杏梨、お見舞いに行く。
「東風谷、大丈夫?」
杏梨は、親友の香帆と東風谷のお見舞いに来ていた。だが、当のご本人東風谷は、眠っている。口元によく分からない機械をつけていて、そこに幾つものチューブが繋がれているのが、なんとも痛々しい。
「って、返事しないんだから、声かけても意味ないじゃん、馬鹿なの杏梨」
香帆が素早くツッコミをいれる。花屋さんで奮発して買った、綺麗な花束を持った杏梨は、「ですよね~」と苦笑いする。
東風谷が飲酒運転の車に轢かれてから早一週間。
友実達とお見舞いに行くことも多かった杏梨だが、今回は一年からずっと一緒の香帆とお見舞いに来ていた。
「東風谷も、不憫よね~。何か飲もうと思ったら、車に轢かれたんでしょ? 可哀想過ぎてしょうがないよ。……杏梨の腕に切り傷付けたことは恨んでいるけども」
「そんなことは……もういいと思うよ」
杏梨は、怒り気味の香帆をなだめる。一年前のことをまだ引っ張っていては、こちら側としても気に食わない所があるからだ。
「でも、杏梨といると東風谷って大体可哀想な目に遭わない?」
「えっ何で?」
香帆が突然尋ねるため、杏梨は思わず身構える。今まで、東風谷と初めて会った日はもちろん、銀座に行ったこと、お泊まり会に行ったこと、何から何まで筒抜けに話していたのだ。そこを踏まえて言ってるに違いないと感じとったのだ。
「だって、杏梨と出会った日だって、海藤ひかりだっけ? ……さんを傷付けて五年から蔑まれるわ、銀座ではまさかの自分達を捨てたお母さんと再会しちゃうし、お泊まり会では杏梨の黒歴史を晒して包丁突きつけられるわ、今回の件では杏梨に続いて自販機で買おうとしたら車に轢かれて重体だし……。
杏梨、もしかして疫病神?」
「ちっ、違うよー!」
確かに香帆の言う「杏梨がいると東風谷が可哀想なことに出会う説」は辻褄が合う話が多いが、それでも杏梨は自分が疫病神だなんて決して思っていない。
「もー。香帆ちゃん酷い!」
「いや、お泊まり会の件は心の狭い杏梨が原因でしょ? でもそれ以外は……神様の悪戯としか言いようがないよね……。あ、最後のを除いてよ? あんなの、神様の悪戯どころじゃないでしょうに」
香帆は、自分の言ったことを少しだけ否定した。
「ううん。私も悪いなって思うことあるけど……」
がちゃ。
杏梨が喋っていると、急に病室のドアが開いた。
「こ、こんにちは……?」
まだ顔すら会わせていないのに、杏梨は挨拶をする。香帆がおかしそうに笑う。
ドアから入ってきたのは、一井昭喜だった。
「い、一井……っ」
杏梨は、思わず飛び跳ねる。花束も、かさっと音をたてた。
「あぁ、あのときの東風谷風真……? の恋人さん? ご丁寧に、友達呼んで、花束まで買っちゃって……。しかも随分と大きなものを」
「な、何を……っ」
自分が轢いた人の名前を忘れそうになる一井昭喜。杏梨は、花束を捨てて飛びかかろうとするのを必死で押さえた。
「か、彼女じゃないしっ」
「マジ? そこツッコむ?」
一井昭喜は、ケタケタと笑う。そこに、自分が轢いた少年が眠っていると言うのに。
そこに、その少年のことが好きだと言う少女がいると言うのに。
「お前っ、何で自分が轢いた人の前で、そんな風に笑うことが出来るの!?」
「そりゃ、こいつが眠っているからだろ? 起きてたら少しでも良い人に見せかけるために、謝るよ。お前ら、所詮こいつと仲良くなりたいって、そういう下心の為にお見舞い来てるんだろ? お前、彼女でもないんだろ? だったら関係なくね?」
「っ!」
杏梨が反論したが、一井昭喜は正論とも言えない自論で返してくる。最早、怒りと呆れと悲しみが混ざり合って、何も言えなかった。
(下心でも何でもないよ! 私はただ、東風谷が好きだから、どうなのかなって思って、来ただけなのに! 何で分かってくれないの? 犯罪者のくせに、ケラケラ笑って、馬鹿みたい!)
