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ナイト・チルドレン  作者: けふまろ
杏梨と東風谷、最大の危機に遭う。
20/40

車が向かう場所。

 かなりダーク展開です。嫌いな人は嫌いだと思います。

 ピンク色の空が、向こう側に見える。

 その周りには、木々が生い茂っていて、その景色が時々動いている。そして、そこは黒い縁で縁どられていて……。

「えっ車の中!?」

 そこで杏梨はハッとなって起き上がった。杏梨が座っているのはフカフカのクッション素材の車の椅子。隣には東風谷がいて、東風谷の目は閉じていた。

「はっ? 東風谷、どうしたの? 寝てるの? って言うか、何で私達は車の中に!?」

(待って、状況が整理できないんですけど!?)

 杏梨は、ここまでの経緯を頭の中で述べていくことにした。


(東風谷が車に轢かれて、東風谷の入院している病院にもう一回行ったら、一井っぽい奴に気絶させられて、いつの間にか森の中にいて、歩き疲れて……そこで、寝ちゃって……。で、車の中!? 有り得ないんですけど?)

 いくら思い出してみても、状況の整理が出来ない。一井昭喜が何故杏梨達を狙ったのか。何故森に連れて行かれ、何故車の中にいるのか。

「あーもーっ! 全然分かんない!」

 杏梨が頭を掻き毟ると、「静かにして」と柔らかな声が聞こえた。

「へっ?」

(男の人の……声?)

 バッと運転席を振り向くと、そこにはフードを目深にかぶった青年がいた。助手席には、女の髪の毛が見える。

 ハンドルを握っていた右手を、フードの縁に当てた青年は、バッとフードをかきあげた。

「どうだ? 風真は無事か?」

「……っえ? 誰?」

 風真、と呼んだから、てっきり東風谷の父親か祐真かと思ったが、青年は杏梨の知らない人だった。だが、どこかで見たことのあるような、ないような。そんな人だった。

(ってか何でタメ口なの? どっかで見たことあると思ったけど、それだけの関係でしょ? 大人げないなぁ)

「ホント、無事かしら? 風真は」

 助手席の人も振り返る。

(わっ、綺麗な人……。……あれ? でも知ってるような、知らないような……どっかで見たことあるような……)

 杏梨は女性をマジマジと見つめる。

 どこかで見たことのある顔だ。それも、ある人に似ている。


「杏梨ちゃん、だよね……」

「何で、私の名前を?」

 女性が杏梨に尋ねる。名前が当たっていたので、頷くしかなかったが。

「……風真から聞いたのよ。……もうちょっとスピード上げて」

「了解」

 女性が言うと、青年が頷きながらアクセルを踏んだ。

「どこ向かってるんですか?」

「貴方達が行きたい所よ」

「行きたい所?」

 杏梨は、女性の不思議な言葉に、首を捻るしかなかった。

(私の家かな? でも、そこは東風谷が行きたい場所じゃないよね……)

 じゃあどこだ。杏梨は考え続ける。

(東風谷の家? 私は行きたくないし……、東風谷の病院? うん、そこもぜんっぜん行きたくありません! お見舞いになんて正直行きたくない!)

 思いっきり本音を心の中でぶちまけて、腕を組む杏梨。

「そんなに悩まなくても、いずれははっきりするわ。……貴方達のことを恨んでいるし、貴方達も、その人のことを恨んでるわ」

「えっ? 恨んでますか?」

 隣で、東風谷はまだ寝ている。間抜けな「ふがっ」という息に、杏梨は一瞬噴き出したが、我慢してまた考え始める。

(海藤……何だっけ、ひかりさん……の所かな? あっちは私を恨んではないし……多分。ってか私は恨んでないんだけど。どっちにしろ、それは東風谷と海藤さんの問題だし……。

 ……あ、もしかして友実ちゃんかな? いっつもツッコミ入れる私を恨んでるとか? いやいや、それはないか。友実ちゃん、めっちゃ器の広い子だし。器割っても許しそうだし)

 もんもんと考えている杏梨に、女性は呆れたようにため息をついた。

「全然分からないようね。……もうそろそろ到着だから、風真、起こしてくれない?」

「わっ分かりました」

 だからお前は東風谷の何なんだよ、と悪態をつきながら、杏梨は「アアアアアアアアアアッッッッ!」と威嚇しながら東風谷を起こした。


「うわぁっびっくりした、何だよ杏梨かよ! 鼓膜破れたらどうするつもりだったんだよ!」

 いきなり大声を上げて飛び起きる東風谷。イマドキお笑い番組でもそんな起き方しないよ、とツッコミたくなる気持ちを押さえて、「大丈夫、鼓膜破れても一週間ぐらいで治るよ」とツッコんだ。

