伝説の始まり
ダイナは付き人から手渡された地図や書物を孔明に見せながら、事細かに今置かれた国──ヘイズの情勢を教えてくれた。
この世界には亜人と呼ばれる種族、魔人と呼ばれる種族が人間の他に存在しており、長きに渡って争いが行われている。魔法と呼ばれる奇術を使う魔人達に、屈強な肉体を持った亜人達。一括りに彼等を化物とも言うらしい。ろくに魔力もない人間が衰退して行くのは時間の問題であった。
端的に思い返し、孔明は口を開いた。
「だから、小生を呼んだ……と?」
魔人ならいざ知らず、魔力がほぼない人間が他の世界から。しかも、選別し呼ぶ行為は不可能に近かった。
「ええ」
「おのが命を犠牲にしてまで……ですか」
真剣に見つめるダイナを孔明は決した哀れみの目を向けることはなかった。それは侮辱であり優しさでないことを知っている。
「仕方がなかった。魔力とは生命力からなるもの……つまりは寿命を消費し使うもの。その魔術が強力であればあるほど寿命は削られる。その為、禁忌とし封印されてきたのだ」
これらは孔明が知る魔術と異なるようだが、風水等を知るからこそ不可思議ながらも動揺せずに多少は受け入れる事が出来た。
「なるほど。ですがこれで一つ、納得がいきました」
「納得?」
「はい。魔術を扱う魔人とやらが、どれだけ生命力に満ちているか。逆に人間が魔術を扱うには寿命が短すぎると言う事。数多くの者が魔術を玉砕覚悟で使っていた事でしょう」
「言葉も出ぬ。だが魔術には魔術を用いらなければ防ぎようがないのも事実。亜人ならば、あるいは」
「亜人、ですか」
孔明は癖で顎髭を撫で付けようとしたが、空振りに終わる。こちらに移動した最中に切れたりしたのだろうか。
ともあれ──
「しかしそれでは長引かせるだけで解決にはならないとダイナ殿の父と母は解に至ったのですね?」
「ええ。皆を導く知謀が必要だと。戦を知り、兵法を心得し者が。しかしこの国にそのような才を持ったものはもう存在しない。ならば──と」
「ふむ。分かりました。暫し小生に考える時間を下さりはしませんか?」と、今後の事や蜀の事を考えたい孔明が出した提案にダイナが口を開いた刹那、大きな扉が豪快に開け放された。
「待ってください、我が叔父よ!!」
「アルス、何故ここに。お前には──」
「何故って。そんな事より俺は認めませんよ!?こんな何処の馬の骨とも知らぬやつに命を預けるなど!!」
ご最もな意見だ。兵と軍師の間には第一に信頼がなくてはならない。どんな理不尽な要求も不満を抱かず呑み込めるだけの。赤壁の戦いで呉の武将・黄蓋が行った苦肉の策のように。
しかし此処はどうだろうか。王とその父と母には絆がある。絆があるがゆえ、自己犠牲をしてでも呼び寄せた孔明には少なからず期待はあるだろう。けれど兵と王とは価値観が比例しない。
命を授けるとなれば余計に。
「しかしこの国に、優秀な策略が居ないことはしっているだろ!?」
「ならばこの俺がやってやりますよ!! 俺なら自兵を殺さずに!」
髪を朱に染めた男は、鎧越しに手を胸に当て声量を強める。意志の強さは感じるが、孔明が抱くものは別にあった。
使命感を履き違えるのは死を近づける事に繋がる。今の彼は正にそれである。
兵を殺さずに──孔明達軍師が掲げる目標はそこじゃない。兵を殺さずに、ではなく国を殺させない。その為に兵を動かすのだ。
「ダイナ殿、しかし彼の言っている事が正しい」
「だろ!?こんなガキに出来るはずがない」
「ガキ……ですか」
この挑発に乗る方が進展は早まりそうだ。蜀の行く末は気になるが、帰る手段や情報を手に入れるには人手はいる。
「分かりました。ダイナ殿、民兵を百人程お借りできないでしょうか」
これだけ切迫すれば、民からも兵は出ているはず。下手にプライドがある兵士達より、軍に疎い民の方がすんなり策を受け入れてくれる節がある。
心理的に彼等は上下関係を作っているのだ。
「おるが……借りてどうする?」
「亜人か魔人、どちらかの先遣隊でも近郊に来ているのではないのでしょうか?」
孔明の言葉に新室内の人々はざわめきを見せた。
「で、あるが。何故それを?余はまだ一度も話していないはずだが」
ダイナの問に答える様に孔明は、紫紺の瞳と視線を交じわせながら指を指した。
「彼ですよ」
「彼、とはアルスの事か?」
「はい。先程、ダイナ殿はアルス殿に何らかの命を出していた。鞘に付着した血糊、土で汚れた足。そして、私が目を覚ましたのは、ここに来て数日後の事。近場にいるならば、寝ている時に今の対話は叶っていたでしょうからね。消去法と似ていますが、小生の考えはそれです」
「流石……であるな。して、民兵百人を与えた所で何をするつもりだ?」
「簡単な事。義勇軍として、アルス殿達に加勢いたします」
上位ランキングに一矢むくいたいぜ