もちろん、分かってくれない方が良いに決まっている。なのに、杏梨はただこの目の前にいる、東風谷を轢いて尚もケラケラしている一井昭喜が許せなかった。
「大体さ、お前、え、何? 心配してるフリしてるだけ? そいで友達と一緒に帰って「はぁ~何でこいつ生きてんだろうな、死ねばいいのに」って思ってるんじゃないの? は~、何で俺が責められるのか、全然分からんわ~。
あのさ、俺、早くしろって警察官に言われてるの。本当は懲役が出てるんだけどね~、何だっけ? こいつの家族がさ~、「息子にお見舞いしろ」とか「弟の病室に行け」とか、うるせぇ~って感じなの。だから無理言われてここ来てるの? 本当は来てあげてる側なのよ? 俺。偉いでしょ? うん、早くしてくれない?」
(なっ、何て言う無礼な奴なんだ! ムカつく! それが東風谷を轢いた態度!? 確かに東風谷は馬鹿でアホで、人の気持ち焦らしたり、人の黒歴史を堂々と披露しちゃうし、私ばっかり馬鹿にするような奴だけど! それでも私は……)
杏梨の中で、一井昭喜に対する憎悪がむくむくとわいてきた。
そして、いつの間にか、叫んでいた。
「何がっ、何が早くしろなんだよ! お前が東風谷を轢いたくせに! お前が飲酒運転で東風谷を轢いたくせに、何偉そうにしてるんだよ! お前のせいで、お前のせいで、私は東風谷と遊ぶことが出来ないんだよ! お前のせいで、東風谷の家族皆が悲しんだんだよ! お前は東風谷から、幸せも、楽しみも、何もかも奪って行ったのに、何が早くしろなんだよ! お前、責任とれるの!? 東風谷が手術の末に死んだら、責任とれるのかよ! お前は、何で自分の轢いた人の名前すら覚えてないんだよ! 私なんかな、東風谷に切り傷付けられて、痛くて悔しかったよ! けれどもね、私は東風谷の名前をちゃんと覚えていた! そして東風谷が好きになった! お前なんかに、お前なんかに私の東風谷に対する気持ちを、語ってほしくなんかないっ!」
唖然とする香帆。唖然とする一井昭喜。
そして、ひとしきりの沈黙の後、杏梨は自分が言った言葉が恥ずかしくなり、しゅ~と床に座り込んだ。
それの数秒後に、一井昭喜は噴き出した。
「あはははははっ、言いたかったことが、それか! 病人が寝ている前で叫んで、もしかしたら機械に重大な欠陥を起こしたかもしれないのに、言いたかったことが、そんんな薄っぺらいことなんだな!」
「……っ」
一井昭喜は、一人で笑っていた。杏梨は唇を噛みしめる。座り込んで、俯く。うっすら視界がボヤけていた。
気付けば、杏梨は泣いていた。
(許さない。何でこんな奴に、東風谷が貶されるの。何でこんな、自分の飲酒運転を反省すらしていない奴に、東風谷が貶されるの!? おかしいよ、こんなの、何でこうなるの? 私は、東風谷が大好きなのに)
杏梨は、泣いているのに気付くと、涙を拭った。
(わっ、こんな奴に、涙なんか見られちゃいけない……)
そっと拭っても、涙はあふれ出てくる。こんなに辛いのに、何も言い返せない。
「あれ~? 何俯いちゃってんの~? 泣いてる? まさか。えっマジ泣いてんの? うわ、超ウケるわー」
「っ……!」
杏梨は、立ち上がる。
そして、拳を振り上げた。
だけど……。
がちゃっ。ごんっ。
ドアが一瞬のうちに開き、一瞬のうちに一井昭喜は倒れた。
「はっ?」
一井昭喜の後ろに立っていたのは。
飯倉友実だった。
◆◇
「と、友実ちゃん!?」
杏梨は、やっとのこと声を振り絞った。
(一井が私の好きな人を貶して、それをやめさせようと、私が立ちあがって殴りかかって……えっ、友実ちゃん、何でこのこと知ってたの!?)
東風谷が飲酒運転の車に轢かれたことは、もう既に市内全域に広まっていた。だけど、まさか一井昭喜がお見舞いに来ていて、尚且つ杏梨が一緒にいることは、流石に友実にも分からないはずだ。
「ふざけんなっ、このクズが!」
杏梨の考察などお構いなしに、友実は叫ぶ。
突然のことで思考が追い付いていない一井昭喜が、床に転がっている。
「はあ? 誰だお前」
いきなりの奇襲にイライラしている様子だ。だが友実は詫びる様子もなく、続けた。
「お前とは心外な! 東風谷はこれよりもっと痛い思いをしたんだよ! なのにそんな恰好でべらべらと東風谷を貶して! 私、ドアの前でずっと聞いていたんだよ!?」
(あ、なるほど。だから丁度良いタイミングで……)
丁度良いのかどうか分からないが、それより杏梨は納得していた。
「飲酒運転で人を轢いて、尚且つ全然謝りもしないだなんて、同じ人間として許せない! 東風谷がまだ生きてたから良かったけどさぁ、東風谷が死んだら、お前、マジどうするつもりだったんだよ!?」
最後は、いつもの友実からは想像もつかないような声で叫んでいた。
そして友実は、まるで絡まっていた糸がするするとほどけるように、泣きだした。




