車が着いた場所。
金曜日、更新を忘れておりました。すいませんでした。
それに、文字数が少ない。本当にすみませんが、サクッと読んでいただければ幸いです。
あんなこと言うんじゃなかった。
杏梨はただひたすらそう思った。
「…………」
自分の発言を急に恥ずかしがる杏梨を、東風谷はきょとんとした表情で見つめている。先ほど、ナイフを自分の首筋に突き付けていた東風谷は、もうどこにもいない。
「……い、いやっ、さっきのはね、ほら、アニメとか漫画とかでよくあるじゃん? 何かそんな雰囲気だったから言っちゃったんだけどさ? ……っていったぁ!?」
そこで杏梨はやっと気付く。自分の手にはしっかりと、刃物が握られているのだ。しかも刺す部分。
恥ずかしさで思わず拳を握りしめたのが悪かった。杏梨の手には血が滲んでいたのだ。
そこで東風谷もきょとんした表情から慌てて驚いたような表情になる。
「わわっ杏梨、大丈夫?」
「うん、私は大丈夫だけど……。東風谷は、いっ今の話……」
(うわぁ……。東風谷の元ご両親、笑い堪えてる……。そりゃあそうだよなぁ、アニメ漫画顔負けのツンデレだったもんなぁ)
今更ながら追い打ちをかけるように笑いを堪えられ、杏梨は居た堪れなくなってしまう。穴があったら入らせてほしい。とただひたすら思った。
「え? 何が今の話? ……さっきのは、俺のことが好きだから言ったんでしょ?」
「うはぁ」
(もう駄目だ。人の言ったこと完璧に鵜呑みにする微天然少年、絶対駄目だ!)
杏梨は東風谷の素直な天然さに、顔を赤くさせる。たまらなかったのか、母親が噴き出す。
「……もうそろそろ着くわよ」
一瞬にして噴き出しを引っ込め、前を向く母親に、杏梨は首を捻る。
「……ってか、本当にどこですか? 行くのって」
「……行けば分かる」
青年……もとい、東風谷の父親が、口を開いた。
(……行けば分かるって……。どこが分かんないから、不安なんですけど!)
杏梨はドキドキと高鳴る心臓を押さえようとしたが、そもそも手にナイフを握りしめているから出来なかった。
「っていうか、このナイフ、どこにあったんですか!?」
杏梨は東風谷の母親に尋ねる。
「君達が騒いだら殺すために」
ぎくっ。
杏梨と東風谷は、同時に身震いした。特に東風谷は、手が痙攣するほどに怯えている。
「なんてね、嘘嘘。正解は、林檎を切るためだよ」
青年は笑いながら、フードの中から林檎を取り出す。まるでマジックのようだ。しばらく二人が呆然としていると、母親は杏梨の手からナイフを引き抜き、ハンカチで杏梨の血を拭き、林檎を手に持って切り始めた。
途端に襲いかかる痛みに、杏梨は「いたっ」と叫び、ハンカチで手を包んだ。
「はい。林檎。食べな」
しばらくして、母親が二等分に切られた林檎を差し出す。
「えっ、食いたくないんだけど、杏梨の血が付いた物なんて」
東風谷が嫌そうな顔をする。それもそうか、と杏梨は考えて、自分の分の林檎をかじる。血の味は全くしなかった。
「風真も、随分失礼なことを言うね。情けないわ、こんなのが息子なんて」
母親の言葉に、杏梨はムッとして、
「貴方、さっき「風真は二人もいらない」って言ったじゃないですか」
と言い返した。
「あら、そうね。……でも、貴方は食べないのね」
そう言うと、「どうぞ、杏梨ちゃん」と杏梨に林檎を差し出した。
「あ、はい。ありがとうございます」
杏梨が受け取ると、東風谷が名残惜しそうに杏梨の持つ林檎を見つめていた。
(へんっ。自分が悪いんじゃん)
杏梨は意地悪そうな笑みを浮かべて林檎をかじる。東風谷が「あぁっ」という声を上げた。
「血が付いているからとか躊躇ったあんたが全て悪い」
杏梨の言葉に、「酷いよぉ」と声を震わせる東風谷。
(うん。何だかんだ言って東風谷は良い人だ。そして反応が面白い、優しい!)
杏梨は内心で、東風谷の評価を上げた。杏梨の兄は自分の分の林檎を食べられたら、妹を平手打ちするような人だからしょうがないのかもしれないが。
身近な年上の男の人と言えば、父親と兄と担任の先生しか思いつかない杏梨にとって、東風谷はまさに優しい年上男性のように思えたのだ。
そんな東風谷が、杏梨は大好きなのである。
「着いたわよ」
「えっ早」
林檎を食べ終わって早五分。それまでずっと、窓の外を見つめる東風谷を見つめていた杏梨は、母親の言葉に、素っ頓狂な声を上げた。
「どこですか、ここ」
「降りなさい」
何故息子の後輩にここまでも命令口調なのかと問いたくなった杏梨だが、質問したら冗談抜きでナイフで刺されそうなので、言わないでおいた。
杏梨は車から降り、そして目の前の光景に、またも素っ頓狂な声を上げた。
「……はへ?」
そこは、廃墟だった。
木々が生い茂り、建物の至る所にツタが絡まっている。杏梨の身長の何倍もある三階建ての建物には、窓が少ししかなく、しかも内部の状況が分かりにくい。
ここに誰が住んでいるというのだ。……もしかして海藤ひかりの住んでいる場所なのか、とあらぬ想像をしてしまった杏梨。
「……ここって、海藤ひかりさんが住んでる所?」
同じく車から降りて廃墟に唖然としている東風谷に、杏梨は尋ねる。
「……いや、確か海藤の家は高層マンションだって言ってたから、ここじゃない」
東風谷も、廃墟を見上げながら、ふるふると首を横に振る。
海藤ひかりの家ではない。だとしたら、一体誰の家なのだろう。
「すいません。ここって、誰の家なんですか?」
「表札を見れば分かる」
母親に話しかけたのに青年に答えられた。杏梨はムッとしつつも、住人に興味津津であった。
(もし住人が、刃物持って追いかけてきたら、この人達盾にして逃げよう。東風谷を見捨てた人達だもの、痛い目を見てもらわなくちゃ)
小学生らしからぬことを考えていた杏梨は、ぎゅっと東風谷の服の裾を引っ張りながら青年と母親の後ろに続く。
「ちょっと杏梨? 服の裾掴まないで? 痛い。……もしかして怖いの?」
東風谷が杏梨に迷惑そうな視線を向ける。
「えっ、ごめん……」
それが、まるで杏梨の存在を迷惑そうにしているように思えて、杏梨は怯んで、裾を掴む手を離した。
(ってか、表札っと)
杏梨は、青年の言葉通り、表札に目を向ける。
「!?」
表札には、「一井」と書かれていた。




