であい
暗闇の中、音が聞こえ続けた。その音は波音に良く似ており心地が良いものだ。穏やかであり透明感があり実に澄んだもの。だが冷たくも暖かくもない。言い方を変えるなら、揺蕩う感覚を覚えた此処は、凡そ温度と呼べるものがない。
これが死というものなのだろうか。不意にそんな事を考えていると、次は勢いよく水場から引き揚げられる感覚が孔明を襲った。息は詰まり、鼓膜には水が入る音が埋め尽くす。
それは今までのものとは違い、強引に豪快に紐を手繰るような──そんな感じだろうか。
「……何時になれば、目を覚ますのでしょうか」
「──分からぬ。しかし、彼こそが我らの希望。諦めてはならぬよ」
「ですが……これがもし」
「それ以上は言うでない、ライズ卿よ。我が父と母の命──無駄なはずがない」
──聞いた事のない声だ。だがこれに似た音を孔明は幾度となく聞いたことがある。
緊迫し恐怖し絶望し、それでもどうにか正気を保とうとする強がった声音。戦場にて聞き続けてきた兵士達の声音。
重たい瞼をゆっくりと持ち上げれば、隙間から淡い光が眼球を刺す。刺激され微かに襲う痛みを堪え、今いる場所を瞳に写した。
「……此処は」
無意識に漏れた言葉に多少の違和感を覚えながらも、首だけを動かし左右を見渡せば漢服のような。しかし多少異なる衣装に身を包んだ者達が、驚愕したような表情を浮かべていた。同時に孔明が見たものは頬を伝う涙。
「目を……目を覚ましてくださった!!ダイナ様、これで……」
「そうはしゃぐでないライズ卿。彼の体に障るであろう」と、ダイナと呼ばれた男性は咳払いを一つした後にもう一度口を開いた。
「そなたにはまず謝らねばならない」
椅子から立ち上がれば地に膝をつく。それを横目で見ながら声を震わし孔明は言った。
「謝、る? ですか」
「ああ──申し訳ない事をした」
自分自身を咎めるような声音を発した後にダイナは、その額を躊躇うことなく床へと擦り付けた。
「ダイナ様! 一国を担う王が人一人の為に頭を床になど! 顔をお上げください!」
「良いのだライズ卿。謝るのに王も民も関係がない。立場が違えど平等であるのが礼儀であり“仁徳”であろう。それに──余は、この者の運命を狂わせてしまったのだ。──本当に申し訳ない。だが、少しでいい……我々の話を聞いてはくれないだろうか」
とても苦しむ声だ。
時折襲う頭痛に眉を顰めつつ、今の状況を孔明は整理する。
どうやら捕虜となった訳ではなく、何らかのきっかけにより助けられた。運命を狂わせたと言う発言は気になるが。
慌てふためくライズを含め数名の男女は目の前で頭を下げるダイナの付き人だろう。
──そして彼は、彼からはとても懐かしい匂いがした。
「頭をあげてくださいダイナ殿。ゆっくりでいいので状況を説明してくださると助かります。頭を下げるのはその後でも遅くはないはずです」
「そう、であるな。ならばまずはこの世についてから話そう──」