心配そうに杏梨を……正確には杏梨の後ろにいる東風谷を見ているようだったが……杏梨を見つめる。
「マジか。……東風谷も、大変だったんだな」
そう言ったのは、篠塚透だ。上原兄弟とはつかず離れずの関係を保っている少年で、実は友実が好きだという。杏梨は、篠塚透からそのような話を聞いたことがあるのだ。
「そうだよ、大変だったんだからね?」
東風谷が口を開く。友実は満足そうな笑みを浮かべる。
そんな顔をされて、杏梨は気付かずにはいられなかった。
(あぁ、友実ちゃん、東風谷のこと、好きだったんだな。……多分、私よりずっと前から)
彼女と私はライバルだ。杏梨は、その事実が申し訳なく思えてくる。
(ごめんね。友実ちゃん、私、友実ちゃんの気持ちに気付かなくって、告白までして、それでべたべたくっつくような真似をして……)
自分だけが、東風谷のことを想っているようなフリをして。東風谷のことを本当に大切に想っている人のことを、知らんぷりしていた。
その事実が、とんでもなく痛い。
「あ、そういえば、今日のニュースで、大阪府貝塚市で二人の大人が誘拐で逮捕されたって報道されてたよ?」
いきなり、咲希が口にする。皆が一斉に咲希の方を向く。
「マジで!?」
友実がスマホを取り出し、超高速でタップし、ネットニュースを開いた。
『小学生と中学生を誘拐した男女二人を逮捕。手伝いもあった様子か』
東風谷が目を見開く。杏梨はチラッと東風谷を見やる。親がこんな風に逮捕されて報道されては、東風谷にも何か思うことがあるのだろう。
「東風谷のお母さん、逮捕されちゃったんだ……」
透が神妙な面持ちで言う。
「この人達にも、家族がいたんでしょう? 風真君……だっけ」
(天然少女里桜ちゃん……。天然は時に人を傷付けるんだよ……)
杏梨は、遠まわしに東風谷を傷付けた里桜に、心の中で注意する。
「……大丈夫だよ、東風谷」
杏梨はそっと背中を撫でる。友実もスマホを切り、バッグにしまった。
「……うん、ありがとう」
杏梨はその言葉に、愁いのこもった笑みを見せた。
あの日、家族写真を見せられた時に見せた東風谷の表情は、とても見ていられるものではなかった。この世の悲しみと失望が詰め合わさったような、そんな表情が不意に杏梨の脳裏に蘇ってきて、思わず愁いのこもった笑みを向けることになってしまったのだ。
またも起こった沈黙を破ったのは、意外にも上原兄弟だった。
「そ、そんなことより、皆さん、鬼ごっこしませんか!?」
「鬼ごっこ、楽しいですよ! 心も温まりますよ!」
上原兄弟の活気に、皆は動き出した。
「……そうだね、鬼ごっこしようよ!」
「うん、楽しそうだね! やろうよ、ねぇ、皆!」
続いては上原兄弟と両想いの里桜と咲希が、皆に呼びかける。
そして、鬼ごっこをスタートしようと、皆がベンチに座ってじゃんけんを始めた。
「最初はグー! じゃんけんっポンッ!」
こんな大人数じゃあ、そう簡単には決まらないだろう、という杏梨の考えは甘かった。
杏梨と東風谷以外が、全員パーを出し、杏梨と東風谷の二人はグーを出したのだ。
「うぉっ」
「ふぁっ!?」
打ち合わせでもしていたかのように、皆がパーを出したので、逆に杏梨と東風谷が面くらってしまう。
「わっ、二人とも鬼!?」
「神様の悪戯だよ、これぞ!」
皆が恋愛脳の力だ、と騒ぎ立てる中、友実だけがただ一人、無言で自分の手を見つめていた。
それを杏梨は見逃さず、心の中で謝罪した。
(わっ、ごめんなさい! 友実ちゃん!)
友実は、しばらくしていつもの明るい笑顔を取り戻すと、「よし! 皆解散!」と言いダッシュで向こうへ消えていった。
杏梨達が目をつぶって十秒数えている間に、皆が消え去っていた。
「よし、追いかけようか!」
「応!」
杏梨の呼びかけに、東風谷は答えて、公園全体を見渡した。
と。
「えっ」
東風谷が、呟いた。
また何かがあったのかと思い、杏梨はしょうがないなぁ、と思いながらも、公園を見渡す。
(また一井昭喜がいたのか? あいつマジで殺す)
そんな物騒なことを思いながら辺りを見渡すと、入口付近に、男性と手を繋いだ女の子を見かけた。
その女の子は、随分と東風谷の母親に似ている。杏梨はまたもピン、と来た。
(あ、なぁんだ。もう、びっくりさせないでよ、東風谷! あの女の子がお母さんと似ているからって、そんな寂しそうな顔しちゃって! 前を向こうぜ! 後ろに夢はない!)
杏梨が東風谷の背中をぽん、と叩こうとすると、女の子がこちらを向いた。
東風谷と目が合うと、その女の子はにっこりと笑い、手を振った。
「……あ、東風谷、手を振ってくれたよ、知り合い?」
杏梨はその女の子と同じようににっこりと笑いながら、そう言う。女の子は東風谷の元へと走っていく。
「……知り合いじゃない」
「え?」
じゃあまさか知らない人なの? と杏梨が尋ねる一秒前に、東風谷が寂しそうに言った。
「篠塚彩子。俺の、初恋の人」