「そうじゃないそうじゃない! そういう問題じゃなくて、大体ここどこ……」

 そこまで言って周りを見渡した東風谷が、一瞬のうちに大人しくなった。

「は?」

 恐らく、東風谷も杏梨と一緒で、森の中から車の中に移動したことが、驚きだったのだろう。そう思い、杏梨は「だよね。私も全然分かんないよ~」と悪態をついた。

「……そんなっ」

 東風谷がボソッと、囁くように言った。

「ずっと、会いたかった……」

「はい?」

 東風谷の視線は、杏梨などとうにすり抜けて、もっと奥……助手席の方を見つめていた。

(あれ……? この展開、デジャヴだ。……しかも、これはまさか……)

 一回、この光景を見たことがある。秋の日、銀座、ショッピングモール、危機一髪のエレベーター乗り込み、杏梨の論破、「お母さん」なる人を愛おしそうに見つめる、東風谷。


 全て話が繋がった。

 この人は、東風谷の母親。不倫の挙句、家庭を捨てた東風谷の母親。

(誰かに似てると思ったら……、そうだ、東風谷だ。そして、この青年も、どっかで見たことあると思ったら……あの時、ショッピングモールに二人で来てたんだ!)

 まるで某眼鏡の少年になったかのような杏梨。最も、これは謎解きでも何でもないのだが。

「お母さんっ」

「ちょっと、東風谷」

 飛びつこうとする東風谷を、杏梨は必死で押さえる。相手は自分を捨てた女性なのに、飛びついても意味のないことは、分かっていた。

「何で止めるんだよ!? 杏梨!」

「飛びついたら車の運転ミスって死ぬよ? あんた今度は、全身複雑骨折じゃ済まされないからね!?」

「事実を折り曲げて情報を大きくするな!」

 感動の家族の再会をぶち壊したような杏梨と、感動の再会をぶち壊された東風谷。その二人の言い争いが始まろうとする中、女性は、ふいにスマホを取り出した。

「へっ?」

 何をしようとしているのか、杏梨にはさっぱり分からなかった。だが、これは東風谷の望む結果ではないな、と察することは出来た。

 女性はスマホを立ち上げ、待ち受け画面を東風谷だけに見せた。何故自分には見せてくれないんだろう、と杏梨は少しだけ腑に落ちない気持ちだ。


 だが、そう不満を募らせた次の瞬間。

「あああああああっっっっ!?」

 いきなり東風谷が発狂し出したのだ。

 手が小刻みに震えている。東風谷の歯が、一瞬にしてガタガタと音を立て始めた。

「えっ、東風谷、どうしたの?」

 杏梨がそう言う間にも、東風谷は俯き、「あぁぁあぁあぁ……」と力ない悲痛な声を上げている。

(もしかして、待ち受け画面に何かヤバいものでも……?)

 好奇心さながら、杏梨は東風谷の席に移動する。


「!?」


 そこに映っていたのは、お腹の大きくなった女性の写真だった。その隣には、今運転をしている青年と、一人の男子が立っている。背は東風谷と同じぐらいで、ランドセルを背負っている様子から、「ちょっと背が大きい小学六年生」という印象を受ける。

 ……だが、それはつまり、「東風谷達がいない、幸せな家庭」を意味しているに違いなかった。

(東風谷達の家族を捨てて、生活しています。今は二人目の赤ちゃんもいますよ。もちろん、東風谷の所の子供じゃないですよ。この青年の人の子供です……って言ってるようなもんじゃない! これを東風谷に見せるだなんて、この人悪魔!? ホント酷い)

 杏梨は、湧きあがってくる怒りを押さえて、女性の顔を見た。女性の顔は、笑顔で染まっている。

 この人、頭おかしいんじゃないか。震える東風谷の肩を必死に杏梨は押さえながら、そう思った。

「今はもう無事に産まれたわ。名前はねぇ、「風真」って名付けたわ。やっぱり貴方を忘れられなくてねぇ」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!」

 ボロボロと涙をこぼす東風谷。そうなってしまうのも無理はなかった。

(多分、この人が産まれてきた子供を「風真」って名付けたのは、嘘だろうけど……赤ちゃんには立派に幸せになってほしいけど、この人、酷すぎるよ!)

 自分が産んだ子供を、これほどまでに精神的に追い詰めるだなんて、人としてどうなのだろうか。

「大丈夫だよ、東風谷。この人が自分の赤ちゃんに、「風真」って名付けることなんてないって」

「あらあら杏梨ちゃん。風真を慰めてくれるの? ありがとう。でもねぇ、これだけは風真に言っておいてくれる?」

 母親に精神的に追い詰められて泣き叫んでいる東風谷に、女性はこう言った。


「私がこの人との間に出来た子供を風真と名付けたからには、もう貴方は用無しなのよね」


「あああああああああああああああああああああああ!」

 ついに東風谷がキレた。

「こ、東風谷!」

 杏梨が必死で抑えようとするも、東風谷は必死に、母親めがけて拳を振り上げた。

「何がっ、何が用無しだよぉぉぉ!? 俺、こんなに一生懸命生きてきたのに、お母さんの為に一生懸命生きていたのに、何が用無しなんだよぉぉぉ!」

 その言葉を聞いて、杏梨の胸は張り裂けそうになった。

(そうだよね。そうだよね。東風谷、銀座の公園でお母さんのことを話すときに、あんなに辛そうにしながら話してたもんね。……東風谷がこんなにお母さんのことを思っているのに、その思いを軽々しく用無しで片付けちゃうなんて、辛すぎてどうしようもないよ……)

 杏梨だって、東風谷に「お前なんかもういらない」と言われたら、苦しくて、辛くて、今までの頑張ってきた思いが全部バラバラに壊されてしまうような思いはある。そして、今の東風谷のようになってしまう可能性は捨てきれない。

 だから、また東風谷に「良い奴だな」と思われようと努力する。そんな地道な願いが、なし崩しにされたら、傍から見れば、酷過ぎると思うだろう。

「だから、用無しだって言ったじゃない」

 母親は、尚も勝ち誇ったような笑みを浮かべる。こいつは人間のクズだ。杏梨は心からそう思った。

「用無しって、……何がなんだよぉぉぉぉっっ!? 俺こんなにお母さんのことが大好きなのに、何で自分を産んでくれた人に「用無し」って言われなきゃならないんだよぉ!?」

(そうだよね。そうだよね……)

 二人の話なのに、何故だか杏梨の目にも涙が滲んできている。

 だが、当の母親と青年は全くと言って良いほど泣かない。青年は運転に集中している。

 そして母親は、とんでもない一言を口にした。


「私が愛している「風真」は、二人もいらないの。これからは、私とこの人の息子の方の風真を、大切にしますから」


 一瞬の沈黙。

 そして。


「うわぁああああぁぁああぁぁああぁあぁぁあっっっっっっっ!」



 東風谷が、壊れた。

「殺せっ、俺を殺せ!」

 いきなり、車内の全員にそう言った。

「なっ、何で殺せだなんて」

(そんなっ、私、東風谷を殺すことなんて、出来ないよ! いくら精神的に追い詰められたって、殺されようとするなんて、何で!?)

「俺、もう何もかも信じられないんだよ! 大事な人から「いらない」って言われたら、俺、どうやって生きて行けって言うんだよ! 死ぬしかないだろぉ!?」

「そうだねぇ、死ぬしかないね。もうあんたなんていらない存在なんだから」

(頼むからてめぇは東風谷を傷付けるようなことを言わないで!)

 杏梨は心の中で必死に叫ぶ。だが、その思いが誰に届いたわけでもなかった。

 東風谷は車の中に何故か入っていた小型ナイフを、自分の首に押し当てた。

「……っ!」

 何故、こんなにも辛いことを言われなければならないんだろうか。そして、何で東風谷は自殺しようとするまで追い詰められたのか。

「俺、もう、死ぬから!」

 思いっきり小型ナイフを持った手を、大きく横に持っていって。

 そして東風谷は、首に突き立てる。

 

 ……のを、杏梨は食い止めた。


 刃の部分を、ぎゅうっと強く握り締める。

(流石に刃の部分を握り締めると、腕の直線の傷とは比べ物にならないほど、痛いなぁ)

 流石のこの暴挙に、母親も驚き、目を見開いていた。

 手がじんわりと熱くなっていくのを杏梨は感じながら、自分では思っていなかったような大きく鋭い声を出した。



「勘違いするなよ。東風谷が誰から「いらない存在」扱いされようと、私が大好きな「東風谷風真」は、この世でただ一人しかいないからな」

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